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驚くほどオートロック
長いですすみません!
とある夏の日。ある廃墟の遊園地を無断で秘密基地としている二人の少年がいた。
「...何度も言わせるな。分母を等しくしてから計算しろ。」
「わかんねーよ!もっと簡単に説明しろよ!」
二人は園内の当時盛んであったであろう売店近くの椅子に腰掛けて、丸い机の上で夏休みの課題集を広げていた。教えている方の少年は|玲《れい》。少し長めの茶髪を、後ろで小綺麗に一つ結びにしていた。教えられている方の少年は|司《つかさ》。ボサボサの黒髪を、片手で乱雑にかき乱している。
「こんなに簡単なこともわからないとは...教える側の身にもなって見ろ。」
「あぁ!?だったらぁ、教えられる方の身にもなってみろや!」
そう言った司は思わず涙ぐんでしまう。自分の不出来さに遣る瀬が無いらしい。それを見て玲は席を立ち上がる。
「今日はやめにしよう。また明日な。」
そう言って一人遊園地を後にしようと歩き出す。
「おい!投げ出すのか?このへっぽこ家庭教師!」
「...あ?今なんて言った?」
突っかかる司に苛立ちを覚えた玲は、こめかみに青筋を浮かべて振り返った。
「親切で教えてやっているのに、そんな言い方はないだろ。」
司は半泣きで言い放った。
「もう俺たち...絶交だっ!」
玲は冷めた目で司を見下ろすと、黙ったままその場から立ち去ってしまった。
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「...ったく、なんなんだアイツ...!」
苛立ちをなんとか抑えながら遊園地の入場ゲートに向かっていく。寂れたその出入り口は、風に吹かれて悲鳴のような音を上げながら、吊り下がったモビールを揺らしていた。錆びついたバーはそのうちの一本だけは二人が初めて来た時に動かせるようにと油をさしていた。玲はそんな過去のことを思い出しながら、何度も見たその光景に飽きたようにため息を吐く。
「もぅ、終わりにしてもいいんだが。」
そしてそのゲートを通り抜けようとしたそのときだった。
普段滑らかに動く鉄製のバーは、今はまるで固定されたかのように動かなかった。いつもは難なく通り抜けられるので唖然とした玲は、この状況に多少イラつきながら今度はそのバーを踏みつけて飛び越えようとする。しかし何故かバーに足をかけることができなかった。
仕方なしに壁をよじ登って脱出をすることを試みたが、それも叶わない。あらゆる手段を試してみても一向に外に出られる兆しはなかった。
「...はぁ。」
玲は軽く頭痛のする頭を押さえながら、重たい足取りで先ほどの売店近くへと戻っていった。
「...な、なんで戻ってきたんだよ...!」
玲が戻ってきたことに気がつくと、司が後ろを向きながら涙声で憎まれ口を叩いた。
「さ...さっさと帰れよっ!」
それをみて玲はうっかり大笑いしてしまった。
「ッハハハハ!!」
司は呆然と立ち尽くし、腹を抱えて笑う玲を見下ろした。徐々に怒りと羞恥心が沸々と湧き上がってくる。
「もう...黙れ!」
その声を聞いた途端、玲はハッとした。すっかり笑いに飲み込まれていた。
二人の間に気まずい沈黙が流れる。玲が口火を切った。
「...遊園地の外に出られない。」
俯きがちにそう言った玲を見て、司は先ほどの怒りも忘れ入場ゲートに向かって駆け出した。
玲が入場ゲートに着いた頃には、司は絶望の表情を浮かべてへたり込んでいた。
「マジじゃん。」
そして立ち上がってズボンに付着した砂ぼこりを払うと、めんどくさそうな顔でこう言った。
「別の抜け道、探そう。」
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二人は勉強道具を回収してから遊園地内を散策し始める。はじめに来た頃に色々と見て回ったので大体の場所は把握していたが、完全に施設のことを熟知しているわけではないので用心深く観察しながら探索した。
二人の間にはまだ気まずい空気が残っていたので無言のまま各自で周っていたが、突然司が声をあげた。
「なんだこれぇ!?」
