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#1:ある日ぽつり
雨が降ってきた。
ぽつり、と窓を伝って、雨粒が落ちていく。
「あれ、今日降る予報だっけ?」
「降水確率20%だったから、別にいいかなって思ったんだけどねえ。」
持ってきていないからビニール傘でもコンビニで買うか、と同期が会話しているのを横目に、私は1人立ち尽くす。
実は私も同じく、傘がない。家だ。持っていこうとして忘れてしまったのだ。別にいいかあ、と思ったら降っていたのだ。
ビニール傘……は、私のただでさえ少ない手取りをより削ることになってしまうので買わないでおきたい。折り畳み傘……カバンの中を持っていないかと漁ってみたが、やはりない。新しい環境で、物を忘れることが本当に増えていた。
電車にさえ乗れればいい。今は勢いが弱めだし、急いで帰れば、この勢いのままならあまり濡れずに済む。雨宿りしてもいい。もしかすると、小雨になっているかもしれない。
私はデスクを一通り片付けて、大きく伸びをする。凝り固まった筋肉がほぐされて、リラックスした視界に、終業時間のチャイムを聴いて同じく帰っていく同期たちが見えた。
入社して2ヶ月ちょっと、6月の日のことだった。東京の梅雨入りは目と鼻の先だった。
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「……雨、もっと強くなってきた。」
私の独り言は、私以外に誰もいないバス停で、湿り気を帯びて響くばかりだった。
待ち列を濡らさないように設けられている、バス停の上屋から、雨水が滴り落ち続けている。3歩ほど進めば、雨水の滝には触れられる。手を伸ばせば、上屋の向こう側の、シャワーから流れてきてきるような雨粒にも。
会社を出たはいいものの、駅に向かって走っているうちにどんどん雨脚は強まってしまった。これはまずいと思って、見つけたバス停、その上屋の下に私は駆け込んだ。雨脚は強まるばかりだとは知らずに。
スマートフォンでの検索の結果、なんとかバスや電車を乗り継ぎ、最寄駅に辿り着けることは発覚した。だから、私はここでバスを待ち続ければ帰れる。帰れるのだが。
「結局、ビニール傘買った方が安かったかなあ。」
私はバスの定期を買っていない。だから、結果として出費が増えてしまったことに変わりはない。あーあ、とすることもないのでぐるぐる考え事をしていたら、「ビニール傘を買った方が安かったのでは?」という疑惑まで浮かんできてしまった。
最悪だ。服は濡れるし、出費が増えるし、今日はツイていない。私の気分まで、今日の空のように、重く鈍く雲に覆われてしまいそうだった。
これが地元だったら、もう少し楽だったんだろうか。ネガティブな思いが、私の頭の片隅から存在感を増してきている。ああ、もうゴールデンウィークも終わってしまったから、しばらく帰省できないのに。
「ダメダメ、そんなこと考えちゃ。何のために私は東京に出てきたの。」
嫌な考えを振り払うように、私は頭を横に振って、少しだけ声を大きくして、自分に言い聞かせる。
言い聞かせたところで、大きな水音が耳に入ってきた。
あ、独り言、聞こえてたかな。バレてないといいな。
私は俯いて、バス停の隅に寄って、ちらりとやってきた人を見た。
「……ごめんなさい、俺、傘忘れちゃって。バス停、びしょびしょになっちゃいました。」
「いえ、私も傘、忘れちゃったので。」
苦笑いをしている、青年が視界に映った。
「あ、そうなんですね!奇遇、ですね!」
その言葉を聞いて、安心したのか。
雨に濡れながらも、屈託なく笑っていた。
梅雨ですね。やってみたかったシリーズ小説をあげてみます。
恋愛、になってたらいいなという小説。
本当にゆるく少しずつやっていくつもりです。