名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
公開中
Chapter.2 三社鼎立
五期までの情報しかないはずです!
原作(漫画)を見ながら書いてます!
オリキャラ注意!
───
作者の海嘯です。
「英国出身の迷ヰ犬」のepisode.11-27の総集編になります。
まとめるにあたり、少し添削しているので良かったらご覧ください。
───
[本編]
11.少年と平和な日
12.少年と組合
13.少年と元孤児
14.少年と光に焼かれた女
15.少年と三つの組織
16.少年と呼吸する災い
17.少年と少女
18.赤の女王は妖しく笑う
19.始まる災いに抗う者達
20.頭は間違うことがあっても、血は間違えない。
21.光の中で生きる道と闇の中で生きる道
22.二つの組織の唯一の共通点
23.双つの黒
24.悪者の敵
25.チョコレートと作戦会議
26.海に沈む白鯨
27.戦いの終わり
[オマケ]
--- episode.11 |少年と平和な日《boy and peaceful day》 ---
---
ルイスside
何故、僕はまだ日本に滞在しているのか。
これという理由はない。
ただ傍観者として、彼らの行く末を見守りたくなったのだ。
面倒ごとに巻き込まれるのは分かっている。
でも、興味の方が勝ってしまった。
「……僕も変わったな」
うずまきのカウンター席で、僕は珈琲を飲んでいた。
相変わらず万事屋は再開する予定はない。
もう宿を取るの面倒くさいから、福沢さんにでも頼んで社員寮に泊まらせてくれないかな。
「──あの」
そんなことを考えていたら、背後から声を掛けられた。
ゆっくり振り返ると、そこには鏡花ちゃんが。
「僕に何か用かい?」
「この前のこと、お礼できてなかったから」
お礼なんて必要ない、と伝えたが彼女が引く様子はなかった。
この前、って船上での件だよな。
鏡花ちゃんなら、僕がいなくてもどうにかなったような気がするけど。
まぁ、素直に礼は受け取っておくことにした。
「敦君は?」
「市警の依頼に行ってる。走行中の車が爆発したって」
「これまた面倒くさそうな依頼だこと」
先程、建物に箕浦さんが入っていく姿を見た。
市警っていうのは彼のことだろう。
流石にポートマフィアの仕業じゃないだろうし、何処かのギャングだろうな。
何か飲むか鏡花ちゃんに尋ね、珈琲のおかわりを頼むついでに注文する。
お金を払おうとするが、受け取るつもりはない。
「もう君の人相の手配書きは市警内で共有されていると思うけど、大丈夫だった?」
「社長が、孫娘だって」
あぁ、なるほどね。
確かに無言で圧をかけにくる所とか似てる気がする。
孫と言われたら、納得してしまうことだろう。
「ルイス、さんは何者なの?」
鏡花ちゃんの質問に、僕は少しだけ考え込む。
万事屋は休業しているし、過去のことを話す訳にもいかない。
「……マフィアにいた時に何か聞いてないの?」
「うん。でも元々ポートマフィアにいた?」
数年前のことだけどね、と僕は小さく笑う。
話を聞いていると、色々と先日までのマフィアについて知ることが出来た。
電車の時、鏡花ちゃんと梶井基次郎という爆弾魔の目的は敦君。
しかし第二の目的は僕だったらしい。
マフィアに戻ってきてもらう為、という話を少し聞いたという。
「万事屋として、殺し以外なら何でもしてたんだよね。それで三年ぐらいポートマフィアと契約してた」
「何故、殺しだけはしなかったの?」
「……それはね」
「鏡花ちゃん! それにルイスさんも!」
そんな声が聞こえたかと思うと、敦君がいた。
気づけば、もう日が暮れ始めている。
もう依頼は終わったのだろう。
「君はまだゆっくりしていきなよ。マスター、これお釣りはいらないから」
「あの、飲み物代──」
大丈夫だよ、と僕は立ち上がって扉を抜ける。
硝子に、鏡花ちゃんが頭を下げる姿が映っていた。
「さて、と……彼の様子でも見にいくかな」
そう呟いた僕は、ある場所に向かい始めた。
ポートマフィアが先日解体させた組織──カルマ•トランジェットの残党が潜伏する倉庫。
芥川君が目覚めない今ほど、報復に適した時はない。
僕の予想では、この倉庫の奥にいる筈だ。
彼個人を襲った密輸屋に対し、マフィアは組織をあげて反撃しない。
他組織に飛び火して大規模抗争になる恐れがあるからだ。
あの人の最適解は、《《芥川君を切り捨てる》》。
太宰君が彼らを引き合わせた理由はわからないけど、こんなところで死ぬには惜しい。
借りを作っておくことも悪くない気がする。
「……?」
見たことのある女性が、そこにはいた。
確か樋口さん、だっただろうか。
芥川君の救出には来ないと思っていたけど、これは予想が外れたな。
「そんな震えた状態じゃ誰も助けられないよ」
「あ、貴方は──!?」
Shh……と僕は口に指を添える。
こんなところで大声を出したら、自分はここにいると言っているようなもの。
「君の独断で助けに来たってところか。まぁ、仲間を助けたい気持ちは理解できる」
「どうしてここにいるんですか、ルイス•キャロル」
「目的は一緒だよ。だから少しだけ手を貸してあげる」
誰にも言わないでよね、と一応念を押しておく。
彼女に手を貸すということは、マフィアに手を貸すことと同じだ。
自身の判断で上司を助けに来た彼女を、僕は尊敬しよう。
「手を貸すって、殺しはしないのでは?」
あぁ、と僕は即答する。
それだけはどうしても出来ないからね。
でも元軍人を舐めないでもらいたい。
銃を持った人間なんて、僕の異能力の前では意味をなさない。
黒蜥蜴が探偵社を襲撃した時に知った、と思っていたけど。
「君が怪我しないようにサポートぐらいはしてあげる」
「……そうですか」
僕は閃光弾を一つ|異能空間《ワンダーランド》から取り出して、倉庫へ投げ入れる。
白い明かりが倉庫から溢れた。
それをきっかけに、樋口さんは銃を構えて建物へ入っていく。
銃声が屋内に響き渡る。
窓から入って銃撃戦を眺めていると、一人の傭兵が背後へ忍び寄っていた。
これはマズい、と異能力を使って助けようとした。
しかし、|不思議の国のアリス《alice in wonderland》では助けることができない。
樋口side
背後から銃声が聞こえた。
振り返ろうとしたが、その瞬間に視界が奪われる。
(煙幕か!)
どうしようか迷う暇もなく、私は誰かに腕を引かれた。
もつれそうになる足をどうにか動かしていると、煙が晴れてくる。
目の前には、《《足から血を流す》》ルイス•キャロルがいた。
「まさか、先程後ろから聞こえた銃声から……」
「今考えると、銃を蹴り飛ばせばよかったな」
何で私なんかを、と思っていると足音が近づいてくる。
ルイス•キャロルの足から流れた血が、床に残っているのだろう。
銃を構え直し、私は覚悟を決めた。
玉砕しても構わない。
私は芥川先輩を──!
バンッ、と扉の開かれる音が聞こえた。
「知らねぇ顔は全員殺せ!」
視線を向けると、そこには黒蜥蜴がいる。
首領から奪還命令は出ない筈。
「貴女は我々の上司だ。上司の危機とあっては、動かぬ訳にもいくまい」
黒蜥蜴の協力もあって、すぐに殲滅することは出来た。
静かになった倉庫の奥から小さく声が聞こえる。
光の漏れている方へ向かうと、酸素マスクのついた芥川先輩がいた。
「……樋口か」
「先輩……血が」
頬についた血を拭おうとするが、少し昔のことを思い出してしまった。
『お前の扶けなど要らぬ、誰の扶けも』
芥川先輩は私の扶けなど必要としていない。
狼煙を上げ、ずっと一人で誰かを探していらっしゃる。
拭うことを止めた手を、先輩の手が触れる。
「……済まんな」
「……仕事ですから」
判っていた。
私がこの仕事に向いていないことも、部下が私に敬意を払っていないことも。
|組織《マフィア》を抜けることは容易ではない。
しかし前例もあるので不可能ではなく、実際何度も考えた。
それでも私がそうしなかったのは──。
「黒蜥蜴、本当に助かりました……って」
「ジィさんなら煙草を吸いに行ったぜ。ついでに車を回してくるって」
そうですか、と私は言って倉庫内を歩き始めた。
あの人の姿が見当たらない。
黒蜥蜴に殺された、なんてことはないでしょう。
でも、まだお礼が言えてないのに。
ルイスside
もう結構遅い時間だから、与謝野さんを訪ねるわけにはいかない。
黒蜥蜴がやってきた僕は少し離れた海岸へ来ていた。
「──ッ」
応急措置でしかないが、傷口を包帯で縛ることにした。
歩くことは難しそうだし、こんな状態で泊まれる場所なんてない。
太宰君にでも迎えに来てもらおうかな。
そんなことを考えていると、足音が近づいてきた。
距離を取れなかったし、ポートマフィアしかありえない。
「こんなところに居たか」
「……広津さん?」
何で彼がここに、というか僕がいたことを何故知っているのだろうか。
「樋口君は怪我をしていないのに、近くには血痕が残っていた。そして君なら|マフィア《我々》を先回りしていてもおかしくはない」
流石、としか言いようがなかった。
ここに来るまでの血痕も辿ってきたのだろう。
もう銃声は聞こえないし、芥川君の救出も無事終わったのか。
「上司の危機を助けてくれたこと、感謝する」
お礼に、とあることを言われたが僕の方から断った。
確かに今すぐ脚の傷を治療したいけど、マフィア本部へは行きたくない。
「それではずっとここに居るつもりか?」
「……。」
一般人に見つかるほど面倒くさいことはないだろう。
もし銃弾が足に残っていたりでもしたら、中々面倒くさいことになる。
異能空間にいてもいいけど、あそこは時間が止まっている代わりに外の時間の流れが分からない。
マフィアに一度世話になった方が、色々と都合が良い気がしてきた。
「一台多く車は呼んであるが、どうする?」
「僕、加入はしないからね」
「首領も芥川君を助けてくれたとあれば、そう何度も言わないだろう」
広津さんはそう言うと、何処かへ電話をかける。
暫くすると黒い車が僕達を迎えに来た。
マフィア本部にそう離れていなかったので、数分もすれば着く。
しかし、歩こうにも体重が掛かる度にとてつもない痛みに襲われた。
どうしようか考えていると、首領が車椅子を持って出迎えている。
先に状態の説明はしてあったのだろう。
「思ったより早い再会になったね」
「僕も想像してなかったよ。銃弾が残っていないかと、一応効くか分からないけど鎮痛剤も出して」
もちろんそのつもりだ、と首領が本部へと入っていった。
車椅子に乗った僕に広津さんが手を貸してくれる。
「マフィアに入れ、と今は言わない。その代わりに一つ教えてもらってもいいかな」
手当てが終わった僕へ、首領はそんなことを言った。
一体何を聞かされるのか、少しばかり警戒してしまう。
しかし、彼の口から出た言葉は予想の遥か上をいっていた。
「君は何を恐れているんだい?」
「……どうしてそんなことを聞くのか、分からないね」
上手く誤魔化そうとしたけど、その程度の言葉しか出てこなかった。
戦争を経験して、万事屋として。
僕はここ数年の間に色々なものを見てきた。
大抵のことでは驚かなくなり、怖がることも減っただろう。
けれど首領の言う通り、僕は恐れていることがあった。
この感情が消えることは中々ないと思う。
「深く追求するつもりなら、今度は本物の銃で撃つよ」
「それじゃあ、やめておく事にするよ」
「手当て、ありがとうございました。今度こそ失礼します」
---
--- episode.12 |少年と組合《boy and guild》 ---
---
No side
北米異能者集団──|組合《ギルド》。
構成員は政財界や軍閥の要職を担う。
その一方で、裏では膨大な資金力と異能力で数多の謀を底巧む秘密結社。
まるで三文小説の悪玉で、都市伝説の類とされていた。
しかし、|組合《ギルド》は確かに存在する。
中島敦に七十億の懸賞金を懸けた黒幕は、その組織の団長だった。
ルイスside
「どうして貴君は何度も銃で足を撃たれるんだ」
「いやぁ、こっちが聞きたいね」
与謝野さんに足の傷を治してもらった僕は、何故か社長室にいた。
動きを封じる為とはいえ、こう短期間に二度も足を撃たれるのはおかしい気がする。
「やっぱり適度に身体を動かしていないと駄目だね。今の僕じゃ、弱すぎて戦場に一分も立っていられないんじゃないかな」
そう笑いながら言うと、福沢さんは小さくため息を吐いた。
改めて思い返すと、現実味がなく夢だったのではないかと考えてしまう。
人を殺すことが正当化され、老若男女誰でも命を落とす。
戦争の最前線に|十五歳《昔の僕》が立っていたことも信じられない。
どうして僕は戦場にいたのだろうか。
「……ルイス」
「あぁ、ごめん。考え事してた」
福沢さんは、少し心配そうに僕を見ていた。
戦争が夢だったら、どれほど良かったか。
僕はお茶を飲みきって立ち上がる。
乱歩に暫くの間は横浜に残ることを伝えないと。
「あ、そうだ。宿を取るのが面倒だから下宿貸してよ」
「生憎だが、今は空きが無い。私の家に来るか?」
「え、迷惑じゃない?」
適当に太宰君の家にでも転がり込もうかと思っていたけど、まさか福沢さんの家に呼ばれるとは。
想像していなかった事態に驚きが隠せない。
「太宰君とかに断られたら頼んでもいい?」
「あぁ、それで構わん」
それじゃあ、と僕は事務室へ向かうのだった。
何か話しているかと思えば、鏡花ちゃんの住居について話しているらしい。
部屋が足りなくて、敦君と同居になるのだと言う。
「ホント、太宰は敦を丸め込むのが上手いよねぇ」
「本当だね。話は変わるけど僕さ、暫く横浜にいることになったから宜しくね」
ふーん、と乱歩はどうでも良さそうにラムネを飲んでいた。
彼には全てがお見通しなのだろう。
「おい太宰、早くマフィアに囚われた件の報告書を出せ」
「好い事考えた! 国木田君じゃんけんしない?」
「自分で書け」
マフィアで中也君と戦ったりしてたのに、相変わらずで何より。
そんなことを思いながら、僕は乱歩の隣で小説を読み始めるのだった。
「君に懸賞金を懸けた黒幕の話だ」
いつの間にか、話が変わっているな。
特に関係はないかと思って小説を読み進めてみたが、外から聞こえた物凄い音に集中を奪われる。
何の音かな、と外を見てみるとヘリコプターがいた。
それは探偵社前の道路へと止まり、扉が開く。
降りてきた人物を見て、僕は思わず顔を歪ませてしまった。
『君を雇いたい』
この街に来る前のことを思い出してしまった。
その人物は此方を見て微笑む。
「先手を取られたね」
完全に目が合ったのだが。
出国履歴からこの国にいることはバレているのは良いとして、探偵社にいることはあまり良くない。
何で今日、この瞬間に来たんだこの人は。
頭を抱えることしか出来ない。
「ルイス、医務室で待っていると良い」
「……福沢さん」
顔色もあまり良くない、と言われた僕は乱歩と共に医務室に向かった。
与謝野さんは買い物に出ているので居ない。
「彼らと知り合いなんだね」
「勧誘されたんだよ。まぁ、すぐに断ったんだけどさ」
「敦のことを知ったのも、その時だね」
一瞬鏡を見たけど本当に顔色が悪かった。
自分でも驚くほど、あの男に会いたくなかったのだろう。
僕がここにいるのは流石に知らなかった筈。
それなら、彼は探偵社に一体何の用で来たのか。
いや、深く考えなくても分かることだ。
彼らの目的は──。
福沢side
「フィッツジェラルドだ。北米本国で『|組合《ギルド》』という寄合を束ねている」
名刺を出しながら色々と語る男の話を、私はすぐに遮る。
「貴君は懸賞金でマフィアを唆し、我らを襲撃させたとの報が有るが、誠か」
「あぁ! あれは過ちだったよ、|親友《オールドスポート》。まさかこの国の非合法組織があれほど役立たずとは!」
謝罪に良い商談を持ってきた、と男は言った。
建物の階層が低すぎるのが難点だが街並みは美しい。
茶を飲みながらそう言う男の部下は、机にトランクを置いた。
「この会社を買いたい」
中に敷き詰められた札束。
男の表情から冗談ではないことは、容易に想像できる。
この男ならば、土地も会社も全てを買うことが出来る筈だ。
わざわざ探偵社にやってきた理由は一つしかないだろう。
「『異能開業許可証』をよこせ」
この国で異能者の集まりが合法的に開業するには、内務省異能特務課が発行した許可証が必要になる。
表向きには《《ない》》組織である特務課は買収できないらしく、探偵社へやって来たと言う。
「連中を敵に回さず、大手を振ってこの街で『捜し物』をするにはその許可証が──」
「断る」
そうか、と男は時計もつけると言った。
色々と説明を始めるが、私は話を聞く気はない。
命が金で購えぬ様に、許可証と替え得る物など存在しない。
あれは社の魂だ。
特務課の期待、そして許可発行に尽力して頂いた夏目先生の想いが込められて居る。
「頭に札束の詰まった成金が、易々と触れて良い代物では無い」
男は少し黙り、忠告をしてきた。
社員が皆消えてしまっては会社は成り立たない、か。
無論、私は意見を変えるつもりなど無い。
「帰し給え」
「また来ると言いたいところだが、彼はどこに居る?」
やはりその質問が来たか。
予想はついていたが、今は会わせてはいけないような気がする。
「とぼけようとしても無駄だ。確かに俺は彼──ルイス・キャロルを見ているからな」
「貴君に用がある者は、この会社に居ない」
「ふむ、匿うのは構わないが彼は俺の部下になる男だ。こんな島国の会社にいて良いような人材ではない」
賢治、と私は早く彼らを帰らせる。
ルイスがあの男の部下に、か。
組織を嫌う彼が何処かに属すなど、あり得ないのに。
そんなことを考えていると、男は最後に言葉を残していった。
「明日の朝刊にメッセージを載せる。よく見ておけ、親友。俺は欲しいものは必ず手に入れる」
ルイスside
「フィッツジェラルド殿は帰られたぞ」