玲が思わず駆け寄ると、司の目線の先には謎のオブジェがあった。ゴリラの頭と赤子の裸体が一体となっていて、水瓶を二つ肩の上に抱えている。それを見て司は思いきり笑い転げた。
「なんだよこれぇ!アハハハハッ!」
玲は白い目で司とオブジェを交互に見た。心底馬鹿らしかった。
気を取り直して散策に戻ると玲はあるものを見つけた。
「おい、司。」
手招きして笑い泣きしている司を呼び寄せる。
玲がさし示した先には、大人がかがんで入れるほどの高さの扉があった。どうやら地下へ続いているようだ。
「行こうぜ!」
司は元気を取り戻して扉に手をかける。それを玲が咄嗟に制した。
「待て、もう少し辺りを調べてからにしたほうがいい。」
それを聞いて司はつまらなさそうに手を引っ込めた。
結局その扉以外に目ぼしいものはなかったので、二人はその先に進んでみることにした。
「でもさーどんどん下に行ってるけどさー、抜け道があるとは思えないんだけど。」
「運が良ければ地下通路にでも出られるかもしれない。」
道中拾った懐中電灯を片手に、不安げな様子でさらに暗がりを増していく階段を降りていくと、突き当たりを曲がった先に部屋があることがわかった。慎重に前へと進んでいく。
部屋の中にはいくつかの棚と、こぢんまりとした一人用の椅子と机があった。棚には張り紙に『園内の落とし物』と書かれていた。
机の上に小さな手帳が置かれていたため、司は思わずそれを開く。
**1990/11/3**
_来週友達と遊園地に行くことになった。楽しみ。_
**1980/11/8**
_手術で下半身が動かなくなった。今まではサッカーとか競走とかたくさんできたけど、これからは車椅子になるからもうできないんだって。悲しいな。本当に悲しい_
**1990/11/11**
_突然今日の予定がなくなった。最近嫌なことばっかりだ。_
**1990/11/20**
_お母さんが美味しいご飯を作ってくれたよ。美味しいし嬉しいけど、なんか特別な日だったのかな?聞いても教えてくれないくて気になる。_
所々抜け落ちたページや汚れによって見えないところなどはあったが、ある程度内容は理解できた。
司はフーンと言ってパタリと手帳を閉じた。
「これ誰の日記なんだろうな。なんで遊園地の地下にあるんだろう。」
玲は後ろからそれとなく覗き込んで、物思いに耽っていた。しかし突然司以外の気配を感じて振り返った。
そして信じられないものを目にした。
「おい司、逃げるぞ!」
そして司の手を引いて部屋の奥にあった扉を思いっきり開け放って外に飛び出した。鍵はなかったのでとりあえず一目散に駆け出す。
「おい!なんなんだよ玲!」
司は訳もわからないと言った様子で困惑している。玲は青ざめた顔をしつつも説明する。
「ゴリラ頭のバケモンがいたっ!」
「はぁ!?」
二人は必死になって地下通路を走っていたが、ゴリラの化け物は後をつけてこない。息が切れた玲は足を止めるとその場に片膝をついた。
「大丈夫かよ?」
まだピンピンしている司は後ろを振り返って安堵する。
「何も来てないじゃんか。安心し_」
そして玲の方を振り返ると、そこにはさきほど玲が言っていた通り、ゴリラの頭をした上半身が裸体の化け物がそこにいた。
「ゴリーさんだよ。おいで。」
不気味な高い声でゴリーと名乗った化け物は、満身創痍の玲を捕まえて抱き上げ、司の方にも手を伸ばしていた。司は青ざめた顔でその化け物を見上げる。ゴリラの目は死んでいた。
「ゴリーさんって...なんだよ...」
震える声で尋ねると、ゴリーさんは同じ言葉を繰り返すだけだった。
「ゴリーさんだよ。おいで。」
玲はなんとか脱出しようとゴリラの耳の辺りを拳で力強く殴ったが、化け物はびくともしない。しかしそれが癪に触ったのか、ゴリーさんは玲を潰してしまいそうな勢いで強く締め上げ始めた。
「お前っ...!やめろーーっ!!」
司は火事場の馬鹿力でゴリーさんを押し倒すと、今度は玲を連れて駆け出した。ゴリーさんもしばらくすると立ち上がって二人を追いかけ始めた。
「玲!お前、しっかりしろ!しっかり走れ!」
司は必死になって玲を鼓舞する。玲もそれに応えるように力を振りしぼって加速した。
