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ステレオタイプの夢はもう
森間キハル(仮)
母校の文芸部の部誌で寄稿した作品です。字書きは久しぶりなのでお手柔らかにお願いします。
『魔法少女』。それは夢と希望のオモチャ箱。
沢山のフリルと大きなステッキを身に着けて、町を襲う怪獣や怪人を追い払う。呪文を唱えばあら不思議、ワルモノもたちまち光の泡に囲まれて罪も汚れも一目散。
そんなスーパーウルトラハッピーな存在。
女の子なら誰もがなりたいと思ったことがあるだろう。しかし、その女児の心を鷲掴みにした魔法は十二時の鐘が鳴るように時間が来たら消えてしまう。
でも、私は違う。高校生になった今でも、「魔法少女になりたい!」という願いは、未だに私の胸の中で暴れているのだ。
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私は鶴留ことこ、十六歳。長所はケッコー珍しい名字。短所はくそ古めかしい名前。
はっきり言って好きじゃない。なんだよ令和の時代に「こ」で終わらせる名前なんて。
ステレオタイプってやつ?ほら、世間でもオールドメディアがどうとか騒いでるけど、キホン古いものは疎まれがちなんだって。なんで私の親はそんな名前にしたのかな……
話を戻そう。私も、みんなと同じように画面越しに頑張る女の子達を応援していた女児の一人だった。周りと違うのはそれが現在進行形でも続いているということ。
そう、私は高2になってもまだ心は現役女児のまま!それどころか、その熱狂的な愛と憧れを拗らせてしまった結果、私の将来の夢は「魔法少女になること」で固定されてしまった……!
……マジ。本気。冗談じゃない。とにかく私は魔法少女になりたい。
フリフリした衣服を纏って悪の化身から街を守りたい。みんなからキャーキャー言われたい。イケメンの王子から求婚されたい。
……失礼、邪心が出た。まあそんな感じで絶望的な夢を持ったまま16歳になってしまった。
---
「はい鶴留。ここの記述、『ステレオタイプ』って……、お前意味間違えてるぞ。後で辞書で確認しろよ」
この前のテストが返ってきた。結果は……うげ、四十四点。
国語は得意でも苦手でもないが、評論文が多い論理国語はどうも点が取れない。しかも記述の多いこと……。こんなマス目だらけの答案なんて先生はなんと意地悪なのか。
まあどうせやり直ししないのでクリアファイルの中を適当にかき分けて煩雑に押し込んだ。今日の私にはテストなんかよりも大事な予定があるのだ。そんな大事な用事って何って?
――そう、『魔法少女に会いに行く』のだ。キャラクターショー?そんなファンイベントの類ではない。ガチの「魔法少女」だ。実はこの世界には幸運にも魔法少女と呼べる人々が密かに存在しているらしい!……とは言いつつも全貌は明らかになっておらず、政府の関係者等、ごく僅かに限られた人のみがそれらに関わることが許されているらしい。
この前3chでスレを漁っていた時に知った。 情報源的に信用度は低いけど、探してみる価値はある。そんな感じで最近もっと情報を探していた。
そんなとき!なんと数日前にインスタで魔法少女と名乗る人が学校の近くでマモノが発生したので討伐しましたーと宣伝しているリールを見つけてしまったじゃないか!
これは運命だ。もしかしたら魔法少女になる方法を教えてもらえるかもしれない!私はすかさず投稿主にDMを送り、今日会う約束をした。
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そして午後三時五十五分。私は近くのスタバの前で待ち合わせしていた。上に高速道路が通っていて、車の通る音が絶えず響いている。高架下にも車道が続いていて、下校中の学生たちがバス停でシェイクを飲みながら駄弁っている。いいな、新作。
ああ、本物の魔法少女ってどんなのだろう。生まれた時からそれになることを運命づけられた中学生かもしれない。オトナになっても政府の命令で魔物を倒し続けてる成人女性かもしれない。もしかしたら同じ高校の高校生かも。分からない。でもその分期待で胸がいっぱいになる。フリルとリボンで飾られたオモチャ箱の中身には、一体何がつまってるんだろう――?
そこから数分待った。集合時刻は四時。流石に詐欺とかを疑い始めたその時、私のユーザーネームを呼ぶ声が聞こえた。
「『るとめ』さん、ですよね?」
……貴方が想像したのは、かわいい女子中学生の声ですか?
