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都市伝説少女奇譚
蝉の鳴き声を風流だと言ったのは誰だろう。
電車の車窓にもたれながら、ふと、そんなことを思う。
生ぬるい風が肌にまとわりついて離れない、気持ちの悪い今日がまた終わる。
スマホをいじる人々を横目に私は心のなかでため息をついた。
そして沈みゆく夕日を背に受けながら、眠りについてしまった。
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「次は……駅……駅………お降りの…は…」
目が覚めると知らない駅にいた。
車窓から外を見るととっぷりと日が暮れている。
私はゾッとした。冷や汗が額と背筋を伝う。
心臓が今までにないくらいの速さで鼓動を打ち始めながらも、冷静になるため駅名を確認すると
『きさらぎ駅』
という文字列が目に入った。
「……は、う、うう嘘でしょ」
二度も三度も見返したが、看板には変わらずその文字が記されている。
蔦の絡まる貧相な灰色の看板に黒くかすれた字で。
冷静になるどころか一層心拍数が上がってしまった。
中学二年生の|柊花《しゅうか》は咄嗟にスマホを取り出した。
震える指で、何度も間違えながら『きさらぎ駅から戻る方法』と検索する。
そして検索したあとに彼女はハッとした。
圏外だった。
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こんなことなら、スレッドを流し見するんじゃなかった。しっかり見るべきだった。
|柊花《しゅうか》は青い顔をしたままきさらぎ駅に降りる。
実のところ降りるかどうか迷ったが、心もとない記憶をたどると確か次の駅は…
その時だった。
駅に降りてすぐ目の前にある木製の黒い古びたベンチで、幼い少女がすすり泣いていた。
周りを見渡すが親らしき人はいない。
柊花は人がいることへの安堵と、少女に対する老婆心からすすり泣く肩にそっと手を触れる。
「どうしたの?もしかして迷子?」
そう優しく声をかけた。
幼い少女は赤く泣き腫らした目を伏せたまま、ポツリとつぶやく。
「ちがうの。なんでもないの。」
つれない様子で鼻水をすする。
すると、左の方から二人分の足音が聞こえてきた。
「ねぇ、ここどこ?なんか怖くない?」
「え、わ…わかんないよ。駅員さんとかいないの?」
二人の少女、一方は腰ほどの長さの黒髪を風にたなびかせており、もう一方は肩下までのほどよい長さの明るい茶髪を一つに結って眼鏡をかけている、が不安そうな顔をして並んで歩いてきた。
とても釣り合っているとは思えない、スクールカーストの真逆にいるような2人だ。
いや、いかんいかんと柊花は首を振ってその考えを打ち消した。そんな事をいつも考えているから友だちがいないのだ。
「すみません、この子の親御さんらしき人を見ませんでしたか。」
柊花はいつものコミュ障度合いからは想像がつかないほど冷静に、二人組に話しかけていた。
二人は私たちがいたことに気がついていなかったらしく目をかっぴらいて
「ででで…出たーっ…!!」
と、腰を抜かして抱き合っている。
「何してるんですか…」
柊花はやや冷めた目つきで二人の少女を見下ろすと、またかぶりを振って脳内をかき回す。
「あの…さっき言ったことなんですけど…」
話を元に戻すと幼い少女に視線を落とす。
「この子、一人みたいで…」
二人の少女は女の子の方を見ると、立ち上がって優しく背中をさする。
「驚いてごめんね。一人でどうしたの?」
黒髪の少女が声を掛けると、幼い少女は顔を上げた。
「みなさん、わたしについてきてください。」
