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龍憑事・第一章/一話「東京都新宿区心理カウンセラー」
この物語はフィクションです。
実際の人物、特に“労働環境"には一切の関係は御座いませんので、誤解しないようにしてください。
私、|安藤刻凪《あんどう こくな》は彼氏と一緒にデートをしていた。観覧車が一番上に上るとき、二人は夕焼けの光に包まれる。彼氏の顔が近くなり、唇が触れ合うその時。視界が霞んだ。ピピピッと音がする。刻凪は瞼を開く。視界の先には薄暗い部屋の天井だけがあった。
「………夢か……。」
刻凪はベッドから起き上がり、地面に足をついた。ふわっと埃が舞う。そろそろ掃除しなきゃなと思いつつ、リビングへ向かう。カーテンを開けると、窓の先に見えたのは灰色の絵の具を重ね塗りしたかのような曇り空だった。刻凪は深いため息をつく。この仕事、心理カウンセラーに就いてから刻凪の心も空のようにどんより曇っていた。最近、夢に出て来る彼氏は、一週間前に別れた人だ。刻凪的にはかなり上手くいっていたので、その分、心へのダメージも大きかった。洗面台に向かうと、汚れた鏡に刻凪の顔が映った。生気のない、魂の抜けたような目。その下には少し隈ができていた。刻凪は再びため息をつくと、黒い艶のない髪を手でとかし、雑に髪ゴムで結んだ。歯を磨きながら呟く。
「仕事……行きたくねー……。」
仕事場では丁寧な言葉使いだが、この荒っぽい言葉使いが刻凪の素だ。刻凪は歯磨きを終えると、口を濯ぐ。そして、厚めのコートに袖を通した。ゆっくり、息を吸って、吐く。頬を両手でバシッと叩くと、玄関へ向かった。そして、パジャマのままだったことに気づき、慌ててリビングへ戻った。ドタバタと玄関へ戻ると、ドアを開け、鍵をかけた。ゴロゴロいう空を見て、一雨降るかもなと思いながら、仕事場へ向かった。
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仕事場は刻凪の住む東京都新宿区マンションから電車に乗ること、三十分。そこから徒歩三分ほど歩いた場所にある小さな精神病院。そこが刻凪の仕事場だった。自動ドアが開くと、真っ先にすぐ先にあるカウンターへ行く。
「おはようございます。」
カウンターにいる若い女性、確か千浪さんに挨拶する。千浪さんは刻凪の顔をジッと見ると、微笑んだ。
「安藤さんね。おはようございます。はい、今日も頑張ってね。」
千浪さんは刻凪へ向かって鍵を差し出す。個人ロッカーの鍵だ。これがないと、この精神病院では職員だと認められない。千浪さんは外国人とハーフなので目が青い。刻凪はその不思議で美しい目が苦手だった。刻凪とは正反対の、光に満ち溢れた目が。
「………いってきます。」
なにか述べようと間を空け、結局いつも通り短く挨拶をした。カウンターから真っ直ぐ進み、曲がり角を曲がると、ドアがある。貼り紙には「関係者以外立ち入り禁止」の文字。刻凪は鉄でできたドアノブを掴む。ひんやりと冷たいドアノブの温度が手のひらに伝わってきた。刻凪はドアノブを捻ると、ドアを開けた。殺伐とした職場。パソコンをカタカタ打つ音だけが響く。誰も刻凪のことなど見ない。いつものことなので、気にせずに自分のロッカーへ向かう。同じく鉄製のロッカーを開けると、中は水浸しだった。ふと、クスクスと笑い声が聞こえてきた。横目で見ると、そこには金髪に髪を染めた女性、岬さんと、茶髪の女性、佐藤さんと、黒髪の女性、金城さんの三人組がいた。毎回、こんな悪戯ご苦労様だ。なぜそんなことに時間を使うのだろうか。刻凪にはよく分からなかった。怒る気力はもう残っていなかったが、いつか絶対に復讐してやる。そんなことを思いつつ、刻凪は三人を睨む。その視線に気づいた岬さんは、嫌らしく笑う。
「なぁに安藤さぁ~ん?」
これ以上三人に構うのは時間の無駄なので、刻凪は濡れた書類を持って、シャワールームへと足を運んだ。