――NO.
それとも大人のお姉さんの声ですか?
――NO.
……私の目の前に現れたのは、女子高校生でもOLでもなく、熊みたいにゴツくてデカい白髪の男性だった。
「へぇ……?」
思わず変なところから声が出た。なんというか威圧感がすごい。血みたいに真っ赤な瞳で見下されて背筋がザワザワする。目つき怖い。しらがとは言ったが肌を見るに二十代くらいの年のような気がする。
私は塩揉みした青菜のようにへにょへにょの勇気で声を絞り出した。
「はい、私が『るとめ』です……」
「よかった。私は先日連絡を受けました入嶋です。よろしくお願いします」
そう彼――入嶋さんはインスタのプロフ欄を提示しながら言った。
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「『魔法少女』。――その正体は日本国に度々発生する怪奇生命体の破壊と回収を行なっている国家公務員。国民からその存在をカモフラージュする為に政府内では魔法少女と呼んでいる」そう入嶋さんは言った。……頭が追いつかないが、どうやらこの国、この世界での「魔法少女」は夢もタネも仕掛けもない存在だったらしい。
つまり政府の陰謀。文字通りカッコ付きのマホーショージョ。
なんそれ。私の16年の夢を返せ。国家公務員とかはまだ分かるけど、わざわざカモフラージュする必要性ってあるの?
「それで魔法少女の存在を知っている方の元を訪ねて、記憶を消去させて頂くというのが、私の仕事なんだよ」
入嶋さんはいかにも厳かな顔をしてそう答えた。時計に少し目を配りつつ、私の方を見つめてくる。私はぎこちない笑顔を貼り付けて尋ねる。
「あの、そんなわざわざ記憶を無くさなくても……黙秘させるとかでもいいんじゃないですかね?」
「守秘義務なんだ。すまない」
キッパリ告げられた。真っ黒なコーヒーを少し口にしてこちらを向いている。目線が痛い。気を紛らわそうとしてさっき買ったカフェオレを手にした。が、もう中身は無い。無意識に氷をぐるぐると回してしまう内に、私の希望も底をついてしまったようだった。
「そうなんですね……。なら、せめてでも魔法少女にさせてもらうとかはできないんですか?」
「できない。なんせ誰がなれるのかも分からないものだからな」
王手だ。もう私には何もできない。魔法少女になることも、近づくこともできない。……私はこれからどうやって生きていけばいいんだろうか。折角夢を叶えられるチャンスだったのに。せめてでも夢に触れることができたのに。国家公務員だが何だが、それのことをもっと知ることができる機会だったはずなのに……
だめだ、なんか目頭が熱くなってきた。カフェオレのせいで口元だけひんやりしてるのが変な感じ。こんな状態になるならいっその事熱いところも冷たいところも全部均しておんなじ温度になったらいいのにな。
「それでは記憶を消去させて頂きたいのですが……よろしいでしょうか?」
ああ、運命には逆らえない。
「……はい」
そして私と入嶋さんは人混みを避けて小さな路地裏に入った。蹴った空き缶の音が妙に長く響く。奥は暗すぎてよく見えないがそこまで怖くはない。むしろこれからどう記憶を消されるか、私の夢と希望はどこへ行くのか、それだけが気がかりだ。
「では、記憶消去に同意したとして、これから処置を行います――」
そう入嶋がつぶやき、鞄の中からペン型のなにかを取り出した、その時だった。
――ドーーン、ガシャン!!
轟音。雷鳴のような爆音!突然爆破音か破壊音かが鼓膜に直で来た。咄嗟に音のもとに顔を向けるとそこには……なにこれ?
大きな、影?
いや影じゃない、ちゃんと実体がある。
バカでかいナニカ。土ぼこりのせいでよく見えないが黒っぽくて巨人みたいな物体が、高速道路をぶっ壊して佇んでいる。目らしき2つの光源がこちらを見下ろしていた。
身体が固まった。目がそこから離れない。これ絶対ヤバいやつなのに、足が地面にくっついて離れない。まるでさっきまでの心配事がこの怪物に横取りされたみたいだ。怪物は足らしきものを動かして、私の方へ向かってくる。逃げなきゃ、なのにすくんで動けない。悲鳴が聞こえてくる。瓦礫が崩れる音がする。怪物が来る。なのに……なんで私は逃げられない?!
