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ヒミズの揺り籠
暗くてジメジメした感じの話です。
書きかけですが、わんちゃん短編というテイでもいけるのでは……?と思って載せました。
もしかしたら続くかもしれません。筆が乗らないままかもしれません。
歴2580年。人々を恐怖で支配した魔王の首が、落とされた。
主を失った魔人達は怒り、嘆き、弱者は人間へひれ伏し......かつての恐怖は、もはや御伽噺のようであった。統率を失った魔人は、イノシシやクマのような狩りの対象となり。その血に流れる魔力から生み出される「魔法」は、奴隷としての道を開いてしまった。
魔王がその呼吸を止めて、5年後も経てば。
世界は、人間の為に出来ていた。
___
「いたいた、エレノア」
黒髪の若い冒険者が、前を歩く銀髪の肩を叩いた。
振り返る男の名はエレノア。大柄な体躯はすれ違う瞳を無意識に惹きつけるが、特徴のない顔は、特別印象に残らない。
その横に並んだ黒髪の男は、フレック。エレノアと比べると平凡な体格をしていた。
2人は平凡な冒険者。並んで掲示板を見に行き、手頃な依頼を探すのが習慣である。掲示物の文字を左から右へ目で追って、あれはどうだこれはどうだと吟味して、金を稼ぐ。
「うお、みろよエレノア!マテの廃村に魔人がいるって」
魔人討伐は、平凡な依頼であった。
「報酬高いね......集団なのか、強いのかな?」
エレノアへの答えは、依頼書には書いていない。と、2人はちらっと目を合わせる。フレックはニヤッと笑って、
「......行くだろ?」
と。エレノアも拒否することなく「うん」と返事を。
2人は討伐にいくわけではない。その魔人を遠くから覗き見にいくのだ。
動物よりも知能がある魔人は、狩るのが面倒だと考える冒険者も少なくない。しかしその分、動物を狩るより楽しいと、その様を見るのを楽しむ人間もいた。
2人はその常連で、どんな魔人がいるのか、なんの魔法を使うのか、どうやって狩られるのかを見に行く仲だった。
5年前まで人類を追い詰めた魔人は大地を蹂躙し、人間の復讐心を大きく膨らませて......弾けさせた。襲撃を受けて親を無くしているフレックのような人間は、決して少なくなかった。
双眼鏡で廃村を覗き見て、魔人を数えて。
「あー、数だな。8人もいるのか、気持ち悪い」
フレックはケラケラわらう。
「早く始まんねーかな、狩り」
ちょうど依頼を誰かが受けたのか、タイミングよく狩りが始まれば、終わりまで覗き見。
「あいつら、早く全員殺してぇー」
「な、エレノア」
笑いかけるフレックに、エレノアも笑いかけて。
「うん」
「二度と産まれてこないように。根絶やしにしてやりたい」
銀髪のエレノア。
___今は亡き魔王の娘。
同胞たちの、父親の敵討ちを、必ず果たすとして。「人間」への真っ黒な復讐心を燃やしている。
______
エレノア。真名はリオール。
魔人の統率者、いわゆる魔王を父に持つ。兄弟は兄と弟が1人ずつ。父の首が落とされる前に、「生きろ」と逃がされた。
魔人征服を目論む人間によって、魔王と近しいとされるもの......それぞれの頭首や、役職を得ていたものは、賞金首となっている世界。焼けた屋敷に残ってしまった、微かな情報から、3人の子供がいることも顕になってしまっていた。血族ゆえ賞金の高い、3人の子供は、誰もが狙う「極上の賞金首」となってしまった。
赤い髪も、黄色い瞳も、女という性すらも。全てを魔術で覆い隠して、リオールは「エレノア」という男を作り上げた。印象に残らない顔、珍しくもない銀髪、誰も疑わない、男として優れた体躯。
同胞の情報を集めるために「親を殺されたんだ」といえば、人間は当たり前に魔人に殺されたんだと脳内補完して、エレノアへの情報を惜しまない。
報酬の高い魔人討伐があれば、幹部や、見知った同胞を探しに双眼鏡を覗き。人間がどうやって同胞を追い詰め、いたぶり、狩るのか。いつか必ず果たす復讐のために、人間のやり方をとにかく頭に叩き込んでいく。
木を隠すなら森の中。エレノアも人間の中に隠れている。
__魔力とは。
魔力とは、魔人の血に流れるもの。しかし、魔人が息絶えたからといって、消えるものではない。命が尽きると、魔力は空気中に塵となって広がり残り続ける。そしてより濃い、より近い「魔人」の血に惹かれ、吸収されるものである。