その声を聞いて、少し安心したような気がした。
ヘリコプターの飛び立つ音も聞こえる。
とりあえずは退いてくれたのかな。
「それで、貴君はこれからどうする」
「どうする、って言われてもね」
残る選択をしたのは他の誰でもない僕自身だ。
勿論どの組織にも入るつもりはなく、出来ることなら傍観者でいたい。
まぁ、その願いは叶いそうにないわけだが。
とりあえずため息を吐き、僕は立ち上がった。
「普通の暮らしを求めてた筈なのに、どうして面倒くさい事になるのかな」
「行くのか」
「あくまで中立で居たいからね。気が向いたら手を貸すぐらいしてあげるよ」
この感じではお世話になることは難しそうだ。
扉を出て、僕は太宰君達に挨拶をすること無く探偵社を去るのだった。
次の日になり、町中同じ話題で持ちきりだった。
「ビルが丸々消えたらそりゃあねぇ……」
福沢さんの事だから『異能開業許可証』は渡さなかったのだろう。
この報道は組合からのメッセージか。
そういえば、組合の目的をちゃんと聞いてなかったな。
敦君は文字通り|目印《タイガービートル》なら、何かを探しているんだろうけど。
「……無駄に考えても仕方ないか」
今は組合からどう身を隠すかを考えないといけない。
ビルを消した方法は判らないけど、僕も拉致されたりするかもしれない。
脅しの材料はなくても、普通に拷問のようなことしてきそうだから嫌なんだよな。
ハァ、とため息を吐いた僕は人混みの中へ身を隠すのだった。
「──は?」
一言で表すなら、異質。
先程までいた街とは全く違う、異質な空間に僕はいた。
周りには僕と同じように理解の追い付かない一般人が沢山いる。
「ようこそ、アンの部屋へ」
声のした方を見ると、そこにはフィッツジェラルドと共にいた少女がいた。
「あら、もう嫌だわ。こんなに沢山の方たちに見詰められて、あたし初対面の方とお話しするの苦手なの」
組合は異能者集団。
つまり彼女も異能者であり、ここは異能空間と予想がつく。
「でも駄目ね、ちゃんとせつめいしなくちゃあ。皆さんお困りだわ。きっとすごくお困りだわ。だってこんな見知らぬ所に連れてこられたんですもの。あたしだったら心臓が跳び跳ねて──」
「ナオミは何処だ」
おっと、この声は谷崎君か。
敦君も一緒にいることが分かったが、話を聞く限り賢治君とナオミちゃんが捕らえられているらしい。
「鍵なしでは開かないわ。開くのはあっち」
背後にある扉の窓から見えた景色は、静止している。
なるほど、僕の異能空間とは違うらしい。
空間内の時が止まり、現実世界の時は流れているのが|不思議の国のアリス《alice in wonderland》。
彼女の能力では空間内の時間は進んでおり、現実世界の時が止まっている。
外の見える扉から出ることが出来る点に関しては、彼女の異能力の方が優しいか。
「如何する心算だ」
「簡単よ、この部屋のアンと遊んで頂きたいの」
彼女がアンを呼ぶと、ぬいぐるみのようなものが出てきた。
多くの人は怖がり、扉から出てしまう。
「あっ、ただしそのドアから出たら部屋の中のことは忘れちゃうわよ? よろしくて?」
なるほど、色々と面倒くさそうな異能力だ。
だからフィッツジェラルドは組合に勧誘したんだろうけど。
部屋が静かになるまで、僕は大きな箱に腰を掛けて小説を呼んでいた。
「残ったのは四人だけ?」
「此処は危険です、逃げた方が佳い」
「女の子を捜しているんだ」
「ん?」
聞き覚えのある声に、僕は思わず小説から顔を上げた。
何でこんなところにいるんだ、この男は。
僕の視線の先にいたのは白衣を着た中年男性、改めポートマフィアの|首領《ボス》である森鴎外。
「ルイスさんもいらしたんですね」
「あぁ、巻き込まれたね」
敦君が首領と話している間に、僕は谷崎君と少しだけ話した。
「ルールは簡単よ! 可愛いアンと追いかけっこをして、タッチされたら皆さんの負け。捕まる前にその鍵でドアを開ければ皆さんの勝ちよ。人質をみんなお返しするわ」
とても単純で分かりやすいルールだな。
谷崎君に言われ、僕は追いかけっこに参加せず首領の傍にいることになった。
追いかけっこ、ということは周りにある遊具を使った目眩ましなども可能なのだろう。
この人なら何も問題無さそうだけど、二人は一般人だと思ってるからな。
仕方なく、僕は首領を守ることにした。
「準備はよろしくて?」
「あぁ」
鍵を取った谷崎君の背後にアンがいた。
流石に速すぎる。
これでは勝負にならないな、と一人呟いた声は首領だけ届いて消えた。
---
--- episode.13 |少年と元孤児《ex-military and ex-orphan》 ---
---
No side
「ひとりめ捕まえた☆」
少女を除いた四人は驚きを隠せなかった。
追いかけっこが始まると同時に捕まった谷崎。
鬼役であるアンは、あまりにも速すぎる。
驚いている暇はなく、鍵の必要な扉が開いて無数の腕が伸びてきた。
腕は谷崎を掴むと扉の中へ吸い込む。
バタン、と大きな音を立てて閉められた扉。
アンの喜んでいるような動きから出される音だけが、異能空間に響くのだった。
ルイスside
敦君へ伸びるアンの手。
しかし、一部虎へ変身することで上昇される身体能力のお陰で、そう簡単には捕まらない。
「君、エリスちゃんを知らないかい?」
「知らない。というか組合にフロント企業が入っていたビルごと消されるよね? なんでエリス嬢を見失ってるの」
護衛もいないし、流石にマフィア首領としての自覚が無さすぎるのではないだろうか。
「それで首領、あの扉の先にいるわけがないのに何で残った?」
「話は変わるけどルイスくん。君、もうマフィアじゃないのに首領呼びするよね。普通に森さん、とかで呼んでよ」
「……質問に答えたらそう呼ぶ」
じゃあ、と森さんは目的を話し始めた。
一番の目的は組合の情報を少しでも集める為、らしい。
確かに都市伝説とも言われる組合の全体像は僕でも把握しきれていない。
昔は少し交流があったけど、今の組員は全然知らないな。
「そして二番目は君だ」
「……万事屋も休業中なので手は貸しませんよ。そもそも傍観者でいたいので」
それは無理だろう、と森さんは言う。
組合に狙われているのは敦君だけじゃないことに、この人は気づいているんだろうな。
「そういえば森さん、芥川君は元気?」
「あぁ、起き上がることは出来ないけどね。君のお陰で大切な遊撃隊長を失わずに済んだ」
「彼を見捨てる気だったのに、よくそんなことが言えるね」
「おや、一体何の事かな?」
ハァ、とため息を吐いた僕は隅の方に移動して敦君の追いかけっこを見守ることにした。
「すごいすごい軽業師みたい! もっと見たいわ!」
アンの動きを見て思ったけど、攻撃速度は結構速いな。
少しでも気を抜いたらすぐ捕まりそう。
「何て力強くて便利な異能なんでしょう。さぞ幼少から皆にちやほやされたに違いないわ」
「……。」
「貴方、元孤児なのですってね。あたしも孤児院育ちなの、とても寒い所よ。凍ったみたいな水で一日雑巾掛けをした後は、何日も指の痛みが取れなかったわ」
いきなり自分語りを始めたかと思えば、敦君を羨んでいる。
彼女、敦君の過去について何一つ知らないのかな。
「組合は失敗を許さないわ。今回の作戦をしくじったら、汚れた紙ナプキンみたいに捨てられる。そしたらまた独りよ。そんなのって信じられる?」
ゾッと背筋が凍るような感覚がした。
もう羨むなんて感情じゃない。
「ねぇ、なぜ貴方なの? なぜあたしではないの?」
「確かにこの世界は不公平だね。帰る場所のある人ばかり、善人ばかり命を落とすんだから」
「ルイスさん……?」
思わず口を挟んでしまった。
でも、彼女の言葉に反応せずにはいられなかった。
敦君も少し疲れているし、休憩するのにちょうど良いかな。
「失敗したら独りになる、なんて最高じゃん。その尊い命を失わずに済むんだよ?」
戦場じゃ失敗したら死ぬ。
人を殺すことが出来なければ|平和な日常《何でもない日》はやってこない。
どれだけ罪の意識に苛まれようと引き金を引くことも、刃を振るうことも止められなかった。
「な、何なのよ……貴方には私の事なんて理解出来ないでしょう!」
「出来ないよ。でも、それは君も同じだ」
さて、と僕は手を叩いて空気を変える。
追いかけっこの邪魔をして悪かった。
そう告げて森さんの元へ戻ってくると、何故か頭を撫でられた。
「は?」
自分でもビックリするぐらい低い声が出た。
この人が頭を撫でている理由が、いまいち理解できない。
「君も大変だったんだね」
「……は?」
もう僕は考えることを止めることにした。
「あ、敦君が……」
いつの間にかアンの手を掻い潜って、扉のところまで来ていた。
その手にはしっかりと鍵が握られている。
「少年! 危ない!」
「え?」
森さんの声が響き渡った。
それと同時に敦君の首を《《鍵が掻き斬ろうとしている》》。
斬られたのが皮一枚で済んだ敦君だったが、鍵を手放してしまった。
「あら、大事な鍵をこんな風に扱って……孤児院の先生に叱られるわ」
「鍵でドアを開けたら勝ちじゃあないのか!」
「そうよ、《《開けられたらね》》。こんな鍵をどう使うのかあたしにも見当がつかないけれど」
あの鍵、笑ってるな。
普通に凄いと思っていたが、そんな余裕はない。
勝つ方法がない状態で、敦君の心がどれだけ持つのか。
ロケランでも扉に撃ってみようかな。
いや、普通に捕まってる人達に被害が出るか。
そんな下らないことを考えていると、敦君は鍵の必要ない扉へ向かって走り出した。
「お仲間を捨てて逃げる気!?」
敦君の手がドアノブに掛かる、というところで森さんはリボンを使って敦君を止めた。
僕も敦君を投げ飛ばそうかと腕を掴んでいる。
「駄目だよ、少年。敵はあっちだ」
「駄目だよ、敦君。敵はあっちだ」
うわっ、と思わず言いそうになった。
まさか森さんと台詞が被るとは。
「この|場合《ケエス》での逃亡はお勧めしない。その……高が街医者の言葉を信じて貰えるならば、だが」
「彼女の言葉を信じるなら、この扉から出たら記憶を失う。つまり彼女の事も谷崎君達が捕まっていることも忘れてしまう。その間に組合はどんどん進撃するだろうね」
佳い事を教えよう、と森さんは敦君にリボンを渡した。
「|戦戯《ゲエム》理論研究では、危害を加えて来た敵には徹底反撃を行うのが論理最適解とされている。二度と反撃されぬよう、此処で徹底的に叩くのだ」
「でも方法が──」
「絶対に負けぬと高を括る敵ほど容易い相手はないよ」
「探偵社は、君が囚われた時に必死に助けてくれたんでしょ?」
今度は君の番だ、と背中をそっと押してあげる。
顔つきが良くなった。
これで敦君の気力は大丈夫だろう。
後はどう攻略するか、か。
こういう異能空間はその空間を作った異能者が最強になる傾向がある。
そしてその異能者だけが空間を作り、壊すことが出来る。
奥の部屋は空間を壊しても解放されない。
つまり彼女を引き込めば──。
「──勝利か」
その瞬間、二体のアンによって敦君が捕らえられた。
まぁ、元より谷崎君と二人で挑む予定だったから妥当か。
扉から伸びてきた腕が、敦君を引きずり込む。
「あぁ、なるほど」
「はい、おしまい★」
隣で森さんがそう呟いたのと同時に、少女は言った。
「次は|ルイス《貴方》の番ね。でも、おじさまはどうされるのかしら?」
「……と、いうと?」
「おじさまの言葉のおかげで虎の彼に逃げられずにすんだわ。だから感謝の印に見逃してあげてもいいわよ。どうせ捕まえる指示のないこきたない中年一人見逃したってフィッツジェラルドさんは怒ったりしないもの」
相変わらずよくまわる口だな。そう思いながら僕は欠伸をしていた。
「おじさまがアンに捕まった時の絶望した顔を見てみようかしら」
「試すかね」
ハァ、と僕はため息を吐く。
彼女を脅して何が楽しいのだか。
そんなことを考えていると、視界の端に雪が降っているのが見えた。
「無理だな。何故なら君は負けている」
見るといい、と森さんが指差した先には敦君がいた。
閉まった筈の扉は開いており、虎の手足でどうにか引き込まれないように頑張っているようだった。
「どうして──」
「君の見落としは一つ。この戦いは《《最初から二対一》》だ」
扉の開いた瞬間に、谷崎君が『細雪』を発動させて映像を偽装。
あの中に入った瞬間に気絶する、とか変なことが起きていたら無理な作戦だったな。
その場合、僕が一人で彼女と戦わなくてはならない。
普通に面倒くさいから敦君と谷崎君でどうにかしてくれて助かった。
「本当は君にこの作戦を失敗して欲しくない、居場所を失って欲しくない! でも──僕は弱くて未熟だから他に方法が思い付かない」
グイッ、と少女は何かに引っ張られたように、身体が扉へ引き寄せられる。
敦君が引き込まれる直前に結んでおいたのだ。
虎の力で引っ張れば、一瞬で扉の元まで移動される。
「はっ、放しなさい!」
「異能を解除して、皆を解放しろ。でないと君を奥の部屋に引きずり込む」
「そんなっ……!」
「鍵がなければ扉は開かない。なら君が部屋に幽閉されれば、扉を開けられる人間は誰も居なくなる」
そうなった状態で能力を解除しても、僕と森さんしか元の世界へは帰れない。
もし彼女が異能を解除しない場合はどうしようかな。
やっぱりロケランか。
「異能は便利な支配道具じゃない。それは僕が善く判ってる。自分の作った空間に死ぬまで──否、死んだ後も囚われ続けたいか?」
「あたしは……失敗するわけには」
「今から手を離す。決断の時間は扉が閉まる一瞬しかないよ」
さぁ、どうするのかな。
瞬きをする間に、景色は元いた街へと戻っていた。
周りには囚われていた人達がいる。
自分の異能に囚われるのは、流石に嫌だったか。
あの一瞬でよく異能力を解除できたな。
そんなことを思っていると、鼓膜が破れそうな程の大声が頭に響いた。
「大丈夫だったかい、何処に行ってたのだい、心配したのだよぅ、突然居なくなるから、」
「急に消えたらリンタロウが心配すると思って」
泣くかと思った、と言いながら泣いている森さん。
「そしたら泣かせたくなった」
「非道いよエリスちゃん!」
何なんだろう、この人は。
相変わらずの幼女趣味に、もう呆れすぎてため息も出てこなくなった。
「……敦君も鏡花ちゃんと合流したし、一件落着かな」
「それでは私達は失礼するよ」
感謝を伝える敦君。
あえて正体は言っておかないでおこう。
今明かすと、何かと面倒くさいことになりそうだ。
「少年。どんな困難な戦局でも必ず理論的な最適解は有る。混乱して自棄になりそうな時ほど、それを忘れては|不可《いけ》ないよ」
マフィアの首領が敵組織の新人に助言、ねぇ。
彼が何を考えているか分からないところは、この人譲りかな。
そんなことを思いながら、僕は今度こそ人混みの中へ身を隠すのだった。
---
--- episode.14 |少年と光に焼かれた女《boy and woman burnt by light》 ---
---
ルイスside
「これからどうしよう」
そう呟きながら、僕は空を見上げていた。
探偵社の厄介になるわけにはいかない。
かと言って、行く宛があるわけでもない。
何処かの組織に入れば、幾分か見守りやすい気がする。
「……否、それは無いな」
古い知り合いと交流したせいで、ルイス•キャロルという人間が変わりつつある。
それは良いことなのか、はたまた悪いことなのか。
今の僕では判断ができない。
「おや、ルイスではないか。息災じゃったか?」
「これはこれは、ポートマフィアの幹部サマが何故こんなところに?」
ポートマフィア幹部──尾崎紅葉。
行く先々で何故こうも知り合いに会うのだろうか。
もしかして今朝の占いが最下位だったせいかな。
とりあえず、くだらない事を考える余裕はあるらしい。
「愛しの鏡花を迎えに行くところでのぉ……お主も連れてくるよう鷗外殿に頼まれておるのだが、一緒に来るかぇ?」
断る、と僕は即答した。
数年共に過ごした紅葉なら、僕が断ることぐらい想像できていたのだろう。
驚いているわけでも、悲しんでいるわけでもない表情をしている。
「やはりそう答えるのじゃな、ルイス」
僕は昼の世界で胸を張って生きることも、夜の世界でこれ以上手を染めることも出来ない。
軍人となり英国に尽くした時点で、この未来は確定したのだろう。
どれだけ称賛されようとも、僕がしてきたことは殺人鬼と大差ない。
強く握り締められた拳は爪が刺さって、少しだけ痛い。
「一番は鏡花じゃ。お主と共に過ごす日々を取り戻すのは、また今度にしよう」
「また会わない事を願っているよ、紅葉」
さて、と僕は彼女の背を見ながら考える。
紅葉と此処で出会ったということは、鏡花ちゃんは意外と近くにいるのだろう。
ポートマフィアに戻ることが彼女にとっての救いなのかは、分からない。
光でも闇でも沢山の困難に頭を抱えてしまうだろう。
『君、何で此処から逃げないの?』
『私は……闇に咲く花は、闇にしか憩えないから……』
いつの日か、紅葉とした会話を思い出す。
確かに光に焦がれ、焼かれて落ちたかもしれない。
でも、鏡花ちゃんが同じ道を辿ると断言できる根拠はない。
「……本当に変わったな」
僕はため息を吐く。
そして、紅葉の後をついていくのだった。
「夜叉白雪よ。鏡花に近寄り嘘の世界を教えるものに、罰を与えよ」
その瞬間、血の匂いが風に乗って流れてきた。
近くに誰かがいるのだろう。
どうにか物陰に姿を隠しながら見てみると、敦君が紅葉に踏まれていた。
「彼女はもうマフィアには戻らない! 彼女の力は探偵社の仕事で振るわれるものだ!」
「……!?」
「矢張り……鴎外殿の許可など待たず、迎えに来るべきであった。このような欺瞞と偽善の巣にそなたを一秒も置いてはおけぬ」
紅葉は本気で泣いていた。
鏡花ちゃんの事を心配しているが、彼女は組織に戻るつもりはあるのだろうか。
「案ずるでない。異能目当ての屑共など、|私《わっち》が微塵に切り裂いてくれる」
「マフィアがそれを云うか……!」