「くそ、予測より随分と早く来たな」
隣の入嶋さんが目の前を飛び出してきた。そして怪物の方に飛びかかっていく。
「危な――」声を出しかけたその瞬間。目の前が閃光で覆われた。眩しくて反射でつぶってしまう。すぐ目を開くと、大きな刀を持った入嶋さんが、その怪物に切りかかっていた。
「……え」
鋭い痛みを感じた怪物がうめき声をあげる。切り口から群青色の血液らしき液体が噴き出す。怪物は入嶋を薙ぎ払おうと腕を振り回すが、華麗にかわされてしまう。そして彼は怪物の断末魔をものともせず、上から下まで一気に刃物で真っ二つにしてしまった。
それも余りにも手慣れた様子で。
怪物は地面に打ちつけられた。騒音とその衝撃が周りを轟かし、土ぼこりが舞って咳が出る。鮮血が地面に滲み出す。突然の出来事すぎて頭が混乱する。あれはなんだったんだ?入嶋さん?
土ぼこりが落ち着いて視界が明瞭になってきた。怪物が立っていたはずのそこに、一人の男性がいる。――大きな刀を持った、熊みたいにゴツくて白髪の、おっかない……甲冑みたいな服を着た男性?あれ?あの人そんな格好してたっけ?元々ニットに長いコート羽織ってなかった?鋼色の鎧とは対照的に、首元に小さな真紅のリボンが風でなびいている。
……私は気がついてしまった。彼の手に「パクト」らしき物があることを。そして私の中に一つの仮説が生まれた。
インスタの投稿、眩い閃光、デカい刀、一瞬で倒れた怪物、不自然な服、そしてパクト。これを一気に証明できる説は一つ。私は叫んだ。
「お前が『魔法少女』だったのかよ!!!」
もう酷く叫んだ。ありったけを喉につぎ込んだ。意味が分からなかった。何で男性が?こんなオッサンが?政府の雇われ者?記憶消失係?そんなの関係ない、ただただ理解できない。どうして可愛い女の子でも、キラキラのフリルを纏った人でもないの?!
「ああ……見られてしまった……」
入嶋さんはいかにも「あちゃー」と書かれた吹き出しが出てきているような顔でそう言った。
「見られてしまったじゃねーよ!どうして男性が魔法少女やってるんですか?!」
「……帰国子女と同じノリだよ」
「嘘つけー!!信じられないですよ!そんな中世の兵隊みたいな格好して、ステッキでもない刃物持って!意味が分からないですよ!そんなの魔法少女なんて言いませんって!」
「そうは言っても、これがこの国での『魔法少女』の姿なんだよ。女性だけが魔法少女になれるというのはもう古い考え方になってきているし」
もう古い考え方……?ああ、最近よく聞く多様性というやつ?そんなの二次元にも混入させるの?あ、いやこれは現実か。
入嶋さんは手に持ったパクトを中指でパチンと閉じた。そしてその甲冑が一瞬で元のロングコート姿に戻った。そして誰かに電話するとゴミ処理班みたいな人達が現れて瓦礫とマモノから飛び散った体液を片付け始めた。その一方で私は半べそをかきながらずっとその様子をただただ見つめていた。
「さぁ、気を取り直して記憶を消そうか。こんな思い出が残っていたら癪じゃないかい?」
入嶋さんは例のペン型記憶削除機(?)を取り出して私に尋ねた。もういいよ、こんなずっと小さいころから育ててきた夢を、人生の核を、めちゃくちゃに壊した挙句跡形もなく粉々にされちゃうなんて。それならいっそのこと忘れた方がいい。その方が楽なんだろうから……
……でも、これってどこまで記憶を消されるんだ?だって入嶋さん「『魔法少女』に関する記憶だけ消去する」みたいなニュアンスで言ってなかったっけ?じゃあ中途半端に元の中身だけ空疎な夢だけ残るってこと?え、それじゃぁもしかしたらまたこうやって絶望する可能性があるってこと?……
それなら、もう全部覚えていたいよ。辛いのは嫌だ!
