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蛆が舞う花
凍えるような寒さの中で白い地面を踏みしめた。
吹雪は止むことを知らず、凍えた身体に冷たくも吹き続ける。
髪についた雪を払う先で、目的地と思われる町が制限された視界の中で見えた。
「...あれが、目的地ですか?シュヴァルツ大佐」
少し凍えたようなか細い声でアドネス中佐が後ろから声をかけた。
「ああ、そうなるな...町全体が|毒花《フラワー》に毒され、過半数の人口が|生きる屍《クリーチャー》になっているそうだ」
「はぁ、|毒花《フラワー》の繁殖力は恐ろしいですねぇ...」
アドネス中佐の感嘆の声を聞きながら、行くまでに手元の調査命令書を軽く読んだ内容を思い起こす。
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数ヵ月程前に、植物研究所にて新種の植物を発見したと公に発表された。
どんな環境の土地でも根づく強い生命力と繁殖力を有し、人間にとって有毒な胞子を撒き散らす疑似的な裸子植物の一種。見た目だけは青い花弁に毒々しい葉のついた被子植物だが、実際は胞子により繁殖する自立式とのことだ。
この胞子、変わった繁殖力といっただけなら良いものの、人間の身体を蝕み、やがて脳の制御を奪う。
所謂、寄生の一つではあるが、最終的に胞子が集まって芋虫のような形を形成し肥大化する。
そして、人間の臓器を肥大化した元胞子である芋虫が食い尽くし、脳に直接的な干渉を行い|生きる屍《クリーチャー》として実体を持たせる。
寄生された人間は判断力が疎かになり、芋虫が人間を《《着る》》形になる。
しかし、完全に食い尽くされていないかぎり人間の自意識と判断力は保ったままで、《《まだ生きている状態》》である。
これが植物研究所近くの一つの町で爆発的に繁殖し、半分ゴーストタウンになってしまった“パレスタウン”にて特殊警察として所属する“P.R.T”はその|生きる屍《クリーチャー》と|毒花《フラワー》の掃除、そして調査を命じられた。
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思い起こした内容を考えて、雪が積もって開かない扉を蹴りあげる。
薄い膜になっていた雪がボロボロと崩れ、扉がゆっくりと開いた。
中にはオフィスのような空間が広がっていて、薄暗くデスクの森から壁に身体を預けて腹から肩まで切り裂かれ、内臓が見える程真っ二つになった男性と思わしき死体。辺りには蛆が舞っている。
「...シュ、シュヴァルツ大佐...これ...」
「ああ、人為的だな」
この町には化け物だけでなく殺人犯でもいるのだろうか。
重荷が増えたような気分を抱えながら更に奥へと進んだ。
乾いた真っ黒な血。その血の中央に電動式のチェーンソーを握りしめて徘徊する|生きる屍《クリーチャー》。
先に見つけた部隊がAK-47に弾を込めて発砲しようとしている。部隊の一人がこちらを見て、顎を引いた。その合図に頷いて、「撃て」と短く言葉を返した。
直後、四方八方から銃撃の雨が降り、人間の皮が最初に破け、中から血だらけになった芋虫が姿を現すもすぐに蜂の巣になり、穴ぼこになってから床に奇妙な色をした液体とともに血が滲んだ。
「...後から、なったのか...始めからなったのか...どちらなんですかね、これ」
「始めからじゃないか?...胞子にやられて少し意識のある内に自分では動かせない身体で...だろう。
一応、意識は完全に支配されにくいからな...」
「そういえば、そうでしたね...しかし、結構耐久力があるようで...」
「あくまでも人を被っているからな...鎧が厚ければ厚いほど、防御力も高い。ふくよかなものには気をつけていこう」
「...胸糞が、悪いですね...」
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調査の範囲を拡散するため、二人一組に別れ、小さな公園の男子トイレへ足を踏み入れる。
「シュヴァルツ大佐、私は女子トイレを見てきます」
後ろで新人がそう言ったのを確認して男子トイレの中へ目をやった。
トイレの中は異臭がして、排泄物の匂いのほかにもやけに香ばしい匂いがする。
ゴミが溜まった隅の奥の個室に蛆が舞い、|毒花《フラワー》の蔦が根づいている中に一人の人間が頭から突っ込んで、ばたばたと足を動かし何とか逃げようとしている。
いや、逃げさせられている。行き場のない足をばたつかせて微かに残った理性がそうさせているのか、寄生したものそのものがそうしろと、命令を降しているのかは分からない。
「...おい、無事か?」
一度、声をかける。返事はない。
もう一度、声をかける。返事はない。
個室から出る様子もなく、足以外に動く様子もない。
人に近づき、両足を狙って撃つ。乾いた銃声が二発伸びるように続き、足が垂れた。
垂れた瞬間に手足が個室の扉に腕を置き、ぐぐっと口から芋虫が見える頭で振り向く。
首は信じられない角度に曲がり、下顎がだらしなく垂れる。動かなくなった足を庇うように腕の力だけて這うようにこちらへ前進する。
それより前に銃弾を当ててみるが、怯むことはなく向かってくる。
足に絡みつき、人の口の中の芋虫が蔦を這わせ、こちらの口の中へ入ろうとする。
蔦を掴んで口の中から引きずり出し、喉の奥に入っていたものを吐き出すように咳き込んだ。
床に手をつき、後ろから聞こえる新人の声と銃声に安堵した。
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床に突っ伏した寄生された人間。下顎の外れた口に手を突っ込み、動かない芋虫を引きずり出して腰に下げたナイフで芋虫を切り刻む。
次に人の緩くなった顔を外して紙のようにぺちゃりとした身体に刃を立てる。
黒くなった血が吹き出しながら手を濡らす。解体したものを黒い袋に入れ、できた袋を抱えてトイレを後にする。
汚れたナイフ持つ新人が心配そうに口を開いた。
「先程は大丈夫でしたか?」
「大丈夫...助かったよ。有り難う」
軽く礼を言って、空を見る。夕焼けが近づいている。
空から目をそらして遠くには別の軍隊が到着したと思わしき回収用の車。
車の中に袋を投げ込み、車の中に腰を下ろす。
運転席に座る人物に他の部隊の話を聞き、情報を整理する。
やがて、話が終わり、投げ込んだ袋を作業のために開いた。
新人のもつトランシーバーにはアドネス中佐の連絡が入っているようで、連絡をそのままし続けている。
連絡を聞きながら、揺れる車内で作業を開始した。
蛆の舞う花の中で何かが蠢いた気がした。
自分が見た夢の内容に設定を盛って書いたものです。
夢に出たのは毒花に寄生された人が出てくるトイレのところ。
主人公視点で自分自身がそれを撃って、バラして袋に詰めた後に軍の車で帰る途中にその寄生が動き出して終わりでした。