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(未定)
ある小説の為に書いた一次創作です。
八百万の神々がいるとされている日本。
神を祀る場所も各地にあり、毎日参拝する人間は少ないが元日をはじめとしたお正月には初詣に訪れる人が多い。
普段は御守の販売や祈祷にお祓いと、神主や巫女と呼ばれる人々の仕事はそれだけではない。
退魔。
その名の通り、魔を退ける仕事だ。
この世には“人外”と呼ばれる人ならざる者が存在する。
人外が人間社会に何か悪影響を及ぼす前に、神主と巫女は彼らとの対話をしなければならない。
そして、もしも未然に防ぐことが出来なかった時は倒す──又は、消さなければならない。
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山の奥深くにある、自然に囲まれた神社。
東の空を紅く染めた太陽は、その神社も暖かい光で照らしていた。
「……朝だ」
参道の落ち葉を集めていた少女は、朝の掃除を止めて箒を蔵へと一度片付けた。
本殿の裏にある住居部分に縁側から入り、キッチンへと向かうといい匂いがしてくる。
トントンと包丁が心地良いリズムを刻んでいるのを聞きながら入ると、少女の父親が朝食の準備をしていた。
「お父さんおはよ!」
「あぁ、おはよう」
茜と呼ばれた少女は手を洗うと、冷蔵庫から卵を二つ取り出して目玉焼きを作り始めた。
父親はちょうど味噌を溶かし終わったところで、炊けた白米を二つの茶碗に盛り付ける。
火に掛けたままの味噌汁も気にしながら、茜は冷蔵庫からベーコンを取り出して卵と共に焼き始める。
鼻歌を歌い、足でリズムを刻んでいると父親が声を掛けた。
「何の曲だい?」
「今日音楽の授業で発表するやつ!」
「茜は母さんに似て歌が上手いから、良い点数が取れるんだろうね」
えへへっ、と笑う茜は父親が用意してくれたお皿に目玉焼きたちを乗せて居間の机へ運ぶ。
居間にはもう箸なども準備しており、父親が味噌汁の入った器を持ってきたことで朝食は揃う。
「それじゃあ食べようか」
「いただきます!」
手を合わせた茜が茶碗を手に取り、白米を口へ運ぶ。
炊きたてのご飯は熱く、火傷しないように食べると米の甘さが口いっぱいに広がって思わず頬に手を添えていた。
幸せそうに微笑む茜の姿に、父親の口元も緩む。
最近料理を手伝うようになってきた茜の目玉焼きは綺麗で、とても良い半熟具合だった。
皿に盛り付けたは良いものの、茜はご飯の上に乗せて一緒に食べてしまう。
ベーコンも一緒について来てしまうため、あまりお皿に乗せた意味が無くなるが本人も父親も気にしていないようだった。
「そういえば、協会の方から受験案内が来ていたよ」
「受験案内……って、もしかして!?」
協会──正式名称は人外共存協会。
名前の通り、人外と共存する為に作られた国公認の組織だが、表向きには存在しない。
人外の存在自体、空想とされているのだから当然と言えば当然の扱いだ。
受験案内というのは退魔師としての力を見る、協会主催の退魔師検定のようなもので筆記試験にと実技とそこそこ大変なテストである。
「帰ってきたら、今日は一緒に人魚のところへ行く予定だったが……いつもより早めに切り上げて訓練の時間を少し多めに取ろうか」
「分かった! 学校が終わったら早めに帰ってくるようにするね」
「……身体強化は使わないんだよ」
「はいはい、分かってるって」
ご馳走様でした、と茜は食器を片付けて学校に行く準備を始めた。
「それじゃあ行ってきます!」
「気をつけるんだよ」
参道を走り、階段を降りていく。
途中、山の下に暮らす人達と挨拶をしながら学校に向かい、友人に出会えば昨日やっていたテレビの話をする。
神代茜、10歳。
或る神社の一人娘で職業“巫女”のことを除けば──普通の小学5年生だ。
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茜side
「最近は不審者が出たりと、色々と物騒だから気を付けて帰れよ~」
はーい、という声が教室に響き渡った。
帰りの会も終わり、みんな急いでランドセルを背負う。
「なぁなぁ、不審者に会ったらどうする?」
「……どうするも何も、すぐ逃げないとでしょ」
「え~、茜ったら面白くねぇの」