そう思った途端、いつの間にか私は入嶋さんの元から全速力で逃げていた。
入嶋さんが叫んで追いかけてくる音がする。でも追いついてくることはない。衝動という凄まじいエネルギーは人間を大いに動かす力があるから。特にそれが負の性質を持っているときは。
そして、幾つも角を曲がり走り続けることによって遂に逃げ切れた。が、ここがどこかわからない。適当な路地裏を駆け巡ったせいで土地勘が働かない。高いビルとビルの間の狭い隙間に入り込んでしまったことだけは分かるが、それ以外は全く分からず出口さえ見失ってしまっていた。
そこは最初に記憶を消されようとしたときの路地裏よりも薄暗く不気味なオーラが漂っていて、もっと奥に進めば闇に捕まって戻れなくなりそうな感じがした。空気が重い。
心臓の鼓動が強くなってきて、ずきずきと痛みが刺さってくる。ここから出たいのに、どこに行けばいいか分からない。
『そこのキミ、迷っているんだろう』
どこからか誰かが囁いた。
『分かるよ、キミの不安、逃げたいんだろう、変わりたいのだろう』
「そうです!ここから出られる道って……」
『キミも魔法少女になりたかったのだろう』
え……?
『ワタシには分かる、あんなに魔法少女に対して希望と期待を膨らませて生きてきたのに、現実はこんな有様なんて、かなしいね。』
『ワタシには分かる、あのイリジマという男が憎いよね、この国が恨めしいよね、どうして夢の象徴をあんな血塗られた働き手の別称として採用したのか、ふしぎでふしぎでたまらないよね?』
『絶望するよね、分かるよ』
『ワタシがすべておしえてあげるよ』
足が声の元へ動き出す。暗い世界の奥深くに引き込まれる。まるで夢の世界へおちるときのように。この声の正体は一体誰なんだろう?声は優しい口調で何度も私に囁いてくる。その声に導かれて、私はゆっくりとその深淵の中に向かっていった。
---
一方入嶋は焦っていた。魔法少女に関する記憶を持つ少女が逃走したからである。
このまま彼女を放っておくと、いつ魔法少女の存在を告発されるか分からない。そうなったらこの国の防衛体制にも国民の命にも危害が及ぶ。苦労して隠ぺいしてきた事実が、もしこんなケアレスミスで世間に公表されたら?最初は陰謀論だといって騒がれるに違いない。だがそのうち魔物が実際に存在していると国民が知ったら?彼らの怒りを抑えることができるのか?
……いや無理だろう。国民の反発、デモ行進、その列に突如現れた魔物……そんな事態が発生してしまったら?考えるだけで寒気がする。そもそも魔物は負の感情から人間の存在を感知し狩りに来るものなのだから、マイナスオーラを纏った人間が大量にいたら獲物を得る絶好の機会になってしまう。
そんなことになったら……駄目だ、一刻も早く『るとめ』さんを見つけ出さなければならない。だが、彼女は本当にどこへ行った?全く見当がつかない。第一この地域に来たのは初めてなので土地勘があるという訳でもないし、それにこの高架下付近にはビル街と地下道路が組み合っていて三次元的に捜索する必要性がある。
万事休すか、と思われたその時、ピピピと彼の腕時計のアラームが鳴った。
「待て、こんな短時間でもう一体発生しただと?」
彼の腕時計は魔物の発生を知らせる探知機でもある。さっき『るとめ』さんといた際に対峙した魔物には反応しなかったくせに。「壊れたのじゃなかったのかよ」と舌打ちしながら入嶋は時計の示す方向へ駆け出した。もしかしたら、彼女の身に何かあったのかもしれない。静電気がたまり浮いた白い髪を揺らし、交差する街の中を巡り回った。
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気がついたら、私は暗闇の中にいた。真っ暗なゼリーに入れられているみたいで、身動きはできないけどはっきりと意識があるのは分かる。代わりに眼球を最大限動かしても、周りに何があるのか認識できない。怖い。何も分からない状態ってこんなに苦しいものなんだ。ねぇ、ここはどこ…?
