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〖化けの皮の花隠れ〗
「...何してんの?」 (ミチル)
白兎に背中から乗られた男性にミチルが話しかける。
男性は何も言わず、ただ沈黙している。
「なぁ、何してんの?」 (ミチル)
やがて、男性がうっすらと目を開けて、
「......君......ああ、これは夢か...」
そう呟いた。それにすかさず、ミチルが反応し、白兎は動いた男性に驚いたのか遠くへ逃げていってしまった。
「夢なんかじゃない。夢だとしたら、見たことない人間が出てくるはずない」 (ミチル)
「いや...夢だよ。僕は君を...資料で見たんだ」
「資料って?」 (ミチル)
「......夢にしては、受け答えがはっきりしてるなぁ」
「だから、夢じゃない!気づいたら、さっきいた奴といて、それで...」 (ミチル)
「...それで?夢じゃないのは分かったよ。でも、一つだけ聞いていいかな」
「なんだよ?」 (ミチル)
「君...いつから、いつまで、ここにいるの?」
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優雅な筆捌きで絵を描き続ける貴婦人。その正面に緊張した顔で結衣が座っている。
時折、貴婦人が絵を描くやけに輝く紙をグシャグシャにしては近くに置かれた、豪華な燭台で灰にすることを続ける。
「ああ、ダメね...これもダメ......美しくない...」
また、何かを悩むように呟く一言も結衣の緊張をさらに増す原因になっていた。
美しさに固執した貴婦人と人形のように固まる結衣の間に絵筆と紙の擦れる音だけが響く。
「...あの...少し、休憩しませんか?」 (結衣)
ぽつりと熱中している貴婦人に言葉を投げ掛けた。しかし、その言葉を聞き、貴婦人は顔にない瞳でこちらを見て、苛立ったように絵筆を床に投げると結衣に向かって呟いた。
「私の腕じゃない...この子が完璧でないから...完璧な美しさがないから...美しくない...美しくない...」
そして、皺のあるよく手入れされた綺麗なだけの手を伸ばして、結衣の腕を強く掴んだ。
ダイナが鍵のかかった豪華な扉のノブに爪を立てて、どうにか扉を開けようとしている。
それを呆れたように見ながら、リリが言葉を発した。
「どうやっても開かないと思いますよ」 (リリ)
「うるさいな、ここに〖アリス〗がいるんだろう!?」
前の甘えようは何故か、活力に動きリリの目の前で爪を立てる猫と化していた。
「鍵、かかってるんですよ。分かりませんか?」 (リリ)
「猫に鍵なんてものはないんだよ!扉なんて、ただの壁だ!爪で切り裂けばいい!」
「貴婦人に何をされても良いと?」 (リリ)
「...いつものことだから、気にしないよ」
「......なるほど。して、どうやって開けるんですか?」 (リリ)
そう言われてダイナが爪を立てるのをやめた。そして、少し経って、口を開いた。
「...探してきてよ、鍵。庭師か何か...持ってるんじゃないの?」
ぶっきらぼうに言い放つダイナの言葉にリリがダイナの首を掴んで、玄関へ歩みを進めていく。
「ちょっと!離してよ!痛くはないし、落ち着くけれど不自由なんだから!」
その抗議も虚しく、体を揺れ続けた。
ギリギリと腕が痛む。強く腕を掴まれ痛みが続く。
「痛...痛い、離して下さい!」 (結衣)
貴婦人は何も答えない。やかて、強く腕を掴んだまま、頭上にパテベラを振り上げた。
悲鳴だけが個室に響いた。
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「えっと...こんばんは」 (凪)
凪が目の前の男性に話しかける。モデルのような顔立ちをした男性も何も言わなかったが、会釈を返した。
「...誰?」 (光流)
「い...一条、イトです...」 (イト)
「一条イト?そう...僕、濱田光流。よろしく」 (光流)
「ああ、どうも...赤っぽい黒い髪の、男の子を見ませんでしたか?さっきまで、いたんですけど...」 (イト)
「...へぇ...」
チャシャ猫が少し黙る。
「あ...そこの猫さん、前に見ましたよね?」 (イト)
「...それは、どこで?」
「小道で...」 (イト)
「へぇ、残念だね。覚えてないよ。来た道を探せば、見つかるんじゃないの?」
「そ...そうですね。有り難うございました」 (イト)
そのままイトと名乗った男性は小道を引き返して進んでいく。
それを見送りながらチャシャ猫が大きく尻尾を振って、残った二人に話かけた。
「じゃあ、行こうか。カエルの合唱隊を抜けた先に劇場があるんだ。
そこのチケットを取ってきた、さぁ行こう」
「何の劇場なの?」 (凪)
「さぁ?古い劇場だから、分からないよ」
「そんなところに何があるの?」 (光流)
「うーん...光流なら、何があると思うんだ?」
「...そもそも、ここがどんなところなのかが分からない。ずっと踊らされている感じ」 (光流)
「良い見方だ。なら、正解を探そう。さぁ、歩いて」
また、チャシャ猫が促した。
二人が同じタイミングで一歩を進めたのを見て、「劇を見た後に、感想を聞かせてよ」と言葉をかけた。
チャシャ猫の尻尾に巻かれた二枚のチケットが風で揺れた。