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シャワールームにあるドライヤーで書類を乾かす。乾いたが、少しくしゃっとしている。まあ、読めればいい。
「今日のお相手は………205号室の患者か。」
刻凪は書類をめくる。205号室の患者の情報のかかれた紙に目を通す。|西野彗《にしの すい》、十七歳。一週間前から|ここ《精神病院》へいる。紙に貼られた顔写真には凛とした顔の黒髪の少年が写っていた。青年にも見える顔からは意志も疲れも全く見えなかった。
「取り敢えず、会ってみるか………。」
そう小さく呟いた刻凪は205号室のドアノブを捻った。
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黒髪の少年は椅子に背筋を伸ばして座っていた。西野さんは刻凪を見ると、口を開いた。
「お待ちしておりました。貴方が、安藤刻凪さんですね?」
西野さんの言葉に刻凪は固まる。どうして名前を知っているのか不思議でならない。落ち着こうと、深く息を吸う。そして、席に座り、西野さんと向き合った。
「ええ、私は安藤刻凪です。初めましてなはずですが、もしかしてどこかで会ったかしら?」
刻凪の言葉に、西野さんはまたしてもおかしなことを言った。
「いえ、調べてはいましたが、会ったのは初めてです。」
調べていた、となるとストーカーの類か、と一瞬思う。しかし、刻凪は西野さんと会ったおぼえは無いし、顔写真をネットにあげた事もない。刻凪が口を開こうとするよりも早く、西野さんが口を開いた。
「突然ですが、安藤さん、世界に滅亡の危機が迫っていると聞いたらどうしますか?」
ふざけても、おどけてもいない、ただただ静かな声音で、西野さんは有り得ないことを告げた。そうか、彼は精神病院にいる患者なのだ。けれど、何も言えなかった。西野さんが冗談を言っているとはどうしても思えないのだ。刻凪は西野さんの言うことを聞いた。
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一分程で西野さんが語ったことを要約すると、こうだ。世界は龍が支えていて、世界を支える龍、シャイヴァの寿命が迫っていると。
「正確には支えていると言うか、龍が世界の|核《コア》何です。だから、シャイヴァが死んだらこの世界から核が消え、世界は滅亡します。」
龍とは想像上の生き物。世界には存在しない、物語上の存在。
「なぜ、存在すると言えるの……?」
西野さんは少し考えた後に、再び突拍子もないことを言った。
「安藤さんに龍が憑いているからです。」
「は?」
思わず素の声が漏れ出てしまい、慌てて口を手で覆い、塞ぐ。その行動を見て、西野さんはふっと笑った。
「この世界にはシャイヴァ以外で現存する龍は九ついます。実態を持ったり、持たなかったりできる、人に憑く龍。憑龍です。」
「憑龍………。」
刻凪は西野さんの言葉を繰り返す。人に憑く龍など物語の世界でも聞いたことない。
「まあ、実感は薄そうですし、実際に呼んでみますか。安藤さんに憑く大いなる九つの龍の一つ、貴方の名前は?」
西野さんは少し高い声で、刻凪に言う。射抜くような目線を刻凪に向けると同時に、刻凪の中から何かが出てきた。
「……ミズリィー……。」
喉の更に奥から発せられる低く凛とした声。それを刻凪は自分が言ったのだと信じられなかった。
「貴方は"S"じゃないんですね。まあいいです。そろそろ時間ですよね?続きは明日。信じるか信じないかは、貴方次第です。」
西野さんは上品に微笑むと、椅子から立ち上がった刻凪に向かって右手を振った。刻凪はその笑みを不気味に思った。
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「疲れた……。」
仮眠室のソファーに倒れるようにして座り込む刻凪。時刻は午後四時半。そろそろ、帰る時間だ。刻凪は体を横にする。そして、大きなあくびをすると、目を閉じた。西野さんの言葉を頭の中で繰り返す内に、刻凪の意識は夢の中に落ちていった。