先ほどまでとはうって変わってカラリと乾いた真顔だった。
「…え?」
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三人が少女に案内されたのは、駅から一分もない距離のこじんまりとした神社だった。
道すがら幼い少女に半ば無理やり自己紹介させられたが、黒髪の少女は麗、茶髪の少女は|未空《みそら》、そして幼い少女はミヨというらしい。
神社の境内に入ると目の前にこれまたこじんまりとした賽銭箱と、その奥に祠があった。
ミヨは無言で祠の方に向かっていく。
三人もあとに続いた。
祠の中を覗くと見慣れないけれどどこかで見たような、不思議な感覚を呼び起こすものがあった。
「三種の神器?」
最初に声を発したのは未空だった。
よく見るとそれは確かに教科書で見るような鏡、剣、そして勾玉であった。
「これが何?」
麗は不安そうな顔で言う。割と小心者らしい。
「これを、みなさんえらんでもってください。」
ミヨは祠に手を伸ばすと、重たそうに神器を持ち上げた。
「あ…あぶない…!」
ミヨが落としかけた勾玉を柊花が両手で受け止める。すると、
白い勾玉は更に白く光を放ち、境内を照らし出した。
柊花はその光に包みこまれる。
聖なる|詔《みことのり》、明らむ神宮。
|御神楽《みかぐら》、見参。
「な、なんじゃこりゃ…?」
柊花は素っ頓狂な声を上げ呆然とする。
光に包まれてからいつの間にか、巫女装束のような、けれど現代的な衣に身を包んでいる。
細かく言うと、もともとの黒いボブヘアーは白髪に変化し毛先がくるりと巻かれており、頭にはねじり鉢巻のようなカチューシャがつけられていた。服は白い着物で裾が短く、ところどころに長い紐が垂れ下がっている。そしてあの勾玉は左腰のあたりに糸で吊るされていた。
「え、ちょ、これってまさかの、あれですか!?」
未空が鼻息を荒げて柊花を眺める。目がギラギラと光っている。
「このじょうたいのときは、ほんみょうでよんじゃだめだよ。いまこのときからかのじょのなまえはみかぐら。」
ミヨは一切動じない様子で三人に告げる。
「御神楽…?」
御神楽が困惑していると
「はいっ!次私っ!」
未空が間髪入れずに神器に手を伸ばす。
触れたのは鏡だった。
天照らす、満ちる|依代《よりしろ》。
|日暈《ひがさ》、降臨!
未空、もとい日暈は青銅色の和服に身を包んでいた。
髪型は同じく青銅色のツインテールになっており、眼鏡はかけたままだが頭には大きなリボンをつけている。そして鏡は背中に背負っている。
「ゆ、夢みたい!あたし今完全に魔法少女ぉぁぁぁ!」
周りの面々が未空の豹変にドン引きしている最中、ミヨは淡々と説明する。
「ひがさ、かがみのまほうしょうじょ。」
ミヨはそう言った後、流れるように麗を見た。
「え、うちもやんの?こういうのって代償とか、あるもんじゃ…」
麗が後退りして顔を引き攣らせる。
やはり小心者のようだ。
痺れを切らしたミヨが無理やり剣を手に握らせる。
「ちょ、ちょ…」
|叢雲《むらくも》覆いたまう清し|玉水《たまみず》
|月時雨《つきしぐれ》、参上。
「つきしぐれ、つるぎのまほうしょうじょ。」
「うっわ、なにこれ、まじ恥ずいんだけどっ!」
麗、もとい月時雨は黒を基調とした和服を身に纏っていた。剣は腰の左側に携えられている。
髪型はポニーテールになっており、よく見るとこの三人の中で最もスカートの裾が短い。
「わ〜美脚〜」
「そんなに恥ずかしがらなくても。似合ってますよ。」
日暈と御神楽が自分たちのことをある意味棚に上げて月時雨を誉める。
「お、お前らっ、何でそんなに馴染んでんだっ!?」
次第に語気が荒くなっていく月時雨を尻目に、ミヨは早速話を進める。