冒険者として掲示板で討伐の情報を得ていれば、捕縛されず命を奪われた同胞の残した魔力を、効率よく回収が出来る。それは救えなかった、骨を拾えなかった事へのせめてもの償いであり、いつかの復讐の為の貯蓄であった。
__
能力のあった同胞を、生き別れてしまった兄弟を探し、人間世界に潜んで5年。復讐心とは凄まじいもので、エレノアは完璧に人間へ擬態し、情報を集めていった。
5つ歳上の兄は、強く、賢く、優しい兄だった。兄は魔人の道標となり、復讐を果たす。それはエレノアだけでなく、魔人達の揺るぎない考え。兄には同胞を統べる能力があるし、信頼もある。だからこそ父は「逃げろ」と私達を逃がしたのだ。必ず父の復讐を、必ず同胞に安息を。
私も兄の役に立たなければならない。兄の妹であるし、私も父の血を引いているのだから。
たった5年で、魔人は数を大きく減らしていた。過去のように繁栄するには、長い年月が必要だろう。これ以上魔人を減らしてはならない。しかし兄もきっと分かっているはずだから、と、兄を道標に、生きて。
とある朝。
号外を叫ぶ声が、エレノアの耳に届いた。
「魔王の息子、カシエラを討伐!!第2騎士団のゼノスが、カシエラの討伐に成功!!」
賞金首として張り出されていたその名前。強く、賢く、優しい、5歳年上の兄の名前。
きらきらした笑顔で、フレックが部屋に入ってくる。
「おい、エレノア聞いたか!広場で魔人が見れるってよ!いこうぜ!」
窓辺に立っていたエレノアの腕を引いて、フレックは走る。
早朝にも関わらず、あたりの建物から人が出てくる。
エレノアのまだよく回らない頭には、屋敷から別れる直前の記憶が、ただ流れている。
「リオール、アーキア、よく聞きなさい。……死んではいけないよ。決して諦めてはいけない。この命は断ち切ってはいけない。命を紡いでくれた、同胞たちのために、父さんの為に……そして、……兄としても……」
「新しい家を用意したら、赤い目印をつけておくから。必ず帰ってきなさい。約束だよ」
父と、自分と、弟と同じ、鮮やかな赤髪。
ずいぶんと髪の長くなった兄は、獲物を見せびらかすように。遠くからでもよく見えるよう、高く吊られて。赤い目印を風で揺らしていた。
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真っ白な頭で、下から兄を見上げているエレノアに、フレックが声をかける。
「すげー……やっぱり騎士団は、俺たちのヒーローだな」
エレノアはごく自然に、「うん」と相槌を打つ。泣いてすがりつきたい気持ちを、真っ黒な魔力で押し潰して。
人々の歓声が、エレノアの耳にこびりついた。
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兄さんが死んでしまった。
その事実は、エレノアの精神に負荷をかけた。しかし、自分が兄の意志を継がなければという気持ちで、重い足を無理矢理動かした。情報収集は、より念入りに。人間の得ている魔人の情報を、得られるだけ。そんなエレノアに、何も知らないフレックは、「でもまだ、あと2人だよな……俺達にもチャンスあるかも」と笑いかける。
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奴隷市は、珍しいものではない。
魔人を奴隷としてこき使う以前から、人間は侵略した他部族なんかを奴隷として手中に収めていた。今の奴隷というと、魔人奴隷、人間奴隷、魔人の血が混ざった雑交(ざこう)奴隷が主。
人間の奴隷として使われる魔人の扱いは、酷いものだった。
何しろ人間には「魔力」なんて無いわけで。「魔法」を使えない種族だから、魔人がどれほど魔力を使えるのかを全く知らないのだ。無尽蔵に使えるとでも思っているのか、なぜこんな遅いんだと、罵声を浴びせるのは当たり前。
弟。アーキアを探す。その優先度は跳ね上がった。あんなに秀才だったカシエラが、一体どんな策略で、どんな方法で負けたのか。兄より強かった父の死に様すら知らないのだから、それが分からない以上、エレノア1人では決して復讐などできやしない……。
奴隷市をまわって目撃情報を探すのは、賞金首を探す冒険者たちと何ら変わりがない。フレックも嬉々としてついてくる。
しかし、幸か不幸かアーキアの情報は何一つ得られず、月日は淡々と消費されていく。
どこの奴隷商人も、奴隷に口を割らせようと足を運ぶ冒険者を適当に注意しているだけ。エレノア達に、傷をつけるなよと面倒そうに声をかける。
「エレノア!つぎあそこの店な」