敦君は紅葉に飛び掛かる。
しかし、そう簡単に五大幹部へ攻撃が届く筈がない。
一瞬にして血だらけになった敦君を挟み、夜叉の刃は柱に突き刺さる。
夜叉白雪ではないもう一体の夜叉──金色夜叉。
鏡花ちゃんとは違って自身の意思で操作できるだけでなく、紅葉自身の実力もあって五大幹部へと上り詰めた。
「悪いのう、|童《わっぱ》。これも仕事でな」
「やめて!」
森さんは敦君だけでなく、探偵社の鏖殺を望んでいるらしい。
組合が来ているのに、二組織で戦争するのは本当に最適解なのだろうか。
「判った。戻ります。だから……」
「凡てはそなたの為じゃ。いずれ判る時が来る」
傘を差し、鏡花ちゃんの手を引いていく紅葉。
今のうちに敦君を|異能空間《ワンダーランド》へ引き込めば、これ以上傷が悪化することはない。
敦君は胸を貫かれていた。
虎の再生能力は素晴らしいけど、流石に心臓を貫かれたら死んでしまうのではないだろうか。
与謝野さんに早く診せた方がいい。
そう考えていると、紅葉の傘が地面に落ちた。
鏡花ちゃんが寄りかかったように見えたが、短刀を向けているのだろう。
「明るい世界を見た。知らなかった頃にはもう戻れない」
「……それを使うな。使えばそなたは」
「夜叉白雪、私の敵を倒して」
鏡花ちゃんは震えていた。
殺戮の権化である異能力を自らの意思で使うのは、勇気がいるのだろう。
今まで人の命を奪う為にしか使ってこなかったのなら尚更だ。
「……今出るわけにはいかない、か」
微かに聞こえる車の走行音。
それは徐々に近づいてきていた。
多分、紅葉の部下達が待機しているところなのではないだろうか。
下手に出て、格好の的になると色々と面倒だ。
「戻れ鏡花、判っておる筈じゃ」
「嫌──戻りたくない、それでも私は──」
戦いの行く末を、僕は見守ることしか出来ない。
「そなたは目的の為に|凡百《あらゆる》殺戮を正当化する。その本性は変えられぬ」
そのように夜叉を武器として使える筈がない、か。
鏡花ちゃんはやはり暗殺者としての才能がある。
本人が気づいているのかは判らないけど、辛いだろうな。
「何故なら夜叉は、そなたの両親を惨殺したのじゃから」
「そんな、どうして……」
「違うの……これは、」
携帯が地に落ち、夜叉は消える。
予想通り黒服が現れたし、どうにか敦君を助け出さないと蜂の巣にされてしまう。
「頭、下げてくださーい」
「え?」
黒服が乗ってきたであろう黒塗りの車が、空から降ってきた。
「は、何で……え?」
語彙力が何処かに行った。
その代わりに賢治君と国木田君がやってきた。
探偵社が増援、ねぇ。
鏡花ちゃんの携帯の|指示式《プログラム》を変えたとはいえ、着信があったら信号が出るようにしていたのだろう。
「探偵社の毒虫め……鏡花にこれ以上、毒の光を見せるな!」
「組織同士の全面戦争と云う訳か。この忙しい時に」
巻き込まれるのは嫌だし、逃げるか。
「ワァ、タイミング最高」
そう思ったら、聞き慣れない声が聞こえてきた。
誰かな、と覗いてみると外国人が二人いる。
会話を聞く限り、二人とも『組合』の人間か。
「あ、そこ危ないよ。『|荷物《パッケージ》』が届く頃だから」
また上から何かが落ちてきた。
今度は何事だ、と砂埃が落ち着くのを待っていると四つの人影が見えた。
すぐに紅葉が指示を出して攻撃させる。
No side
「ポオ殿とオルコット殿はどちらに」
「高い所をお恐れあそばして、お残りに」
死ねばいいのに、と傘を差した女性は小さく呟いた。
「楽な仕事だったね! 皆、余った時間でドライブに行かない?」
青年の言葉は無視して、組合の五人は歩いていく。
追い掛けていた青年の後ろには、血で赤く染まった公園が広がっていた。
ルイスside
「……これが今の組合か」
とりあえず全員を|異能空間《ワンダーランド》に送って、組合の六人の背中を見つめる。
どうやらフィッツジェラルドは、優秀な異能者を結構な人数勧誘しているらしい。
僕がいなくても充分ではないだろうか。
「とにかく、探偵社に向かわないと」
でも、あまり大人数を入れておきたくない。
簡易的な手当てだけしてマフィアに送ろうかな。
とにかく僕が異能空間に行かないことには始まらない。
--- 『|不思議の国のアリス《alice in wonderland》』 ---
転移した僕が見たのは、地獄絵図としか表せようになかった。
探偵社、マフィア関係なしに血だらけでボロボロだ。
「ルイスさん」
「……もう目覚めるなんて、流石に早すぎない?」
「あの人が守ってくれたから」
紅葉の事か。
確かに彼女の傷はそこまで酷くないように見える。
全員気絶していると思っていたけど、息を潜めていたのか。
「また、助けて貰った」
「僕は助けてないよ。敦君が傷ついても、見てただけの僕は」
鏡花ちゃんは特に何も言わなかった。
さて、と僕が手当てを始めようとすると彼女は少し手伝ってくれる。
一人でこの人数をやるのは大変だから、とても助かった。
「よし、それじゃあ探偵社へ──」
「待って」
「……どうかしたの?」
どこか、鏡花ちゃんは話を切り出しにくそうだった。
多分、探偵社には行きたくないのだろう。
正確には、紅葉に言われたことを気にして帰りにくい。
彼女が今の状態で探偵社に戻るのは、あまり良いとは言えなさそうだった。
「場所さえ言ってくれたら、そこで外に呼んであげる」
「ありがと、ございます……」
---
--- episode.15 |少年と三つの組織《boy and three organizations》 ---
---
No side
探偵社、マフィアへと怪我人を送り届けてきたルイス。
最後にやってきたのは、貧民街。
そこで異能力を発動させると、鏡花が姿を表す。
「僕から言っておいてアレだけど、本当に此処で良かったの?」
「……うん」
表情の暗い鏡花に、ルイスはそれ以上何も言えなかった。
ルイスside
鏡花ちゃんと別れた僕のもとに、一通の電話が掛かってきた。
『やぁやぁ、戦神。元気か──』
その声が聞こえた瞬間に、僕は電話を切る。
万事屋の携帯に非通知から掛かって来たかと思えば、フィッツジェラルドだった。
組合に入る気はないとあれほど言ったのに、どうしてこんなにしつこいのだろうか。
そう頭を悩ませていると、また電話が掛かってきた。
「しつこいんだけど。わざわざ電話してくる必要ある?」
『私、まだ一回目なんだけど……』
何で森さんが電話してくるんだよ。
そして、どうしておじさん達はこんなにウザいんだろうか。
『実は君に依頼があってね』
「さようなら」
『え、ちょっと待っ──』
切った瞬間、また電話が掛かってきた。
本当にしつこくてウザいから無視しようかな。
てか、着信拒否したらいいのか。
イラつきながら電話を取ると、予想していなかった声が聞こえてきた。
『ルイス。今回は本当に、何処の組織にも付くつもりはないのか?』
「……。」
『電話を掛け間違えた……訳ではないな。聞いているのか、ルイス』
「ウザくない人いた……」
暫くの間、僕は感動していた。
『貴君がいれば心強いんだが、やはり駄目か』
「そうだね。話は変わるけど送った人達元気?」
『与謝野君の治療を受け、もう完治している』
そっか、と僕は海辺の公園で潮風に吹かれていた。
探偵社まで距離が結構あったし、異能空間に入れて良かったかもな。
太宰君が言うから紅葉も置いていったけど、何を取引するつもりなのかな。
鏡花ちゃんの事も誤魔化したけど、彼には気づかれてるんだろうな。
『……時間を取らせて悪かった』
「いや、気にしないでいいよ」
この間にも、何処かで戦闘が起こっているかもしれない。
探偵社は拠点を移した、と言うけど森さんならすぐに突き止めてそう。
横浜の人達も巻き込もうとしていたら、少し面倒くさいな。
そういえばフィッツジェラルドの捜し物って何だろう。
結局知らないままだ。
「はぁ……」
|組合《ギルド》のメンバーをあれだけ送り込むということは、そう簡単に手に入るものじゃないんだろうな。
とりあえずは組合の拠点探し、かな。
あまりにも情報が少なすぎるのもあるけど、組合の裏にも誰かがいる。
確証はないけど、僕の勘は意外と当たるから無視はできない。
あのフィッツジェラルドを操る、とは少し違うけどそんな事をしそうなのは──。
「──いや、憶測で話を進めるのは良くない」
それから少しして、僕は港の見える建物の屋上にいた。
片手には双眼鏡が握られている。
豪華客船では、忙しそうに荷物が運び込まれていた。
指示を出している二人は、この前公園で空から降ってたな。
「……あれが前線基地か」
陸地に拠点を置けない組合にとって、この船が重要になってくる。
現在は燃料や武器といった消耗品の補給中だろうか。
「ん? あれは……」
確かポートマフィアの|爆弾魔《ボマー》だった筈。
普通に、何でこんなところにいるのだろうか。
森さんはいつも先手を打つなぁ。
「ゴホゴホッ……潮風が胸に毒だ……」
「おっと、君も居るとは思わなかったよ」
「ルイスさん!?」
相変わらず黒の長外套を羽織っている芥川君は、咳き込みながら言った。
森さんの話だと、骨折やら何やら酷い怪我だった筈。
そう簡単に治るものじゃないと思うけど。
「これから拠点潰し?」
「はい。ルイスさんはどうしてこのような処に?」
一番は組合の目的を知る事だけど、話す必要はないかな。
適当に誤魔化していると、何故か船から爆発音が聞こえてきた。
ユラユラと煙が空高くへ上っていく。
あの爆弾魔君、大丈夫なのかな。
そんな事を考えていた僕の隣に芥川君が立つ。
「ルイスさんはあの人の異能力を知っていますか?」
「知らないけど、爆弾を作るとかじゃないの?」
「……『|檸檬爆弾《レモネード》』は《《檸檬型爆弾でダメージを受けない能力》》です」
なるほど、と僕は双眼鏡を転送した。
船を沈めるのに最適な異能力。
コンテナから沢山の檸檬型爆弾が降って来たし、これは拠点が潰れたかな。
そして、組合の二人もタダでは済まない。
「僕はこの辺で失礼します」
「……無理はしないでね」
ふと、僕は芥川君と出会った時のことを思い出していた。
『仲間の為に、僕は死ぬわけにはいかないのだ……』
『じゃあ強くなれ。大切な人を守る術を学び、身に付けてみろ』
『師など僕には──!』
『今、僕に負けそうなのに?』
『それは……』
『まず、君は異能力に頼りすぎなんだよ。中距離援助型なんだから距離を取れ』
『──!?』
『体はそこまで強くなさそうだね、すぐ咳き込むし。でも体術、護身術は出来た方がいい。簡単な筋トレから頑張ってみなよ』
『……何故、そのような助言をする。僕は貴様を殺そうとしたのだぞ』
助けた理由は大したものではない。
子供が命を懸けて戦うのを、見ていられなかったから。
少し、息が苦しくなる。
過去を思い出す度にこうなる癖を治したいと、毎回思う。
「その怪我で戦わせるなんて酷いんじゃないかな」
もうマフィアと関係ない僕が口を挟むなんて、おかしいことだけど。
小さく呟いたその声は、強い潮風に乗って何処かへ行った。
あれから、少し経った。
前線基地が潰され、次に組合が取る行動。
幾つか予想することは出来るが、とりあえずは次の拠点を探すことだろう。
否、船が沈んだことを予想して何かもう用意しているかもしれない。
「……そういえば」
彼は元気かな、と僕は呟く。
仕事で何回か組合に力を貸したことがある。
その時に知り合った《《彼》》は元組合の長。
一応、公園で見かけたが話してはいない。
久しぶりに話したいな。
まぁ、フィッツジェラルドとは会いたくないから無理だけど。
「僕を尾行するならもっと上手くやってくれないかな」
振り返ることなく、僕は話し掛ける。
辺りには植え込みしかない。
「矢張りバレてましたか」
「すみません、尾けるつもりはなかったんですけど……」
「どうせ太宰君が巫山戯たんでしょ」
アハハ、と敦君は苦笑いを浮かべた。
「それで一体何の用なわけ?」
「鏡花ちゃんについて何か知りませんか?」
「この三組織異能力戦争で行方不明にでもなった?」
はい、と太宰君は少し余裕のある表情をしていた。
どんなに追求されようと、僕は答えるつもりはない。
「あの、どんなことでも構わないんです」
「申し訳ないけど──」
敦君は落ち込んでいた。
多少は悪いと思っている。
でも、今の彼女には一人になる時間が必要だ。
「拠点を移したらしいけど、調子はどう?」
「現在は|守勢《ディフェンス》と|攻勢《オフェンス》に分割しています。正面からやり合えば、流石の探偵社でも脳天が弾け飛びますから」
「まぁ、それが一番だね」
嬉しいかは別として、与謝野さんの異能は死なない限り全快出来る。
守勢は与謝野さんを守る為の賢治君と福沢さん。
乱歩さんも居るし、よっぽどの事がない限りは問題ないだろう。
攻勢は谷崎君の『|細雪《隠密能力》』と太宰君の『|人間失格《異能無効化》』で敵の横あいを叩く作戦か。
まぁ、問題は無さそうに思えるが──。
「──あまりマフィアをナメない方がいいよ」
「判ってます。森さんのことなので先手を打とうとしていることでしょう」
「福沢さんが刺客に襲われたりは?」
「えっと、確か一度だけありますが……」
敦君がそう言った横で、太宰君は考え事をしているのようだった。
僕の発言と今まで起こったことを思い返しているのだろう。
「……まさか」
「森さん──ポートマフィアはもう先手を取っている。組合の前線基地も潰しているからね」
「|放射性追跡元素《スカンジウムマーカー》ですね。社長は体術で応戦した筈なので、刺客の袖や服につけられていた場合、もう晩香堂が見つかっているかもしれない」
それじゃあ、と敦君は驚きを隠せない。
「敦君、すぐに守勢に連絡を──」
「だ、太宰さん!」
携帯電話を手に取った敦君は、その画面を此方へ見せてくる。
「……本当、最悪だ」
そう呟いた太宰君の瞳に光が宿っていなかったことを、敦君は知らないだろう。
タイミングよく来た電話。
スピーカーにして、僕も聞かせてもらった。
内容としては『組合と衝突する』というもので、マフィアの|伝言役《メッセンジャー》が来たらしい。
事務員を餌に組合を釣った、か。
森さんのことだ。
救出に向かった谷崎君と国木田君が間に合うギリギリに、晩香堂へ向かわせたのだろう。
敦君と太宰君の仕事は、旅客列車に乗って逃げてきた事務員の保護。
「ルイスさん」
「……ダメだね。一度も行ったことがないから間に合いそうにない」
これは、国木田君達に任せた方がいい。
そう伝えると、太宰君は小さく舌打ちをした。
森さんに読み負けたことが、少し悔しいのだろう。
「どうしましょう、太宰さん」
「元の予定通り私達は駅へ向かおう。心配しなくても、乱歩さんの考えてくださった作戦だ」
「……。」
「何か気になるところでもありましたか?」
いや、と僕は返事をしてまた考える。
本当に大したことではないのだが、森さんは探偵社の鏖殺を望んでいた筈。
今まで通りなら、マフィアは自らの手で報復した。
わざわざ組合に情報を売った理由を考えてみたが、イマイチ納得出来るものが浮かばない。
「私達は移動しますが、どうしますか?」
「着いて行くよ」
多分だけど、組合と衝突だけでは済まない。
---
--- episode.16 |少年と呼吸する災い《boy and breathing calamity》 ---
---
No side
「さて、マフィアからの|贈品《ギフト》はこの先かな?」
「明らかに我々を誘い出すための罠だ……何故行く?」
君達の実力なら罠ごと粉砕できるだろう。
それが、フィッツジェラルドの考えだった。
「それに今回は《《餌》》が魅力的だ」
組合と探偵社の対立まで、残り数分。
ルイスside
「こんな僻地で、再び君と|見《まみ》えるとは……。余程、私と雌雄を決したいらしい」
そう言った太宰君の目の前には、犬がいた。
犬は吠えている。
「おっと! 威勢がいいね。だが無駄だよ、こちらには切り札がある」
見給え、と懐からドッグフードを出した太宰君。
「欲しいかい? 欲しいよねぇ」
「何してるの、太宰君」
「僕に聞かれても……」
手に出したドッグフードが一瞬にして消える。
格の違い、って犬相手に本当に何をしてるのだろうか。
ドッグフード食べてるし。
「犬……苦手なんですか?」
「人間より余程難敵だよ。それで事務員さん達の避難は?」
「国木田君からの連絡が来てたよ。予定通り次の列車だって」
「事務員が狙われるなんて……この三社戦争、探偵社は大丈夫でしょうか」
僕も太宰君も、見立てでは探偵社が最も劣勢。
最優勢はマフィアだ。
手数が多いだけでなく、普通にこの街について詳しいから何でもできる。
|組合《ギルド》はというと、軍資金に優れているしこの街を何とも思っていない。
目的の為なら手段を選ばないだろう。
「太宰さん、何か逆転の計略は無いのですか?」
「あるよ、このぐらい」
太宰君は指で三を表していた。
「三つも?」
「いや? 三百だけど」
「三百!?」
流石、としか言えない。
でも戦況は生き物だ。
必勝の秘策が、僅かな状況変化ひとつで愚作に豹変する。
だから情報が大切になる。
特に今回は相手が相手だからな。
「森さんは合理性の権化でね。数式の如き冷徹さで戦況を支配する」
「問題は、刺客から逃れて気が緩む今だね」
「……必ず何かを仕掛けてくるよ」
少しして、電車が到着する数分前になった。
「……む」
突然、太宰君が立ち上がった。
何かあったのか少し心配していると、理由が物凄く下らなかった。
「これ……食べ過ぎた所為か、急に差し込みが……」
「え?」
太宰君の手には、空っぽになったドッグフードの袋。
僕も敦君も目が点になった。
一度深呼吸をして、一言だけ告げる。
「莫迦じゃないの?」
「うっ、ルイスさんに言われると何か凄く傷つく……」
胃腸が限界らしく、太宰君は走って何処かへ行ってしまった。
本当に言い訳が下手だな。
あの子がいることを敦君に言わなかったのは、流石だと思うけど。