『あ、目覚めちゃったんだ、ざーんねん』
思い出した。そういえば入嶋さんから逃げようとして、変な路地裏に入って、優しそうな声がしたからそっちの方に向かったら気を失ったんだ。そしてこれか……なんか、だまされちゃったって感じだな。
『安心してよ、どうせキミは死ぬんだから』
誰かが脳に直接語りかけてくる。なんで名前知ってるの?というか死ぬ?私が?なんで?最初は優しい声色だと思ったがどこか不透明さがあって気味が悪く感じてきた。
『キミはさっき人生の希望を、照らしてくれるアカリを失ったんだよね。そんな人生、もう生きる価値などないだろう?』
確かに、入嶋に夢をぶっ壊された。粉々になって風で飛ばされて、もう元の希望のかたちには戻らない。人生を壊されたんだ。そうだ、憎い。確かに憎い。イリジマが憎い!!
『それなら夢を壊した張本人に復讐しにいかないかい?そっちの方がシアワセに成仏できると思うんだ、ワタシは』
え、復讐……?
『見て、視界を共有するよ』
声の主がそう呟くと急に視界が開けてきた。というか第三の目ができたように新たな視覚的な情報が脳に直接送り込まれてくる。えっと、ここってどこだろうか?
――そうか、ビル街の中だ。目の前に小さな公園がある。待ってなんで公園を見下しているんだ?高い位置にいるの?ブランコが激しく揺れている。人が絶叫しながら逃げて行ってる。私を避けてる?
あ、子供が躓いた!とっさに助けようとしたけど、視界しかリンクされていないのか腕や足は動かせられない。足はずんずんと子供の方に向かう。このままじゃ踏まれちゃう。だめだ、止めないと!
その時、影が一瞬で子供を抱えて消えた。
……入嶋だ。入嶋が来た!
どこかに子供を預けたらしき入嶋は、あの大きな刀を構え直す。刃は先を光らせてこちらを鋭く見つめてくる。彼は叫んだ。
「『るとめ』さん!そこにいるのか!」
私に気がついているの?!待って、『そこにいるだろう』って言った?もしかしてこれって何かに取り込まれてる感じ?外見からは判別できないって状況なんだよね、コレ?
「聞こえているなら返事できないか!」
閉じ込められてんだから返事出来るワケ無いだろ!とにかく、これ多分さっきの怪物みたいなヤツに飲み込まれている状態かな?。そりゃ身動きできない空間の中に閉じ込められている訳だよ。
入嶋は小さく舌打ちした後刃物を思い切りふって怪物の足を斬りつけた。だが前の怪物よりも頑丈な体つきなのか、半分も切れていないように見える。怪物はすぐさま大きな腕を振り上げた。入嶋はステップを踏んで華麗に躱し、そのままカウンターを仕掛ける。それでもうまく傷をつけることができなくすぐ怪物から反撃を食らいそうになる。
序盤は軽く避けてれていたが、戦闘が長引くにつれて体力が消耗してきたのか動きが鈍くなってきた。私は彼の姿をただ固唾をのんで見ることしかできなかった。というかここでは唾すら分泌できないみたい。
『ほら、見える?イリジマの本当の姿。惨めだね、必死だね』
あの声が耳元で囁く。
『あんなに冷たくキミをあしらったというのに。あんなに傲慢な態度をとったのに。キミを絶望の奈落の底に落としたのに。アイツはこんなんになっちゃった。』
入嶋は魔物の攻撃を避け続ける。するとボールを落として子供が割って入ってきた!魔物の長い腕は少年を目掛けて迫ってくる。それに気づいた入嶋はすぐ子供を庇って腕を切り落とした。が、その切断したはずのブツが入嶋の体に食らいついた。大きな切れ端が鉄の鎧を溶かし始める。彼は手でそれを必死に叩こうとするが、切られた腕が逃げる子供の方に伸びる。
「危ない!」
入嶋は刀を放って咄嗟に子供をかばった。がその代わりに攻撃を受けてしまい腕の鎧に大きく傷が入ってしまった。切られたところから鎧が糸くずのように解れていく。もう変身状態も持たないかもしれない。
『あーあ、誰かを助けようとして自分すら守れないみたい。』
あの声が私に語ってくる。
『これからキミは死ぬ。ワタシに取り込まれて糧となる。言っとくけどね、ワタシが今こんなに力をもてあますことができているのはね、キミのおかげなんだよ』
え?
