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とある写真会で
5月。
ザァザァと木々が揺れ、生暖かい風が肌に当たる。一面エメラルドのように真緑な…はずの景色。相変わらず、この白黒な景色も見慣れてきた。
昆虫を撮ろうの会。3ヶ月ぐらいに一回行われる、いつもなにかに時間を取られている財団職員にとっては癒やしの時だ。
周りをゆっくりと見回す。あるものはスマホを。あるものは俺と同じような一眼レフで写真を撮っている。またあるものはビデオで他の職員を写したり。各々、色んな楽しみ方をしている。自分も、なんやかんやで楽しもうとしているわけだ。…昆虫は苦手だけど。
色んな考えを、さぁ俺も楽しむぞ、と片付け、カメラを両手で握る。丁度眼の前に広がっていた花の中のうちの1つ。一輪の花。その近くにのっそりと寝そべり、サングラスをキャップの上にかける。|花《被写体》が映る画面を目に食い込むぐらいにみて、じっとその時を待つ。シャッターボタンに人差し指を乗せ、
--- 今だ ---
そう感じたときにシャッターを切る。
パシャ、といつもと変わらない機械音が鳴った。
何百もやったことある行程を、わざわざ言い聞かせなくてもいいだろ、と思いながらゆっくりと立つ。なんでも他人事に考えてしまうところが、俺の癖なのだろうか。
サングラスをかけ直し、カメラの画面を覗く。おう、上出来だ。
カメラを首に掛け、さぁ次はどれを撮ろうかと後ろを振り向いた。
「あ」
「え」
バッチリと目があってしまった。数秒はそのままで、どちらも動こうとしなかった。
だいぶ小柄な女性。スーツの上にコートを羽織っていた。マフラーを巻いていて、隈のひどい目が俺をじっと見つめている。
「あー、角宇野、さん?」
記憶の中で出会った人物を辿り、恐らくそうであろう人物の名前を呼んだ。
「はい、角宇野です。会ったこと、ありましたっ、け。初めまして?」
彼女は細い首をひねる。
「初めまして…じゃない、と、思います。」
必死に記憶を探る。確か、2週間ぐらい前に売店であった。
彼女はそれを聞くと、カバンから日記帳を取り出す。
角宇野さん、確か職業柄、記憶処理を受ける回数が普通の人より多くて、記憶が中々継続できないんだっけな。日記帳に書いてなんとかしてるって聞いたけど、アレが噂の日記帳か。
「えっと、えっと、あっ……
その、お久しぶりです。」
俺のことが書いてある所を見つけたのか、彼女は素早く日記帳をバックにしまった。
「あの、良ければ、写真、見せてもらえますか?」
一度会ったことがあるとわかり安心したのだろうか、いきなり間を詰められて少し顔が強張ってしまう。
写真を見せてもらえませんか?
こう聞かれるのはよくあることで、自分もよく慣れていたはずだ。そもそもこの会の目的が財団内の職員との交流なわけだし。
自分が財団内の|撮影技師《カメラマン》ということもあると思うが。
「あ、今、撮った写真だけでも、大丈夫なので、」
「あぁ、これですか?」
先程撮った青い花の写真を見せる。
彼女は数秒画面をまじまじと見た。
うわぁ…と、思わずこぼれ出た様な声を出す。
「これ、ここに咲いてる花ですよね」
彼女が、足元に咲いている花を指差す。
森の中、やけにそぐわない、花畑のように咲きそろう花。
「あぁ、はい、これです、ね」
ぼやぁと花を見つめる。
この花、どっかで見たことあるんだよな。
「勿忘草、ですかね」
ぽろりと口に出していた。
「勿忘草…」
彼女が感心したように呟く。
「あぁ、この花、この花、勿忘草って言うんですか。」
自分に話しかけたのか、独り言で言っているのか、分からないぐらいの小ささで話す。
「なにか、この花と関係でも?」
思い切って話しかけてみる。
彼女は、今度はバックからスマホを取り出した。少し指先を動かしたあと、こちらに視線を向け、静かにへへ、と笑いながらスマホの画面を見せる。
「この写真、いつ撮ったかわからないんですけど、アルバムの中にあって。撮らなくちゃ、と急いで撮ったのは覚えていて…」
画面の中には、自分が先程撮った花と(おそらく)同じ花が写っていた。
「…綺麗な花ですねぇ…鮮やかな青色の花。」
彼女は俺の写真と自分で撮った写真を見比べる。
そうか、鮮やかな青なんだなー、と俺は考える。
視界が狭まるキャップだって、色が白黒でしかなくなるサングラスだって、今すぐ外してしまいたい。外して、この鮮やかだという青を、色の世界を、もう一度みたい。
みたい、が。
やはり、心ではいくらそう思えても、体が受け付けないのが現実。視界の隅が黒く染まり、体が震え、耳鳴りがする。「暗闇」、「空白」への恐怖が、一気に襲いかかる。不安が、俺を半狂乱にさせる。例えるなら、無装備のまま、武器を持った敵の陣地に入ったときの様だろうか。
だから俺は、視界を阻めるキャップを被る。サングラスを掛ける。
これが|俺《甘梨和明》だ。安心しろ。
「…キレイですねぇ、この森も。」
彼女の声が聞こえ、ふと我に返った。
彼女の言葉のままに周りを見渡す。
肌寒いが、それがちょうどいい。
白黒でもわかるコントラストを頼りに、めいいっぱいの自然を感じる。
風の音。葉がかすれ合う音。空が見えないほど埋め尽くさていれる木々。職員の笑い声―。
自分が財団職員なんて微塵も感じさせない風景。
「たまには外に出たらいいんじゃないかって、遠野さんに進められてきてみたんですけど、来てよかったです。」
満面に微笑みながら、彼女は吐息のような声で言った。
「…そうですね、また一ヶ月後にはやるんじゃないですか?」
「そうですか、次も行ってみようかなぁ」
「気分はらしには丁度いいもんですよ」
「気持ちいいですもんねぇ」
異常と隣合わせの|職員たち《俺たち》。
今日ぐらいは、こんな会話も許してくれ。
カメラマン 甘梨の人事ファイル
http://scp-jp.wikidot.com/author:aisurakuto/aisurakuto2016
角宇野記録官の人事ファイル
http://scp-jp.wikidot.com/author:hasuma-s/Hasuma_S2017