ひょいっ、とランドセルを背負った一年の頃からのクラスメイトの昴は頬杖をついた。
「俺は出会ったら倒す!」
「子供か」
「小学5年生なんて子供だろ」
「あ、昴は幼稚園生だった」
おい、と叫ぶ声が聞こえてそそくさと私は教室を出て下駄箱に向かった。
靴を履いている間に昴に追い付かれ�、校門を出ても訂正しろだの何だの騒がしかった。
何で昴と帰り道一緒なんだろう。
「にしても今日、お前足早くないか?」
「急いでるから」
「あれ、“心霊番組”って明日だろ?」
確かに私は毎週金曜日の夕方にやってる心霊番組が好きだ。
実際に人外と話したりしてるけど、作り物じゃないときの放送事故が案外面白い。
「普通にお父さんと約束があるの。だから無理に一緒に帰らなくていいよ」
「たまには早く帰ってもいいかな~」
「……何それ」
「ただの気分だから気にするなって!」
何か、適当に流された気がする。
「あ、母さん!」
駆け出したかと思えば、確かに昴のお母さんがいた。
ちょうど買い物の帰りだったのかな。
これで面倒なのにまとわれなくて済む。
そんなことを考えていると後ろから羽ばたく音が聞こえた。
振り返ると、数えくれないくらいの鴉が私の横を通りすぎていった。
思わず顔を隠していると、違和感を感じる。
「この鴉たち──」
普通じゃない。
ただの動物に何か憑いている、というよりは元から人外。
昴が危ない。
そう思ってまた振り返ると、大男たちが私の行く手を塞いでいた。
「神代の娘、今すぐ違う道から帰れ」
「鴉天狗!?」
大男改め、人外でも妖怪に分類される鴉天狗たち。
普段は鴉の姿で生活しているが、今は元の姿に戻って私を守るように立っていた。
いつの間にか結界も張られていて、私は戸惑うことしか出来ない。
「呑み込まれそうなアレは友人か?」
一人の鴉天狗が抱え上げてくれたかと思えば、昴の母だった筈の何かが彼を取り込んでいた。
「っ、昴!」
「そう暴れるな、神代の娘」
昴の母親じゃなかった。
遠くて“人外”のことに気がつかなかった。
気がついていれば、昴が取り込まれることはなかった。
「そう気を病む必要はない。我らも取り込み始めるまで、ただの人間にしか見えなかった」
「鴉天狗! 昴が、このままじゃ昴が──!」
「我らの結界に境内にいようと、神威なら気がつくことだろう。悪霊を完全に無力化する力は我らにはなく、攻撃しようものなら友人ごと切り刻む可能性が高い」
「っ、なら私がやる!」
肩車してくれていた鴉天狗から飛び降りて、荷物でしかないランドセルは道端に放り投げる。
必要なのは札と筆だけ。
霊力で浮かした札達には何も書かれておらず、左手で持っている筆も墨など付いていない。
身体を巡る霊力を持っている筆へ通せば、墨が染みだして札に書くことが出来る。
「待て、神代の娘。まだ退魔師として認められていないだろう。それに引き継いでいない状態でアレには──」
「ごちゃごちゃ五月蝿い!」
救えない命があることを、私は知っている。
でも昴を助けたい。
ただその一心で私は札に“爆”の文字を書いていた。
「……神代の娘」
「五月蝿い鴉天狗!」
「その悪霊は子供を狙う。母親だったものの魂の“子供と共にいたい”という想いが、“子供を取り込んででも共にいる”という悪意に変わってしまったのだ」
「そ、れって……」
札を使う前に、取り込もうと攻撃がやってきた。
避けることも出来ずに立ち尽くしていると、鴉天狗に抱えられて電柱の上にいた。
「友人の母は、とうの昔に亡くなっているのだろう。人間の弱みに付け込んで──悪意を持って母を演じていた」
「悪意を持ってる時点で祓わなくちゃいけないのは分かってるから!」
「神代の娘、アレの誕生日はいつだ」
「今日、だけど……」
「|10《とお》の童というのは人外にとって特別な意味を持つ。生を受けた日に喰らえば、今よりも何倍も力を得るだろう」
何それ。
その一言しか出てこない。
なら、尚更早く助けないといけない。
「アレは我よりも長寿で、多くの子供を取り込んでいる。でなければ人間にあれほど近くはなれない」
そうなんですねぇ、と叫びながら札を書き終えて投げる。
“爆”の文字の通り爆発したが、あまりダメージは入っていない。
中まで攻撃が通るのは避けたいけど、どうしたら良いんだろう。
“封”も“縛”も、昴が取り込まれる続けるのは変わらない。