『キミのその怨嗟、嫉妬、憤怒、憎悪……キミから生まれるその感情がワタシを強くする。頑丈な体も、再生する触手も、全部キミのせい。キミのせいであの男は苦しんでいる。』
『絶望するでしょう?そうだよ、その気持ちがワタシに必要なんだ。』
『ねえ、ワタシと共に生きないかい?』
え、やだやだやだ、そんなの嫌だよ。ねえ本当にそんなことある? ってことはさ、私が原因でこんな悲惨な状態になってるの?! 私のせいで入嶋さん達が傷ついてるの?! 全部私のせいだったってこと?!……ああ、胸がズキズキと痛んでくる。
こんなんだったらいっその事ここで死にたい! 消えてなくなったらこの怪物の暴走も収まるでしょ……いや、収まるはずがない!むしろこんな風にグダグダ自責の念抱えてたら悪影響だ。アイツに力を与えることになる! どうしよう、ここから脱出する方法は……
『無駄だよ、もうじきキミはワタシの体に取り込まれるからね』
そう怪物が応えると、急に足のつま先の方の感覚が無くなってきた。そのままじわじわと侵略されていく。これが吸収されるということか。全力で腕を振り回して抗おうとしたが、相変わらずピクリともしない。
『あーあ、夢もかなえられず、誰かを助けることもできず、傍観して死んでいくなんて哀れだね』
……そうだよなぁ、哀れで惨めで夢すらかなえられない、というか空っぽの夢の亡骸を抱えて死ぬなんて、あまりにも可哀そうすぎないか。
せめて最後くらい誰かの役に立って死にたい。まあこの怪物の役には立ってるらしいけど。いやそうじゃなくて、私は光の存在になりたかったのに。
闇落ちエンドみたいなのは絶対嫌だったはずなのに。テレビで見たキラキラの魔法少女みたいに、誰かを助けて救いたかったのに。
……待てよ、『誰かを助ける』?
そうだ。
そうだよ。
なんで私は魔法少女になりたかったのか?
フリルいっぱいの衣装を身にまといたいから?
魔法のステッキで敵を浄化したいから?
魔法の国の王子様に求婚されたいから?
違う、それも理由の一つだけど、根幹は違う。
誰かを助けたかっただけなんだ。
いつしか本質を忘れて付属品ばかりに注目して、外面だけに憧れている状態になってただけだ。本当は、本当は悪の脅威から人類を救って、誰かの希望を取り戻したかったんだった! なんでこんな重要なコト忘れてたんだ! 私の馬鹿!
バカバカし過ぎて自分の頭を殴ろうとしたけど、手足が動かないことを思い出し頬に熱がたまり始める感じがした。
彼は視界の先で子供を守るために戦っている。落とした刀を拾って構え直し、男児が逃げられるように時間稼ぎをしてる。この勇敢な姿を俯瞰して見ると不思議な感じがする。あんなに憎かったのに、今じゃスーパーヒーローとしか思えない。入嶋こそ本物の魔法少女だ。男性だけど。ゴツい体つきだけど。誰かを助けるという本質は持っている。多分こういう人が神様に選ばれて不思議な力を得るんだろうな。散々恨んで軽蔑してたのが今じゃ申し訳なくなってきた。入嶋さんごめんなさい。
一刻も早く彼を助けないと。というかここからどうやって逃げ出せばいい? ふくらはぎくらいまで感覚がない。万事休す、ってやつ? いや、ここで諦めないのが魔法少女だろうが!
私は全力で悪あがき(のイメージ)をした。肩に無駄に力が入る。汗までかいてきた気分になる。身体を動かすのはどう足掻いたって無理なので、一度視界をシャットアウトして、精神世界から何かできないかいろいろ試してみた。
なんで? 分からない。でもとりあえずそうすれば何とかなる気がした!
心の中でジタバタして、動き回って、そこら中を殴りまくって――、しばらくの間、砂場に落ちた星屑を探し出すように、私はひたすら脳内をかき混ぜてみた。するとなんと、小さな丸い形の穴があるじゃない! 何がなんだかよく分からないけど、とりあえずこじ開ければとは勘付いた。私は心の中の手で思い切りソレを握る。
開け、崩れろ。
私はもう昔の私じゃない、夢はないけど希望ならある!