「じつは、わたしのおとうとがまいごなの。さんにんにさがすのをてつだってほしいです。」
ミヨは急に敬語になって、うるうると可愛らしい瞳を三人のトンチキな魔法少女たちに向ける。
「…迷子?…もちろん、さがすけど。」
御神楽はソワソワと落ち着かない様子で問いかける。
「なんでこんな魔法少女みたくなってるの、私たち。」
ミヨはなにも言わないまま、じっと三人それぞれの瞳を見つめた。
有無を言わせぬ圧のあるその瞳に勝てるはずもなく、結局なんの説明もないまま三人はミヨの弟探しに駆り出されるのであった。
---
「おとうとはあのとんねるのさきにいるの。」
きさらぎ駅に戻り、線路に降りたミヨが指で示した先には、いつ建てられたものかも分からない古いトンネルがあった。
「ちょ、ま、線路に降りたら危ないでしょ!」
月時雨はあたふたとしてミヨを連れ戻そうとする。
「でも、あのトンネルを通らないと弟くんを迎えに行けないんでしょ?」
日暈はそう言って線路に降り立つ。
「でも…」
御神楽も線路に降りることは憚られ、駅の乗車口でたじろいでいる。
するとミヨが血相を変えて二人を睨みつける。
「きて、はやく。じかんがない。」
睨まれた二人は彼女のあまりの剣幕に一瞬硬直したが、何も言わずに線路に降りていった。
駅からトンネルへはそこまで大した距離はなく途中列車にかち合うこともなく無事たどり着いた。
トンネルの中は一寸先も見えず、不気味なほど真っ暗だ。
「ここに…入るんだね。」
御神楽は引き気味にその深い闇の海を見る。
ミヨはコクリと頷く。
四人はトンネルの中に足を踏み入れた。
一度トンネルの中に入ると、もう前と後ろの区別もつかなくなった。
「ねえ、皆いる、よね…?」
近くから日暈の声が聞こえる。
「うん」とそのまた近くから他の四つの声が聞こえる。
…四つ?
確かここにいるのは四人だったはずだ。
つまり返事をしたのは日暈を除いて三人。
そして私たち以外の四つ目の声が、今、返事をした。
「みんな!はしって!」
突然ミヨの声がトンネル内に鋭く響く。
それと同時に全員が走り出した。
後ろから微かに太鼓と鈴の音が聞こえてくる。
「ぜったいふりむかないで!」
ミヨの声が再び響き渡る。
ドンドンドン
シャンシャンシャン
カッカッカッ
はじめのうちはかすかに聞こえていた楽器の音も、トンネルの奥に進むにつれて祭囃子のようにけたたましくなる。
御神楽は目を瞑って走り続けた。
後ろを振り向かないように。
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気がつくと四人はトンネルの外に出ていた。
足元には草が生い茂っている。
生きた心地がしない。
「…もう、いない?」
息を切らしながら月時雨がトンネルの方を振り向かないで言う。
「うん。もういない。」
ミヨのその声に安堵して、三人はやっと後ろを振り向いた。しかしそこには_
「……いなさすぎじゃない!?」
トンネルの穴がなくなり、大きな赤煉瓦の壁が聳えていた。
「え、ああたしゃち…トントトトンネルルル…よね?」
日暈はパニックを起こして舌が回らなくなっている。
「そのはずだけど…」
自分よりも混乱している人がいるとこんなにも落ち着いていられるのだと、こんな状況で実感しながら御神楽は言う。
そんなふうに魔法少女たちが騒いでいる間にミヨは歩みを進めていた。
「このままじゃ、まにあわない…」
一人ボソリと何か呟いた。
ミヨの後をついていくと、その先に何かの影が見えた気がした。
「え…!?今、なんかいたよな!?」
今までしばらく黙っていた月時雨が大声を上げる。
「しずかに!やつがくる!」
ミヨがいったその時だった。