「云っておくけど、あの人は凄い人なんだぞ」
「……おいで」
「ルイスさん?」
手を広げれば、犬は僕の方へ駆け寄ってきた。
うん、可愛い。
指を鳴らして|異能空間《ワンダーランド》からドッグフードを持ってくる。
食べてるところも可愛い。
存在してくれているだけで可愛い。
「モフモフだぁ……」
「あの、ルイスさん?」
「可愛いは正義なんだよ!?」
「唐突すぎますって!?」
その時、列車が止まった。
扉が開いて、ナオミちゃんと春野さんが降りてくる。
「ご無事でしたか!」
「えぇ……でも真逆、事務員が狙われるなんて」
「安心してください。僕達が避難地点まで護衛しますから」
これ、僕も入れられてるかな。
そんなことを考えながら僕は太宰君が帰ってこないか、彼が行った方向を見つめる。
「そうだ、紹介しますわ。列車の中で知り合ったのですけど……」
悪意。
誰かを傷つけようとする意志を感じて、僕はすぐに距離を取った。
「おっと」
敦君はその人物に当たった。
僕は驚いて目を見開く。
何故ここにいる。
まさか、これが森さんの作戦か。
「籠のなぁかのとぉりぃは、いつぃつ出遣ぁる」
嫌な笑い声が、響き渡る。
「後ろの正面だぁれ?」
なんてものを解き放ったんだ。
異能の中でも最も忌み嫌われる『精神操作』の異能力者━━Q。
多くの構成員の命と引き換えに座敷牢へと封印された、呼吸する厄災。
Qには、敵味方の区別などない。
命あるものを等しく破壊する、狂逸の異能者。
太宰君がここから離れたのは間違いだったかもしれない。
「━━!」
人形が自分で頭を壊した。
つまり、呪いが発動される。
「敦さん!」
「下がって、ナオミちゃん」
多分、敦君が見ている景色と僕達の見ている景色は違う。
だから《《春野さんを自身の手で傷付けている》》。
呪いが発動すると幻覚に精神を冒され、周囲を無差別に襲ってしまう。
太宰君が早く戻ってくるのを願いたいけど━━。
「━━まだ帰ってこなさそうだな」
敦君は探偵社に入り、異能力をそこそこ扱えるようになった。
その為、彼を止めようにも一筋縄ではいかない。
「くっ……」
「ルイスさん!」
脇腹にキツい一撃が入って、床を転がる。
僕が弱くなっているのもあるだろうが、どうしても虎の速度についていけない。
立ちあがろうにも、うまく力が入らなかった。
その間に、ナオミちゃんへと拳を向ける。
もう僕は眼中にないのだろう。
どうにか立ち上がった頃、敦君は彼女の首を絞めていた。
虎の握力は物凄いし、今は力のリミッターが少し外れている。
「……女性に手を上げるのは、感心しないねぇ」
僕は急いで敦君に蹴りを入れ、興味を向かせる。
多分、本能的に僕から先に潰そうとする筈。
「見ろ! 此れが僕だ! 僕の力だ!」
先程と比べ物にならない速度。
避けることができず、首が絞められた。
苦しいけど、ナオミちゃんや春野さんにされるよりは数倍マシだ。
でも、もう意識が━━。
「止めるんだ敦君! よく見ろ!」
え、と首から手が離れる。
地面へと落ちた僕は咳き込みながら、しっかりと息をした。
ナオミちゃんも春野さんも、大した怪我はない。
まぁ、心がどうかまでは分からないけど。
「やめろ! やめろおおおォォッ!」
「嫌ぁぁぁっ!」
敦君が無差別に攻撃をする。
虎の爪は近くの柱へと当たり、建物は物凄い音を立てる。
すぐさま異能力で対応したのはいいが、まだ精神が不安定だ。
これ以上は、難しい。
「消えろ」
--- 『|人間失格《ニンゲンシッカク》』 ---
「だ、ざいくん……」
「人形も、敦君の痣も消えました。もう大丈夫です」
その言葉を聞いて一安心する。
「太宰さんの新しいお友達、ずいぶん壊れやすいんだね。けどいいんだ、太宰さんを壊す楽しみが残ってるもの☆」
「それはおめでとう」
「僕を閉じ込めたお礼に、いっぱい苦しめて壊してあげるね」
「よく憶えているよ。君ひとり封印する為に大勢死んだ。けど、次は封印などしない。心臓を刳り抜く」
「ふふふ。また遊ぼうね、太宰さん☆」
列車が発車し、その姿は遠く小さくなっていく。
その頃にはもう、僕も落ち着いていた。
「私も策の清濁に拘っている場合ではない……か」
何をしようとしているのかは、聞けなかった。
どこにも属さないと決めたのは、僕自身だから。
だからもう、行った方がいい。
「行くよ、敦君」
「……。」
「立つんだ」
駄目だ、と敦君は顔を覆う。
「僕は駄目だ……僕は居ちゃいけなかったんだ……」
その気持ちは、よく分かる。
でも、僕達から過去を取り上げることはできない。
「自分を憐れむな。自分を憐れめば、人生は終わりなき悪夢だよ」
「……。」
「さぁ、そろそろ反撃といこう。こちらも手札を切るよ」
一番は、と言った太宰君と目が合う。
でも僕は笑うだけにした。
手を貸すのは、これで最後になるから。
太宰君が切ろうとする鬼札は、容易に想像できる。
「この戦争に、政府機関を引き摺り込む」
---
--- episode.17 |少年と少女《boy and girl》 ---
---
紅葉side
「……暇じゃの」
|江戸雀《おしゃべり》は最初に死ぬ。
じゃから太宰はあのような取引を持ちかけてきた。
鏡花のことを|童《わっぱ》に頼んだとはいえ、矢張り不安じゃ。
今すぐにでも助けにいきたいが──
「大人しく待つ、というのは少々つまらないの」
「じゃあ話し相手になろうか?」
おや、と声のした方を見る。
扉が開く音も気配もなかったが、其奴はそこにおった。
相変わらず隠密行動が得意じゃな、ルイス。
「敦君と何を話してたの?」
「別に大したことじゃないが、気になるかえ?」
「まぁ、多少はね」
ルイスは近くにあった椅子へと腰かけた。
「それで、お主は何に悩んでおる?」
ルイスside
流石は紅葉だな。
太宰君より僕と付き合いが長いだけある。
「この戦争での、僕の立ち位置について少しね」
何処かに属した方がいいのは分かっている。
でも僕は、昼の世界で胸を張って生きることも、夜の世界でこれ以上手を染めることも出来ない。
どれだけ考えても、この答えだけは出ることがなかった。
「|私《わっち》はマフィアに戻ってきてほしいとしか言えぬ」
じゃが、と紅葉はお茶を飲みながら微笑んだ。
「お主は自分が思っているより、光が似合っている」
「──!」
「自分自身と、しっかりと向き合うといい」
紅葉は、やっぱり僕のことを分かっている。
何となくで足を向けたけど、来て良かったかもしれない。
それから僕は、ヨコハマの町を彷徨いていた。
「……自分自身と向き合う、ね」
本心をちゃんと知ることかと思ったが、僕の場合は違うだろう。
最初にすることは、それじゃない。
「そして、僕は多分《《向き合えない》》」
戦争で人を殺したことは罪にならない。
だってそれは国を守るため、軍人としての義務だった。
罪悪感を抱いている僕がおかしい。
「……おかしいんだよね?」
その時、視界の隅に見たことのある人影が。
話し掛けれる雰囲気でもなく、僕は彼女についていくことにした。
No side
「待って」
ある橋の上。
そこに少女は立っていた。
「おや、君は確かマフィアの下級構成員だな。報告書では行方不明とあったが?」
「違う。私の名は鏡花。探偵社員」
宜しく、と言った直後にはもうフィッツジェラルドの首に短刀を振るっていた。
ギリギリ反応したフィッツジェラルドは皮一枚斬られるだけで済む。
「何という野蛮な国だ。こんな少女が刃の届く瞬間まで殺気もないとは……」
次の瞬間、鏡花は敦の手を引いて逃走した。
川に通り掛かった船へと飛び乗ったのだ。
「おや、逃げられたか。この場合の対応は……」
フィッツジェラルドの開いたメモには『何もしないで下さい』と書かれている。
因みに、どんな場合でも同じ文が書かれてある。
メモを閉じてため息を吐いているフィッツジェラルドの耳に、足音が聞こえてきた。
顔を上げると、橋の向こうに金髪の少年の姿が。
「……これはこれは」
ルイスside
「まさか君に会えるとは思っていなかったよ」
そう、と僕は適当に返事をした。
鏡花ちゃんについていったら、まさかフィッツジェラルドに会うとは。
予想外すぎるけど、敦君達を捕まえさせるわけにはいかない。
「久しいな。探偵社を隠れ蓑にするのは止めたのか?」
「別に隠れ蓑にはしてないよ。まぁ、君から逃げたのは否定しないけど」
フィッツジェラルドも、僕も。
一歩も動くことなくそんなことを話していた。
「逃げることは諦めたのか?」
僕は否定して覚悟を決める。
|組合《ギルド》に入る予定など全くないが、彼らを守るために僕はこの力を使う。
少しでも遠くへ逃げてほしい。
そんなことを考えながら、僕は転送したゴム弾の銃を構えるのだった。
「俺を殺すか!」
「……さぁ」
分かっている。
僕は誰も殺すことが出来ない。
これが普通の筈。
「……。」
ふと見た拳銃を持つ腕は、震えていた。
距離を詰めてきたフィッツジェラルドに驚くことなく、僕は引き金を引く。
でも、簡単に避けられてしまった。
フィッツジェラルドの異能力は何だ。
それさえ知ることが出来れば、戦況が変わるかもしれない。
「ふむ、遅いな」
「──は?」
気づけば僕は、床に伏せていた。
正確にはフィッツジェラルドに投げられて、先程いた場所から遠く離れた場所に倒れていた。
受け身を取れなかったせいか、身体中が痛む。
「な、にが……?」
理解は出来た。
なのに体が動かない。
「軍を抜けて体が鈍ったのではないか?」
「そんなの──」
君に言われなくても、分かってる。
今の僕は、やっぱり弱い。
どうしても武器を握ると手が震えて、血を見ると少し足がすくむ。
「英国軍に詳しい知り合いに聞いた話なのだけれどね、一つ面白い話を聞かせて貰ったんだ」
「……いきなり何の話」
「おっと、君に関係ある話だが聞く気はないか」
では独り言を呟くことにしよう、とフィッツジェラルドは話し始めた。
本当に何なんだ、と思ったが今のうちに息を整えることにした。
どうやら、フィッツジェラルドが話そうとしているのは英国軍の機密情報の一つらしい。
その瞬間に、何を話そうとしているのか気づいてしまった。
「確か報告書の名は──|赤の女王《red queen》。戦場にいた一人の少女につけられた異名らしい」
「何でそれを……いや、その知り合いって一体……」
「血で赤く染まった軍服と、即座に戦況を把握して指示を出す姿から付けられたという。まぁ、こんな説明をしなくても君は知っているだろうが」
「……僕の《《もう一つの人格》》ということまで知っているのか」
これは予想外すぎる。
英国軍の機密情報を持っていることについてもそうだけど、彼女のことも知っているなんて。
「君は戦後に罪悪感を抱いたらしいが、#アリス#は違うのだろう?」
理由がどうであれ、僕は自らの手でも間接的にも多くの命を奪った。
罪悪感を抱かないわけがない。
でも彼女は違かった。
国を守る為、それが軍人としての義務だったと思っている。
僕は、#アリス#を否定してきた。
もう一人の自分が人殺しを正当化していることが、受け入れられなかった。
『──手を貸しましょうか?』
頭の中に響いたその声に、僕は顔をしかめる。
傷だらけの僕を見て、コロコロと笑っているようだった。
彼女の力を戦争が終わってから何度も借りてきたけど、あまり長時間は変わっていない。
自身が信じる正義を疑わず、いつか人殺しを正当化してしまうのではないのか。
#アリス#も僕なのに、信じることが出来なかった。
『私は昔と考えが変わっていないわよ。アナタが罪悪感を抱く必要はない』
先程までの楽しそうな気配はどこへ行ったのだろうか。
優しく落ち着いた声で#アリス#は続ける。
『アナタは今どうしたいのかしら?』
「ぼ、くは……」
分からない。
僕は今、どうしたいのだろうか。
ただ、懐かしい人達に会えて嬉しかった。
新しい人達とも沢山出会って、楽しいって思えた。
でも、今は彼らが傷つくところを見たくない。
『あの人達は守りたいほど大切な人なのね』
違う。
僕は大切な人を、仲間を作っちゃいけない。
仲間が傷つく姿をもう見たくないんだ。
命を奪ってきた僕が、生き残ってしまった僕がそんなこと──。
『誰がそんなことを決めたの?』
それは、誰も決めてなんかいない。
僕が勝手にそう思っているだけかもしれない。
でも死んだあの人達の分まで幸せになるなんてこと、絶対にあってはいけない。
『生き残ったからこそ! 一緒に戦った仲間達の分まで、全力で生きなくちゃいけないんでしょ!』
---
--- episode.18 |赤の女王は妖しく笑う《the red queen laughs mysteriously》 ---
---
フランシスside
ルイス君が黙ってから一分が経とうとしていた。
流石に軍人時代を思い出したことで、戦意喪失してしまったのだろう。
そんなことを考えていると、笑い声が聞こえてきた。
笑っているのは他の誰でもない、彼だった。
「……馬鹿だな、僕」
立ち上がったルイス君だったが、今にも倒れてしまいそうだった。
怪我のせいか、足元がおぼつかないのだろう。
「まだ僕は罪悪感をもっているし、人を救わないといけない。でも正義の味方じゃないから全員を救うなんて無理だ」
「……ふむ、それは一理あるな」
|組合《ギルド》も正義の味方ではない。
やるべきことをする組織と、少し前にスタインベック君に説明したな。
そんなことを思っていると違和感を感じた。
彼の瞳は、あのような真っ赤に燃え上がる炎の色をしていただろうか。
否、それは違う。
ルイス君は若葉のような鮮やかな緑色の瞳をしていた筈だ。
彼女の話では『戦神』と『赤の女王』の瞳の色は異なる。
「君はまさか──!」
その名を口に出す前に、《《長い金髪の少女》》は俺の懐まで距離を詰めていた。
深くしゃがみ込んだかと思えば、地面に手を突いて顎を蹴り上げてくる。
何という戦闘スキル。
これが『赤の女王』と呼ばれた彼女の実力か。
「悪いけれど、今回ばかりは本当に手加減できないから」
「本気の君に勝ったら、仲間になってくれるか?」
「……勝てるのならね」
瞬きをした一瞬のうちに、俺は彼女を見失っていた。
何処にいるか探していると、足元の影がどんどん大きくなっていく。
上を見れば、そこには少女がいる。
どうにか腕で防御しようとするが、一万ドルでは全然足りそうにない。
少女の足が俺の腕に当たった瞬間に地面が凹んだ。
生身で受けたら骨が折れているだろう。
「君には痛覚がないのか……!」
「あるわよ。今だって全身が悲鳴をあげてる」
距離を取った少女と、そんな会話をする。
まだ何も達成できていないのに、俺はここで負けるのか。
否、それはあり得ない。
組合の長として、そう簡単に負けるわけにはいかないのだ。
「……しかし、そろそろ時間か」
「──!」
「悪いな、赤の女王。今回は時間が来てしまったので退かせてもらうぞ」
後ろから声が聞こえたが、追いかけてくる様子はない。
多分だが、身体の限界が来てしまったのだろう。
あれだけの怪我なら、暫くは作戦の邪魔されることはないな。
死ぬこともないと思うが、あの程度で命を落とす異能者なら必要ない。
#アリス#side
バタン、と私は音を立てて床に倒れる。
もう指一本動けそうにない。
眠りについても良いかしらね。
「……。」
私を閉じ込めるためだけに作られた《《何もないエリア》》。
此処は|異能空間《ワンダーランド》の中で一番寂しくて、孤独な場所。
でも、もう慣れたわ。
それが|ルイス《あの子》の意思なら私は従うだけ。
『──貴方は!?』
ふと、そんな声が耳に入ってきた。
あんな道端に倒れていたら、誰かが通り掛かるのも当然かしら。
『意識がない……それに、貴方がこんな傷だらけになるなんて一体誰が……』
どうやら声の主は、ルイスのことを知っているようね。
まぁ、悪いようにはしないでしょう。
ルイスside
目が覚めると、そこは見覚えのない天井が広がっていた。
否、一度だけ見たことはある。
辺りを見渡せば、そこが何処なのかすぐに理解した。
「気が付いたのね!」
「……エリス」
ポートマフィアの医務室、か。
僕は確か、フィッツジェラルドと戦っていた筈。
途中で#アリス#と変わったところまでは覚えてるけど、誰がここまで運んでくれたのだろうか。
「今、リンタロウを呼んでくるわね」
部屋を出ていったエリスが戻ってくるまで、暇だった。
体を起こそうとしても、一切動かない。
「酷い怪我だ。一週間は安静にしていないと駄目だね」
「誰が、ここまで……?」
「樋口君だよ」
視線の先には、スヤスヤと眠る樋口さんの姿があった。
偶然通り掛かったとらしい。
どうやら眠っていたのは一日だけらしく、戦況はさほど変わっていないだろう。
せめて敦君と鏡花ちゃんがどうなったかだけでも知りたい。
けど、此処ポートマフィアだからな。
「一体何があったんだい?」
「フィッツジェラルドと戦ってた」
ほんの一瞬、森さんの意識が何処か遠くへ行ったような気がした。
まぁ、僕自身まだ信じられないからな。
ウロウロしてたら鏡花ちゃんがいて、追いかけてみたらフィッツジェラルドもいる。
「起きたら樋口君にお礼を言うと良い。下手したら君、死んでいたからね」
それじゃあ、と森さんは何処かへ行った。
エリスも渋々ついていく。
静かになった医務室で僕は何も出来ることがなく、暇を持て余すことになった。
『なら、私と話さないかしら?』
視界が暗転する。
次の瞬間には、真っ白な空間が目の前に広がっていた。
「……|異能空間《何もないエリア》か」
「正解よ」
後ろから声が聞こえてくる。
振り返ると、そこには僕とよく似たの少女がいた。
でも、瞳の色が違う。
僕が緑色なのに対して、#アリス#は赤色だ。
それに髪の長さも違かった。
「それで一体何の用なわけ? 雑談したくて呼んだわけじゃないでしょ?」
「雑談よ。まぁ、アナタにとってはそんな簡単に済ませちゃいけないでしょうけど」
