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リベルタとプランの日常
今日も代理としての雑談が終わった。
背伸びをしながら退屈そうなあくびをする。
雑談とはなんだ、と思った読者もいるだろうが、ボクはとある作者の代理をやっており、毎度毎度会話相手として茶番劇に呼ばれるのだ。
正直代理とは?と思ってはいるが、金が入るので仕方なくやっている。
別にあいつのためじゃないから。
「この長い三つ編み…邪魔だなぁ…重くて頭痛いし」
白髪の長すぎる三つ編みを鬱陶しく思ってブンブン振り回しながら台所へ向かう。
キャラデザをした作者への愚痴を吐き出しつつ、数歩しか歩かない距離の台所にたどり着くとお茶の用意をする。
今日はボクの親友であるプランが遊びに来る日なのだ。
プランとは薄青の綿飴のような見た目をしている、それはそれは可愛い生き物である。
万全の状態で迎え入れるため、しっかりと準備をしておかねば。
ピンポーン。
滅多に鳴ることのない家のチャイムが鳴り響く。
古びたアパートに住んでいるので、この音が聞こえた隣の住人はさぞかし驚いていることだろう。まぁ、知ったこっちゃないが。
ドアにある覗き穴を見るまでもなく誰がいるのかは明白だった。
もちろんプランに違いないだろう。
しかし念の為、そのポッカリと光が漏れ出る小さな穴を覗いてみる。
「………は?」
そこにいたのは思いもがけない人物であった。
ボクは思わず扉から一歩あとずさった。
動悸が激しくなり、視界がぐるぐると回りだす。
「なんで…あいつが…来るんだよ…」
ボクは扉に鍵をかけたあと、チェーンをかけて厳重に扉を閉ざす。
外からドンドンドンと勢いよく扉を叩く音が聞こえる。
「お宅そろそろ滞納してる家賃、払ってもらわないと困りますよー。もし払わないなんて言ったらどうなるかわかっているんでしょうねー?」
ドンドンドンと再びドアを叩かれる。
扉の向こうには、大柄な見た目|893《ヤクザ》のおっかない大家がいる。
ボクがこの世で最も苦手な存在だ。
「まぁ、元はと言えば滞納してるこっちが悪いか。」
我に帰って冷静になったが、今はそんな場合ではない。
プランが来る前になんとかしなければ!
ボクはとりあえず向こうが静まるまで息を殺してじっとしていることにした。
下手に動けば何をされるかわかったもんじゃない。
しばらく時間が経ち、扉の叩かれる音は止んだ。
しばしの静寂がこのアパートに訪れる。
「ふん。外出中か。あの|屑店子《くずたなこ》がよ!」
恐ろしい|濁声《だみごえ》が遠ざかると、ボクはやっと息ができるようになった。
「ふぅ………もう行ったよね?」
しばらくして、念の為覗き穴から外を覗くとそこには誰もいなかった。
よし、と小さくガッツポーズをしてから先ほど用意したお茶セットを小さなちゃぶ台に運んでいると、またドアチャイムがなった。
今度こそプランだろう。
ドアの近くに行き、覗き穴を除くと、そこには誰もいなかった。
ボクは満面の笑みで扉を開けた。
「…………♪」
扉を開けて下の方を見ると、そこには手のひらサイズの小さくてふわふわした生き物がちょこんと鎮座していた。
「プラン…!ようこそ…!」
あまりの嬉しさに数十年ぶりに兄弟に会った人みたいな声を出してしまった。
ボクは今どんな顔をしているだろうか。
気色悪い顔をしていないか心配になったが、とりあえずプランを部屋に招き入れる。
扉を閉めて、さっきの濁声大家が万が一にも侵入することのないようにがっちりと施錠する。
プランは愛らしくぴょんぴょこ跳ねてちゃぶ台のそばの座布団にゴロリと転がった。
ぐぅ……可愛いがすぎる………っ!
ただのオタクのような感想を喉の奥に押し込めながらボクも座布団に座る。
「プランは、お茶、なに飲む?」
なぜか言葉がつっかえてすらすらと出てこなくなった。
恐るべしプランのかわいさ!緊張で手まで震えてきたぞ!
するとどうしてか、プランが二匹に見えてきた。
その横にまた一匹。その横にまた一匹………
あ、あれ…?プランって、影分身の術使えたっけ?
なんか…頭がすごく重いし…
ボクにはその後の記憶がない。
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目が覚めると、この世で最も見たくない顔が眼前にあった。
「え、あ、ううわぁっ!!?」
ボクは寝ている状態で飛び上がり、横に転がって敵から即座に離れる。
「おい、屑店子。」
ドスのきいた声で、こっちに迫ってくる。
「こ、こないでぇっ………」
我ながら間抜けな声を上げた時であった。
大家の後ろで飛び跳ねるプランが「大丈夫、安心して」というふうなジェスチャーをしているのが見えた。
大家はボクの肩を引っ掴んで座布団の上に優しく寝かせる。
頭の中がハテナマークで満たされた。
「この子がテメェの様子がおかしいって泣きながら伝えにきてくれたんだよ。緊急事態っつうことで、扉からマスターキーで入ろうとしたらガッチガチにチェーンかかってるし…マジ大変だったんだぜ?あの窓から入ってきてさぁ…」
大家は台所横の人一人がギリギリ入れるサイズの窓を指し示す。
「|側《はた》から見たら俺、空き巣だと思われるかも知れねぇじゃんか。そうなったらどうしてくれんだよ?」
大家は憎まれ口を叩くが、その瞳の奥には心配の色がかすかに見えた、気がした。
「大家…」
ボクは言葉が出てこなくなった。
もしかしたら大家のことを勘違いしていたのかもしれない。
額に当てられた濡れ布巾の冷たさに感謝した。
プランがボクの顔の近くに来て、心配そうに見つめてくる。
なんか、泣けるなぁ…
「んじゃ、顔色も良くなったようだしな。」
大家が薄気味悪い微笑みを浮かべながら、否、微笑みというより実際はニヤつきのようなものであったが、胸の前で大袈裟に腕を組んだ。
ボクの背筋には悪寒が走った。
「家賃滞納の件、ゆっくりと話しましょうや?」
ボクはプランを連れてその場から逃げ出した。
扉には厳重に鍵がかかっていたので、大家が侵入してきたあの窓から。
その後どうなったかは…想像に任せます。思い出したくないので。
〜リベルタ・アスカルトの手記より〜