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1 王立学園の入学式
まず簡単に説明すると、私が7歳の時、お父様に連れられて王宮に行ったと。
そこで騎士団を見物していた時に、一際小さい男の子を見つけ、「あの子私の騎士になってほしいですわ!」と叫んだと。
それでその日中にはもうその男の子は私の専属騎士になったと。
これは覚えておいて。
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私は今日10歳になった。
ここ——アルヴェリア王国では、貴族の少年少女が10歳になると、自分の専属メイド、もしくは執事、それに騎士を連れて寮付きの学校、アルヴェリア王立学園へ、確か17歳に卒業だったような。
まあ私には卒業年齢など、どうでもよい。
興味がないので。
「シャル、私の荷物なんかどうでもいいから早く馬車乗りますわよ!」
「何をおっしゃるんです、お嬢様。これから生きていけなくなりますよ!」
「も、申し訳ないですわ……」
私は専属のおばあちゃんメイド——シャーロット、愛称シャル——の威圧感に気おされて、しゅんとする。
「もう、私が悪いみたいじゃないですか! 次はお嬢様を置いていきますよ!」
「は、はい」
「まったく、お嬢様は……」
シャルは、慣れた手つきで荷物を使用人たちに運ばせていく。
その間、私はそわそわしながら窓の外を見た。
いつの間にか、正門の前には学園へ向かうための馬車が停められている。
「……さ、シャル行きますわよ!」
「はぁ、そんなに学園へ行くのが楽しみなんですねぇ」
「そんなこと言っていたらもう間に合いませんわよ! シャルぅ!」
私が廊下を駆け、階段をスタッタッタッタ——と駆けて降りて行くと階段下にいたお母様に「下品ですよ」と窘められる。
「うう、申し訳ございませんわ」
お母様は呆れたようにため息をつく。
「学園へ向かう前から公爵家の名に泥を塗らないでちょうだい」
「塗ってませんわ!」
「塗りかけています」
即座に言われた。
ひどい。
私だって公爵令嬢なのに。
「奥様、お嬢様の荷物の積み込みは終わりましたよ」
後ろから追いついてきたシャルがそう報告する。
「そう。それではクローディア、そろそろ行きなさい」
「はい、お母様」
私はスカートの裾を摘み、淑女らしく一礼した。
(よし、完璧)
お母様も少しだけ満足そうだ。
私はくるりと踵を返す。
そして正門へ向かった。
馬車の荷台には私の荷物が積み込まれていた。
そして、馬車の入り口には騎士——クローディス、愛称クロード——が立っていた。
彼は私が正門から出てくると、少しだけ頬を緩ませる。
(きゃぁぁぁあああ、今日もイケメンだわ!!! 死ぬ! 私を殺さないで!!!! そしていつもと同じように可愛い!!!)
私は危うくその場で昇天しかけた。
だが淑女たるもの、顔には出さない。
出さないったら出さないだもん。
たぶん出ていないし。
「おはようございますわ、クロード」
「おはようございます、お嬢様」
ああ。
今日も声がいい。
なんなのだろう、この少年は。
神様は少し盛りすぎたのではないだろうか。
そんなことを考えていると、クロードが馬車の扉を開いた。
「どうぞ」
私は2,3秒停止した。
頭の中には、
(私ここで転ばなかったためしがないんだよな……。今お母様に公爵家の名に泥を塗るなと言われたばっかしだし。ああどうしよう、まず先にシャルを乗らせる? いやそれはこの距離的に頭おかしいし……、嫌でも名案かも? シャルに乗ってもらって抱っこして乗らせてもらう! いや、それはそれで名門公爵家に泥塗るわよね……。じゃあこれどうすればいいの? このまま足を上げて、座るだけと言えど段差高すぎんだろこの馬車!!!!)
という長文が流れていた。
「クローディア様?」
クロードが首を傾げる。
はっ。
いけない。
停止時間が長すぎた。
「な、何でもありませんわ!」
私は意を決して足を上げる。
一段目。
成功。
(よし。勝ちました。今日は勝った。私の勝利ですわ!!!)
そう思った瞬間。
裾が靴の踵に引っ掛かった。
「あ」
終わった。
人生って本当に一瞬で終わるのね。
私はしみじみそう思った。
だが次の瞬間、視界がぐらりと揺れる前に、腰を支えられる。
「危ないですよ」
クロードだった。
近い。
顔が。
近い。
(近い近い近い近い)
私は一瞬で顔が熱くなるのを感じた。
「あ、ありがとうございますわ!! 失敬!!!」
私は叫ぶと馬車の端っこまで駆けて行った。
もちろん馬車の中の話である。
もし外だったらただの不審者だ。
「……」
背後でクロードが黙っている。
(やめて……泣くよ?)
その沈黙が一番刺さる。
と、思っていたが、ただもうクロードは御者台に戻っていただけだった。
(焦った焦った焦った焦った……。やばい本当に死ぬ!!!)
