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悩ましい
〇〇は隣で眠る恋人を見下ろした。
幸せそうな寝顔。彼女は何も知らない。
この男がどれほど彼女を欲していたのか、そのためにどんな手を使って来たのか。——その途中、罪まがいのことにも染めてきたのか。恋人は、何も、知らない。
xxは無垢であらねばならない。いつもは大人として振る舞う彼女は、この腕の中で……揺り篭の中では、子供に戻らねばなるまい。
「……お前の良さは、純粋なところだ」
〇〇は独り言ちる。起こさぬ囁き声で呟くと、髪を一房指へと絡めた。甘い香りを吸い込み、誓うように口付ける。彼好みに塗り上げた香り。
純粋なところが好き。努めて大人を演じる彼女がいたいけで愛らしい。時折見せる、暗闇で生きてきたかのような脆さが愛おしい。男はそんな彼女をいたく気に入っていた。
護ってやりたい。愛したい。抱きしめたい。撫でていたい。この胸の中で温めたい。——本当は、今すぐその薬指に巻き付く心臓に契りを結びたい。
恋人としてなんら不自然でもない、偽りなき愛情。
そのためならばなんだってする。どんなことでも。彼女を苦痛に追いやること以外は。なんでも。恋人として当然の性。
だが、今は——自身の庇護にあることを認めるが、婚約はまだ早いと言っている。
ああ、その通りだ。彼女にとって、〇〇と知り合ったのはまだ数年ほど。性急に進めたとて怯えさせるだけ。早く夢から醒めておいでと願うけれど、こうして揺蕩っているのも悪くない。
〇〇は恋人の寝顔を今一度見つめる。眉間から皺が取れ、指先の力を緩め、深くゆったりと息をしている。よほど疲れているのか、薄っすら開いた口から唾液が少量零れた。
〇〇の胸で、優しい温度が生じる。いじらしい粗相の始末をしようと人差し指を伸ばした。
「まったく、仕方ないな」
だが、同時に。胸にある温もりとは裏腹に、下肢を強烈な疼きが襲う。…じわり。〇〇の眉間に葛藤が滲んだ。
急激に、その全身を貪りたい衝動に駆られた。無防備な彼女を食べ尽くしたい強烈な欲望に轢かれる。股間、続いて喉奥がひりつくように熱い。〇〇の指は、とうに恋人の口元に辿り着いていた。
(…………ああ)
〇〇は理解している。よくよく、知っている。制しがたい身勝手な誘惑を。自身の唾液を飲み込み、指についたほんの少しの体液を。どうするかと悩みだす。
普通ならばティッシュで拭って捨てるだけ。普通、ならば。
良識とは裏腹に、〇〇の指が自身の口元へ移動する。そして……ちゅ、と。味見のように吸い付いた。
物理的な味など存在しえないはず。なのに…………どうにも甘い気がしてならない。どんな甘さだ。それすらも分からないのに。
〇〇の呼吸が獣じみたものへと変貌する。深く、速く、荒く。闇の中で安らぐ恋人に欲情したのだ。利き手が、思わず熱源にそろそろと伸びていく。
早急にバックルを外し、焦ったように触れる。熱い場所は彼女を求めて止まず、息をする度に震え、隆起した。
早く、醒めておいで。だけど、まだ醒めないで。全身を貪り尽くしたい、夢ごと食ってやりたい衝動に駆られる。
その夢に私は出ているだろうか。ああ、ああ。もし夢の中の自分と交わっているのなら、どれほど良いものか。
その頭の中に入り込みたい。お前の夢を覗いて、私と愛するさまをたんと眺めて……その上でくだらぬ幻ごと現実で塗り潰したい。
「ッく、ぁ……はあっ……xx……XX……」自慰に、ついには水音が混じりだす。
〇〇は幻惑の中で恋人の口淫を受けていた。彼女が望んで奉仕をしてくれた時を思い出す。温かい感覚。不慣れに口を窄め舌を絡める姿。賢明な、仕草。入りきらないから無理をするなと言えば、亀頭だけを口に含んで根元を手指で慰めてくれた。
心底興奮した、とろんと蕩けた顔で。愛情がなければ成り立たない表情で。理想よりも遥かに理想的な見目と音と体温で。
「は、ははっ……は……ぁ……♡」
〇〇の表情が溶ける。じゅこじゅこと分身を擦り立てる度、先走りが少量ベッドシーツに零れそうになる。
彼女とお揃いだ。xxは唾液。〇〇はカウパー。こんなことにも共通点を見つけられたようで、思わず笑みが零れた。
早く、醒めておいで。できれば醒めないで……このまま眠って。吐精と同時に、起きておいで。
ひずんだ欲望に頭すら煮えたぎれば、沸騰するのも速い。ああ、その口に、かけてやろうか。……いいや……彼女を汚すのは早い。
(ああ、悩ましいな。xx)言葉とは裏腹に、彼の口角は愉悦に歪んでいた。