「……あまり長話は好きじゃないんだけど」
仕方ないわねぇ、と#アリス#は指を鳴らす。
すると、どこからか椅子が現れて腰掛けていた。
この世界でなら、彼女は異能力の応用で見たことのあるものを何でも出せる。
彼女曰く立ち話は疲れる、とのことらしい。
「アナタが私の力を借りたのは|日本《この国》にきてすぐ、芥川君から|虎人《リカント》君を助けた時かしら?」
「あの時は他に方法が思いつかなかったから」
でしょうね、とコロコロと笑う#アリス#。
少しばかりイラついてしまった。
「アナタの意識がある時、私は命令に従わなければならない。それが|#アリス#《もう一人のアナタ》だからね」
今までも身に危険が及ぶ時は#アリス#の力を借りて、難を逃れてきた。
でもマフィアとの契約が終わる頃には、僕が#アリス#と変わることは殆ど無くなった。
一番の理由は、ある不思議なマフィア構成員の言葉だ。
|ルイス《僕自身》が成長していることもあると思うけど。
「ねぇ、ルイス」
「……改まってどうした?」
「アナタは|#アリス#《私という人格》が生まれた理由について、考えたことある?」
もちろん答えは──NOだ。
気づけば僕の中に#アリス#はいて、一緒に戦場で戦ってきた。
彼女がいたから乗り越えられた事も沢山ある。
「異能力というのは、本来一つの肉体に一つしか宿ることが出来ないの。でもアナタには素質があって、生まれつき二つの異能をその身に宿していた」
「僕が生まれた時から君はいたのか?」
「その答えはNOね。アナタが使うことができる『|不思議の国のアリス《Alice in wonderland 》』とは違って、戦場で死の一歩手前にまで行ったことで開花した《《もう一つの異能力》》だもの。それによって、開花と同時に生まれた|副産物《おまけ》よ」
「異能力は一つしか宿ることが出来ないと言っていたが、二つ以上宿るとどうなる?」
とても簡単に説明するなら《《死》》。
開花していない状態ならまだ大丈夫だが、#アリス#がいなかったら僕はとっくに死んでいたと言う。
彼女が開花と共に出来たのは偶然か、それとも本能的に作ったのか。
もう知る術はないが、とりあえず感謝することにした。
あの時にもし死んでいれば、こうして生きていることはない。
「えーっと、本題からどんどん逸れていったから戻すわね」
「本題はコレじゃないのかよ」
#アリス#の生い立ちとか、結構重要な気がするんだけど。
そんなことを考えながらため息を吐く。
「私はアナタが壊れない為に存在しているわ」
え、と思わず言葉が漏れた。
普段なら結構すぐに言葉の意味を理解するのに、今は結構な時間が掛かってしまった。
壊れない為、というのは精神的にだろう。
正直、心当たりがないわけではない。
戦後に人を殺したという罪悪感に襲われたことが、一番最初に思いついた。
「色々とアナタは一人で抱え込む癖がある。あと、何かと決めつける癖もね」
「……それは」
「アナタが壊れないように、一人にならないように私は否定し続ける。本心を見つけて、前を向いて歩いて行けるように私は居るのよ、ルイス」
ふと、彼女の行動を思い返してみる。
フィッツジェラルドと戦ってる時、彼女が居なかったら僕はどうなっていた。
あの時も、あの時も、あの時だって。
#アリス#がいたから、僕は過去に囚われながらも歩いてこれた。
「……ねぇ」
「何かしら?」
「ずっと僕、君のことを信用できなかった……君はいつも僕の為に声を掛けてくれて、いつも側に居てくれたのに……」
僕は、と言葉を紡ごうとした僕の目から、ポロポロと涙が溢れ出た。
上手く声が出せない。
涙のせいで、言葉が詰まっているのだろう。
どうにか泣き止もうと目を擦っても、視界は歪んだままだった。
「──ルイス」
優しく、僕は抱きしめられた。
「此処には私しか居ない。だから、我慢しないで泣いて良いのよ」
「#アリス#……」
母親がいたら、こんな感じだったのだろうか。
とても胸が熱くて、苦しくて。
でも、不思議と嫌ではない。
そして僕は、まるで子供のように大声を上げて泣いたのだった。
樋口side
「あ、目覚めましたか?」
その、と私はその先の言葉を続けようとした。
でもルイス•キャロルの様子を見て、少し話しかけるのを躊躇ってしまう。
何というか、先程まで泣いていたような表情をしているのだ。
気を失っていた筈だから、そんなこと絶対にあり得ない。
「……森さんから聞いた。樋口さんが見つけてくれたんだってね」
ありがとう、と微笑んだ彼は前会った時と雰囲気が違うような気がした。
|組合《ギルド》が来てからそこまで日は経ってないのに、何があったのだろうか。
「さて、樋口さん体術とか得意?」
「え、あ、その……得意と胸を張れるほどではないですけど、ポートマフィアの中ではそこそこ出来ます……」
「じゃあリハビリがてら付き合ってよ」
は、と思わず言ってしまった。
|首領《ボス》が手当てをしたとはいえ、まだ全然怪我は治っていない状況。
なのに健康状態の時のように、ベットから降りて準備運動をしている。
これ、私はどう返事したら良かったのかな。
「失礼します。樋口は起きて──」
「あぁ、中也君。良かったら君もリハビリに付き合ってよ」
数秒固まった後、中也さんは私に視線で訴えかけてきた。
どうしてルイス•キャロルがこんなに元気なのか。
そんなの私にも分かりませんって。
「と、にかくルイスさん、まだリハビリするには早いです。寝ていてください」
「中也君知ってる? 一日サボると三日分の努力が無駄になるんだよ?」
「ルイスさんに何度も言われたので憶えてますよ。でも休息は大事です。睡眠を取らなくても良いので、横になってください」
文句を言いながらも横になったルイス•キャロル。
中也さんのお陰でリハビリという名の模擬戦に付き合わされなくて済んだ。
初めてこんなに感謝したかもしれない。
今度、珈琲でも差し入れしよう。
ルイスside
「おい樋口。今すごく失礼なこと考えてただろ、|手前《テメェ》」
「いえ! 考えてません!」
早く体を動かしたいのに、と思いながら僕は自分の体を見てみる。
全身傷だらけだ。
多分、今は鎮痛剤が効いているから動けない程の痛みではない。
「一週間は安静に、って|首領《ボス》から言われてたんじゃないんですか?」
言われてた、ような気がしなくもない。
でも、この程度の傷で一週間も無駄にするのは勿体無い。
「どれぐらい治ったらリハビリ付き合ってくれる?」
「普通に|首領《ボス》が許可を出したら、ですよ」
その間にも|組合《ギルド》は何かをしているのかもしれないのに。
強く握りしめた拳に、爪が深く突き刺さる。
それを見ていたのか中也君は、見舞いで持ってきた果物を剥いてくれた。
うん、美味しい。
「……俺達が掴んでいる探偵社とかの情報でも話そうか?」
「|首領《ボス》はなんて?」
「マフィアの情報も、俺の判断で話せるところまで話して良いってよ」
なら、聞くしかないかな。
元より断る理由もないわけだけど。
ーーー
武装探偵社
•敦は|組合《ギルド》、鏡花は軍警に捕らえられた。
•隠れ家から会社に戻っている。
|組合《ギルド》
•拠点を異能要塞『|白鯨《モビー•ディック》』に移した。
•|隠密《ステルス》機能のせいで現在地は不明。
•組員は現在も横浜の街に滞在している。
ポートマフィア
•五大幹部の一人が探偵社に捕らえられている。
•夢野久作が作戦中。
ーーー
ルイスside
うん、結構凄いことになってる。
やっぱり普通に凄いことしてるね、森鴎外。
|組合《ギルド》をどうにかするまで遊ぶのは禁止にしてるだろうけど、大丈夫かな。
まぁ、一週間の間に地獄絵図にならなければ良いけど。
「話せるのはこれぐらいだな」
「敦君と鏡花ちゃんのことが分かっただけありがたいよ。にしても、軍警に捕まったのか……」
太宰君はこれを予知していたとしても、どうやって探偵社に入れるつもりなんだろう。
僕が知っている限り、鏡花ちゃんは入社試験を突破していない。
政府と取引するとしても、なかなか大変そうだな。
「|組合《ギルド》との戦い、一体どうなるかねぇ」
「ルイスさんは、やっぱりどの組織に入らないつもりですか?」
「……さぁ」
我ながら意味深な返事をしてしまったと思う。
正義の味方じゃないから、全員を救うことなんて出来ない。
でも手の届く範囲の大切な人を、仲間をこれから守っていきたいと思っている。
まだ罪悪感を抱いている僕は、これからも光にはなれない。
もちろん、闇にもなることはできない。
そんな僕が自分勝手な僕を受け入れてくれそうな場所に、心当たりがあった。
彼がどんな反応をするか、少しばかり楽しみでもある。
──そして、一週間が経とうとしていた。
---
--- episode.19 |始まる災いに抗う者達《Those who resist the calamity that begins》 ---
---
ルイスside
「私、一週間は安静にしているように言ったよね?」
うん、と僕は中也君の蹴りを避けながら答える。
ここは地下訓練所。
ポートマフィアの構成員は誰もが使ったことがあるであろう、戦闘訓練専用の地下室だ。
「でも僕は止まってる暇がないからね」
「……どうやら《《恐れ》》は無くなったようだね」
ピタッと中也君の喉元ギリギリで刃が止まる。
そういえば森さんには気づかれてたんだっけな。
手当てをしてもらった時に#アリス#を恐れていたことを。
恐れが消えたといえば嘘になる。
まだ僕は罪悪感を拭い切れていないから。
「でもまぁ、あの時よりはマシだね」
「ルイスさん、ナイフ下ろしてくれません?」
あ、と僕はナイフを転送して片付けた。
壁に追い詰めて突きつけていたから、動くにも動けない状況だったのだろう。
悪いことしたな。
「怪我はどうだい?」
「完治してないし、まだ痛みはある。でも戦えなくはないね」
「いや、ちゃんと休もうね?」
それはできない、と僕は地面に座ってストレッチを始める。
中也君との戦闘は近接戦が中心。
普通に体が硬いと避けられない攻撃が出てきて大変だった。
一昨日は腰痛めたし。
『ルイス』
ふと、頭の中にそんな声が聞こえた。
その瞬間、僕の目の前に大きな鏡が現れる。
「敵襲か!?」
「あ、これは僕の異能だから気にしなくて良いよ」
えぇ、と中也君は表現し難い顔をしていた。
#アリス#のこと説明していなかったし、仕方ないか。
「異能力『|鏡の国のアリス《Alice in mirrorland》』は鏡を操る。この鏡はあらゆるものを弾くし、どこかの鏡に映った景色を見ることが出来るよ」
「ルイス君、『|不思議の国のアリス《Alice in wonderland 》』も充分チートだったのに、異能力二つ持ってるとかズルすぎないかい?」
「うるさい|幼女趣味《ロリコン》」
「|幼女趣味《ロリコン》!?」
森さんのことは置いておいて、僕は鏡の映像を見る。
これは中々厄介そうだ。
もし異能力が発動されれば横浜は──。
「ねぇ、作戦中のQは今どこにいるか分かる?」
「……知らないけど、どうかしたのかい?」
質問を投げかけられる前に、僕は異能空間から帽子を取って深く被った。
「|組合《ギルド》に捕らえられた。多分彼には僕でも敵わないから、今すぐの救出は不可能だよ」
「何だと!?」
「ルイス君でも勝てないとなると、|私達《マフィア》には手の出しようがないね」
本当、どうしたのものかな。
一体何をしようとしているのか知らないけど、ヤバいことは間違いない。
「一週間安静にしてたし、僕はもう行くね」
Qが捕らえられて数日。
僕が連絡を取ろうと携帯を取り出すと、ちょうど着信が来た。
「やぁ、奇遇だねぇ」
太宰君、と僕は笑いながら言った。
まさか連絡を取ろうとした瞬間に電話が掛かってくるとは思わなかった。
『大変です、国木田君の首元にQの痣が──』
「まさか探偵社にも被害が出てるとは……。とりあえず拘束しておきなよ」
『もうしてます』
流石、と僕は笑みを浮かべる。
「例の人形は|白鯨《雲の上》だけど、一体どうするつもり?」
どうやら敦君が自分で持って落ちてくるらしい。
僕もそう予想しているけど、本当に来るかな。
来なかった場合は僕が取りに行くしかない。
#アリス#も不可能ではないと言ってたし、本当に最終手段だけど。
『ところでルイスさんはこの一週間ちょっと何を?』
「フィッツジェラルドとの戦闘で死にかけて、マフィアにお世話になってたのが数日前」
『へ?』
絶対面白い顔してるよな、今。
凄い見たかった。
「あと、やっと向き合えたよ」
『……そうですか』
僕が思い悩んでいたことを、彼は知っている。
向き合うことが出来たのは僕にとって、とても嬉しい誤算だ。
お陰で前より動きやすくなった。
「ここ数日は異能空間に引きこもってたね」
必要かと思って、と僕は欠伸をする。
流石にこの量は要らないよな、とさっき気づいた。
まぁ、いつか使うでしょ。
『仕事早すぎませんか?』
「君ほどじゃないけど、頭は良いからね」
さて、僕はもう一仕事しないとな。
マフィアへ連絡は入れた。
探偵社もこれで問題ないだろう。
本番、対策してきた僕達がどれ程動けるかで被害者数は変わってくる。
「そろそろ私の出番でもあるわね」
仮眠を取っていた#アリス#が静かに呟いた。
|呪い《異能力》が発動瞬間に|物体《オブジェ》を設置。
#アリス#は鏡で仕切りをどんどん作っていく。
僕の担当範囲は結構広めにしてしまった。
まぁ、命を懸けてでも守りきるから大丈夫だろうけど。
『ルイスさん!』
「……さぁ、作戦開始だ」
僕は転移してから、ゆっくりと沈んでいくのだった。
#アリス#side
もう至るところから黒煙が上がっている。
--- 『|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》』 ---
幾つもの鏡が町中に現れ、一般人と呪われた人達の間に仕切りを作る。
ついでに、例の|物体《オブジェ》も異能空間から送っておいた。
「……全く、本当にあの|呪い《異能力》は凄いわね」
ルイスに発動しなくて良かったと、本当に思う。
虎の少年の時も覗かせて貰ってたけど、ルイスがあの状態になったら本当に町が一つ消えるんじゃないかしら。
そんなことを考えていると、遠くにマフィアの姿が見えた。
被害が完全にない、とは言い切れないけど何もしてないよりはまだ良い筈。
どうやら警察機関は|組合《ギルド》が手を回してるらしいから動けていない。
探偵社だけであの地域は無理かしら。
「……いや、銀狼がいるもの。心配は要らないわ」
さて、と。
虎の少年が白鯨から落ちてきてるし、後は包帯の彼とルイスの予想通りに事は進みそうね。
「ルイス、そろそろ変わっても良いんじゃないかしら?」
ルイスside
「お疲れ様。後は僕がやることにするよ、#アリス#」
手に持っている双眼鏡で見てみると、敦君はパラシュートを持っている。
着地は心配いらないかな。
僕は早く避難誘導でも始めようかな。
『いや、虎の少年の|補助《サポート》をした方がいいわよ』
「え?」
もう一度見てみると、パラシュートが壊れた。
否、正確には《《何かに撃ち抜かれた》》。
『白鯨からの狙撃ね。このままだとあの子──』
──死ぬわよ。
#アリス#の一言を聞いた瞬間、僕はビルから飛び降りていた。
ある程度の距離まで近づかないと|異能空間《ワンダーランド》に送ることはできない。
どうにか地上に来れた僕は鏡の上を駆ける。
足場が不安定で何度も転びそうになるけど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。
「ヤバい、間に合わな──!」
ドォン、という激しい音と激しい揺れ。
敦君が地面と激突したのは、間違いない。
生きているとは、到底思えない。
でも、瀕死なら与謝野さんの異能力で。
煙が晴れるまで必死に考えてみた。
けど、嫌な汗が止まらない。
「ケッ…ケケッ…ケヒッ…」
嫌な笑い声が聞こえる。
煙が晴れたとき、僕の瞳に映ったのは《《一匹の白虎》》だった。
白虎は僕の方を睨んでいる。
こんな時に異能力の暴走なんて、と戦闘態勢をとる僕。
しかし、白虎はそっぽを向いて変身した。
「……敦君を、守ってくれた?」
「ルイスさん……?」
太宰さんに届けなくちゃ、と人形へ手を伸ばす敦君に向けられた銃弾の嵐。
僕に対応できるわけがなかった。
「行けっ、敦!」
太宰は探偵社で待ってる、と僕は人形を渡して白鯨の方を見る。
結構距離があるから狙撃を無力化できない。
『敦君の向かう先、対応しきれてないわよ』
「つまり彼について行けってことか」
僕はすぐに敦を追いかけて、道を作る。
途中、#アリス#と代わりながら被害を少しでも減らすために動く。
しかし、もちろん対応できない場面はあるわけで。
「てめえは……!」
「済みません! この子、頼みます!」
「はぁ!?」
ポートマフィアの立原に敦が助けた子供を預けたり、ということになる。
「待て、クソ探偵社!」
「おぎぁぁぁぁあああぁぁ!」
「お、お前に言ったんじゃ無ぇよ!」
「もしかしなくても君、子供の扱い慣れてないでしょ」
ルイスさん、と立原は驚きながら僕の方を見る。
どうして彼が僕のことを知ってるか。
その理由は一週間お世話になってた時に、何度か手合わせして貰ってたからだ。
あの戦闘方法から考えるに彼は多分──。
おっと、これは今どうでもいいことだね。
僕は仕方ないからぬいぐるみを一つあげて、敦君の後を追うことにした。
---
--- episode.20 |頭は間違うことがあっても、血は間違えない。《The head may err, but never the blood.》 ---
---
No side
「……彼女と向き合えたのですね、あの人は」
横浜の何処か。
その地下に鼠はいた。
数日前まではなかった謎の光に誘われて、鼠はその部屋へと入る。
「おや、鼠ですか」
沢山のモニターが青白い光を放っている。
