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𝙱𝙾𝚄𝙽𝙳𝙰𝚁𝚈
グロックはとても、丁寧だった。まるで僕を産んで死にいった母のような母性を持ち合わせた人だった。
赤ん坊の頬を撫でるような掌で、髪や首を撫で、指は体温を忘れ、触れられる度に、僕の皮膚だけが恐怖に支配されることを手放していくようだった。撫でられているはずなのに、なぜか確かめられている気がしていた。
生きているかどうか、まだ柔らかいかどうか、壊れていないかどうかを。
グロックは僕の呼吸に合わせて微かに頷き、吐く息のたびに、安心したように、ほんの少しだけ指に力を込める。まるで呼吸をやめた瞬間に、そのまま撫でる行為が別のものに変わってしまうのを、僕のように恐れているかのように。
「大丈夫さ、フォボス」
その声は、慰めではなく、宣告に近かった。掌は、母が与える温もりというよりも、土に埋める前に形を整える人の手つきに似ていた。優しく、丁寧で、しかし決して迷わず、僕が僕であるように。
守られているのではない。戻されているのだ。声も意思も持たない、都合のいい重さへと。
そして気づいたときには、撫でられているはずの首元が、ひどく強く強く抱きしめられていると言い換えられるぎりぎりの圧力で、確かに、逃げ道を失っていた。失うほかなかった。不思議とその時、怖いとは感じなかった。
僕が映るのが怖いと言って布のかけられた鏡も、鋭さを持ち合わせたのが怖いと言って先の丸くなった鉛筆も、大量の穴という穴が怖いと言って穴すらも潰すように塗りつぶされた壁紙も、足音が怖いと言って床一面に敷き詰められた絨毯も……その時ばかりは、何故か今までていた怖さが懐かしく、心地良く、寂しく思う。
生まれつきの恐怖に支配されたパニックを逃がすように対処するのが、グロックがそう動いた後に与えてくれる安らぎへの扉のようだった。
まるで、グロックがいなければ、僕は恐怖に食い殺されてしまうような気がしていた。
仄暗い部屋の中で、微かな光を漏らすカーテンをあげ、けたたましく音を鳴らす世界を見る。
いつから、外に出なくなったのだろう。そう思うだけで、恐怖は再度支配される。
幸いのところ今、ここにグロックはいない。彼がいたなら、どう言ったのだろうか。
そうまとまらない思考の中で考えていく内に、後ろから声がした。
「あんなに騒がしくて、光に満ちた場所で、君はどうやってその繊細な恐怖を守るつもりだい? ここなら、僕と二人きりなら、誰にも邪魔されずに震えていられるのに」
その声にニヤけ面を隠そうともせずに後ろへ振り返るも、グロックの姿はない。
これは一体、どういうことだろう。グロックは確かに、そこにいたはずなのに。
あの甘やかしは、快感の入口は、恐怖から抜け出す扉はどこに?
恐怖心は、まだ……。