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大好きな喫茶店のお兄さん
目線:倉橋萌花(Kurahashi Moka ) 高校生
登場人物:依沢優希(Yorisawa Yuki ) 大学生
(結構長めです。)
喫茶店「ROSE」には大学生のお兄さんがいる。茶髪で丸い眼鏡をかけたお兄さんが。私はその人に会うために毎日そこへと通う。
私が喫茶店のドアを開けると、カラン、コロン、とドアベルの優しい音が店内に響く。
「いらっしゃいませ。」
とお兄さんの甘くて優しい声が私の耳朶に優しく響く。あぁ、いい声だな。誰もがそう感じるだろうと思うほど。生ける天然記念物に任命されてほしい。そう心の中で思う。
いつもはお気に入りの席に座るのだが、今回はカウンター席に座り、メニュー表を開く。
「ご注文、何にいたしますか?」
いい声すぎる...。私はそう思う気持ちを表情に出さないように一生懸命心に押し込む。悩みに悩んだ結果、苺を練り込んだシフォンケーキとアールグレイティーを頼む。
「この組み合わせ、美味しいですよね。少々お待ちください。」
そうお兄さんはへにゃりと微笑んでくれた。どうやらお兄さんの微笑みは破壊力のレベルは天井を超えている。これは死人が出る。罪状は尊死連続発生罪だろう。何とも罪な人だ。
「お待たせしました。シフォンケーキとアールグレイティーです。ごゆっくりお過ごしください。」
お兄さんがトレーを片手に私に向かって微笑む。お兄さんの甘々イケボによって私の穢れた心が浄化されていく。天界から舞い降りた天使かなと時々錯覚するほどだ。そして、おまちかね実食タイムだ。お兄さんの入れる紅茶やコーヒーはいつも美味しい。お兄さんの甘みが程よく染み込んでいるかのよう。
今日も甘くてほっぺがとろけるほど美味しい。シフォンケーキの素朴な甘みと苺特有の甘さが混ざり合い、より一層美味しくなっている。シェフを呼んでくださる?というお嬢さまの気持ちがよくわかる。作った方に五つ星をあげたいレベルだ。
「美味しそうに食べる方ですね。」
お兄さんが私の顔を覗き込むようにして、話しかける。私のきゅんきゅんメーターがMAXに到達する。やばい。その声で数多の人を天国に送っていそうなくらい。しかも、お兄さんの吐息が耳にかかっている。何とか変な顔にならないように答える。
「とっても美味しいですよ。ここの喫茶店のものは全部美味しいです!」
興奮気味にそう言うと、お兄さんはくすくすと微笑む。お兄さん、その笑顔は反則ですよ。
「喜んでもらえて何よりです。実はどちらとも僕が作ったんですよ。」
やらかした。もっと味わって食べればよかった。後悔の文字が頭の中でぐるぐると踊る。
もう半分も残っていない。しかも写真も撮っていない。
「もっと味わって食べればよかったな...」
はっと口を塞ぐ。しまった。心の声が勝手に口から出ていた。お兄さんの方を見ると、お兄さんは目をぱちくりさせていた。
「そう言ってもらえて嬉しいな。今度またご馳走するよ。」
そう言うお兄さんは背後に後光が光っている。こんなに話せるとは思ってもみなかった。こんなチャンス二度と来ない!そう思い、勇気を出してお兄さんの名前を聞く。
「あの、お兄さんのお名前なんて言うんですか!」
恐る恐る聞くと、お兄さんは花が咲いたように微笑み、優しい声で答えた。
「依沢優希っていうんだ。よろしくね。」
あぁ。もう幸せすぎる。今年の運全部使い果たしたかも...。私は心の中で昇天する。
その後、お兄さんからLINE交換のお誘いがあり、無事に尊死した。
ちなみに、私がこの喫茶店によく来るなと思っていたらしい。認知ありがとうございます。
それからお兄さんと話すことが増えた。お菓子のことだったり、美味しいコーヒーの淹れ方だったり、そんな些細なことを話す。時々お菓子を作ってくれたりもした。