これはただの不運です。
「お嬢様、ほらきちんとしてください。姿勢を伸ばして。どこから人が見ているかわかりませんよ!?」
「はい」
私は背筋をぴんと伸ばした。
これでいいだろう。
完璧である。
「顎を引いてください」
「はい」
「足を揃えてください」
「はい」
「座り方がだらしないです」
「はい……」
理不尽だ。
これ以上どうしろというのか。
私は人知れずため息を吐いた。
すると馬車がゆっくりと動き出す。
ガタガタと車輪が石畳を進む音が聞こえてきた。
出発したらしい。
私はこっそり窓の外を覗いた。
(私知っちゃってるんですよ、ここからクロードの後ろ姿が見えるってねえぇぇえ)
私はこみあげてくる笑みを隠すためにほっぺをおさえる。
「何かあったのですか、お嬢様」
(まともに聞かれると言いにくい……)
私はほっぺを抑えたまま、「外を見てるんです。世界は広くて素晴らしいのですわよ!」と言った。
(まあ私の視界にはクロードしかいないが)
「そうですか」
シャルはそれだけ言った。
その「そうですか」の中に色々含まれてるでしょ。
私はそっと窓の外へ視線を戻す。
御者台に座るクロードは相変わらず真っ直ぐ前を見ている。
風が吹くたびに黒髪が揺れる。
かっこいい。
とてもかっこいい。
でもどちらかと言うと可愛い。
いや待って。
かっこいいのか可愛いのかどっちなんだ。
どっちもだ。
という結論に至った。
「あー私クロードのこと大好きだなぁ」
「そうよ! そうですわ……ってシャル何言ってるんです?」
「お嬢様の気持を代弁しました」
「うう、信じられないですわぁ……!」
私は頭を抱えた。
この人、本当にメイドなのだろうか。
主人をからかうのが仕事だと勘違いしていないだろうか。
「しかしお嬢様」
「なんですの」
「否定しないんですねぇ」
「へ?」
私は固まった。
否定?
何を?
いや、何をって。
え?
「あ」
しまった。
本当にしまった。
私はシャルを睨む。
シャルは満面の笑みだった。
おばあちゃんのくせに元気である。
「ひっかかりましたねぇ」
「シャルゥゥゥ!!」
「お嬢様、声が大きいですよ」
「全部あなたのせいですわ!」
私が抗議すると、シャルは楽しそうに肩を揺らした。
悔しい。
ものすごく悔しい。
その時だった。
御者台の方から声が聞こえた。
「クローディア様」
「は、はいっ!」
また勢いよく返事をしてしまった。
シャルが肩を震わせている。
笑うな。
絶対に笑うな。
「間もなく王都の門を出ます」
「そ、そうですの」
「少し揺れますので、ご注意ください」
「わかりましたわ」
私は慌てて姿勢を正した。
すると馬車が石畳から街道へ移ったのか、車体が少し大きく揺れる。
私は窓枠を掴んだ。
危ない。
「……それはそうとしても、クローディスってすごく鈍感ですよね。私でもわかるお嬢様の恋心が分からないなんて……」
と小声で言ってきた。
「それはそうよね。案外私ってわかりやすいし」
「あ、自覚あったのですね」
「あるでしょう、それは」
「まあ案外という点は異議を申し立てたいですが……」
「もう……」
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次に馬車が止まったところは、王立学園の前だった。
「お嬢様、降りますよ」
「分かってますわっ」
シャルがまず先に降り、クロードが馬車の下で手を差し伸べる。
(いや別にめっちゃ嬉しいんですけど!? いやでも距離感とか考えたらそこは普通シャルが手を出すところよね? え? 私みたいな女がクロードの手に触れ……っゴフっ……。毎回死ぬほど死ぬわ!! ……何考えてるの私)
私はいったん心の中で叫んでから反吐を吐くと、上っ面の笑みで手を取る。
(うう死ぬ)
私はそれだけ心に浮かんだのを確かめると、きちんと馬車から転んだ。
所をきちんと支えられ、そこからの記憶はありません。
その時気絶したわけではないが、それから寮の部屋に着くまでエスコートされ頭がパンクしていたので、道も覚えていない。
(覚えているのは手のぬくもりのみ! 私ったらもう100点満点ですわ! 一生忘れない!)
だが、道を覚えていないのはすごく失態だ。
「ねえ、シャル……__私寮から自分のクラスまで行く道を覚えていないのですけれど__……」
シャルに言うと、悪そうな笑みを浮かべたが、それに関して何も言わなかった。
「分かりました。明日の入学式に行くときに一緒に覚えましょうね?」
「は、はい」
私はクロードが何の話をしているのだろう、という顔をしているのを見ると、ウインクしておいた。
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まあ、その日のうちに少し廊下を確認しておいたのだが、私は公爵家だからか、ほかの部屋よりも一回り大きいところの部屋に住まわされていて、廊下の突き当りに合った。
私の部屋の中には、リビングにベッドと机があって、お風呂、メイドたち用の部屋があった。
お世辞にも大きいとは言えない。
「あと二部屋ぐらいほしいですわ……」
今は夜。
私はベッドで大の字になりながら一人ぼやいた。
「何仰るんですか。ここは学園ですよ」
私のため息にクロードが苦笑いを浮かべる。
彼は私の横に座っている。
騎士だから、夜に襲われても大丈夫なようにだ。
「そうですわよね……」
クロードは「ほかの部屋はもっと小さいようですよ」と付け足した。
「知ってますけれど……」
クロードはフッと笑う。
そしのその笑みは私の心臓を破壊した。
(やばいやばいやばいやばい死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!! かわいいよ! かわいい! かわいいです世界一! 愛してるよ~! 私なんかのために笑ってくれるなんて世界一のイケメンは心もお優しいんですねぇ……!!! 本当に神様私とクロードを出会わせてくれてありがとう本当にありがとうそして私に微笑んできてくれるクロード最高マジ神。うわぁああああぁぁぁあああ)
私は尋常のふりをしながら向こう側に寝返りを打つ。
「もぉ……。おやすみなさい」
「? おやすみなさい……」
私はその時クロードが(怒ってる?)と思っていたことを知らない。