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第二話 御前ハ何者ダ
ドヒュンと音がしそうなほどのスピードで、少女は綾人の方へ向かってくる。
面食らった綾人は辟易しながらも、走ってくるのならまだよかった、と思った。
その少女はどう目を凝らしても飛んできているのだ。
そして綾人の前に着地し、下駄をカランと鳴らす。少女は、綾人の肩を潰れんばかりの勢いで掴むとこう叫んだ。
「お前、私が見えるのか!?」
「はぁ!? 何言ってっ──」
初対面の、それも対面と呼べるかどうかも怪しい少女にいきなり肩を掴まれるという珍事件に対し、綾人は逃げるという選択肢をとった。小柄な少女程度であれば彼の力でなんとかなるだろう。
だが、どれだけ暴れても彼女は彼を離すことはなく、彼にとって非現実的で意味不明なことを口走っていた。
「どういうことだお前!」
「しらねーよ!」
暴れに暴れ、叫びに叫んだ挙句、彼女は綾人に馬乗りになっていた。久しぶりに大声を出した綾人は、声が枯れかけている。
「お前は何故……」
不意に、彼女の手がぴたりと止まった。そして、拘束の手が緩む。
「どりゃっ!」
綾人はその隙に少女を突き飛ばすと、謎の違和感を胸に山の麓まで逃走することにした。
ダッシュで彼女から逃げようとすると、何か言ったような気がする。気にすることなく走ろうとすると、草むらにアルトの威圧感のある声が響いた。
「待て」
振り向くと、その声の主は先ほどの少女だった。綾人は華奢な体からは想像もできない威圧感と圧迫感に囲まれ、足が固まったように動かなくなる。
そのまま振り向いて彼女の正面を向くと、彼女は勢いよく彼へ頭を下げた。
「先ほどの件、本当に申し訳なかった。私としたことが、少し驚いてしまってな……本当に、申し訳ない」
「え…あ…はぁ…?」
先ほどの奇行をした人物とは思えないほど素直できちんとしている、と綾人は思った。
少女は頭を上げると、蜂蜜色の目を少し細め指に持っている何かを綾人へ見せた。
「不快であれば答えなくても構わない。この|宝玉《ホウギョク》のかけらは、どこで見つけ……見つけましたか?」
『見つけた?』と言おうとしたのを誤魔化し、彼女は敬語で綾人に尋ねた。敬語に慣れていないのか、少々不自然だ。
「……裏山……いや、ここで寝てたら落ちてきて。……あげねーよ?」
「そうか。残念だ」
どんな相手であろうと聞かれた質問には真剣に答えてしまう、それが綾人である。
彼は、その瞬間に肩を掴まれた際に感じた違和感を一気に思い出し、全身が逆立つような感覚を覚えた。
「……俺に、触った?」
「どうした。触れたことに何か問題があったのか?……いや、その節は本当に申し訳──」
綾人に少女の謝罪は聞こえていなかった。彼は、少女から今一度距離を取る。
「あんた、なんで俺に触れるんだ?俺は、ここ1年間──誰にも触れられなかった。誰かに触れることも気づかれることもなかった……」
綾人はもう一度息を吸い、こう言い放った。
「あんた、何者なんだ?」
少女は動揺する素振りすら見せずに、綾人がした独り言のような質問に口を開いた。
シリーズのタグ『澄衣は結構多彩』に関してファンレターを送ってくださった方がいますが、これはわざとです!ご指摘ありがとうございました!