その前の椅子に座っている人物は、振り返りながら鼠を見つめた。
黒髪に、アメジストのような紫色の瞳。
白い肌は彼の出身が日本ではないからか、それともただ体調が悪いからか。
そんなことを鼠が知るわけがなかった。
敦side
ルイスさんにサポートして貰いながら、僕は太宰さんのいる探偵社を目指す。
それにしても、前からあんな変な|物体《オブジェ》有ったっけ。
この騒動で貨物車が落としたのかな。
そんなことを考えていると、何処からかルイスさんの叫び声が聞こえてきた。
「敦、逃げろ!」
「燃料輸送車!?」
白鯨からの狙撃が、燃料輸送車を貫いた。
爆風が僕を襲う直前、長い金髪が揺れたのが見えた気がする。
パリン、と音を立てて何かが割れて強風に飛ばされる。
人形を抱えていた僕はそう飛ばされなかったけど、僕の前にいた誰かが血だらけで倒れていた。
起き上がろうとすると、両足に痛みが走る。
今の状態では逃げることはもちろん、起き上がることすら出来ない。
「……!」
僕は手を伸ばした。
人形を太宰さんに届けないといけない。
その時、誰かの足音が聞こえてきた。
もし呪われた人だったら。
そう思うと焦りが膨らんでいく。
「君の勝ちだよ、敦君」
足音の正体は、太宰さんだった。
「君の魂が勝った。これで街は大丈夫だよ」
「危険です太宰さん! 空から敵の銃撃が──」
「どうかな?」
その瞬間、僕達は煙に包まれた。
いや、これは《《煙幕》》だ。
「町中に変な|物体《オブジェ》があっただろう? あれはルイスさんが用意してくれた、飽和チャフの仕込んであるものでね。簡単に言うなら熱センサーも探査レーダーも無効化して、敵に私達は見つけられない」
ニコッ、と笑った太宰さん。
僕は肩を貸して貰いながら立ち上がり、移動を始める。
「あの、太宰さん。この近くに多分、長い金髪の女性がいる筈なんですけど……」
「……彼女だね」
煙で見にくかったけど、近くにその人は倒れていた。
どうやら意識はないらしい。
虎の再生能力で治りかけてる僕より、彼女を優先して運んで貰うことにした。
太宰side
「如何して此処が……?」
「敦君が降ってくる方角をずっと探していたからね」
私達は地下道へとやってきた。
此処なら煙幕が晴れた後も狙撃される心配がない。
女性は床で申し訳ないが、寝かせておくことにした。
「善くやったよ、敦君。これでもう横浜は安全だ。……と、言えれば善かったのだけど」
「何か未だ……問題が?」
残念ながら、問題しかなかった。
一番の問題はQ。
敵の手にある限り、連中はこの大破壊を何度でも起こせる。
それに唯一対抗可能な協力者である異能特務課も活動凍結された。
「……太宰さん、昔読んだ古い|書巻《ほん》にありました」
『昔、私は、自分のした事に
就いて 後悔したことは
なかった
しなかった事に
就いてのみ
何時も後悔を
感じていた』
『頭は間違うことがあっても
血は間違わない』
「──空の上で僕は、ある|発想《アイディア》を得たんです。皆からすれば論外な|発想《アイディア》かも知れない。でも僕にはそれが、僕の血と魂が示す、唯一の正解に思えてならないんです」
「どんな|着想《アイディア》だい?」
「《《協力者》》です。彼等は横浜で最も強く、誰よりもこの街を守りたがっています。|組合《ギルド》と戦う協力者としてこれ以上の組織はありません」
「その組織の名は?」
敦君の瞳は、まっすぐと私を見ていた。
「ポートマフィアです」
「……そう、か。貴女はどう思いますか?」
私が振り返ると、敦君は目を丸くして驚いていた。
「え、あ、さっきの女性は……?」
長い金髪が、いつの間にか物凄く短くなっていた。
炎のような真っ赤な瞳は、若葉のような緑になっている。
一瞬、誰なのか判らなかった。
彼女が例の|赤の女王《red queen》、ルイスさんがずっと向き合えなかった人なのだろう。
「済みません、さっきの質問はおかしかったですね。貴女はこうなることを見越していましたか?」
「さぁね。僕はただ地域を設定して、それぞれが横浜を守るために行動するように助言しただけだよ」
ルイスさんは頭脳戦で私に勝てない、と良く言っている。
でも、実際は私の方が劣っていることだろう。
私は森さんみたいに一切の私情を挟まないことはできない。
ルイスさんみたいに未来を予想して、勘で動くことはできない。
飽和チャフの|物体《オブジェ》だって、私の行動を先に予想して作っていたという。
「僕は暫く休みたいから、会合の日程とかは自分達で頑張ってね」
「はい」
でも、と私はルイスさんの手を握る。
「流石に今の状態で異能力を発動することは、おすすめしません。|異能空間《ワンダーランド》での時の流れが此処と違うとはいえ、その怪我では歩くことも出来ないでしょう?」
「……別に#アリス#が何とかしてくれるけど」
「#アリス#?」
「先程の長髪の方だよ、敦君」
詳しい説明は、また後で頼みますね。
そう伝えるとルイスさんは、少しぎこちない笑みを浮かべた。
「さぁ、探偵社へ帰ろう」
ルイスside
「はい、治療は終わりだよ」
「……今回もありがとう、与謝野さん」
僕はシャツの釦を止めながら言う。
多分、太宰君を通じて色々と聞いていることだろう。
そして僕の秘密についても、彼女は知っている。
今回の怪我は、何度か治療しないと完治しないものだった。
「本当にいいのかい?」
「戦争での傷が? それとも僕の秘密について?」
「……どっちもだよ」
少し、僕は手を止めた。
戦争の傷跡を消すことも、与謝野さんなら可能なのだろう。
でも僕は、残すことを決めている。
「この秘密については、まだ隠しておこうと思ってるよ」
「そうかい」
傷を残す為に、僕の傷は完治していない。
だから、暫くは医務室でお世話になることになっていた。
そして医務室には《《彼女》》がいる。
手術室から出ると、予想通りお茶を飲みながら迎えてくれた。
「良い顔になったのぉ、ルイス」
「君が言うならそうなんだろうね、紅葉」
「ほれ、怪我人はさっさと座るといい」
僕は紅葉の隣へと失礼することにした。
捕虜としている筈なのに、なんか楽しそうだな。
「向き合えたのじゃな」
「まぁ、一応ね」
僕は小さく欠伸をしながら答えた。
異能力の使いすぎもあるし、治療の内容が内容だ。
疲労が溜まっているのは、言うまでもなかった。
「眠った方が良いのではないのか?」
「……この先、君とゆっくり話せる機会なんてそうないだろうからね」
まだ眠りたくない。
それが今の僕の本心だった。
マフィアに戻ればいいのかもしれない。
でも、僕は人を救わないといけない。
黒く染まることは出来なかった。
「心配せんでも、|私《わっち》はお主を受け入れる。それに鴎外殿が断ると思うかぇ?」
「さぁ、どうだろうね。別に僕は森さんとの付き合いが長いわけじゃないから、全く分からないよ」
もう太宰君から伝言を頼まれているらしい。
つまり、起きた時にはもう紅葉はいないということだ。
「じゃあね、紅葉」
「……あぁ」
---
--- episode.21 |光の中で生きる道と闇の中で生きる道《A way to live in the light and a way to live in the dark》 ---
---
ルイスside
「……。」
目が覚めるとそこには、誰の姿もなかった。
紅葉はもうマフィアへ帰ったのだろう。
「さて、彼らはこれからどうするのかな」
そう呟いた声は、誰にも聞こえることなく医務室へ吸い込まれていった。
No side
「はあ~、遣る気出ない」
「朝から壊れた|喇叭《ラッパ》のような声を出すな、太宰」
「私は今ねぇ、誰かと対話する気力もないのだよ、国……なんとか君」
「不燃ゴミの日に出すぞ、貴様」
社内は慌ただしいが、太宰はだらだらソファーで寝ていた。
「あぁ……食事も面倒臭い。呼吸でお腹が膨れたらいいのに……」
「バナナの皮剥きすら面倒なら餓死してしまえ」
皮ごと食う奴がいるか、と国木田は眉をひそめる。
「お前と敦の連携で街は壊滅を免れた! その翌日に何故そうなる?」
「それがねぇ……社長から次の仕事を頼まれちゃって……」
枯木のように唯寝てたい、と太宰はへにゃへにゃになる。
枯木なら可燃ゴミの日に出さないといけないな、と国木田は可燃ゴミの火を調べ始めた。
「そういえば昨日、社長と敦が豪く話し込んでいたが──その件か?」
「そうだ」
背後から聞こえた声に、国木田の背筋が伸びた。
太宰も起き上がっている。
「太宰、マフィアの|首領《ボス》と密会の場を持つ件は進んだか」
「手は打っていますが、ルイスさんがやってくれたら|無理矢理にでも来させられた《必ず来てくれると思いますよ》」
「マフィアの|首領《ボス》は来ると思うか」
「来るでしょう。社長を殺す絶好の好機ですから」
「……構成員同士で延々血を流し合うよりは善い」
社長は、医務室へと入っていった。
「……おい、太宰説明しろ。マフィアの|首領《ボス》と……密会だと?」
「そうだよ。敦君の着想から豪く大事になったものだ。幾ら|組合《ギルド》が最大の脅威になったとはいえ……」
「待て待て待て。第一、何故お前が密会の手筈を整えている?」
「元マフィアだから。国木田君以外は皆知ってるよ?」
固まった国木田。
太宰が少し触れると、後ろへバタンと音を立てて倒れるのだった。
場所は変わり、あるビルの一階にて。
「被害総数は?」
「直轄構成員が十三。傘下組織を含めて二十人です」
ルイスさんのお陰でもありますが、と中也は帽子を取る。
「太宰の木偶がいなければ、この十倍以上は被害はもっと出ていたかと」
「|首領《ボス》として、先代に面目が立たないねぇ」
その時、ビルの出入り口である自動ドアが開いた。
森と中也が振り返ると、そこには紅葉の姿が。
「おや紅葉君!」
「太宰の奴に探偵社を追い出されましてのぅ。役立たずの捕虜を置いても世話代が嵩むからと、宿泊費代わりに伝達人の使い番まで押しつけられたわ」
袖から出した紙を差し出しながら、紅葉は笑う。
「探偵社の社長から、茶会の誘いだそうじゃ」
「……成る程、そう来たか」
「余談にはなるがのぅ、誰もがルイスの手の上で踊らされておったぞ。相変わらず、太宰と同じぐらい頭の回転が速い」
「怯えの消えた今、彼に怖いものはないだろうからね」
ルイスside
「太宰君からは何処まで聞いたの?」
「貴君の肩の荷が下りたぐらいだ。それで、少しは疲労回復したのか?」
まぁ、と僕は返しておく。
異能力の使いすぎで体への負担が尋常じゃない。
動けなくなる程ではないから、まだ限界ではないだろうけど。
「森さんは来そう?」
「私を殺す絶好のチャンスだから来る、と太宰が言っていた」
「ま、確かにそうか」
二人の間には色々あるからな。
そんなことを考えながら僕は背伸びをする。
「これからどうする|心算《つもり》だ」
密会を影から見守る、とだけ言っておいた。
「ねぇ、福沢さん。一つ頼みがあるんだけど、聞いてくれるかな?」
「……内容にもよる」
一週間以上も前から、彼に頼みたかったこと。
それにしても僕は我儘だな。
英国軍に戻り、光として生きていくことを選ばなかった。
紅葉の誘いに乗り、闇で生きていくことも選ばなかった。
僕は、手の届く範囲の大切な人を、仲間を守っていきたい。
だから──。
--- 「──僕を、探偵社の一員にしてください」 ---
福沢さんは目を見開いた。
少し前の僕が聞いても、同じ反応をしていたと思う。
「貴君は、もう組織に入らないと思っていたが……どういう心境の変化だ?」
僕は、フィッツジェラルドと戦った時の話をした。
本来なら探偵社に居て良いような人間ではない。
でも、まだ僕は人を救わないといけない。
「……否、もっと沢山の人を救いたいんだ」
「顔付きが随分と変わったな、ルイス」
「まぁ、肩の荷を下ろせたからね。罪悪感はまだ抱いてるけど」
そうか、と福沢さんは少しの間黙り込む。
流石に認められないかな。
一応、彼女のせいで英国軍に所属してることになってるし。
それなら、万事屋の再開かな。
「異能特務課には言わない方がいいか?」
「うーん、英国に僕が克服したことを言うと呼び戻されるだろうからね。やっぱり探偵社に入ることは止めておこうかな」
「正式な社員でなければ構わないだろう。貴君の万事屋に依頼したことにすれば善い」
「……今頃だけど、僕が入社すること自体はいいの?」
構わない、と福沢さんは歩き始める。
「まだ太宰達には話さない方がいいだろう。乱歩には気付かれるだろうがな」
「もう時間?」
「あぁ」
僕は腕時計で時刻を確認する。
お茶会の場所を考えるに、もう出た方が良さそうな時間だった。
僕も向かわないとな。
「無理はするなよ」
「うん。じゃあ、また後でね」
---
--- episode.22 |二つの組織の唯一の共通点《The only thing the two organizations have in common》 ---
---
No side
「ようこそ、|首領《ボス》」
四年ぶりだねぇ、と手を軽く振る森鴎外。
「私が購ってあげた|外套《コート》はまだ使っているかい?」
「もちろん、焼きました」
二人の間を静かな風が通り過ぎた。
「ポートマフィア|首領《ボス》、森鴎外殿」
「武装探偵社社長、福沢諭吉殿」
因縁の二人が向かい合う。
部下の間には緊張が走っていた。
「竟にこの時が来たな」
「探偵社とポートマフィア。横浜の二大異能組織の長がこうして密会していると知ったら、政府上層部は泡を吹くでしょうねぇ」
「単刀直入に云おう。探偵社の或る新人が、貴君らポートマフィアとの『同盟』を具申した」
ほう、と森鴎外は細めていた目を開く。
「私は反対した。非合法組織との共同戦線など、社の指針に反する。だがそれは、マフィアに何度も撃たれ斬られ拐かされた者から為された提案だ。言葉の重みが違う」
故に福沢諭吉は耳を傾けざるを得なかった。
森鴎外はお互いに苦労が絶えない立場だと、一人静かに笑う。
「結論を云う。同盟はならずとも、《《一時的な停戦》》を申し入れたい」
「……興味深い提案だ」
「理由を云う。第一に──」
「T・シェリングを読まれた事は?」
J・ナッシュにH・キッシンジャー。
森鴎外はドンドンと異国人の名を並べていく。
「孰れも戦争戦略論の研究家ですね」
昔、誰かさんに教え込まれた。
そう太宰治は呟く。
福沢諭吉はどれも聞き覚えがないが、孫子なら読むと伝える。
「国家戦争と我々のような非合法組織との戦争には、共通点があります」
--- 協定違反をしても、罰するものが居ない。 ---
「停戦の約束を突然マフィアが破ったら? 探偵社が裏切ったら? 損をするのは停戦協定を信じた方のみ。先に裏切ったほうが利益を得る状況下では、限定的停戦は成立しない」
あるとすれば完全な強調、と森鴎外が云う。
しかし、即座に太宰治が否定した。
「マフィアは面子と恩讐の組織。部下には探偵社に面目をつぶされた者も多いからねぇ」
「私の部下も何度も殺されかけているが?」
「だが死んでいない。マフィアとして恥ずべき限りだ」
ふむ、と福沢諭吉は少し考え込む。
そして脇に差した刀へと手を掛けた。
「今、此処で凡ての過去を精算する」
福沢諭吉の言葉に、森鴎外の後ろに控えていた部下は武器を構える。
しかし、一瞬にして|武器《エモノ》は破壊されていた。
森鴎外の首元には刀の先が、福沢諭吉の首元には|手術刃《メス》が当てられる。
「……刀は捨てた筈では? 孤剣士『銀狼』──福沢殿」
「|手術刃《メス》で人を殺す不敬は相変わらずだな──森|医師《せんせい》。相変わらずの幼女趣味か?」
「相変わらず猫と喋っているので?」
次の瞬間、福沢諭吉の姿が消えた。
森鴎外の数歩後ろに立っている福沢諭吉。
彼の背後の草むらには、立体映像の異能力を持った谷崎潤一郎が潜んでいる。
福沢諭吉は刃をしまった。
「楽しい会議でした。続きは孰れ、戦場で」
「今夜、探偵社は詛いの異能者“Q”の奪還に動く」
それが、と森鴎外は足を止める。
「今夜だけは邪魔をするな、互いの為に」
「何故」
「それが我々唯一の共通点だからだ──」
--- この街を愛している ---
「街に生き、街を守る組織として異国の異能者に街を焼かせる訳にはゆかぬ」
「組合が強い。探偵社には勝てません」
君達がいれば話は別だが。
そう言った森鴎外の視線は木の上を見ていた。
ルイスside
「……なんで僕を見て言うのかな」
木から降りた僕は、ため息混じりに森さんへ言った。
どうやら気付いていたのは森さんに福沢さん、あとは太宰君ぐらいだったらしい。
殆どの人が僕を見て驚いていた。
「僕に戦況を変える程の力なんてないよ」
「戦神に、赤の女王。君達が戦場に来てから英国軍は有利になっただろう?」
「他の異能者も居たよ」
多くの人は、戦場で命を落としたけど。
そうだ、と森さんはわざとらしく僕達へ話しかけてきた。
「ルイス君がマフィアに入る勧誘話と、太宰君は幹部へ戻る勧誘話は未だ生きているからね」
「真逆、抑も私をマフィアから通報したのは貴方でしょう」
「君は自らの意思で辞めたのではなかったのかね?」
「森さんは懼れたのでしょう? いつか私が|首領《ボス》の座を狙って、貴方の喉笛を掻き切るのではと」
嘗て貴方が先代にしたように、と太宰君は淡々と告げた。
そういえばあの暴君、森さんに殺されたんだっけ。
色々と問題視されていたから悪い判断ではなかったと思うけど。
「鬼は他者の裡にも鬼を見る。私も貴方と組むなど反対です」
「なんか凄い密会だったね」
はい、と彼は嘘らしい笑みを浮かべていた。
探偵社とマフィア。
どちらもヨコハマを愛しているという点は一緒、という福沢さんの発言に成程と思った。
「森さんがどう出るか、君はもう予想がついてるんでしょ?」
「……えぇ、まぁ」
密会ではあんなことを言っていたけど、《《完全な同盟を結ぶ論理解は存在する》》。
「ま、頑張りなよ。僕は関わる気ないから」
