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第5話:『ロスト』の再来と、剥がれた嘘
イーストン校の廊下に、カツカツと不快な靴音が響く。
アネモネはその音を聞いた瞬間、全身の血が逆流するような戦慄を覚えた。
「……あら。あんなに気味が悪い『毒虫』だったのに、随分と立派な制服を着せてもらえたのね。アネモネ」
声をかけてきたのは、豪華な毛皮を纏った中年女性。アネモネの親族であり、幼少期に彼女を「不吉」として納屋に閉じ込めた張本人だった。
「……何しに、来たの。万死に値するわよ、貴方」
アネモネの声が震える。右目の下のアザが、ドクドクと脈打つ。
女性は蔑むような笑みを浮かべ、アネモネを足元からじっくりと眺めた。
「相変わらず、無意味に背筋を伸ばして。……滑稽だわ。本当は自分を誰も愛してくれない、小さくて惨めな子供だとバレるのが怖いのね? だからそんな底の厚い靴を履いて、嘘をついて……」
「やめて……」
「毒で人を遠ざけ、嘘で自分を大きく見せる。名前の通り、貴方は誰からも『見捨てられた(ロスト)』存在なのよ」
アネモネの膝がガクリと折れそうになる。
169cm。その数字は、彼女が自分を保つための唯一の武装。
それが剥がされようとしたその時、廊下の角から猛烈な勢いで「炎」が飛んできた。
「――おい。誰の許可得て、俺様の相棒に講釈垂れてんだよ。あぁ!?」
ドット・バレット。
彼はアネモネの前に割って入ると、親族の女性を睨みつけた。
「あんた、さっきから聞いてりゃ失礼すぎるだろ! アネモネが『毒』だぁ? 『見捨てられた』だぁ? ……笑わせんな。こいつは今、俺が全力で囲い込んでる『俺の特別』なんだわな!」
「何ですって……? こんな不吉な娘と関わるなんて、貴方も頭が――」
「ああ、お花畑だわな! だがな、アネモネの靴が厚かろうが、嘘ついてようが、そんなの関係ねえんだよ!」
ドットは振り返り、震えるアネモネの手を無理やり、けれど優しく握った。
「10センチ分、不安だったんだろ? だったらよ、残りの人生で俺が10メートル分、お前のことを『最高だ』って言い続けて埋めてやるよ!」
「……ドット……」
女性が毒づきながら去っていく中、アネモネはその場にへたり込んだ。
脱げた靴。露わになった、159cmの本当の自分。
「……嘘、ついてたの。私は、あんたよりずっと小さくて、弱くて……」
「知ってるっつーの! 出会った瞬間にわかってたわ!」
「……え?」
ドットは地面に座り込み、彼女と目線を合わせた。
「お前が一生懸命背伸びしてるのが、最高に健気で可愛かったから合わせてただけだ。……159センチのアネモネ。……最高にクールじゃねえか。俺が守るのに、ちょうどいいサイズだわな」
アネモネの目から、初めて「毒」ではない、温かな涙が溢れ出した。
「見捨てられた花」は、太陽の熱によって、ようやく本当の姿で咲き始めたのだ。
「……四時間。……じゃなくて、一生。万死に値するくらい、後悔させてあげるわよ。私を、選んだこと」
「おう! 望むところだわな!」
🔚