真後ろから今まで感じたことのない凄まじい圧を感じた。
三人は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。
「これは…振り返ったらダメなヤツ…か…?」
月時雨は今にも気絶しそうな顔で3人に問いかける。
「だいじょうぶ。みんなならたたかえる。」
ミヨは一人逃げ出して、近くの木の裏に身を隠した。
取り残された少女三人衆は、意を決して振り返る。
そこには顔のない、クネクネと蠢く白いナニカがいた。
「いギャァぁぁぁ!!」
月時雨が半泣きで腰を抜かした。
「え、生理的に無理。」
日暈が顔を青くして硬直した。
唯一まともに動けそうなのは、御神楽のみ。しかし手元には勾玉。戦えるような武器ではない。
御神楽はミヨの方を振り返って、助けを懇願した。
ミヨは真顔のままサムズアップするだけだった。
「...終わった。」
三人は助け起こし合いながら、一目散に逃げ出した。
---
三人は息もからがら、なんとか逃げ切ることができた。そしてミヨを置いてきてしまったことに気がつく。
「いるよ。」
なんの音もなく、ミヨが現れた。
「あ、あの、あれなんだったの!?」
日暈は混乱した様子でヨミを問い詰める。
「あれは、ナニカ。」
「いや、名前を聞いてんの。」
月時雨は頭痛がするのか、頭を押さえながらつぶやいた。その時だった。
「ねぇちゃ…お姉ちゃ…ごめ……」
どこかから、微かに子どもの声が聞こえてきたようだった。
周りを見渡すと、川の向こうの木のそばで力なくうなだれている小さな影が見える。
「あれは…」
ミヨはその影を見つけると、血相を変えて、脇目も振らず一目散に川を渡り始めた。
「ごめんね、こわかったよね。」
ミヨはこれまで見たこともない優しい笑顔をその人影に向ける。
「……お姉、ちゃん?」
その子ども、ミヨの弟らしき人物は、信じられないものでも見たかのように目を丸くした。その瞳には安堵が感じられる。
「その子、もしかして...」
御神楽たちは川を渡ろうとして、その岸で立ち止まる。
川は想像よりもはるかに深く、一度足を踏み入れて仕舞えばもう戻れないということが肌で感じられた。
「ひかり。もうだいじょうぶだから、だからこれからおねえちゃんがいうこと、しっかりきいて。」
ミヨは遠目でもわかるほど、真剣な表情で光に言い聞かせた。
「ごびょう、めをつぶって。それから、いえにかえっても、げんきでいてね。」
「え...?それってどういう...」
「はやくめをつぶって。」
光は姉に言われた通り、強く強く目を瞑った。
そして5秒が経過した。目を開くと、そこにミヨはいなかった。
「お、お姉ちゃん?どこ?」
光は不安げな顔で周りを見渡す。しかし、ミヨの姿はどこにもない。
「な...なんで...」
そして大泣きし始めてしまった。
---
「ミヨが...消えた?」
少女三人衆は目の前の出来事に呆気に取られ、そして突然目の前に姿を現した少年を見た後、顔を見合わせた。
川の向こう側でなにが起きたのか、まるで見当もつかない。
しかしミヨが神出鬼没なのには慣れてきていたし、今回もいつもと同じだと思っていた。今は一刻も早くこの場所から立ち去りたい。
「あの、君、大丈夫?」
御神楽が尋ねてみる。
少年は泣き止まない。
「困ったね...」
月時雨はうーんと唸り、左側の腰に携えた剣を指先でいじる。
「それに...この神器、どう使うんだろうねぇ?」
日暈が背負った鏡を手に取り、その微細な模様を覗き込む。
すると突然、その鏡の模様が黄金色に光り出した。模様が分解して文字を紡ぎ、そこに現れた文言は_
『直ちに南西を目指せ。汝の魂戻らなくなるべからず。』
