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1-3
『異能力者連続自殺事件』の関わりのあると思われる男。
少年は見覚えがあるようだ。
一度解散になり、少し経った。
色々と探偵社員が慌ただしく作業しているなか、僕は資料を読んでいた。
何度も目を通しておいて、損はない。
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--- 1-3『少年と情報提供者』 ---
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「今頃なんですけど、ルイスさんは探偵社員じゃないのに会議の内容聞いても良かったんですか?」
ふと、そんな声を谷崎君が上げた。
答えたのは福沢さん。
「ルイスは探偵社員となった。表向きには私が依頼したことにしているがな」
そういえば、ちゃんと挨拶とかしてなかったな。
「一応|組合《ギルド》戦後から入社したルイス・キャロルだ。改めて、これからよろしく」
「ルイスさんが仲間だと、心強いですね」
そう云ってもらえると嬉しいな。
そんなことを考えていると、特務課から連絡が来た。
もう少し詳しい情報を貰えるらしい。
「谷崎、行くぞ」
「はい!」
「僕もついていこうかな」
此方にも安吾君から連絡が来てる。
探偵社のついで、と云ったところかな。
🍎🍏💀🍏🍎
月明かりのもと、僕達三人は足音を忍ばせて歩いていく。
ヨコハマの港に近い倉庫街。
赤錆の浮いた倉庫がいくつも並んでいる。
倉庫の間から見えるベイブリッジの光が、辺りを一層暗く感じさせた。
街灯もなく、人気もない。
秘密の会談にふさわしい静まり返った場所に肩を並べて踏み入る。
「……どう思います?」
歩きながら、谷崎君がためらいがちに問いかける。
「何がだ」
「連続自殺なんて、本当にあり得るんでしょうか?」
谷崎君の目線だけが、ちらりと僕達に向けられた。
その顔からは隠せない不安が漂う。
国木田君は表情を変えず、暫し沈黙して、硬い声で答えた。
「何とも云えん」
淡泊に告げ、国木田君は続ける。
「仮に精神操作の異能を受けたのだとしても、それほど強力な異能力となれば必ず国際捜査機関に情報があるはずだ……」
にもかかわらず、現在のところ、依頼人である特務課からは何の情報もない。
現状を正しく把握した谷崎君はうつむいていた。
「これから会う特務課のエージェントから、もう少し詳しい情報をもらえるといいね」
ため息をつきながら、僕は二人と足を進める。
あたりは静かで、互いの呼吸が聞こえそうなほど。
満月なのか、やけに大きな月が頭上を照らしていた。
待ち合わせ場所は近い。
「……さて、ここだね」
倉庫と倉庫の間にある、路地の手前。
僕は腕時計を確認した。
時刻は午後七時五九分四五秒。
合流予定の一五秒前。
「? ……いない。ここが待ち合わせ場所のはずだが」
「国木田さん! ルイスさん!」
谷崎君が鋭い声を上げた。
緊張感を孕んだ様子に、僕達は弾かれたように顔を向ける。
彼が見ているのは路地の向こう。
何が、と思う間もなかった。
路地の先に倒れる人影。
清潔そうな背広。
少しすり減った靴底。
弛緩した四肢。
そして、倒れた体の下に広がる、血。
じわじわと、血は縁を描いて広がっていく。
青白い月光が鮮やかな赤い血に反射した。
「━━!」
血を流したまま無言で倒れる男を見て、僕達は即座に動いた。
国木田君はズボンから拳銃を素早く抜き、姿勢を比較して男に駆け寄る。
同時に、谷崎君も後背に隠していた拳銃を取り出し、構えた。
倒れた男を挟んで背中合わせになるように、二人は銃を構え、辺りを警戒する。
その間に、僕は一応のために手袋を用意した。
倒れている男の首筋━━頸動脈の辺りを指で触れる。
男の体は温かいけど、脈はない。
おそらく、さほど時間は経っていないのだろう。
僕達の到着する数分前に殺されたとしか思えない。
でも周囲には人影も、人の気配も感じられなかった。
「……ルイスさん」
「特務課のエージェントだね」
死んでるよ、と僕は冷静に告げた。
二人は驚きの声をあげる。
死んでいる男の隣に屈み込んでいた僕は、ふと、そばに“何か”が落ちているのを見つけた。
月明かりに照らされた“其れ”を、僕はそっと手に取った。
「どうしました?」
不安げな問いに、僕は“其れ”を持ったまま立ち上がった。
「……不自然だよね、流石に」
偶然、落ちているような類のものじゃない。
むしろ、強いメッセージ性を感じる。
犯人の遺留物かな。
“其れ”は、ちと同じ色を纏ったリンゴだった。
つるりとした表面が月光に輝く。
偽物や爆弾などではない。
紛うことなき、ただの果実だ。
ただし。
熟れたリンゴには、一振りのナイフが刺さっている。
罪の味を断罪するかのように。
原罪を象徴する赤い球体に、刃が穿たれている。
陰惨で不吉な気配が“其れ”から毒々しく滲み出ていた。
「それは?」
谷崎君の問いに、僕は首を横に振る。
多分、太宰君が関係しているけど不確定なまま伝えるわけにはいかない。
「犯人が残したもので、間違いないでしょうか」
「そうだね。このナイフとか、凶器かもしれないし」
でも、リンゴの意味は分からないな。
掲げ持つリンゴから瑞々しい果汁が滴り落ち、地面に濡れた跡を作る。
━━━━はじまりの鐘は、すでに鳴っていることだろう。
少年は特務課に連絡を取り、ある場所へ向かい始めた。
太宰との対話で蘇る友人の姿は今でも鮮明に思い出せる。
次回『少年と林檎』
机に置かれた“其れ”は毒々しい赤と清らかな白のカプセルだった。