「え〜、手伝ってくださいよ〜」
「残念ながら僕は《《この街を愛しているわけじゃない》》からね。君達とは違うんだ」
それじゃあ、と僕は太宰君が向かうであろう探偵社とは真逆へ歩を進めた。
少ししたところで、彼の声が聞こえてくる。
「you love the people who live in this town.」
思わず足を止めてしまった。
「結局、ヨコハマを愛している事と変わらないと思うのは私だけですか?」
「……昔から気がつかなくて良いところに気付くよね、君」
「褒めていただき光栄です」
全く、君には敵わないな。
---
--- episode.23 双つの黒 ---
---
No side
ポートマフィア本部ビル。
ギィ、と音を立ててある部屋の扉が開く。
「兵は?」
「御指示通り配備しております、|首領《ボス》」
広津はそのまま言葉を続ける。
「私は先代|首領《ボス》の頃よりマフィアに仕えております」
「あぁ、広津さんは古株だからねぇ」
「先代の晩年頃、この街の黒社会は荒廃しておりました。病を得てより先代の命令は朝令暮改。ポートマフィアは闇雲に抗争を拡大させ、あのままでは早晩この街を滅ぼしていたでしょう」
あの時、貴方が|首領《ボス》の座を継がねば。
そう云った広津は遠い過去を思い出していた。
「……何が云いたいのかな?」
「いえ、唯──|首領《ボス》の意思は、太宰君も理解するところであったろうと」
仮に、と森は壁に染み付いた血を見る。
「当時の太宰君に|首領《ボス》の地位簒奪の意志がなかったのだとしても、私の選択は凡て論理的最適解だ。後悔などない」
「……。」
「だが、もし太宰君が今の私の右腕ならば組合ごとき……」
ふと森は、太宰の言葉を思い出した。
──鬼は他者の裡にも鬼を見る
広津さん、と森は通信機を貰う。
「探偵社にはああ云ったが《《完全な同盟を結ぶ論理解は存在する》》。同盟の本質とは『先払い』だ。相手の為に先に損を支払い、それが百倍の利となって返ってきて初めて過去の遺恨を越えた同盟が可能となる」
太宰side
「こんばんは。うちの作戦参謀は敵行動の予測が得意なもので」
「……罠か」
知ってはいたけど、やはり|組合《ギルド》の組員多いな。
ルイスさんもいないし、どうしよう。
そんなことを考えていると、岩が降ってきた。
影から現れた人影に銃が向けられるけど、当たることはない。
「はぁ」
--- 嘗て敵異能組織を一夜で滅ぼし、『双黒』と呼ばれた黒社会最悪の|二人組《コンビ》……一夜限りの復活だ ---
とか、森さん思ってるんだろうな。
「最初に云っとくがなァ」
砂埃が晴れて、チビの姿が見えた。
「この塵片したら、次は手前だからな?」
「あーあ、矢っ張りこうなった。だから朝から遣る気出なかったのだよねぇ……」
「バカな! こんな奇襲戦略予測には一言も……」
「はい、悪いけどそれ禁止」
「なっ……異能無効化!?」
にこぉ~、と笑っておく。
確か樹木を操る異能だったかな。
「あぁ、最悪だ最悪だ」
「私だって厭だよ」
ルイスside
『対組合共同戦線──反撃の狼煙だ』
「やっぱりこうなったか」
僕は通信機を片手にため息をつく。
「全く……ここ数年で最低な一日だよ」
「何で俺がこんな奴と……」
「俺の隣を歩くんじゃねぇ」
「中也が私の隣に来たんじゃあないか」
ねぇ、と僕は二人の背後に立つ。
拳が飛んできたのは少々予想外だった。
すぐに#アリス#が鏡を出してくれたから良かったけど、重力操作かけられたら流石の僕でも死んじゃう。
「ルイスさん!?」
「あれ、来てくれたんですか?」
「you love the people who live in this town.」
太宰君は瞠目する。
「そう言ったのは君だろう?」
「──はい」
早く入るよ、と僕は扉を開いた。
「いいか? 仕事じゃなきゃ一秒で手前を細切れにしてる。判ったら二米以上離れろ」
「あ、そう。お好きに」
「ほら、喧嘩しないの」
本当に子供だな。
七年前から何も変わっていない。
「太宰、『ペトリュス』って知ってるか」
「目玉が飛び出るほど高い葡萄酒」
「手前が組織から消えた夜、俺はあれの八九年ものを開けて祝った。そのくらい手前にはうんざりしてたんだ」
「それはおめでとう。そう云えば、私もあの日記念に中也の車に爆弾を仕掛けたなあ」
「あれ手前かっ!」
修理費いくらだったのかな。
そんなことを考えながら僕は地下室の扉を開いた。
因みに、僕は一番後ろをついていくことにした。
理由は簡単。
二人の間に挟まれたら面倒なことになりそう。
「ああ、気に食わねぇ。太宰の顔も態度も服も全部だ」
「私も中也の全部が嫌いだね。好きなのは中也の靴選びの感性くらいだ」
「あ……? そうか?」
「うん、勿論嘘。靴も最低だよ」
「手ッ前ェ!」
ほら、太宰君に蹴り入れてる。
「無駄だよ。君の攻撃は間合いも呼吸も把握済みだ」
「加減したんだよ、本気なら頭蓋骨が砕けてたぜ」
「そりゃおっかない。ま、中也の本気の度合いも把握済みだけど……ほら、居たよ。あれだ」
助けを待つ眠り姫様、と太宰君は言った。
ふと、脳裏によぎった光景。
あの時の自身と、Qの姿が重なる。
『大丈夫かしら』
「……大丈夫だよ、#アリス#」
『無理はしないでよ』
「木の根を切り落とさないと。中也、短刀貸して」
「あ? あぁ……ん? 確か此処に……」
「あ、さっき念のため掏っておいたんだった」
「手前……」
「さて、やるか」
太宰君はQの首にナイフを当てる。
「……止めないの?」
「首領には生きて連れ帰れと命令されてる。だがこの距離じゃ手前のほうが早ぇ」
僕も助けには入れないかな。
それに、と中也君は動くつもりはないようだった。
「その餓鬼を見てると詛いで死んだ部下達の死体袋が目の前をちらつきやがる。やれよ」
「そうかい。……じゃ、遠慮なく」
「……やっぱり君は優しいね」
「ふん……甘いの間違いでしょう。そう云う偽善臭え処も反吐が出るぜ」
太宰君は、Qへ刃を当てなかった。
どんどん木を切っていく。
「Qが生きてマフィアにいる限り、万一の安全装置である私の異能が必要だろ?マフィアは私を殺せなくなる。合理的判断だよ」
「……どうだか」
「マフィアが彼を殺すのは勝手だけどね。大損害を受けたマフィアと違って、探偵社の被害は国木田君が恥ずかしい台詞を連行しただけで済んだから」
「社員に詛いが発動したのか。その後同何した」
「勿論、録画したけど?」
「国木田君ドンマイ」
相変わらず太宰君に振り回されてそうだな、国木田君は。
「おい、クソ太宰。その人形寄越せ」
「駄ー目。万一に備えて私が預からせて貰うよ」
「あぁ、糞。昔から手前は俺の指示露程も聞きゃしねぇ。この包帯の付属品が」
「何だって? 中也みたいな帽子置き場に云われたくないね」
「この貧弱野郎!」
「ちびっこマフィア」
「社会不適合者!」
「その程度の悪口じゃ、そよ風にしか感じないねぇ」
「ぐっ……手前が泣かせた女全員に今の住所伝えるぞ」
「ふん、そんな事…………それはやめてくんないかな?」
中也君は重力操作のお陰で簡単に運べるんだろうなぁ。
まぁ、僕が|異能空間《ワンダーランド》に入れても良いんだけど。
普通に面倒だからいいか。
---
--- episode.24 |悪者の敵《villain's enemy》 ---
---
ルイスside
小屋を出ると、中也君の首に何か巻き付いた。
「さっきから妙に……肩が凝る……働きすぎか……?」
「ぬおあァッ!?」
「中也君!」
とりあえずQを|異能空間《ワンダーランド》に転移させる。
適当だけど#アリス#がどうにかしてくれるでしょ。
中也君はというと、|組合《ギルド》の異能者によって小屋に叩き付けられていた。
「むぅ、流石|組合《ギルド》の異能者。驚異的な|頑丈《タフ》さだ」
「踏むな!」
何やってんだ、この二人は。
そんなことより彼か。
「来るぞ。如何する?」
「ふっ、如何するも何も、私の異能無効化ならあんな攻撃、小指の先で撃退──」
「太宰ィ!?」
「──ッ」
僕はすぐに太宰君の後ろへと回り、緩衝材になる。
触手は中也君がどうにかしてくれた。
「重い……拳……」
「おい太宰!」
「私は大丈夫だ。それよりルイスさんが──」
ゲホッ、と僕は口元に手を添える。
ビタビタ音を立てて、血が地面を赤く染めた。
あー、骨でもヤったかな。
普通に痛い。
「太宰君、怪我はないね」
「は、はい」
なら良かった、と僕は後ろの木に手を添えながら立ち上がる。
「あの触手、異能無効化が通じてなかったね」
「莫迦な、そんなこと有り得るんですか?」
「私の無効化に例外はないよ。可能性は一つしかない。あれは異能じゃないんだ」
「はァ……!?」
正直なところ、有り得ないことではない。
人外の類いは存在する。
彼がそれかは判らないけどね。
「疲れた、眠い、腹が……減った、仕事を済ませて……早く……帰ろう」
「ルイスさんは休んでいて下さい。異能空間に避難していても構いません」
「……心配しなくても、そこまで深傷じゃない。何かあったときのサポートぐらいは出来る」
でも、暫くは休んでないとかな。
二人は懐かしの遣り方で行くらしい。
双黒を、久しぶりに見れるのは楽しみだ。
「彼を連れて……帰らなくては……」
ふと、目があった。
フィッツジェラルドに言われてるのかな、僕を連れて帰れとか。
面倒くさいなぁ、と僕はため息をついた。
「重力操作」
いつの間にか中也君が男に異能力を使っていた。
仕事が速いなぁ。
僕、サポートする必要ないじゃん。
「御見事」
「ったく……人を牧羊犬みてぇに顎で使いやがって」
「牧羊犬が居たら使うのだけど、居ないから中也で代用するしかなくてね」
「手前……」
あー、うるさい。
「手前は性根の腐敗が全身に回って死ね!」
「中也は帽子に意識を乗っ取られて死ねば?」
傷に響くな、と二人の会話を見守る。
その奥に見えた《《触手》》に、僕は驚くことしか出来なかった。
「太宰!」
太宰君の怪我していた腕が、触手によって宙を舞った。
彼自身も飛ばされ、木に打ち付けられている。
「こりゃ|本気《マジ》でどういう冗談だよ……?」
「中也君、とりあえず太宰君を……」
傷のせいか、思うように体が動かない。
『全く、無理しすぎなのよ』
「……#アリス#」
『太宰君なら心配要らないわよ。彼は賢いから怪我の身で戦場に出るにあたって先に仕込んである』
それなら、まぁ良かったかな。
血を流しすぎたのか、意識が遠退く。
「#アリス#……二人を、頼む……」
#アリス#side
「えぇ、ゆっくり休みなさい」
私はそう言って、顔をあげる。
アレ相手に残された選択肢は、それしかないわよね。
--- 汝、陰鬱なる汚濁の許容よ ---
--- 更めてわれを目覚ますことなかれ ---
「……後を頼まれたのは良いけれど、流石にあの状態の中也君は相手にしたくないわね」
中也君の『汚濁』形態は周囲の重力子を操る。
自身の質量密度を増大させ、戦車すら素手で砕くんだもの。
圧縮した重力子弾は|凡百《あらゆる》質量を呑み込む|暗黒空間《ブラックホール》。
まぁ、本人は力を制御できずに力を使い果たして死ぬまで暴れ続けるけど。
太宰君の|援護《サポート》が遅れたら中也君が死ぬ。
「──!」
その時、異形が爆発した。
何か仕込んでいたわね、太宰君。
「やっちまえ、中也」
「……倒した」
双黒が凄いことは知っていたけれど、ここまでとはね。
本当、ルイスと変わっておいて良かったわ。
敵がいなくなって、手当たり次第攻撃し始めた。
私はどうにか巻き込まれないように距離をとる。
「敵は消滅した。もう休め、中也」
「この……糞太宰……終わったら直ぐ……止めろっつうの……」
「もう少し早く止められたけど、面白くて見てた」
「ルイスさん……否、#アリス#さん巻き込んだらどうするつもりだよ」
本当だ、#アリス#さんじゃん。
そう太宰君は此方を見て手を振っていた。
「手前を信用して……『汚濁』を使ったんだ……ちゃんと俺を拠点まで……送り届けろよ……」
「任せなよ、相棒」
あ、中也君寝たわね。
「信じられない……あのラブクラフトが……」
君達は一体、と|組合《ギルド》の青年は問いかける。
太宰君は笑みを浮かべて云った。
──悪い奴らの敵さ。
「で、#アリス#さんこれからどうします? 探偵社まで背負いましょうか?」
「そうして貰えると助かるけれど、中也君どうするつもり?」
「もちろん、置いていきますよ」
太宰君は今日一番の笑みを浮かべていた。
あぁ、うん、こういう子だったわね。
とりあえず帽子と|外套《コート》を回収して、凡て|異能空間《ワンダーランド》に送っておいた。
「……今の時間迷惑じゃないかしら」
「与謝野さんなら喜んで|治療《解体》してくれると思いますよ。それに、私のせいですから」
「……別に気にしなくていい、って云うと思うわよ」
ルイスは、そういう子だから。
「太宰君、ルイスをお願いね」
ルイスside
「──!」
勢いよく起きた僕は辺りを見渡す。
ここは、《《あの場所》》じゃない。
まだ頭が起きていないのか、探偵社の医務室と理解するまで時間がかかってしまった。
「酷い顔だね」
「……乱歩」
厭な夢でも見てたんでしょ、と乱歩はラムネの瓶に入っているビー玉を揺らして遊んでいた。
僕は深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「あれは夢なんかじゃないよ」
実際に起こった、最悪な現実。
なるべく思い出さないようにしてたのに、Q奪還作戦のせいかな。
眠りたいけど、今はまたあの光景を見てしまう気がする。
そう思うと、眠ることが怖い。
「莫迦だな」
「へ?」
「どうせ君のことだから罪悪感でも抱いてるんだろうけど、謝ってほしいと《《彼女》》が思ってると?」
「……調べたの?」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
《《彼女》》なんて、調べていなければ出てこない単語だ。
「昔、君について調べたときに少しね。福沢さんも知ってるよ」
はぁ、と僕は頭を抱えた。
知られているから、福沢さんは予想より対応が良かったのか。
そして、乱歩も事前に色々とやっていたな。
「君、結構なお人好しだね」
「それ君が言う?」
僕は少し天井を見る。
多分、彼女は僕に謝ってほしいと思っていない。
前を向いて歩いてほしいと思っている筈だ。
言い方は悪いけど、僕は死者に縛られ過ぎていたんだな。
彼女達の時は、止まっているというのに。
「……乱歩」
「ん?」
「ありがとう」
少し目を開いてから、乱歩は満面の笑みを浮かべた。
「どういたしまして。お礼は駄菓子とラムネで良いよ」
---
--- episode.25 |チョコレートと作戦会議《Chocolate and strategy meeting》 ---
---
ルイスside
「乱歩、駄菓子とラムネ買ってきたよ」
「わーい!」
子供か、と僕は袋を渡す。
会議室にいると言われてやってきたけど、机に沢山の資料が広げられている。
「……|白鯨《モビー・ディック》にでも乗り込むつもり?」
「うん。今は太宰が色々と動いてる」
彼も光に染まってきたな。
そんなことを考えながら僕は乱歩の向かいに腰を下ろす。
現在の状況を整理しよう。
探偵社とポートマフィアは停戦中だ。
邪魔をしてくることはないと考えられるけど、警戒しないわけにはいかない。
一番の問題は鏡花ちゃんかな。
マフィアにお世話になっていた時に聞いた話では、軍警に囚われている。
多分だけど彼女は探偵社員じゃない。
僕も巻き込まれた、敦君の時のような入社試験を通過していないのだ。
「……ルイスも入社試験受けるの?」
「僕は福沢さんから依頼を受け、探偵社にいることになる。だから無いんじゃないかな」
「ふーん……」
僕は入社試験──裏審査の内容を知っている。
だから《《意味がない》》。
やっぱり僕は探偵社に入らない方がいいんじゃないだろうか。
そんな考えが、ふと頭によぎった。
「駄目だよ」
ビクッ、と肩を上げる。
乱歩の方を見ると、チョコレートを投げつけられた。
「そうやってすぐに諦めるのは、駄目だよ」
乱歩の目は、まっすぐ僕を見ていた。
あぁ、と僕は少し諦める。
乱歩には全部見抜かれてしまうから、自分を誤魔化そうとしても意味がない。
本心を見事に当てられてしまうのだ。
「心配しなくても、こればかりは何があっても諦められないよ」
「……それ食べて、色々頑張ってね」
「単独潜入……ですか?」
「そう」
数時間後。
何故か、僕はまだ探偵社の会議室にいた。
「手に入った情報に依ると、|組合《ギルド》は地上での総攻撃を計画中らしい」
その隙を突いて、手薄な|白鯨《モビー・ディック》に潜入して|管制《コントロール》を奪う。
この、なかなか大変な作戦を敦君が単独で行うらしい。
大変そうだなぁ、と僕は他人事のように思う。
「単独潜入となると人選は不足の事態にも対応可能な戦闘系異能者が望ましい。ま、早い話探偵社の中で敦君が一番逃げ足が疾いからね」
「……。」
「それに敦君は|白鯨《モビー・ディック》の中に捕らえられて土地勘がある。加えて、最悪失敗しても君なら殺されず捕らえられるだけの可能性が高い」
まぁ、敦君以上の適任はいないよね。
「やってくれるかい?」
「太宰さん、やります」
「そう言ってくれると思ったよ。因みに敦君が断ったらルイスさんに行かせてたから」
「は?」
ニコニコと太宰君は笑みを浮かべていた。
なに普通に僕に行かせようとしてるんだか。
でも、少し気になるところがある。
敦君が会議室を出てから、少し経った。
「荷が重いんじゃないかな」
太宰君が資料を整理していた手を止めた。
「探偵社に来る前、|組合員《ギルドメンバー》が横浜を離れたのを見たよ。多分、総攻撃は横浜が消えてからだろうね」
「……。」
「|白鯨《モビー・ディック》が落下すれば、詛いで傷ついたこの街は完全に破壊される。随分と《《捜し物》》が楽になりそうだね」