「南を目指せ?」
御神楽が呟くと、月時雨が空を見上げて呟いた。
「北極星がこっちの方角にあるから...その反対側、あっちだね。」
月時雨は意外とインテリらしい。
三人は未だ泣きべそをかいている少年を連れ、南の方角、元来た道を戻り始めた。
先ほどトンネルがあった場所になんとか辿りついたが、その先は大きな煉瓦の壁が|聳《そび》えており、行き止まりのままだった。
「あの白いナニカに合わなくて済んだのは幸運だったけど...」
「やっぱりあのトンネルはもうない、よね。__正直もう通りたくないけど__」
日暈と月時雨はため息をついた。
少年は泣き疲れてぐったりとしている。
疲れ果てた三人を見て、御神楽は思考を巡らせた。
「あの鏡の文言...『直ちに』って書いてあったんだよね。急がないといけない理由でもある...」
そう呟いてふと手を見た時だった。まさかの事態に気がつく。
御神楽の指先からぼんやりとした光が立ち昇り、微かに手の先が透けていたのだ。
他の三人のことも見たが、そのうちの二人、日暈と月時雨はなんともなっていなかった。
少年も微かに透けており、その事実に気がついてから青ざめた顔で俯いてしまった。
「これ...だいぶヤバそうじゃない?」
日暈が焦りのあまり額に汗を浮かべた。月時雨も同様だった。
「なんとか...しよう。」
御神楽は再び思考を巡らせ始めた。
南に行かないといけないのに、さっき通ってきたトンネルは通れない。
別の道を探そうにも一本道だ。
手元にあるのは剣と鏡と勾玉だけ。
というか勾玉はどうやって使うんだ。
考えても考えても、打開策は思いつかなかった。
しかし御神楽はふとあることに気がつく。
『きさらぎ駅』から元の世界に戻るには、どうしたらいいんだっけ?
必死に記憶の海を遡る。
見えた断片。
御神楽は目を開いた。
「煙...煙を焚けば元の世界に戻れる...らしい?」
そう呟いた御神楽の声は、途轍もなく自信なさげだった。
ただネットで調べただけのオカルト話であるし、情報元も信用できるものかわからない。しかし今は藁にもすがる思いである。
「煙か...やってみよう。」
月時雨と日暈は頷いて早速行動に移した。
三人は手近なところから燃えそうな枝や葉などを一心不乱にかき集めた。そしてそれらでこぢんまりとした山を作り、四人で囲んだ。
「さて、燃えそうなものを集めたはいいものの。」
「どうやって...火をつけるの?」
三人はうーんと唸った。その時初めて少年が口を開いた。
「...僕、マッチ、持ってる...」
そしておずおずと右ポケットからマッチの小箱を取り出した。中身を見ると2本入っていた。
「でかした!少年!」
月時雨が|溌剌《はつらつ》とした様子で少年の頭を撫でる。
「...僕、光だもん。」
「すごいね、光くん!」
日暈も嬉しそうに光を抱き上げた。
「や...やめれ!」
もがく光。おろす日暈。
早速マッチで火をつけることにした。
御神楽が緊張した面持ちでマッチを擦る。
一本目は火がつかないまま折れてしまった。
「なにしてんのぉ!?」
他の三人が焦った様子で縮み上がった。
今度は失敗しないように、さらに集中してマッチを擦る。
無事に着火した。
微かに燃え上がる炎と共に、マッチを可燃性の山にそっと落とす。すると、じわじわと炎が広がっていき、その小山を包み込んでいった。
四人は事の成り行きを見守る。しかししばらくしてもなにも起きなかった。
「...ただの噂だった、みたい。」
「まぁ、眉唾モンだったし...」
「やっぱりネットの情報は信じちゃダメだなぁーー」
「僕のマッチ...」
四人は肩を落として、再びトンネルがあった場所を見た。その時であった。
ガラガラガラガラ....
