公開中
花火のように昇り、そして私はおちる
本当はもう、気付いていた。だけど気付かないふりをした。
「遊び行こう」
沢谷くんがそう言った。
「…もちろん」
私は静かに答えた。期待はしてはいけない。
沢谷くんとは『恋人』という鎖で繋がっている。だがその鎖は関係が築かれたときから脆く、今はもう錆びだらけでいつ切れるか分からない。
正直、私を振らない理由が分からない。さっきの誘いもただ『遊びに行く』というだけで、『一緒に』というわけではない。デートといいつつも基本は別行動。嫌われているというのが一目瞭然でわかる。
なのに、もう一年はこの関係が続いている。私はただ流れるままに沢谷くんに身を委ねているだけ。沢谷くんが何を考えているのか私には到底わかりはしない。
電車に乗った。沢谷くんとの待ち合わせ場所に向かうために。音と、振動と、揺れが心地よかった。うとうとしていると、目的の駅に着いた。
電車を降り、沢谷くんを探した。すらりとした足、さらさらとした黒髪、整った顔。すぐに見つけた。経験上、黄色い声があがっているところにいけば見つけることができると知っている。
「おはよう、沢谷くん」
私が声をかけるとようやく私の存在に気付いたようで、チラッと私を見たあと沢谷くんは歩きだした。ついてこい、ということだろう。
歩く速さを私に合わせるような様子は一切なく途中小走りになりながら着いていった。
「着いた。」
沢谷くんが言った。
辺りを見回すと騒がしい気配がした。どうやらお祭りに来たらしい。浴衣を纏った仲のいいカップルで溢れかえっている。私たちは少し場違いな気がした。
「金魚すくいしたい」
私が言った。沢谷くんが私を見た。その目は睨んでいるようにも、通常運転のようにも見える。
「俺もしたかった。なに?心読んだ?」
意外な返答だった。珍しく『会話』をしているみたいで嬉しかった。
「読めないよ(笑)。私エスパーじゃないもん」
私の声は自然と明るくなっていた。
沢谷くんが少しだけ目を見開いていた。
「どうしたの?」
私がそう聞くと、沢谷くんは視線を外した。さすがに答えてくれないか、と思った。でもそうではなかった。
「いや、お前ってそんな風に笑うんだ」
今度は私が目を見開く番だ。沢谷くんがそんなセリフを吐くだなんて夢かと思った。だが、いくら頬をつねっても痛いだけで、夢ではないことが確かになった。
「何してんの?ほっぺたつねって」
「……ううん。なんでもない。金魚すくい行こ!」
あくまでも坦々たる口調で言う。心の中の高揚感を抑えて。
沢谷くんは金魚すくいが上手だった。私がポイを破りまくって苦戦している間、沢谷くんは慣れた手つきでひょいひょいすくっていく。
「な、なんでそんなに上手なの?」
「……ハマってた時期があったんだ。そんとき師匠に教わって上達した。」
金魚すくいにハマっていたのは意外だった。いつもクールな雰囲気を醸し出している分、そのギャップに大きな鼓動が打った。
「お師匠さんがいたの?」
「ああ。もう亡くなったけどな。」
「あ、そうなんだ」
彼の新たな一面を知れたようで嬉しかった。これからもっと知っていけたらいいな、なんて。
花火の上がる時間帯になり、私たちは人気の少ない所を探しそこから花火が上がるのを待った。
アナウンスでカウントダウンが始まった。私はそれに合わせ、
「5・4・3・2・1・ゼロ!」
『ゼロ』に重なるように、一筋の光が高く昇った。次の瞬間、鮮やかなまばゆい光が私たちを照らした。
「颯希」
花火の轟音に混じり、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「どうしたの、沢谷くん?」
夜空を見上げる彼に問うた。
「これからも、よろしく」
「うん、こちらこそ」
このときは、何とも言えぬ幸福感で満たされていた。
でもこんな言葉は沢谷くんにとって、ただの戯れ言でしかなかったんだ。
お祭りから数日経ち、街の熱も冷めてきた頃だった。
「何してるの?どういうことなの沢谷くん?」
休日の駅、手を繋いで歩く男女。まさかその男の方が沢谷くんだなんて。
「あーあ、見つかっちゃった」
その言葉で、女の人と一緒にいるのがまぐれではないことが分かった。
本当はもう、気付いていた。だけど気付かないふりをした。沢谷くんには私以外の女がいることを。どうせ、沢谷くんがそういう人なんだということを。
きっと、今一緒にいる女の人が本命なんだろう。私は彼と手を繋いだことがない。彼はその|女性《ひと》を愛している。
劣等感、苛立ち、裏切り、悲しみが私を羽交い締めにした。
私はその場から無我夢中で逃げた。肺が破けそうだった。脚がちぎれそうだった。それでも私は目的もなく走り続けた。
自分の存在する意味が分からなかった。誰にも愛されず、ただ都合のいいように利用される駒でしかない。
とにかく、高いところに行きたかった。あの世に近づきたかった。
気付くと目の前には絶景が広がっていた。どこまでも続く淡いブルー。ふわふわの白い綿。
だがそれも、物凄いスピードで上へとスライドしていった。
君だけはどうかお幸せに。