ははっ、と僕は笑う。
これは予想でしかない。
でも、もし本当にそうなる場合は一人で|白鯨《モビー・ディック》の落下を阻止しなければならない。
「どうするつもりなの?」
「……ルイスさんなら予想がついてるんじゃないですか?」
質問返しは、あまり好きじゃないんだけど。
そんなことを思いながら僕はため息をついた。
「それじゃ、行ってくるよ」
目の前に置かれていた資料を手に取り、僕は会議室を出た。
最後に見えたのは、ヒラヒラと手を振って笑う太宰君。
僕よりも何倍も頭が回るからな、と相変わらずの天才的頭脳に尊敬した。
「……さて、と」
そう僕は携帯を取り出して通話履歴を見る。
意外と最近連絡をとった筈だから、そこまで遡る必要はないと思うけど──。
「やぁ、今時間ある?」
ある路地裏にて。
「──と言うことで、探偵社は|白鯨《モビー・ディック》に潜入するから」
ふわぁ、と僕は欠伸をしながら説明を終えた。
向かいで煙草を吸っている彼は、今のところ何も喋っていない。
「この情報を樋口さんに漏らして欲しいんだけど、頼める?」
「構わない。それにしても、探偵社からのお使いを今度は君がするとはな」
「あの空中要塞に乗り込むよりは何倍もいいよ」
そうか、と彼は立ち去ろうとする。
「もう行っちゃうの、広津さん」
「あまり長く抜けるわけにもいかないからな」
ポートマフィア屈指の武装集団。
何かあった時にすぐ動けないとか。
そんな風に自分の中で納得して、僕は時計で時刻を確認した。
もう作戦は始まっているかな。
「ルイス」
「ん?」
「あまり無理をしないようにな」
僕は笑って誤魔化しておくことにした。
---
--- episode.26 |海に沈む白鯨《Moby dick sinking in the sea》 ---
---
No side
マフィアへのお使いが終わり、ルイスは改めて資料を読み直す。
ため息をつきながら、乱歩に貰ったチョコレートを口に投げ入れる。
「……甘い」
ルイスside
さて、本気で考え始めるか。
まずは芥川君が|白鯨《モビー・ディック》に乗れなかった場合だな。
敦君が一人であの成金に勝てるとは思えない。
その場合は僕が助けに行かないとか。
次にフィッツジェラルドに敦君と芥川君の二人が敗北した場合。
敦君はまだ良いけど、芥川君は殺される可能性がある。
どうにか救助してから、|白鯨《モビー・ディック》を停止させる。
落下停止が間に合わなかった場合は、鏡花ちゃんの乗っている輸送機をぶつけるしかない。
本人が動かなければ、探偵社の入社試験を突破できない。
だから、なるべく関わりたくないけど入社試験を突破して夜叉と共に脱出したとしても、天空に放り出されることになる。
普通に寒いし、何事もなければ鏡花ちゃんの保護だけで済みそうかな。
『こうして考えると、見事に太宰君の掌で踊らされているわね』
「……#アリス#」
ぷかぷかと宙に浮かぶ鏡。
そこには#アリス#が映っている。
最近思ったけど、これもう鏡じゃなくて通信機じゃん。
『いつでも送れる準備はしておくけど、鏡花ちゃんのところは無いわよ』
鏡、と#アリス#はまだ探してくれているようだった。
どんな小さなものでも、鏡があれば移動することができる。
逆に|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》では鏡の無い場所にはいけない。
「太宰君に頼んで鏡をつくって貰うようにしてるけど、間に合うかな」
『ダメだったら地上から対応するしかないわよ。一番大変な方法だけどね』
「……着信」
僕は相手を見ずに電話に出た。
誰が掛けてきたのか、なんて見なくても判る。
『ちゃんと芥川君が|白鯨《モビー・ディック》に来ました。鏡花ちゃんの説得が一番大変そうです』
「冗談を云えるぐらいの余裕はあるんだね」
『……ルイスさん、敦君達はフィッツジェラルドに勝てると思いますか?』
ふと、太宰君がそんなことを聞いてきた。
僕は思わず笑ってしまう。
「君の予想を超えるものなんて、そう無いでしょうに」
いつでも助けに行けるように準備をしておきながら、僕は空を見上げた。
ステルス機能があるとはいえ、陽の傾きのお陰か大体の場所は判る。
このまま上手く行くと良いけど。
そんなことを考えていたら、ふと視界の隅で鼠が走っていった。
少し考え込んで、僕はその考えをかき消すように首を振った。
流石に《《彼》》がこの街に来ているわけがない。
『それでは、現場はお願いしますね』
「……任せてよ」
異能空間にやってきた僕は、#アリス#と共に鏡でそれぞれの状況を確認していた。
そして、ひとつ判ったことがある。
多分、太宰君は僕のことを万が一のための|手札《カード》にしていたのだろう。
敦君も芥川君も、何一つ心配いらなかった。
別に彼らの親と云うわけではないのに、成長が嬉しく感じる。
初対面とか最悪だったからな。
「どうするの?」
「何が」
「鏡花ちゃんの所に鏡は出来た。でも、まだ助けには行かないのでしょう?」
まぁ、と僕はあらゆる鏡を見る。
夜叉白雪がどこまで出来るかによるんだよな。
はるか上空から地上まで連れてこれるのだろうか。
「あくまで僕は|補助《サポート》だからね。関わりすぎると《《彼女》》が動きかねない」
もう動いているだろうけど。
「……あら、フィッツジェラルドは倒せたわね」
「ちゃんと制御端末も回収してる。こういうところは似なくて良いのにね、太宰君に」
「あー、太宰君も手癖悪かったわね」
その時、敦君と芥川君の表情が歪んだ。
僕は即座に電話をかける。
「……芥川君」
『ルイスさん!?』
「君達の戦いは見させて貰った。状況は?」
『制御端末で上昇の指示を出しましたが、降下を再開。現在は操舵室へ向かっています』
なるほど、ね。
何者かがハッキングして遠隔操作したか。
ちゃんと制御端末は回収したらしいし、逆探知するか。
「その必要は無さそうよ」
「……あぁ」
何だ、と僕は#アリス#が持ってきた一枚の鏡を見て笑う。
詳しい場所までは判らない。
でも、どうせ地下にいるのだろう。
『駄目だ、こっちの操作も受け付けない!』
「……ハーマン、詳細は判る?」
『外部から何者かが侵入し、機関部制御を奪っておる』
僕は指を鳴らして、あるものを手元に呼び寄せる。
「芥川君、一度スマホを機械に繋げて。無理矢理にでも引き上げれないか試してみる」
芥川君のスマホからの情報をパソコンに移動するようにして、解像を始める。
僕の技術では、確実に引き上げることは出来ないだろう。
でも、探知はギリギリ可能だ。
すぐに場所を移動するだろうから意味がないかもだけど、やってみる価値はある。
「#アリス#、続きは──」
「えぇ、任せてちょうだい」
バトンタッチして、状況の把握を進める。
どうやら鏡花ちゃんのいる輸送機に|白鯨《モビー・ディック》の会話を流したらしい。
輸送機をぶつけることで、海へと落とそうとしているようだった。
「……。」
僕は誰も居なくなった白鯨の操舵室にやってきた。
鏡から出ると、もう輸送機が当たる直前。
#アリス#に鏡を出してもらって、外へ出る。
白鯨から離れていくパラシュートが三つ。
そして、輸送機から離れる影がひとつ。
「……ぇ」
「随分驚いているね。君のそんな顔は始めてみたかもしれない」
ニコニコと笑う僕に対して、困惑の表情の鏡花ちゃん。
とりあえず夜叉に抱えられたままというのはあれだから、大きな鏡の上に二人で乗る。
「いやぁ、それにしても凄いね。まさか入社試験に合格できるとは」
「……ルイスさんはどうしてここに?」
「君達のサポートのため。そして今は、制御が効くようになった夜叉白雪が地上まで君を運ぶのは大変かと思って助けに来た」
「……やっぱりルイスさんは凄い人」
凄い人、か。
それは敦君たちのように命を懸けてこの街を守ろうとするような人のことだろう。
僕は全く当てはまらない。
「さて、そろそろ行こう。僕は邪魔だろうから先に失礼させて貰うよ」
そうして、僕は鏡花ちゃんを地上まで下ろしてあげた。
太宰君達には会わない。
僕は探偵社員じゃないから、彼らの輪にいてはいけない。
それに、《《彼》》についても気になることがある。
『残念だけど、全く駄目だったわよ』
「……流石に対策してるか」
『もう何ラウンドかやってみる?』
「いや、いいよ。今はゆっくりと休もう」
この街は新双黒のお陰で|組合《ギルド》の手から守られたのだから。
---
--- episode.27 |戦いの終わり《the end of the battle》 ---
---
No side
|異能空間《ワンダーランド》内でもワンダー要素が強いぬいぐるみのエリア。
そこでルイス・キャロルはというと──。
「もうむりぃぼくはぬいぐるみにおぼれてしぬんだぁ」
ぬいぐるみの山に埋もれていた。
ルイスside
「……何がどうしてこうなったのよ」
そんな声が聞こえて、僕はぬいぐるみの山から顔を出す。
#アリス#が何やってんだ此奴という顔で此方を見ている。
「フィッツジェラルドから逃げるようにヨコハマにやってきて、なんか疲れたんだよね」
|組合《ギルド》はもう壊滅してやることないし、やる気もない。
ずっとドタバタしていた反動でこんなことになっていた。
出来ることなら、もう一歩も動きたくない。
そんなことを考えていると、携帯電話が鳴った。
この着信音はプライベートか。
ぬいぐるみの山から出て、仕方ないから電話に出ることにした。
「もしもし?」
「急に済まない。新人の歓迎会をするのだが貴君も来るか?」
新人というのは鏡花ちゃんのことだろう。
無事に入社試験を突破できて良かった、というのが僕の正直な感想。
「僕、今すっごく動きたくないんだよね」
「では来ないか?」
「いや、行くよ。ちゃんとお祝いしてあげないとね」
ということでやってきました、武装探偵社。
「の前に、やってきました。名前知らない公園」
白鯨が海に浮かび、多くの野次馬が集まっている。
何も知らない一般人は呑気だね。
まぁ、魔都と呼ばれる街だ。
この地に住む人達は多少の慣れがあるんだろう。
「お、見つけた」
「……ルイスさん?」
久しぶりだねぇ、と僕は手を振る。
そしてベンチへと腰を掛けた。
「いつから此方にいらしていたんですか?」
「あれ、太宰君から何も聞いていない感じか」
「……成程。結構前から横浜にいらしていたんですね」
はぁ、と安吾君はため息をついていた。
僕がマフィアに仕事で行っていた後の一件で彼は特務課へと戻った。
太宰君とあまり仲が良くないのは知っていたけど、僕のことを話していなかったとは。
「ルイスさんも今回の一件に関わられていますか?」
「さぁ、どうだろうね」
「関わっていただろ、ルイス」
「メルヴィル!」
何で言っちゃうのかな。
僕、なるべく政府機関とは関わりたくないのに。
「勝手に隣に座ってきたのが悪い」
「……ごめんて」
「異能戦争は無事終結しましたが、僕達の仕事はここからが本番です。この大騒ぎの後始末……家で寝られるのは何日後やら」
頑張れ公務員。
「仕事を手伝ってもらう依頼してもいいですか?」
「現在万事屋は休業中です」
悪いね、と僕は笑う。
特務課で仕事なんかしてたら|英国《イギリス》に戻されかねない。
それを知っているのに依頼しようとする安吾の冗談は怖いな。
「僕はこの辺で失礼するね。メルヴィルに挨拶したかっただけだし」
「後で情報提供だけお願いします」
「ま、それぐらいなら良いよ。また連絡して」
そう言い残して、僕は鏡で移動するのだった。
「──ごめん、少し遅れた」
「大丈夫だ。まだ新人は来ていない」
そっか、と僕は部屋を見渡す。
よく飾り付けされてるな。
料理も豪華だし、種類が多い。
ちゃんと鏡花ちゃんの好きな湯豆腐も用意されている。
「ほら、ルイスもこれ持って!」
乱歩がクラッカーを渡してきた。
そして、カウントダウンを始める。
超人的なその頭脳で、鏡花ちゃんがやってくるタイミングも分かっているのだろう。
「3、2、1、」
--- 「鏡花ちゃん、入社お目出度う!」 ---
それぞれ好きな飲み物を持って乾杯をした。
全員、とても楽しそうだ。
「で、君はどうしてそんな眉をひそめてるの」
「いや、その、ルイスさんに相談すべきことでは……」
「良いから話してみなさい」
渋々、国木田君は話し始めた。
今回の歓迎会、結構金額がヤバいらしい。
計算し終わった電卓を見て、僕は少し考える。
「これ、予算の何倍?」
「……5です」
仕方ないなぁ、と僕は小切手を出す。
確か、数年前にマフィアの手伝いをしていた時の報酬が残ってるはず。
僕は今回かかった金額を書いて国木田君に渡した。
パリン、と音を立てて眼鏡が割れる。
「僕、何も手伝いできてなかったから支払うよ。これからもお世話になるしね」
それじゃ、と僕はその場を後にした。
少しして落ち着いてきた鏡花ちゃんに祝いの言葉と兎のぬいぐるみをプレゼントした。
喜んでくれたし、準備して良かったな。
それから少しの間食事をしていると、扉が開いた。
「乱歩君……? 電話で頼まれた新作小説を持ってきたのであるが……」
「あぁ、君、こっちこっち!」
あれは確か、組合の──。
まぁ、乱歩が呼んだなら特に気にしなくて良いか。
「乱歩君……これは何かの拷問であるか……?」
「心配しなくても、乱歩がそういう人間なだけだよ」
「い、戦神!? 何でこんなところに!?」
放置されているのが見ていられず、思わず声をかけてしまった。
にしてもその呼び名、久しぶりに聞いたな。
探偵社ではそう呼ぶ人いない。
「あ、その名は嫌いであったな……申し訳ない……」
「……いや、気にしなくて良いよ。それより飲み物とかいらない? 僕取ってくるよ」
「え、あ、じゃあ我輩っぽいものを……いや、そこに……こういう時って何を飲んだら……?」
「とりあえずジュースもらってくるね」
外国人同士ということで、意外と話は合った。
本を読むのが好きなことを話したら、推理小説の話に。
ポー君の小説も読んでみたかったけど時間なので僕は帰ることにした。
彼が呼んでいるから行ってあげることにしよう。
静かな建物に響き渡る足音。
僕は彼らの真ん中で足を止めた。
「変な絵だねぇ」
「絵画を理解するには齢の助けが要る」
「これぐらいなら君にも描けそうじゃない?」
「そうですね。かというルイスさんも絵は描けるでしょう?l
「君達は凡そ何でも熟すだろう」
そうかな、と僕はちゃんと絵を見ていた。
「君が幹部執務室の壁に描いた自画像を覚えているかね?」
「あぁ。|首領《ボス》の処のエリスちゃんが、敵の呪いの異能と勘違いして大騒ぎ」
僕がいなくなってからも、マフィアは楽しそうだな。
どちらかと言うと、飽きなさそうだ。
「ルイスさん、広津さん。例の件は助かったよ」
「僕は白鯨侵入作戦について話しただけだよ」
「私も樋口君に漏らしただけだが」
「彼女が知れば芥川君に伝わる。芥川君が知れば必ず単身で乗り込んでくる」
予想通りだ、と太宰君は笑う。
敦君と芥川君を引き合わせる理由。
「……新しい時代の双黒、ね」
「間も無く来る“本当の災厄”に備えるためには必要でしょう?」
「魔人君は動き始めてるからね」
白鯨の落下は失敗。
でも流れ的に、半分近くの資金は持っていかれてるんじゃないかな。
流石、としか言いようがない。
---
--- オマケ ---
---
No side
「|白鯨《モビー・ディック》の墜落には失敗しましたか。ですが、ほぼ計画通りです。組合に内乱を誘発させ、その隙に資産の四割を簒奪」
カタカタとキーボードの音が地下室に響き渡った。
「また横浜を傷つけ敵を弱体化させ、有能な異能者の|勧誘《スカウト》にも成功しましたから」
「私は|勧誘《スカウト》されたつもりはない。意識不明のミッチェルを治す条件で、一時的に手を貸しているだけです」
「結構です、牧師殿」
組合の牧師──ナサニエル・ホーソーンに答えながら爪を噛むフョードル・ドストエフスキー。
パソコンの画面には鼠が映っている。
ドストエフスキーはホーソーンへ視線を向けながら笑った。
「共にこの地を罪深き者の血で染めましょう」
--- ──より良き世界の為に ---
ホーソーンが退室し、ドストエフスキーはパソコンの画面へと視線を戻す。
鼠から、ある異能者の情報へと画面が切り替わる。
「……さて」
この後の動きを口に出して確認しながら、ドストエフスキーは暗くなった画面を見つめる。
相変わらず爪は噛んでいた。
少しして、ドストエフスキーは静かに立ち上がった。
「──これはこれは、初めまして」
《《ソレ》》を見ながら彼は微笑む。
「そういえばコレは片付け忘れていましたね」
『わざとでしょう、魔人フョードル』
ニコニコとドストエフスキーは笑う。
先程まで退屈そうな顔をしていたのが嘘のようだった。
『何をするつもりかしら。あの子を傷つけるようなことなら、その喉笛を掻き切るわよ』
「貴女と向き合えた彼が傷つくことなど、そうないでしょう」
『さぁ、どうかしらね。貴方はあの子の何を知ってるの?』
そうですね、とドストエフスキーは少し悩む素振りをする。
「貴女よりは知りませんよ。それより#アリス#さん、僕に手を貸しては──」
言い終わるよりも前に、鏡から#アリス#の姿は消えていた。
そして、鏡が割れて地面に破片が散らばる。
片付けるかどうか少し迷ったドストエフスキー。
部下に任せることにした彼は、地下室から出るのだった。
この度は「英国出身の迷ヰ犬」の総集編である「Chapter.2 三社鼎立」を読んでくださり、誠にありがとうございます。
作者の海嘯です。
まとめ読み機能が入った、ということで総集編を作るか悩みました。
しかし、前回のようにオマケを付けたかったので書くことにしました。
来週からいよいよ『DEAD APPLE』が始まります。
ルイスくんがどこで何をするかは秘密です。
それでは、次回の「英国出身の迷ヰ犬」もお楽しみに。