赤煉瓦の壁にヒビが入ったと思ったら勢いよく崩れいていき、やがてあのトンネルが再び現れた。
四人は目を丸くしていたが、急いでそのトンネルに向かっていった。
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「ヒィぃ...前と後ろがわからない...」
半泣きの月時雨。
「みんな...しっかり手を繋いでいてね...」
頼りになる日暈。
「光くん、大丈夫?」
「...うん。」
四人は怯えつつも着々と歩を進めていた。
幸い、行きのように祭囃子が聞こえてくることはなく、無事にトンネルを通り抜けることができた。
四人はほっと一息ついて、線路上の砂利に崩れ落ちた。
「あ〜...怖かった...!」
「まじやばい。」
「なんだか...少し拍子抜け。...煙を焚いたおかげかな。」
「ねぇ...ちょっと待って。」
すると光が青ざめた顔でブルブルと震えていた。彼の足元を見ると、何か白いものがへばりついている。
「た...助けて...」
トンネルの暗闇の中から、白くのっぺりとしたナニカが這い出してくる。光がその腕に引き摺り込まれそうになる。
「光くんっ...!」
御神楽が引き摺り込まれそうになったその手を掴む。その時月時雨が咄嗟に飛び出した。
「テメェ...!うちのダチに手ェ出したら...容赦しねぇからなぁっ!!」
いつもの姿からは想像もできないほど勇ましく、その白くクネクネとした化け物に向かって剣を突き立てていた。白いナニカは不気味な動きをしながらその剣をかわす。
「あたしも戦う!」
日暈も鏡を盾にしながら、月時雨に当たりそうになった白いナニカの無数に伸びる触手を受け流した。
「御神楽ぁっ!光を連れてここから離れろ!ここはどうにかする!」
「できれば元に戻る方法とか...見つけてくれたらありがたいけどねっ!」
月時雨と日暈は白いナニカと戦いながら、御神楽たちを避難させた。
「...うん、わかった!」
二人は邪魔にならないように、その場から急いで離れた。
「御神楽...光...あんた達は、うちらとは違うから...」
去り際に、微かにそんな言葉が聞こえた気がした。
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「ここから抜け出す方法...ここから抜け出す方法...」
呪文のように唱えるが、当然なにも思いつかない。
きさらぎ駅のホームに戻り、ゴミ箱の中、看板の裏、さっき行った神社など、隅々まで見て回ったがなにも見つからない。早5分は経過してしまった。トンネルの近くで二人が応戦しているところが目に入る。
「早く...見つけなくちゃ...!」
「ねぇ、お姉さん。」
すると光が御神楽の腰のあたりを指差した。
「これ、僕も持ってる。」
光が指差したのはあの勾玉だった。そして光もポケットから勾玉を取り出す。
二つは同じ色、同じ形をしていた。二つが共鳴して光り始める。
「それって...」
二人は導かれるように、その二つの勾玉を組み合わせて一つの円を作った。
その途端、辺りは目が眩むほどの光で包まれた。
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蝉の鳴き声が懐かしく耳に響いてくる。
電車の車窓にもたれながら、柊花は瞼を開いた。
「次は……駅……駅………お降りの…は…」
電車を降りると、そこはいつもと同じ最寄駅のホームだった。
あの白いナニカも、月時雨...麗も、日暈...未空も、光もいなかった。
あまりにも色々なことが積み重なりすぎて、頭痛と吐き気を催す。一心不乱に構内のトイレに駆け込んだ。
(どういうこと...?)
便器の中を見つめながら頭痛と戦う。
(あれは全部、夢だったということ?)
額から溢れる汗が水面に波紋を作る。
(みんな...存在しないってこと?)
頭痛がさらに激しくなる。
(結局...どうなったの...)