私はいつしか、気さくで明るくて優しくて、そんなお兄さんを好きになっていた。話せることが嬉しくて楽しくて...私の世界は薔薇色に輝いていた。
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そんなある日、私はお兄さんと楽しくおしゃべりをしていた。
カラン、コロンとドアベルが店内に鳴り響く。
「Hi! Yuki! Good afternoon!」
1人の女性が店内に入ってきた。外国の方だろうか。とても美形だ。
「もぅ。サラったら。君、日本語話せるでしょ?」
お兄さんは大分砕けた口調で女性に話しかける。サラさんと言うのだろうか。
「ユキ、ごめんってば。ちょっとからかいたくなっただけよ。」
流暢な日本語で話し始めた。舌をペロっと出していて、お茶目な方なんだろうなと思った。
「あ!あの子がモカね。会ってみたかったのよぅ!」
私の頭ははてなでいっぱいになる。どうして私のことを知っているのだろう。こんな人には会ったことないけどな。記憶を探っているとお兄さんから話しかけられる。
「ごめんね。萌花ちゃん。この子はサラ。僕の大学での友人なんだ。驚かせちゃったよね。」
お兄さんは謝っていたけど、素敵な女性だと思った。サラさんと話してみると、私のことはお兄さんから聞いていたらしい。私のことを話してくれているなんてと嬉しくなる。
「ユキはね、君のこと、可愛い妹みたいな存在だって言ってたわよ。」
「何言ってるのサラ!ごめんね。萌花ちゃん。気にしないで〜。」
私はそう言われた瞬間、喉に魚の小骨が突き刺さるような感覚がした。お兄さんにとっての私は、"可愛い妹"でしかなかったってことだ。 お兄さんはきゃーと顔を真っ赤にしているけれど、私はどうすればいい?恋愛対象として見られるには。
苦しい、辛い、痛い。
ぐるぐると頭がまわる。このままではまずい。本能的にそう感じた。
「すみません。用事があるので今日はここで失礼します。」
お金をおき、店を後にした。
それから数日は喫茶店には行けなかった。
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久々に喫茶店へ来た。少し足を踏み入れるのが怖いけれど、震える手でドアノブを掴む。
カラン、コロン、といつものドアベルの音に少しばかり安堵を抱く。
「いらっしゃませ。...って萌花ちゃん!?ちょっと話したいことがあるんだ。ここに座ってて。」
お兄さんはぽんぽんとカウンター席を叩く。
話したいことって何だろう。もしかして私のお兄さんに対する恋心がバレたのだろうか。それはまずい。冷や汗がつぅと背中につたう。
「これ僕の奢り。この前不快な気持ちにさせちゃったよね。ごめんね。」
これはバレたのだろう。覚悟を決めてお兄さんに向き合うことにした。当たって砕けろ、そんな言葉があるように。
「ごめんね。この前可愛い妹って言っちゃったでしょ?サラから言われたんだ。」
ゴクリと息を呑む。サラさんにお兄さんへの気持ち気づかれてたんだ。たった一回会っただけなのに。勘が鋭い方なのだろう。
「萌花ちゃんはもう立派なお姉さんなのに。そんな子供扱いされたらそりゃ怒るよね...本当にごめん。」
お兄さんへの恋心バレてはいなかった。てっきりバレたかと思っていた。同時にお兄さんは鈍感な方なんだろうなと思った。そこさえも愛おしく感じる。
「ふふっ。そんなことで怒りませんよ。風邪をひいていて来れなかったんです。」
お兄さんはホッと息をつき、安堵している。不安にさせてしまったなと少し反省する。その後は、今までの空白を埋めるようにたくさん話した。
新しく知ったのが、サラさんは日本人とイギリス人のハーフであり、英語も日本語も堪能であることだ。
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学校の帰り、喫茶店へと寄ってみる。喫茶店へと足を踏み入れると、お兄さんとサラさんが楽しく話していた。
