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第二話 雨夜、エンカウント
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「なにも憶えていないのか?」
「ああ、なにも」
「あの日のことを?」
「そうだ」
月宮と名乗る男は興味深そうに聞いた。
月宮は愛想よく笑いながら会話を進めてくれるのだが、その笑い方からあたたかさは感じられなかった。
不思議な感覚だった。
「じゃあ君は、あれのすこし前の記憶を失ったわけか。割とよくある部類だね」
「お前……僕のなにを知ってんだよ。あの日ってなんだ? なんのことなんだ?」
雨夜は警戒心を剥き出しにして訊く。
まだこの男のことを信用したわけでは毛頭ないのだ。
「少なくとも、なぜ君がここにいるかは知っているよ」
「だから、それを答えろって」
「話すと長くなるからね。今は別の司令部の子がやってくれてるけど、俺も早く仕事に戻らないとだし」
「お前な……」
のらりくらりと質問をかわす月宮に雨夜はいらいらとする。
雨夜は今、なにも分かっていない状態なのだ。
「とりあえず君の部屋を決めないとな……」
月宮はしばらく黙り込む。なにかに集中しているかのような感じだ。
雨夜はもはや怒りを通り越して呆れてきた。
なにをやっているんだ、この男はーー僕を差し置いて、なにに集中している?
しばらくして、月宮はぱっと集中を解いて雨夜に話しかけた。
「ちょうど空き部屋ができたところみたいだから、そこを使いなよ。空いたばっかりだから、掃除はいらないしね」
「はあ!?」
なにを言い出すかと思えば、なにを言うのだ、この野郎は。
「僕はお前のことを信用したわけじゃ、これっぽっちもないんだからな!? だいいち、なにも説明してもらってないし! お前は誰だ? ここはどこだ? あの日ってなんだ? 僕はなんでここにいる! なんで髪の色が変わっている!」
さて、一話を読んでいない人のためにここで説明をしておくと。
雨夜は、雨夜六花は、ひきこもりの女子であり、目が醒めたらデパートのように見える謎の場所にいた。
しばらく徘徊していると、目の前にいるこの男に遭遇。
さらに雨夜の髪の毛は白っぽい色になっていて、目の前の男は暗い紫色。
最初のふたつはまだしも、最後はどう見ても科学で説明のつかない事象だ。
「まあまあ落ち着きなって。それについては、これから来る奴が説明してくれるよ」
「これから来る奴って……」
誰のことだ。
そう言おうとした瞬間、
背筋にぞくりとした感覚。
目の前にいる男が与えてくるひやりとした気配とは違い、それはどこか熱っぽささえ感じる強い強い気配だった。
とっさに、後ろ回し蹴りを放つ。
ぐるっと身体を回転させながら放った会心にして渾身の一撃は。
しかし。
軽く手を添えられただけで受け流された。
雨夜はその事に危機感を覚えつつも、疑問が頭に浮かぶ。
いや待てーーなんで僕は、こんな一撃を放つことができる? 万年ひきこもりだったはずの僕がなぜーーそんな思考は、中断を余儀なくされた。
蹴り、蹴り、殴り、蹴り、殴り、殴り、殴り、殴り、蹴り、殴り。
怒涛の攻撃だった。
雨夜はいっぱいいっぱいになりつつも、なぜか攻撃を受け流すことができた。反撃こそできなかったが、流れるようにかわすことができた。
目の前にいるのは、渋い緑色の髪の毛をひとつにくくって長くたなびかせた奴だった。
顔は割と中性的だが、胸が大きい体型からして明らかに女。ぴっちりとした若者らしい服の上に、なぜか和柄の羽織を羽織っていた。
「ほう。お前さん、なかなかやるねえ。鍛えがいがありそうだ」
にやりとして口元をゆがめる謎の女。雨夜は無性にいらっとした。余裕ぶった態度がむかついた。
「うるっせえんだよこのダサセンス女! いきなり襲いかかるとかあり得ねえだろうが! っつーかてめえもなに傍観してんだよ!」
月宮は例のひやりとする笑みを浮かべてこちらを見守っていた。
ざけんなこいつ、助けろよ。そう叫びたかったが、もともとなかった余裕がさらに削られたのでできなかった。
なんと。
なんとーー
謎女は、刀を取り出したのだ。
「はーーはぁっ!? 銃刀法違反だろ、それ!」
白光りする刀だった。
大理石のような艶めきが神秘的な雰囲気を醸し出していたが、雨夜はただただ冷や汗をかくばかりだ。
ふざけるなこいつ! なんでだ! なんでこんなやつが刀を持ってる!? 規制しろよ日本政府! てかなんで白いんだよ! 丸腰ひきこもり相手に刀持ち出すなよ! 死ぬだろ! ざっけんな! てかなんで襲ってきたんだよ! 助けろよ月宮この野郎! ふざけんな! ふざけんなふざけんなふざけんな!
次第にごちゃごちゃになっていく思考をぶった斬るように、雨夜めがけて刀が振り下ろされた。
ーー嫌だ。
ーー死んでたまるか!
裏話
一話で、雨夜が窓を割って脱出というパターンもありました。
ありえなさすぎるのでボツ。