先を見ると壁に梯子のような足場があるのが見えた。二人はそれをよじ登って頭上の蓋を開けた。地上だった。二人は大急ぎでマンホールの蓋を閉めると、その上にどっかりと座り込んだ。
凄まじい速さで脈打つ心臓を鎮めるために、上がり切った息を整える。生きた心地がしなかった。
その後二人は警察署に駆け込んでいた。
玲があの時の状況を一つ一つ|詳《つまび》らかに説明し、説き伏せて警察官をあの遊園地へと連れて行った。しかしそこにはもうあの遊園地はなかった。
警察官に呆れられ、真面目に取り合ってもらえなかった二人は、憂鬱な心持ちでと夕焼けの道を歩いていた。
「もう二度と、お互いあの場所には近づくなよ。」
玲が何か考え込みながら司にそう言い放つ。
「言われなくても。」
司も恐怖に慄きながら俯きがちに言い放つ。二人はそれぞれの帰路についた。
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司は毎日一人で本を読んでいた。
学年一、学校一の秀才として認められる代わりに、何かと同級生たちから距離を置かれていた。
すると司が横に座って本の中身を覗いてきた。司は誰とでも話し、苦手な人などは存在しないのかと思うほど社交的な性格だった。
「なぜ、俺に構う。」
思わず疑問を口走る。ぶっきらぼうに言ってしまったので嫌われるのではないか、そう思った時だった。
「ん?だってさ_」
夢による過去回想は終わりを告げ、いつの間にか朝がやってきていた。日の光がやけに眩しかった。
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「なぁ、やっぱり、もう一度行ってみないか?」
司は次に玲にあった時、咄嗟にそう口走っていた。
玲は図書室で本を読んでいたが、それを聞いたところ本を閉じて軽く頷いた。
「そうだな、確かめたいこともある。」
二人は恐る恐る再びその場所を訪れた。しかしそこには依然として遊園地はなかった。
その代わり昨日は気づかなかった紙切れが、乾いた土の上に落ちていることに気づく。
「これは...」
玲がそれを拾うと、司が覗き込んだ。
「あの遊園地のチケットか?よく残ってたなー...」
そしてふと顔を挙げると、そこにはまたあの遊園地があった。しかし廃墟ではなく、まるで新品のように輝きを取り戻している。
さらにゲートの奥を見ると、ゴリーさんの姿があった。
「ゴリーさんだよ。おいで。」
二人はギョッとして後ずさり、一瞬顔を逸らしたが、もう一度向き合うとゴリーさんの様子がおかしいことに気がついた。もちろん元からおかしいはおかしいのだが、どこか違和感を感じるというか_
ゴリーさんは手を振り始めた。
「ゴリーさんだよ。おいで。」
再び復唱する。しかしその声はどこか悲しげな響きを纏っていた。
玲は一歩、入り口ゲートに向かって足を踏み出した。そしてこう言った。
「このチケット、やるよ。」
そして自分の髪を結んでいたヘアゴムを外し、近くの石にチケットを重ねてゴムでまとめた。その石をゴリーさんの方へと投げてよこした。
ゴリーさんは動きを止めた。そして震える声で答えた。
「...どうして?」
玲は少し考えると、ゴリーさんをまっすぐに見据えて、
「なぜって...一人より二人以上の方が遊園地は楽しいだろ。」
そう言った。
「...ありがとう。」
ゴリーさんは泣いているようだった。
やがてその姿は少年の形になった。
「ずっとこの遊園地に来たかったんだ...友達と...」
そして淡い光を放ったかと思うと、次の瞬間には散り散りになって消え去っていた。同時に遊園地もなくなり、残るは更地と玲のヘアゴムがくくりつけられた石のみになった。
二人は顔を見合わせて、ほっと息をついた。
「...にしてもよく分かったな、ゴリーさんの成仏方法。」
「...まぁ、俺、頭いいから。というか成仏って言うな。」
「ッハハ!そうだな!」
二人は帰り道に笑い合った。しかしゴリーさんの気持ちがわかったのは、本当は司のおかげであったことを玲は黙っていた。
「お前が俺に同じことしてくれたからだよ。」
玲は微かに笑みを浮かべて、誰にも聞こえない声でそう呟いた。