「こんにちは。」
私がおずおずと話しかけると、2人は顔をパァァと明るくした。話を聞くと将来のことについて話していたそうなのだ。
「お兄さんが将来したいことって何なんですか?」
そう問いかけると、お兄さんは顔を赤らめ恥ずかしそうに答える。
「僕の夢はね、イギリスに自分の喫茶店をつくることなんだ。それで卒業したらイギリスに行こうと思ってる。」
お兄さんは照れていた。イギリス、日本から遠く離れた場所にある。お兄さんは行ってしまうのだろうか。私は迫り来る現実に寂しさを覚えた。お兄さんが大学を卒業するまで残り5ヶ月。私はどうなるのだろう。
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一月になった。母方の祖母の家に行ったり勉強をしたりと忙しく、あまり喫茶店へ行けていなかった。久しぶりに店内へ入ると、お兄さんはおらず、サラさんがいた。
「モカ。久しぶり。」
サラさんは明るい声で挨拶をする。私もそれに返し、サラさんの隣に座った。コーヒーを片手に最近の近況を色々と話した。
「モカってユキのこと好きなの?」
サラさんは直球に聞いてきた。やはりサラさんは勘が鋭いようだった。私がすっと目を逸らすとサラさんは頷く。
「やっぱりね。」
私が答えずともサラさんはわかってしまったようだ。サラさんがため息を吐き、真剣な瞳でこちらを見つめる。
「いい?ユキへの思い、告白するなり何とかしてその恋心に決着をつけなければ、後悔に駆られるわ。恋とはそういうものよ。ちなみに私には婚約者がいるから安心していいわ。」
流石大人のお姉さんだ。私と比べて経験が豊富なのだろう。
決着をつけないといけないのか。もう残り1ヶ月。私はこの恋を片付けることができるのかだろうか。そのことはまだ誰も知らない。
その後、お兄さんは喫茶店へ一度も来なかった。店長によると、大学が忙しく、辞めてしまったのだと。LINEもできずにいた。
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ピロリン、とスマホの着信音が鳴り響く。スマホを覗き込むと、お兄さんからのLINE通知だった。素早くスマホを手に取ると、私はLINEを開いた。
<「来週、イギリスへ行くことになりました。もしよければ明日会えないかな??」
私はすぐさま返事をし、明日の服装を選ぶ。久しぶりにお兄さんに会える。明日が待ち遠しい。
お兄さんとの待ち合わせ場所は喫茶店『ROSE 』ではない、他のカフェになった。
そのカフェはROSE の重厚な雰囲気とは違い、モダン調のおしゃれなカフェだった。
「萌花ちゃん、待った?」
お兄さんは手を振りながらこっちへ走ってきた。
お兄さんの服装は白いシャツにコートを羽織っているシンプルな服装だった。言わずもがなかっこいい。私は黒のスウェットに赤チェックの茶色いミニスカート。少し浮かれすぎたかな。心の中で1人反省会を開く。
「服装、似合ってるね。可愛いよ。」
お兄さんは天使の微笑みを浮かべる。その微笑みは最初と全く変わっていない。そのことに少し安心感を抱く。
店内に足を踏み入れると中は明るく、丸いシーリングライトが所々に吊り下げられ、大きな窓がおしゃれだった。でも、『ROSE 』の重厚なTHE ・レトロみたいな雰囲気の方が私は好きだ。日光が明るく差し込む席に座り、メニュー表を開く。
「何頼む?今日は僕の奢りだよ。」
最近、金欠だったのでありがたく受け取っておく。私はカフェラテとプレーンのパウンドケーキを、お兄さんはアメリカーノとバスクチーズケーキを頼む。
「ごめんね。最近忙しくて、連絡できなかったんだ。急遽、イギリスへ行くことになったんだ。こんなに早く行けるなんて思っても見なかったよ。」