「お父さん……!」
涙が浮かびそうになっていると、また羽ばたく音が空から聞こえた。
見上げると一人の若い鴉天狗と、薙刀を持ったお父さんの姿があった。
「済まない、別件の対応をしていた」
「マジで探したんですからね神威さん!」
「だから謝っているだろう」
お父さんは私の手元を見て、悪霊を見た。
「どの術を使った」
「……“爆”」
「鴉天狗、茜のことは頼んだ」
「分かったよ、神威さん」
次の瞬間、お父さんは薙刀を振り上げて昴に当たるギリギリで斬った。
しかし、すぐに回復してしまって触覚のようなもので水平に飛んでいく。
「待つんだ茜!」
「お父さんがっ、お父さんが!!」
「こらっ、暴れんなって──」
「“縛”」
「ちょっ、この術を解け!?」
砂埃の舞う地上へと降りて父親の元へ駆け寄る。
鉄のような匂い。
ピチャ、と水溜りを踏んだような音がした。
辺りがやっと見えるようになって、私が最初に見たのは赤だった。
地面広がっていく血を辿ると、目の前にはお父さんの姿。
足が、血だらけ。
動くことなんて出来ないように見えた。
「お、父さ──」
体の奥底から溢れてきたものを出さないよう、必死に我慢する。
気がつけば黒い羽が目隠しになっている。
「アレは私が倒そう。鴉天狗たちと神社に戻っていなさい」
「嫌だ!」
立つことも出来ないお父さんの代わりに、手から離れていた薙刀を手に取る。
ブワッと風に包まれたかと思えば霊力がどんどん吸われていく。
ある程度すれば収まり、薙刀全体に私の霊力が溜まっているようだった。
「鴉天狗! 茜を止めてくれ!」
お父さんの言葉を無視して私は薙刀を構えた。
練習で使っているよりも何倍も重い。
質量の話じゃない。
今まで倒してきた魂の呪いが一斉に伸し掛かっているような──そんな重さ。
「昴を離して!」
薙刀の刃は届かなかったが、霊力が刃へと具現化して伸びたことで悪霊だけを斬る。
昴にも当たったように見えたけど、無事らしい。
「す、バるゥ……」
「まだ生きて──!」
でも、此処まで弱ってるなら問題ない。
私がトドメを刺した少しあと、後ろから声が聞こえた。
「母さん!」
まだ消滅していないお母さんを騙る悪霊を、昴は抱きしめる。
「迷うならば輪廻の輪まで、彼岸まで。神の社を訪れたのならば導こう」
お父さんの言葉が聞こえたかと思えば、悪霊は完全に消滅した。
「この人殺し!」
「昴……」
「何で母さんを殺した! 今日、一緒にお祝いしようって、ッ約束してたのに……!」
初めて、胸が痛くなった。
昴は本気でこの悪霊をお母さんだと思ってた。
お母さんのいない私には分からない。
でも、お父さんが、目の前で殺されたのだとしたら──。
「人殺し! 母さんを返せよ!」
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蒼空side
「──茜、今日はどうする」
「行かない」
「……そうか」
朝食を盆ごと置いたことを伝え、私は縁側に向かった。
昴君の母親の遺体に巣食っていた魔は、茜のお陰で祓うことが出来た。
だが、どちらにも傷は深く残った。
神社のことがあるから他の学校に転校、というわけにも行かず茜は不登校になった。
父親と共に、昴君は県外に引っ越したようだが連絡は取っていない。
「蒼空」
「……羽音か」
一羽の鴉が私の隣に座ったかと思えば、喋りだした。
霊力で判断がつくとは云え、いきなり鴉が話し出したら驚く。
せめて鴉天狗の姿になってもらいたい。
「娘さんの調子はどうだ?」
「最悪だな。食事を用意しても全く手を付けていない」
「……あの子の部屋って鍵とか掛けれたか?」
「私の知らないところで付けていなければ、掛けてないだろうな」
「ズカズカ踏み込むのも大事だぞ、蒼空」
「それは父親としてのアドバイスか?」
「私も父親だからな」
鴉の姿で言われても、と思っているといつの間にか羽音は空を飛んでいた。
「来客のようだから失礼する」
「……あぁ」
神代茜‥小学5年生。巫女。今回の件で塞ぎ込む。
神代蒼空/神威‥茜の父。神主。今回の件で歩きにくくなる。
鴉天狗‥普段は鴉に紛れるか山奥で暮らす天狗。
昴‥茜のクラスメイト。引っ越した先では少し元気を取り戻してる。
昴の母‥正確には死んでいる昴の母の身体を乗っ取っている悪霊。
羽音‥蒼空と仲のいい鴉天狗。父親仲間。