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窓の外から聞こえる雨音で、刻凪は目を覚ました。辺りは薄暗く、窓の外は真っ暗だった。起き上がり、電気を点ける。時計は午前三時を示していた。やってしまった、と刻凪はため息をつく。どうしようかと考え、明日も仕事なのでシャワールームへと行くことにした。行く途中の曲がり角で昨日見た黒髪を見つけた。西野さんの方が先に刻凪を見つけていたらしく、軽く会釈してきた。
「西野さん、こんなとこで何をしてるの?」
刻凪は驚くよりも呆れてしまった。西野さんの突拍子もない行動や言動に慣れてしまったのだ。
「普通に病院を探索してましてね。」
「そう言えば、貴方、私のこと調べたって言ってたけど、どうやったの?」
西野さんは少し考え、後方にある防犯カメラを指差した。
「病院内の防犯カメラにハッキングしました。」
何てこと無いように言う西野さんに「それ、犯罪だからね」とツッコむ。西野さんは平然と「知ってます」と告げる。知ってるならやるなよというツッコミは言わないでおこう。西野さんは少し唸って、思い出したのか「嗚呼」と言った。
「後、安藤さんのパソコンにもハッキングしましたね。」
刻凪は自分のロッカーがある方向を思わず見つめる。最近の高校生は恐ろしいということを思い知った。というか、西野さんが何でも出来すぎるのだ。この人は普通の高校生、普通の人間の枠に収めてはいけない。
「じゃあ、また午後三時に。」
西野さんが去ると、刻凪はしばらく佇むしかなかった。刻凪は眠気とシャワーを浴びたいという欲求に西野さんのことを考えるのを一旦ストップさせた。
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205号室を開けると、嫌らしく笑って待っている西野さん。刻凪はわざとらしくため息をつく。そして、席につく。
「少し、聞くんだけどさ、西野さんは私に何してほしいの?」
「俺と一緒に残りの八つの龍を捜してほしいんです。」
「えぇっと、なんで?」
やっぱり西野さんのことはよく分からない。
「シャイヴァの寿命が迫ってるから、後継の龍を見つけなくてはなんです。そのためには、九つの龍それぞれが話し合わなければならない。」
「九つの龍ってどこにいるの?」
「分からない。」
「えぇ………。」
つまり、目星もないのに日本全国、世界全国を旅することになるかもしれない。そんな刻凪の不安を察したのか、西野さんは口を開く。
「大丈夫。日本にいることは確実です。それに、龍が人に憑くのには理由があります。龍は孤独を知っていて、力を求める人に憑きます。もっと言えば、性格が似ている人とかですね。龍はプライドが高く臆病で繊細ですからね。」
刻凪は考える。一分ほど置いて、出した結論。
「私は信じられない。だから、無理。」
「そうですか。」
あっさりと返された一言に「へ?」と気の抜けた声を発する刻凪。
「昨日、防犯カメラにハッキングしていたと言いましたよね?」
西野さんの声音に刻凪は違和感をおぼえる。とても嫌な予感がした。冷や汗が背筋を伝い落ちる。
「貴方が、職場でいじめにあっているのも防犯カメラに記録してあります。これを新聞記者に売ったらもしかしたら"心理カウンセラーの職場でいじめ"とかいう記事ができて、マスコミが押し寄せ、ここで働けなくなるかもですね。」
刻凪は拳を机に打ちつける。余裕の笑みを浮かべる西野さんを睨みつける。深呼吸をして、暴れる心を宥める。
「………貴方は何者?」
西野さんの顔から少し笑みが消える。作り笑いのような笑みで、西野さんは言った。
「|導永《みなが》彗。案内人です。」
あとがき
ここを見ているということは読んでくださったということでOKですね?
読んでないなら本編も読んでほしいです。
………読んできましたか?
はい、お読みいただきありがとうございます。
初投稿、龍憑事の一話はどうでしたか?
彗と刻凪どっちが好きかとかも知りたいですね。
質問とかあったら答えられる範囲で答えます。
二話でもお会いできることを祈っています。