強く念じたその時、気がついたら私は外に飛び出していた。
入嶋……さんは目を見開いてこちらを見る。怪物は私を元の世界に戻そうと腕を伸ばすが、私は華麗に避けて前転して地面に着地した。よかった、足の感覚がある。
砂に打ち付けられて頭が若干痛いがそんなの気にしない。問題はこの怪物!外界から見るとそりゃ入嶋さんが苦戦する理由が分かる。あっち側も甲冑のような甲羅を身にまとっていて、傷が入りづらい構造になっている。
あんな鋭利な刀でもダメージを与えられないのも当然だ。じゃあどうやってあの化物を倒すか?
刀を握り直しながら入嶋さんは私に話しかける。
「大丈夫か『るとめ』?!」
「入嶋さん! 私いい案があります!」
つい遮って言ってしまった。余りにもいい作戦だったから……
私は彼にやり方を手短に説明した。入嶋さんは承知して、すぐ作戦に移った。
まず私は怪物に手を振ってこちらに気を向かせる。エネルギー源だった私を取り戻そうと鬼の形相で追いかけてくる。私小学生の時はリレーの選手に選ばれたことあるんだからね、舐めるなよ
。ぐるぐると公園を周りながら私は鬼ごっこを続ける。怪物は向きを何度も変えてこちらに向かってくる。追いつけないときは触手を使って私を捕まえようとするけどすばしっこいので捕獲できない。捕まるものか。
一方入嶋さんは木陰に隠れてずっと怪物の身体をまじまじと見つめ続けていた。ソレの甲冑は隙間がないようにぴっちりと閉じられている。絶対に外敵から攻撃を受けないという意思を強く感じられるくらいに。怪物は私が逃げるのを追いかけようと背を向ける。その様子を刀を構えながら入嶋は凝視する。
さっき私が開けた「穴」。怪物から逃げるために壊した小さな穴。
精神世界にこじ開けられたものだけど、もしかしたら現実世界のこの鎧に繋がってるかも。多分そこが急所だ。心と直接繋がってる部分ってとても重要な所だから。
私達はそこを狙っている。
作戦はそう、はじめに私が怪物の気を引いて、入嶋さんは身体を休めつつ穴を探す。こんな巨大な生き物にあるほんの僅かな隙間を見つけるなんて至難の業だ。でもできるはず。そうやって魔法少女は諦めず敵と戦ってきたんでしょう?
怪物は入嶋さんの居場所に気がついて捕まえようと触手を伸ばす。私は咄嗟に怪物の目の前に飛び出した。怪物の目がギョロリとこちらを覗く。邪魔なんてさせるものか。魔法を使えなくても、特殊な身体能力がなくても、サポートくらいできる。入嶋さんの役に立てる。
「大丈夫か?!」
入嶋さんは私に向かって叫ぶ。
「心配しないでください!」
私は息切れしつつも応答した。
入嶋さんは何度も怪物に狙われ続ける。その度に私がこちらへ誘導して気を引かせ続けて攻撃を回避する。すると急に私の方へ触手が向かってきた。入嶋さんはすぐに駆け出して私を庇う
刀で触手を薙ぎ払った後、何かを見つけた様子で怪物の後ろ側まで移動し、不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「『るとめ』さんよ、……感謝する」
その瞬間彼は見つけた小さな穴に向けて、最大限の力を振り絞り怪物を刀で突いた。
---
――その後どうなったのか?
