友の小噺

「ゼウス！」 どうかお願いだ、と親友は言った。 火を、分けてくれと。 創り出した人間たちの為に。 「人は闇の恐怖に怯え、寒さに震えている。だから…」 火があれば救えると、親友は言った。 本当にそうだろうか。 火とは恐ろしい。 暖かいと云うことは、熱く、触れるものを灼くと云うこと。 焼くことができると云うことは、融かすことができると云うこと。 照らすことができると云うことは、傷つけることができると云うこと。 道具と武器は紙一重。 使い道を誤れば、悪い方向へと進みかねない。 悪い方向へと進む彼等を、この優しすぎる親友は、静かに見ていられるのだろうか。 親友が苦しむ姿は先の戦いで沢山だった。 彼曰く、この未来は既に“見て”いたらしい。 誰がどのように勝利し、敗北するのか。 自分の兄、父が誰に敗北し、どのような罰を受けるのか。 そして、どのようにすればその未来を実現できるのか。 それを延々と考え続け、とらわれていた。 自身の儚い命を与える力に怯え。 先見の力によって狙われ。 先見以外は目立った力もないと落ち込み。 それでもこちらに味方をした。 クロノスが統治する世よりも、自身の親友が統治する世の方が善いのだと信じて。 呑み込まれた神々や理不尽に罰せられた神々が戻ると信じて。 彼奴は他人のことを考えてばかりだ。 彼自身の先見の力に振り回されてきたと云うのに。 火など、与えられるはずがない。 嗚呼、でも。変わらないものもあるのだろうか。 否、馬鹿らしい。人は不変ではない。 後日、アポロンからプロメテウスに火が盗まれたと云う報告が届いた。 END