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日記を読む
ソナタたち一同が夕食を終え、各部屋へ戻った頃。
ゴジグが自室で瞑想をしていると、浴室のドアが開いてミドリが出てきた。ほのかに香る甘い匂いと立ち昇る湯気とを纏ったミドリの頬は紅潮し、しっとりと濡れた髪がタオルでくるまれている。
「お風呂いただきました。また瞑想してたの?」
「ああ」
ゴジグは元々ラガーマンだった。試合前にはこうして精神統一のために瞑想をしていたものだ。他の選手が声を出したり軽くストレッチをしたりして緊張をほぐす中、「これから荒々しい試合に出るとは思えない落ち着きっぷりだな」と笑われていたことすら鮮やかに思い出せる。
コロニーに来てから、前の生活を懐かしむほど日が経ったわけでもないが、改めて記憶を辿るとやはり懐古の念を催した。
ミドリがドライヤーを使い出したので、会話をやめて浴室に入る。すぐに服を脱ぎ、熱いシャワーを浴び始めた。
風呂から上がると、ミドリはどこかに行ったらしく部屋からいなくなっていた。ミドリがこうしてときどきふらっといなくなることは今までにもあったので、さほど気に留めずタオルで髪を乾かす。ふと机に白いものが置かれているのが視界の端に映り、目をやるとそれはノートで、小さな文字が紙面いっぱいにびっしりと書き込まれていた。
ゴジグはここに来てからノートなど持ってもいないし使ってもいない。だからミドリの所有物であろうが、つい好奇心に誘われて、ゴジグはノートを覗き込んだ。
『朝 ベーグル ベーコン レタスとトマトのサラダ パイナップル
今日はパスの練習をした。今日はといってもいつもだけど。いつも俺と組もうって言ってくるあいつ、ボディタッチをよくしてくる。それは構わないけど、手つきに下心があるようで嫌だ。
昼 白米 ハンバーグ 人参とサヤエンドウ
午後は水族室にいた。水槽の配置が前来たときと変わってる気がしたけど、気のせいかな。
夜 白米 鯖の味噌煮 柿とキャベツのサラダ
今日は俺が先に風呂の日だった。一番風呂はよくないって誰かが言ってたけど、あれなんでなんだろう。
それで今日も。
今日もゴジグが怖い。俺のこと、品定めする目をしてる。
怖い。いい奴なんだって分かってるのに怖い。
もう女じゃないのに。自由に生きていいって分かってるのに、でも、俺はゴジグが怖い。』
「…なんだこれ」
殆ど意識しないうちにそんな呟きが滑り落ち、喉が引き攣った。
『パスの練習で組もうと誘ってくるあいつ』も『水族室』も気にはなったけれど、何よりも最後の数行にゴジグの目は引きつけられていた。
『ゴジグが怖い。』
そこには確かにそう書かれていた。以前何かの機会で見たミドリの字だ。小さくて丸っぽくて、女子のような字だなと思ったのを覚えている。
「…女子みたいな、字」
ゴジグはほぼ無意識のうちに呟いた。女子のような字を書くミドリ。この歳の男にしては珍しい長さの髪と華奢な身体つき。そして日記の、『もう女じゃないのに』という言葉。
ゴジグの中で何かが繋がっていく感覚があった。けれどもそれは、外野が勝手な認識をしてしまえば、本人を傷つけかねない類のことだと思われた。
だからゴジグは、ひとまずそれ以上考えるのをやめた。『ゴジグが怖い』という言葉は頭の中で主張を続けていたが、今は何を考えても無駄だろうと思った。何しろ当のミドリが部屋にいないのだ。