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2-2
排除ではなく、依頼は収束させること。
少年は覚悟を決めて歩き出す。
聳え立つ高層ビル、巨大な赤煉瓦倉庫、歴史ある市庁舎、遠く伸びるベイブリッジ。
白い霧に覆われた街は、妙に静まり返っている。
人がいない。
いくら深夜とはいえ、ショッピングモールで華やぐ繁華街にも、観覧車のある遊園地にも、海に近い公園にも、人の姿が見当たらない。
ただ白い霧が立ち込める、異様な雰囲気があった。
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--- 2-2『少年と獣』 ---
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「……なーんか、変な感じがするんだよな」
街を歩きながら僕は呟く。
異能が使えないのは予想内だから別にいい。
でも、静かすぎる。
聞こえる音も、石畳に反響する自身の足音だけ。
ただ、白い霧が人のいない廃墟のような街を隠している。
「……やぁ」
僕は足を止めて、声を掛ける。
振り返ると同時に鋭い金属音が辺りに響き渡った。
僕のナイフは其奴に当たっていないようだ。
跳ね返して距離を取った僕は、相手の姿を確認する。
「え……?」
驚きを隠せなかった。
ナイフを握る手が緩む。
僕と変わらない背丈。
もちろん、髪の色も同じだった。
でも、其奴の姿はまるで━━。
「━━アリス?」
次の瞬間、辺りに幾つもの鏡が現れた。
同時に異能の姿も消える。
どの鏡から出てくるかは分からない。
「……ッ」
ナイフを構えたけど、蹴りの勢いを消さなかった。
そのまま僕は水平に飛ぶ。
ガラスを破り、建物内へ転がり込む。
破片が刺さったりして、血だらけになった。
「僕に蹴られた人は、こんな気分だったんだね……面白いことを知れた……」
アレは僕から分離した『|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》』かな。
もし『|不思議の国のアリス《Alice in wonderland》』も分離していて、此処に来たら厄介すぎる。
そんなことを考えていると、目の前に鏡があった。
鏡から伸びてきた拳はギリギリ避けれる。
考えている暇はない。
走るしかないな、これ。
🍎🍏💀🍏🍎
どうにか撒けた。
鏡で索敵しようにも、この霧では見えないはず。
「……にしても」
結構な怪我だな、僕。
いや、出血が多いだけで見た目ほどの傷ではない。
ただこの状態で一夜越すのは、一人じゃ難しい。
ため息をつく僕の耳に入ってきたのは━━。
「獣の、唸り声」
それだけじゃない。
遠くから何度も破砕音が聞こえている。
ま、人のできる所業ではないよな。
とりあえず壁に手をついて立ち上がる。
「異能力『月下獣』」
「異能力『夜叉白雪』」
建物の影から見えたのは、そう叫ぶ二人の姿。
でも、何も起こらない。
敦君は虎に変わらないし、夜叉白雪も現れない。
それぞれ驚いている間にも獣の唸り声は聞こえた。
「━━走るよ」
二人の腕を強く掴み、駆け出す。
一瞬見えた獣の正体は判らないけど、闇の中その瞳は光っていた。
コンクリートと鉄と石。
時が止まったような無機物で出来た街を、僕達は走る。
背後から轟音と白い煙が上がり、例の獣が道路や車に体当たりをしながら追ってきていた。
衝撃にアスファルトが割れ、土煙が巻き起こる。
細かい礫が背中に当たるのを感じながら僕達逃げた。
車をバリケード代わりにして逃げても、細い路地に入っても、方向を急に変更しても。
謎の獣は車を薙ぎ払い、ビルを吹き飛ばし、素早い動きで追ってくるし、回り込んでくる。
宙を飛んだ車が大破して、ビルの壁が盛大に崩れ白煙を上げた。
逃げても逃げても、獣は僕達を諦めない。
執念深く追い回してくる。
圧倒的な力と速さに、僕達は為す術がない。
「鏡があればまだ……」
無いものは仕方がない。
息を切らして、手を引き続ける。
捕まったら一生の終わり。
彼らをこんなところで死なせるわけにはいかない。
「鏡花ちゃん、敦君を頼んだよ」
「ルイスさん!」
このままでは追いつかれる。
だから、少しでも足止めをしないといけない。
「あーう!」
間の抜けた声が、交差点に響き渡った。
敦君の声、だよな。
少年は霧の効能を整理し始める。
黒き影を退け、ある場所へと向かい始めるのだった。
次回『少年と自殺の真相』
とりあえず探偵社に向かうためには“足”が必要だ。