少年向けの冒険譚の主人公のように、収穫の無い旅路でもフレックは笑っている。
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兄の死から2年、父の死から7年。
生存の可否すら分からないリオールとアーキアは、共に賞金を釣り上げられていた。それを知ってか、すでに息絶えたか、約束を忘れてしまったのか。アーキアの消息は、全くといっていいほど追えていない。
とある日、ふらっと立ち寄った奴隷市。そこは1年前にも来たことがある場所で、新しい奴隷が増えていた。こちらの大地ととなりの大地の細い繋ぎ目……そこに広がる鬱蒼とした森を通ってきた荷馬車から「積荷」が降ろされていたらしい。
西の大地といえば、その森のこともあり、えらく金がかかるからと、金の都合で出向けていない土地だった。新しい情報があるかもと、僅かな期待を胸に、細い道を進んでいく。そして、そこでエレノアは、予想外に遭遇したのだった。
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特別値の張らない、希少価値のない魔人奴隷として、それは牢の奥で項垂れていた。
所々に黒の混じったその緑髪は、エレノアには見覚えのあるものだった。口が聞ける奴隷から情報を取り出そうとするフレックを横目に、エレノアは店員に声をかける。
「あの、奥で項垂れているあの魔人……あれって西からのやつですか」
「えー……あぁ、そうです、西からのやつですよ。お客さん、魔人奴隷をお探しです?だったらあれより、あっちの牢の方が、使い勝手はいいですよ」
客商売らしく、店員はこちらの要望を聞き出そうとする。しかし、エレノアはそれを制して、あの緑髪に金を出した。
「ええー、エレノア、魔人買ったのかよ!」
契約書にサインをしていると、それに気付いたフレックが驚いた顔で寄ってくる。
「まー、なんかには使えるか?……ってうわ、安いってこいつー……あれだあれ、安物買いの銭失いだ」
「なんかには使えるよ、多分。ほら、失敗しても痛くない額だし……フレックだって、たまに変なもの買ってるでしょ」
フレックを適当にいなしていると、店員に引かれて緑髪が出てきた。
「名前……名前か……サムでいいや」
適当に名付けをすると、店員に別のテントへ誘導される。"従属の首輪"なるものをつけられた緑髪……サムの前に立ち、主人としての契約を刻み、エレノアは初めての奴隷を手に入れた。
______
夜。
フレックにおやすみと声をかけて、エレノアは宿屋の裏に向かう。
今日買ったばかりで、夜にいろいろ契約を上乗せしたいから、と借りた奴隷用の小屋。
周囲に誰もいないのを確認して、小屋を囲むように遮音の魔術をかける。まあ、誰かがいたとしても……人間には形のない魔法は見えないのだけれど。
寝床分と少しの足場しかない狭い小屋ゆえ、サムはすぐにこちらに気付く。あげられた顔の黒い瞳をみて、やはり……と。
「アス」
「……アスだよね」
名前を呼ぶと、サムの瞳は、こちらをじっと伺う。それもそうだ、エレノアは昼間に、この魔人に「サム 」と名付けたばかり。名前が違う。……知るはずのない真名を呼ぶ、人間の主人。
かすかな月明かりを取り込む小さな小窓に、認識阻害の魔術をかける。そして続けて、自らを覆う魔術に穴を。それをぐっと広げる。
「リオール……お嬢……様……」
……アスと呼ばれる男は、小さな声で返事をした。
「生き……生きていた、?……あぁ……」
こちらを訝しんでいた顔は、一転して、驚愕へ。アスのその返答を聞いたエレノア……リオールも、床へずるずると座り込んだ。
アス。統率者たる父の下で働く青年の1人。強力な魔力は持ち合わせていなかったが、非常に頭のキレる魔人。「若き天才」と呼ばれるほど数々の成功を収めていたアスは、戦略家として名高い魔人だった。
複雑な魔術を好んでいたリオールは、そんなアスによく助けを乞うていた。アスも魔術を好んでいて、魔力の少ないアスの代わりに、リオールはよく術式の構築実験に付き合った。
上層部の魔人は、てっきりみな死んでしまったのかと……。しかしアスはその飛び抜けた知力で、殺すほどではない、価値のない魔人として、日陰で生き延びていたのだ。
そしてそのアスと、再開できたこと。こんな奇跡があろうとは、まさか……。
2人の再会は、互いに予想外の、奇跡であった。
アスが生きているなら、細くか細い復讐への道筋が広がるかもしれない。
「カシエラ坊ちゃんは、坊ちゃんとは合流できたんですか?」
