公開中
#3 仲間と競争
初配信からおよそ一ヶ月。VTuber「リオナ・シエル」として活動を始めた白坂凛音は、少しずつ「日常のリズム」を掴みつつあった。毎晩のように机に座り、配信の準備を整える。二時間ほどの枠を取り、雑談したり歌を歌ったり。視聴者は十数人から多くても三十人程度。まだ小さなコミュニティだが、常連が定着してきて、チャット欄の雰囲気も賑やかになりつつあった。
──けれど、その頃。彼女には新しい課題が立ち塞がっていた。
「みんな、こんばんは!今日はね、なんと、初めてのコラボ配信なんです!」
配信開始直後、リオナはいつもより明るい声を張り上げた。画面には、彼女のアバターの隣にもう一人のVTuberが並んでいる。
「やっほ~!LUMINA PLODUCTの元気担当、紗月ルナでーす!」
金色のツインテールに、ぱっちりとした瞳。見るからにアイドル的なデザインで、声も弾むように明るい。同期デビューしたメンバーの一人だった。コメント欄が一気に流れ出す。
〈ルナちゃんだ!〉
〈同期コラボ待ってた!〉
〈かわいい二人組!〉
「今日はね、二人でゲームやっていくから、みんな楽しんでね!」
笑い声を交わしながらゲームを進めていく。ルナの快活なトークは、場を華やかに盛り上げ、コメント欄もどんどん沸いていく。
〈ルナちゃん面白すぎw〉
〈リオナちゃんのツッコミかわいい〉
〈二人のコンビ最高!〉
──楽しい。
確かに楽しかった。だが、凛音の胸の奥には、少しだけざらつく感情が生まれていた。
(…やっぱりルナちゃんはすごいな。)
彼女の明るさは自然体で、コメントを拾うのも上手い。笑わせる間も、声の通り方も完璧だ。リスナーたちの熱狂が、ルナに集まっていくのが分かる。
対して自分は──。相槌やツッコミに徹するばかりで、主導権を握ることができない。
(私…このままじゃ、ただの「相方」になっちゃう。)
コラボ配信は盛況のうちに終わった。最大同接は百人を越えた。今までのリオナの配信では考えられない数字だった。
けれど、その後のことだった。事務所のグループチャットに通知が届く。
〈今日のコラボお疲れ様!ルナちゃんの同接すごかったね!伸び代ありそう!〉
マネージャーの何気ない言葉が、凛音の胸をひどく締め付けた。
(…私の名前、出なかった。)
別に責められたわけじゃない。むしろ「二人のおかげ」と言われてもいいはずだ。けれど、目立ったのはルナだった。
凛音は机の上に顔を伏せた。耳の奥で、リスナーの言葉が蘇る。
〈ルナちゃん最高!〉
〈リオナちゃんもいいけど、やっぱルナちゃんだな~〉
──やっぱり、比べられるんだ。
---
数日後。もう一人の同期、花守ことはがソロ歌枠を開いた。
「ことはちゃん歌上手すぎ!」「鳥肌だった!」「これで新人とか信じられん!」
アーカイブを覗いた凛音は、思わず息を呑んだ。透明感のある歌声に、コメント欄は称賛で溢れている。登録者数も、リオナをすでに追い抜いていた。
──胸が苦しい。
同期は仲間。支え合う存在。そう信じていた。
だが、現実は違った。同じ事務所に属しながら、互いの人気を競い合うライバル。数字で測られ、比べられる存在。
「…私だって…。」
凛音は握りしめた拳を見つめた。もっと面白い企画を考えなきゃ。もっと歌を練習しなきゃ。もっと、もっと…。
画面の中で輝く仲間たちを見ながら、彼女は心の奥で焦燥を燃やしていた。
---
その夜の配信。リオナは必死に明るく振る舞った。声を張り上げ、笑いを絶やさず、いつも以上にコメントを拾おうとした。
〈リオナちゃん今日めっちゃ元気!〉
〈雰囲気変わった?〉
リスナーの言葉に胸を撫で下ろしながらも、心は安らがなかった。
(…これでいいの?私、本当に楽しめてる?)
画面に映る自分のアバターは、満面の笑みを浮かべていた。だが、その裏側で、白坂凛音の唇は固く結ばれていた。