そうお兄さんは嬉しそうに語る。目が輝いていて、イギリスに行けてよかったねという気持ちと寂しい行かないでほしいという気持ちが入り混じり、自分でもよくわからない感情が胸中に渦巻く。
「良かったじゃないですか!夢への第一歩ですね!」
私は努めて明るく答えた。それはもう満面の笑みで。その笑みは本物でもあり偽物でもある。
「萌花ちゃん、無理して笑ってる?」
お兄さんは心配そうに言った。どうしてこんなところには敏感なのかな。人の恋心には鈍感なのに。
「そりゃあ、少しは寂しいですよ。お兄さんと離れるんですから。」
これは私の本心。でも、好きなんです。どうしようもなくあなたのことが。たった一言、されど一言。私は一言を伝えることができない。今好きということを伝えれば必ずお兄さんの重荷になるから。夢へ向かって突き進むお兄さんの障害物になるのは嫌だ。
お兄さんはふっと微笑む。
「ありがとう。そんなことを言ってもらえて嬉しいよ。」
あぁ、この人は眩しいな。近いと思っていたけど、私とは遠く離れている。
寂しい。叶うことならもっと一緒にいたかった。
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今日はお兄さんがイギリスに行く日。
私は早めに起き、支度をする。空港にお見送りに行くためだ。
今日は一段と支度に時間をかける。身体が重いのもあるが、お兄さんの晴れ舞台でもあるからだ。
今日は灰色のパーカーに黒いミニスカートに白のオーバーニーを添える。
少し地味くらいがちょうどいい。まるで私の失恋を表しているかのように。
「いってきます」
そう声をかけ、私は空港へ向かう。このいってきますは忘れられないものとなるだろう。
ガタン、ゴトン、と私は寂しい気持ちを抱え、電車に揺られる。
空港に着くと、お兄さんはいた。
お兄さんは静かに佇みながら、本を読んでいた。いつもとは違う雰囲気に少しどきりとしてしまう。お兄さんは私を見つけると微笑み、手招きをする。私はお兄さんの元へと走る。
「わざわざきてくれてありがとう。もうすぐ出発なんだ。」
お兄さんは嬉しそうにそう語った。お兄さんはもう遠いところへ旅立つんだ。私には行けないようなところへ。遠い遠いところへ。そう思うと涙がぽろぽろと溢れてきた。涙が溢れ出してきて止まらない。そんな私を見たお兄さんはおどおどと慌てる。こんな時まで困らせてしまっている。涙を止めなきゃと思っているけど、そう思うほど溢れ出す。私はとうとう声を出して泣き始めた。
「うぅ、うわぁーん。お兄さんが行っちゃうの寂しいよ。うぅ。」
寂しさを抑えきれない。そうすると、お兄さんがぽんぽんと頭を撫でた。上を向くと、お兄さんは優しく微笑んでいた。
「大丈夫だよ。LINEだってできるし、時々日本にも帰ってくるよ。約束。」
お兄さんは私に小指を差し出してきた。私はその小指を優しく握る。幾分か私は落ち着きを取り戻す。黙ったままの静寂な時間が過ぎる。
「そろそろフライトだし、行かなくちゃ。」
私の指をそっと放し、手を振った。私は涙を拭い、満々の笑顔でお兄さんに手を振りかえした。お兄さんはキャリーケースを持って搭乗口の方へと向かって行った。
私はお兄さんの姿が見えなくなるまでそこを見つめた。お兄さんの座っていたところの温もりを感じながら。
お兄さんの乗った飛行機はイギリスへと旅立った。お兄さんは日本にもういない。手の届くところにいない。私は喪失感に苛まれ、空港でひとしきり泣いた。もうこんなに泣くことはないってくらいに泣いた。
悲しい。辛い。寂しい。
そんな感情で心の中がぐちゃぐちゃになる。涙でいっぱいの目で空を見上げると、飛行機雲が空に北西の方角へと浮かんでいた。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
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