アスのひと言。思わず固まってしまうリオールに、
「合流はまだ叶っていないのですか?」
と。
カシエラは2年前に死んだのに。まさかアスはそれを知らないのか。
カシエラが死んだなんて、これっぽっちも思っていないその瞳。それは、アスもカシエラを、標としていたということ。「若き天才」と言われたアスも、カシエラという光があることを前提に生きていた。
「光」の無い道は、闇である。
それでも闇の中、手探りでも進めるかも知れないという淡い期待。アスがその道を並んで歩いてくれるかもしれないという願望。
そんなもの、全て飲み込んでしまう闇に、自分たちはいるのだと。返答を待つアスの表情からリオールは察してしまった。
「兄さん、死んでしまったの」
部屋の中で一人になっても決して口に出さなかった「兄の死」を、兄が死んで7年経って、リオールは初めて声に出した。まさかそれが、仲間への説明だとは……。
それを口に出すと、リオールの頭はモヤがかかったように重く。
「そんな……!まさか……」
案の定、アスは驚嘆の声を上げるが、その声はリオールの心のゆらぎを増幅させた。
「……2年前よ……兄さん、広場に、吊られていた……」
「兄さん、死んでしまった」
リオールの視界が、一気にぼやけた。
脳裏に浮かぶのは、風で揺らぐカシエラの髪。ピクリとも動かない兄の体。
7年間、押し潰してきた感情が、アスの前で決壊した。
「あ……アーキアが、見つからないの」
涙がぼたぼたおちて、口が震える。
「死んで、しまったかもしれない……ずっと、みつからない…… 」
「どうしよう……私一人に、なってしまったかもしれない……どうしよう」
「どうしよう、どうしようアス……」
貯めに貯めた感情が、濁流のように漏れ出て。リオールは、子供のように、アスに縋り付いた。
勤勉で、真面目で、魔術が好きで、よく笑っていた"お嬢様"。
それが、7年経って大きくなって、その姿で、子供のように泣き縋ってくる。
「リオールお嬢様は、限界だ」と、アスも回転の遅い頭で理解する。
人間として、各地に足を運んだ7年。討伐されたのであろう魔人達の魔力を吸って、リオールはそれは膨大な魔力を溜め込んでいた。しかし、その重みは天秤を傾かせ……。精神状態は、とても安定しているとは言い難かった。
リオールが征服をなし得ないのなら、その吸い込んだ魔力を、征服をなし得る誰かに写したい。
排出された魔力は、より、馴染むものへ吸われる。
魔力を引きつける強力な引力をもち、かつ導となり魔人を率いることが出来る、その器を新たに探すのは、労力がいる。……であれば。現時点で、1番親和性があるリオールに、子供を産ませた方が。
アスは純粋な魔人であるし、魔人の中でも上層の部類。
雑交種なんかより、他の魔人より、確実。
「お嬢様と私、純粋な魔族で、子供をうみましょう」
リオールの肩に手を置いて。
「子供に、魔力を移すのです。お嬢様の子供なら、確実に器になります」
と。
座り込んだままのリオールは、ぽかんとした顔をして。アスがその手にぐっと、力を込めた瞬間。
アスの心臓が、ぐっと。
鎖を巻き付けられたかの様な、激痛が走った。
「…う、…ッ……?!」
その衝撃で、リオールへ倒れ込むと、リオールは混乱して。
「やめてよ、」
「アスお願いやめて」
足をバタバタ動かして、アスの腕の下、青い顔で泣きじゃくった。
……自分は今、従属の首輪で心臓をぐっと握られ、拒絶されているのだと、アスの脳みそは呟く。
「が、ァ……ッ、は、……ッッ」
……魔力があるのに、首輪なんかを使うお嬢様。本来の力を使えば、魔力の少ないアスなんて、筋力もないしてないアスなんて、退けられるというのに。
リオールの天秤は、アスが思っていたよりも、傾いていた。
パニックのリオールから、どうにかアスは離れて。
その横に倒れ込んで、心臓をギュッと、胸を押えて、必死に呼吸を繰り返す。
「はぁ、は……う、ッ……」
____
「ごめんね、ごめんねアス……ッ……」
正気でないお嬢様。アーキア様が見つからない以上、頼みの綱は彼女だけ。どうにか、正気を取り戻して貰わなければ、……何もなし得ず死ぬだけだ。
夜中になれば部屋の中で、主従逆転というわけではないけれど、リオールはアスに縋って、アスはリオールを安心させて、過去にはとても考えられなかった依存関係。
リオールは真っ暗闇の中、アスしか、頼るものがいない。それはアスも同じであり。
それでも今は……酷く、バランスの悪いこの天秤に、縋る他無かった。