それはもう想起したくないくらいグロくて酷い風景が広がってた。
本当に吐き気が止まらなかった。
多分この状況をちゃんと文字で起こすようなことをしたら絶対検閲をくらう。
マジで。しばらくは血は無理だな。
怪物は最後の一突きのあと、耳がかち割れそうなくらいのうめき声をあげて公園の遊具や近くのコンビニの駐車場などありとあらゆるものを触手で壊しながら爆発して息絶えた。もうその後の処理のダルさよ。元々来ていた清掃班のみなさん(と入嶋さんが言っていた)が必死に遺体とか瓦礫とかを片付けていたけど人数が足りなくて応援を呼ぶ羽目になった。そして私も手伝わされた。
まあしゃーない。
街の復旧作業はニ、三時間程度で終わった。
魔法の力なのかなんなのか、気がついたら壊されたものが全て直っていたから絶対みんな酷く驚くよ。余りにも目を丸くしすぎて入嶋さんにちょっと笑われたくらいだ。
周りで戦闘を見守っていた人はあのペン型装置で全員記憶を消させてもらった。
特に子どもにはこれが悪夢となって思い出したりしないように細工を仕掛けたらしい。とりあえず街も人々もほぼ元通りだ。私を除いて。
「あの、記憶消さないんですか?」
夕日が沈みかける帰り際、私は元のコート姿に戻った入嶋さんにそう尋ねた。
「そうだな、消そうと思ってたが……いろいろ君に聞きたいことがあって」
彼は私の方を向いてこちらを見つめる。酷く老けたようにごわついた白髪も、コートの下に隠れた傷跡も、きっとこうやって人類を怪物から守ってきた証なんだろう。
「あの時怪物に吸収されただろ?大抵の人はそんな状況になったら完全に取り込まれて死んでしまう。だが『るとめ』さんは脱出することができた。それは凄い運が良いことなのか、それとも君の体質に何か関係があるのか気になっていて」
一つ息を吸ってこう告げた。
「一緒に本部まで来ないかい?」
「研究の対象とはなるが待遇は出来る限り善処するし給付金も支給できるように調整しておく。大丈夫、それまで記憶消去は免除する。もしかしたら記憶を消さなくてもよくなるかもしれない。どうかな?魔法少女のことをもっと知りたかったみたいだし、お互いウィンウィンなんじゃないか」
優しくそう語るその瞳は柔和さを滲ませている。真紅のそれは血の色じゃなくて、きっと炎の色なんだろう。
記憶削除は当分免除? やったー!嬉しい!! と沢山飛び跳ねて大はしゃぎしたい!
……けど、それじゃ多分駄目なんだ。ちゃんとルールに従わないと。だってそれが世界なのだから。
……唇が震える。決断ってやっぱりちょっと怖い? でも変化を受け入れるって、そういうものだし――
「大丈夫です、記憶を消しても大丈夫です」
入嶋さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「え、どうして?」
「もう沢山夢を見せてもらいましたから……十分楽しかったです。それに魔法少女の本質を思い出せましたから」
だけどすぐにその言葉を訂正した。
「あーでも、一旦記憶削除は保留にしてください。皆さんのお役に立てるなら出来る限り手助けしたいです。私も誰かを助けたいので」
「そうか。ならよかった。都合がいい時にまた連絡してくれ。迎えに行く。」
入嶋さんはそう言って姿勢を構えた。恐らく瞬間移動するのだろう。
「あの、入嶋さん!」
彼が不思議そうに振り返る。
「私、本名は鶴留ことこって言うんです!今度からそう呼んでください!」
「……分かった。ことこさん、これからよろしく」
そして彼は手のパクトを閉めた。その音と共に小さな閃光を出して、瞬く間に残像を残して消えいった。夕陽は雲の間から光を残して。
---
『魔法少女』。それはフリルも種も仕掛けもない、でも誰かを助けるために働くスーパーヒーロー。
もう魔法は解けてしまったけれど、あの日の懐かしい夢はずっとこころの中にある。
あの大事件から数日、世界はまるで何もなかったかのように進んでいる。
あのことを覚えているのはこの街では私だけ。
夢を壊して希望を生み出した小さくて大きな秘密……私も、またこの日常を過ごしていくんだろう。
――ああ、テスト直しを提出しないといけないんだった。
そういえば「ステレオタイプ」ってどういう意味だったっけ?スマホを取り出して手慣れた手つきですぐに検索する。
『ステレオタイプ〈Stereotype〉――特定の性別、国籍、職業、年齢などの属性に対して多くの人が持つ、固定化、単純化されたイメージや思い込みのこと。――』
そうか、偏見とか固定観念とか、そういう感じの意味だったんだ。
というかこの前の私じゃん。少し苦笑いが出る。そりゃ用法間違えてたな。これから気をつけないとな。
でも、私はもう違う。魔法少女への偶像は、ただの妄想になってしまったけど。固定観念と、レッテルと、ステレオタイプだらけの存在だと知ってしまったけど。正体を見てしまったけど。でも大丈夫。また、前に歩き出そう。
私は雲から出てきた太陽が照らすアスファルトの上を、スキップしながら駆けていった。