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1-5 はんぶんこ
いじめられている、と伝えたあの日の帰り際、隼人に
「教科書の紙、全部残ってる?」
と聞かれた。
頷くと、
「じゃあ、持ってきてよ。パズルだと思えば意外と楽しいかもよ?」
それから毎日隼人の家に行き、パズルを手伝ってもらっている。
「隼人見つけるの早いね。流石名探偵ハヤト」
「僕ができるって言うより、紗絢ができなさすぎるんじゃない?」
「それ言わないでよぉ!昔からずっと図工1なんだもん。センスがないんだもん」
喋りながらも手を動かしていると、部屋にビリッと言う音が鳴る。
「あ、セロテープ無くなった?じゃあ、買いに行こっか。ついでにお菓子も買っちゃう?」
隼人が立ち上がり、引き出しに入っていた財布を見せながら言う。
「いいの?ありがとう!じゃあ私、ポテチ食べたいなぁ、でも、暑いからアイスも良いかも!」
歩いてコンビニまで5分くらい。
たった5分でも、2人で外を歩くのはとても久しぶりで、昔に戻ったような気分になる。
「ねぇ、隼人」
「ん?どうしたの?」
「んっとさ、これから夏休みじゃん。教科書直すのが終わっても、毎日隼人ん家行って良い?」
「…いいよ、もちろん。前にも言ったでしょ。『何かあってもなくても、いつでも来て良いよ』って」
隼人の言葉が嬉しくなり、思わず抱きつく。
「隼人ありがとぉ!大愛してる〜!」
「だ、だいして、る?」と言いながら倒れる既のところで耐えている隼人の身体は、世界一心許なくて、世界一頼りになる身体だった。
セロテープと、チューブ型の2本入りアイスを買い、コンビニを出る。
隼人は袋を開け、紗絢に片割れを渡すと、袋をポケットに突っ込み、自分もアイスを食べ始める。
「美味しい?」
隼人が沙絢の方を見る。
「うん、美味しい!」
満面の笑みの紗絢が言う。
「そんなに?」
「そんなに!」
「どうして?」
「だってさ、こうやって食べれるの、仲良しの証って感じしない?お母さんとお父さんと、昔はよく食べてたからさぁ」
「言われてみれば僕も暫く食べてないなぁ。このあたりにいると嫌なこと言われるからって母さんほとんど家に帰ってこなくなったし。だから、紗絢だけだなぁ」
紗絢は、自分が「隼人と唯一一緒にアイスを食べれる人間」ということに嬉しくなり、少し調子に乗る。
「これからもさ、私とだけ、アイス食べてくれる?」
そう聞くのと、隼人の足が止まるのはほぼ同時だった。
隼人を見てみると、ある一点を少し怯えたように見つめている。
目線の先を見ると、隼人と同じぐらいの年の男子3人がニヤニヤと隼人の方を見ている。
「よぉよぉ、佐藤くんではないですかぁ」
瞬く間に3人は紗絢たちを取り囲む。
「佐藤くぅん、この子、小学生だろ?こんな小せぇ子とヤッてんの?ロリコンきめー」
「流石佐藤、お前、親に似て顔だけは良いもんなぁ。見たことねぇ父さんも、顔だけは良いバカだったんじゃねえの?」
「…沙絢、行こ」
そう言い、隼人は紗絢の手を掴み、グイグイと引っ張り進んでいく。
いじめっ子たちは、それにもついてきて、
「お前どんだけヤりてぇんだよ。俺たちともうちょっとぐらい話してくれても良くない?」
「どうせ、親日付変わるまで帰ってこねぇしな」
「好き放題女を連れ込めるの良いですねぇ」
などと好き勝手囃し立てる。
ひたすら無視する隼人に飽きたのか、3人はコンビニの方へ戻っていった。
家に着くまで引っ張られ、一言も話さなかった。
玄関に着いた途端、隼人は玄関框に靴を履いたままうずくまる。
「…ごめん、ごめん」
ボソボソと独り言のように隼人が呟く。
「隼人?なにが?」
「紗絢の前では頼りになる幼馴染で居たかったのに。紗絢も嫌なこと言われて…。ホントにごめん」
紗絢は、玄関框に膝をつき、両手で隼人の頬を包み、顔を上げさせる。
「隼人、聞いて。私ね、全っ然傷ついてないんだよ?」
教科書破られるのに比べたらマシなもんだよ、と笑ってみせる。
「…そっか。強いね、紗絢は。僕がいなくなっても、きっと平気だよ」
「僕がいなくても」その言葉に腹が立ち、頬を包む手に、力が入る。
「…違うよ、違う」
「…紗絢?なんで泣いてるの?」
「…隼人がいるから、私は強くなれたんだよ!」
突然の大声に隼人は驚いているが、気にせず話を続ける。
「学校で、家で、どんだけヤなことがあっても、隼人だけは『味方』でいてくれるってわかってるから!だから…、だから私は最強無敵!
…私は、隼人の1番の味方になれない?」
「…なってくれるの?」
「隼人が良いなら、辛いことも、楽しいことも…アイスも。全部はんぶんこ、しよ?」
「ありがと」
それからしばらく、隼人は「ごめん」と言い続けた。
その言葉の意味は、いつか教えてくれるの?