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#12
--- ある日の夜 ---
食後の終盤
「なあ、琥珀。食後に少し話があるんだ」
その声色は、いつものからかいを含んだものではなかった。琥珀もそれを察し、緊張した面持ちで頷く。
那由多が片付けを終え、リビングに戻ってくると、二人はソファに座って既に重い空気を纏わせていた。
「零、琥珀、お茶淹れたよ。……どうしたの?」
那由多は二人の間に割って入るように、テーブルに湯気の立つマグカップを置いた。
「那由多、ごめん。少し真面目な話がある」
零は那由多にだけ優しく告げた後、琥珀に視線を戻す。
「ヒプノシスマイクの開発についてだ。君の技術と知見が必要になる」
琥珀はぴくりと反応し、マグカップを掴む手が震えた。
「……詐欺師。あんた、本気でそれやるつもりなん?」
「本気だ。言葉が力を持つ世界は、不必要な暴力を排除し、新たな秩序を生み出す。これはより良い未来のための、人類の進化なんだ」
零は研究者としての理想を熱弁する。しかし、琥珀は冷ややかな目で零を見つめた。
「進化?笑わせんな。それ、結局は『言葉の暴力』やないか。あんたの研究は、人をコントロールして、踏み躙る道具にしかならん」
「ッ!これは俺たちの、那由多や皆の暮らしを守るためでもあるんだ!」
「守るために、誰かを犠牲にするんか!?うちはそんなもん、絶対に認めへん!」
琥珀は立ち上がり、マグカップをテーブルに叩きつけた。茶が少し飛び散る。
「琥珀、落ち着いて!」
那由多が慌てて二人の間に入ろうとする。
「那由多、大丈夫だ」
零は那由多を後ろに下げさせ、琥珀と向き合った。
「琥珀、お前にはこの研究の重要性がまだ理解できていないだけだ」
「理解なんてしたないわ!あんたのやってることは正しくない!うちはこんな非人道的な研究に加担できへんし、そんなやつとは一緒におれん!」
琥珀は怒りに震えながら、自分の部屋へ駆け戻った。
--- 数分後 ---
最低限の荷物を持った琥珀が玄関に向かっているのが見えた。
「琥珀!どこ行くのよ!?」
那由多が泣きそうな声で呼び止める。
「ごめん、那由多さん。もう限界や。零……あの詐欺師とは、もうやってられへん」
琥珀は振り返りもせず、そのまま玄関のドアを乱暴に閉め、夜の闇へと消えていった。
「琥珀!待て!」
零が追いかけようとしたが、時すでに遅かった
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琥珀の失踪後、あの平和な日常は崩壊した。
零は、自責の念と研究への使命感の間で深く悩み、憔悴しきった。那由多もまた、愛する夫とのような存在を一度に失ったショックで、塞ぎ込んでしまった。
「零……琥珀、今頃どこで……」
那由多は食卓に並んだオムライスを見つめ、涙を流す。ケチャップの顔は、もう描かれていなかった。
🔚