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トイレを出ると、すでに日はとっぷりと暮れていた。
どのくらい閉じこもっていたのだろう。時刻は7時だった。
早く家に帰って眠ろう。疲れていたんだ。きっとそうだ。
柊花は俯いたまま、重たい足取りで帰宅した。
「昨日未明、中学2年の少女二人の遺体が、静岡県浜松市の山奥で発見されました。一人は望月 麗さん、もう一人は日野 未空さん。二人は制服のまま倒れており、それぞれの家には遺書が残されていたため自殺と見られています。」
柊花はそのニュースを見て言葉を失った。
昨日にはすでに二人は死んでいたのだ。あの時の月時雨、麗の言葉を思い出す。
(あんた達は、うちらとは違うから...)
気がついたら視界がぼやけていた。
その場に崩れ落ちてうずくまる。
その日はなにも手につかなかった。
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あの日から丁度10年の月日が経った。
今は山登り用の服を着て息を切らしながら坂道を登っている。
柊花は前々から計画していたのだが、麗と未空が見つかったという浜松町の山を訪れてみたのだ。
山は何の変哲もない、どこにでもある普通の山だった。ここで二人は命を絶ったのだ。胸が痛くなった。
「二人も生きていたら...私と同じ20代ってことだよね...」
言葉が虚しく木々の間を縫っていく。事件のこともあってなのか、柊花の他には登山客が一人もいなかった。
しばらく歩いていくと、頂上が見えてきた。
清々しい風とどこまでも伸びていく青い空。頭上にたなびく雲が涼しい影を山全体に落とした。
|徐《おもむろ》にリュックの外側のサイドポケットに入れていた花の苗を手に取る。ホームセンターで購入した苗だが、二人への想いがたくさん詰まっていた。
山頂の最も眺めがいい場所に、その苗を植える。許可は取っていないが、そこまで気は回らなかった。
「二人とも...元気にしているかな。」
そう呟いて振り返ったところ、知らない人と目が合った。
高校生ぐらいだろうか。彼は手に花束を持っており、どこか懐かしい感じがした。
「その、今植えた花...」
彼は苗が埋まっている地面を見つめて、ボソボソとつぶやく。彼の持つ花束の中にも同じ花が咲いていていた。
「えっと...」
気まずい沈黙。耐えかねたので一礼してその場を去ろうとした。ふと気づく。
あの子は当時5歳くらいだったと記憶している。つまりは今は...
「もしかして...光くん?」
恐る恐る振り返って聞いたところ、彼は驚いた顔をして花束を落としかけた。
「もしかして.......いや、名前なんだっけ?」
柊花はすっ転びそうになったが、名乗っていなかったことを思い出した。
「私、沖津 柊花と申します。あの時は確か...御神楽、だったかな?」
自分でそう言っておきながら、何だかこっ恥ずかしくなった。
「御神楽さん...!お久しぶりです。」
「その花束...あの二人に?」
そう尋ねたところ、光は静かに頷いた。
「あの二人は僕の命の恩人ですから。...もちろん沖津さんも姉もです。僕はたくさんの人に助けられて、今ここに立っています。本当に感謝しかありません。」
彼は過去を思い出すような遠い目になった。
「僕の姉、夜美は僕が5歳の時に死んでしまって。それも直接的ではないですが、ほとんど僕のせいと言っても過言ではないんです。あの日、姉と喧嘩してしまって...それで僕は家を飛び出して、知らない場所に来てしまっていたんです。姉もまたそんな僕を探して家を飛び出して...そして...」
沈黙が長く続いた。
柊花はなにも言えずにただ立ち尽くしていた。
「でも、お姉ちゃんはその後も僕を探してくれて...おかげで皆さんと出会えて、あの世界から抜け出すことができました。...本当にありがとうございました。」
光は柊花に向かって頭を深々と下げた。
「いや...いやいや、顔をあげてください。私もあの時お姉さんに出会っていなかったら多分、戻ってこれてませんでしたから。私も感謝してます。...ちょっと怖くて強引な人でしたけどね。」
「確かに!」
二人は笑い合った。天から見ている三人の分まで笑い合った。
その声につられて、植えられたダイヤモンドリリーが揺れていた。