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第三話:銀の時計と、鉄拳の記憶
第8の面々を見送った後、ふとした拍子に灯の指が、防火服の内側に隠した銀の懐中時計に触れた。
冷たい金属の感触が、十数年前の熱い記憶を呼び起こす。
「……また、その古臭ぇ時計いじってんのか」
隣を歩く紅丸が、横目で灯の手元を捉えた。
「いいじゃない。これ、お父さんの形見なんだから」
「わかってるよ。……お前がそれを握りしめて、迷子になってた時のこともな」
5歳の頃。
灯籠の灯りだけを頼りに、泣きじゃくる紅丸を迎えに行ったあの日。
灯の手には、止まったままのこの懐中時計があった。
「――お前ら、いい加減にせぇ!!」
回想の中に、地を揺らすような怒号が響く。
先代大隊長・新門火鉢だ。
若き日の紅丸と灯は、浅草のど真ん中で大喧嘩を繰り広げ、屋台を三つほど叩き壊した。その直後、二人の頭には特大の拳骨が落ちた。
「破壊しか能がねぇバカ丸! 逃げ回るだけのチョコマカ女! 浅草を壊してんのは焔ビトじゃなくてお前らだ、表へ出ろッ!」
そのまま正座させられること三時間。足の痺れが限界を超えた頃、火鉢は灯の懐中時計を指差して言った。
『灯。その時計はな、時間を刻むもんじゃねぇ。お前が“今、ここに居る”ってことを刻むもんだ。紅が暴走しそうになったら、その時計の針みたいに、お前が引き戻してやれ。……わかったな』
その言葉が、今の灯の「ノールックガード」の原点だ。
紅丸の隣で、彼を繋ぎ止める鎖になる。それが灯の選んだ生き方だった。
「……何しんみりしてんだ。腹減ったろ」
紅丸の声で現実に引き戻される。
「火鉢の親父にどやされた後は、決まってただろ。……行くぞ」
二人が向かったのは、馴染みのうどん屋だ。
カウンターに並んで座り、紅丸は無造作に自分の丼から、灯の大好物である「甘いお揚げ」を彼女の皿へ放り投げた。
「……はい、仲直り」
「謝りなさいよ、一言くらい。……でも、ありがと。いただきます」
紅丸は「チッ」と顔を背けたが、その耳たぶがわずかに赤い。
二人の間には、言葉にできない「粋」な仲直りの儀式が、今も変わらず息づいていた。
🔚