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4話
「さ、準備はいいかしら?」
私がそう言うと、みんなはその場に立った。
れんかは絵筆を置いて元気よく手を挙げ、
エルザは魔法書を胸に抱え、
月と月翔はそれぞれの得意分野でサポートの構えをとる。
ルエムはちょっと緊張した顔をして私の袖をぎゅっと掴んだ。
「彩音、僕、ちゃんとできるかな……?」
「ええ、大丈夫よ。あなたは強いもの。」
その一言で、彼はほんの少し安心したように表情を緩めた。
私は桜の巨木の前に歩み寄ると、両手を軽く重ね、魔力を流し込む。
桜の根元に刻まれた紋様が淡く光り、柔らかな風が辺りを包み込んだ。
「|『繋がる時空の扉』《ゲートワープ》」
魔法を唱えると、空間が揺らぎ、地上へと繋がる光の門がぱっと開かれる。
風が流れ込み、外の空気が神域に満ちる。少し、緊張感をはらんだ空気だった。
「じゃ、いこっか!」
れんかが真っ先に飛び出そうとするのを、月が優しく押さえた。
「れんか様、まずは彩音様を先に……」
「わかってるもん!」
私はくすりと笑いながら一歩を踏み出す。
神域の空気と、外の世界の空気とが交わるその一瞬――胸の奥が、ふっと高鳴った。
――光の中を抜けると、草の匂いがした。
地上の空は少し曇っていて、風に湿った空気が混じっている。
私たちが出たのは、ちょうど未確認生物の出現場所から少し離れた丘の上だった。
「うわっ……なんか、イヤな空気する……」
月翔が鼻をひくつかせる。
地面に漂う魔力は確かに歪で、不自然だった。
「お母さん、あそこ……!」
桜杏が指差した先、草原の中央に、黒い影のようなものが揺らめいていた。
輪郭がはっきりしない、けれど確かに“そこにいる”。
人でも、魔獣でもない、形の読めない存在――
「あら……ずいぶんと厄介な子ねぇ」
私は黒い影をながめながら、ふっと小さく笑う。
「エルザ、解析できる?」
「もう始めてる。………魔力の質があまりにも不安定。生き物というより“何かを媒介にした塊”……誰かが作ったものね」
「ってことは……だれかがあれを“地上に流した”ってこと?」
れんかが眉をひそめる。
「えぇ、多分ね」
私は草原の向こうをじっと見つめる。
今のところ、影は動かない。
ただ、そこにあるだけ。
……けれど、このまま放置していい相手じゃない。
「ルエム、私の後ろにいてね」
「……うん」
「月翔、索敵。れんか、万一の時の結界。エルザと月は後方支援。桜杏は……私の指示にだけ従いなさい」
「はいっ」
「了解」
「……うん、お母さんの言うとおりにする」
一瞬、静寂が落ちた。
湿った風が、頬を撫でる。
そして私は、草原に足を踏み出した。