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幕間四 「勘だ」
「俺は別の方面から探る。ルークは全体の補助をしてくれ」
ルーカスが動きやすいようにそう言って、フィンレーは誰を頼るか思案を始めた。
情報屋ハイドのところへ行くのは必須。後はそれぞれの街で一人ずつ人間を雇って、怪しい動きがないか監視させる。
「奴らの仕業の可能性もある。気をつけろ」
思案の傍ら、ルーカスに警告はしておく。ルーカスなら大丈夫だとは思うが、念のため。
「承知しました」
家族としての顔の代わりに、組織の厳正な上下関係が顔を覗かせる。この公私混同を避ける在り方は好ましいが、もっと弟として兄を頼ってほしい気持ちもあった。
扉が閉まると、フィンレーは椅子から立ち上がった。通常業務は溜まる一方だが、今すぐやらなければならないものは終わっている。
裏社会の人間と顔を合わせる日程を考えながら、窓の外へ飛び込んだ。もちろん、いないのがバレると面倒なので。
裏路地を右に左に何回も曲がったところに、ハイドはいた。
「よう。一つ良いか」
ハイドは怪しげな商品を広げ、フードを被って客を待つ露天商の格好をしていた。
「いらっしゃい。寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 何でもあるよ」
そうして手を広げたハイドに、フィンレーは低い声色で言った。
「邪神と関わりがある黒目黒髪の青年。名前はノル。情報はあるか」
その声にハイドは表情を変えて、
「なあ、毎度思うんだけどよ、なんで場所変えてもすぐに来んだ?」
情報屋としての顔で、純粋な疑問をぶつけた。
「勘だ。それより、情報を」
「そんなに急いでるってこたあ、よっぽどってわけだ。そういえば、この前ルーカスがノルとやり合ったって話を聞いたなあ。知ってたんで?」
ハイドがあえてフィンレーの神経を逆なでするように、本題と関係がありそうで関係があまりない話を口にする。
フィンレーはその話に乗ってきた。
「あんなことがあったし、ルークならやりかねねぇとは思ってたが」
「まあ、あれだけ邪神を憎んでいれば、そりゃあ突然攻撃することもあるか。むしろ、一度は仲間として迎え入れたってんで、手心を加えたっつーのが信じらんねえよ」
「あそこで殺せば情報が取れねぇと考えたか、ルークの優しさか。いずれにせよ、俺のルークの自制心はすげぇ」
「弟自慢はやめろ。つーか、あんなこと、ねぇ。あんたも当事者だろうに」
「個人の感情より、もっと優先すべきものがある。そんだけだ」
「ありふれた言葉のはずなのになあ。あんたが言うとそうは聞こえねぇ」
ハイドは軽く冗談めかして言った。
「んで、ノルの居場所か? つーこたあ、行方知れずなのか。ルーカスが不用意なことしたせいで、見切りつけられたんじゃ?」
ハイドはノルが行方不明になったことを知らなかったようだ。
有益な情報を得られるか怪しい。
フィンレーは期待するのをやめ、ハイドの言葉を待った。
「おまえさんのお仲間――ああ、|人間界《こっち》じゃねぇ、|魔界《あっち》だ――が、最近新しく幹部を迎えたって話だ。新入りなのに幹部だとよ」
「……」
フィンレーは無言で続きを促す。その圧力に耐えかねて、ハイドも真面目に話し始めた。
「見た目とかは分かんねぇけどよ、魔力量が多いっつーことだけは分かってる。馬鹿みたいな量してんだと。ノルみてえによ」
「他には?」
「俺が知ってんのはそんだけだ」
フィンレーは静かに目を瞑って一瞬だけ考え、
「ありがとよ。対価は?」
「いつも通り、おまえさんの勘を提供してくれ。……わりいな、大した情報じゃなくて」
「ないのとあるのとじゃ大違いだ。気にすんな」
フィンレーは、本当に落胆していなさそうな明るい声で言った。
「んじゃ、次に俺が行くべきなのは?」
「うーん、そうだな。西か南か。南西ってとこか」
「南西ね。分かった」
何の根拠もないフィンレーの言葉。しかし、ハイドは大切な命令でも記憶に刻み込むかのように、それを口の中で何度も反芻した。
「もう一つ、良いか?」フィンレーが指を一本立てた。
「なんだ?」ハイドが意外そうに聞き返す。
「お前の潜入調査員を何人か貸してほしい。ノルの捜索に使いたい。殺されるかもしれねぇが」
「ああ、そんなことか。もちろん良いさ」
フィンレーの頼みをハイドは快諾した。
「どこの街に放つか教えてくれ。近くの者を向かわせる」
「魔界の奴らの拠点がある場所全てだ」
ハイドの顔が険しくなった。
「何人かに収まりきらねえだろ」
「そんなに難しいことじゃねぇ。大半は俺が潰したからな」
常人には到底不可能なことをさらっとやったと言ってのけたフィンレーに、ハイドはあろうことか舌打ちした。
「ちっ、情報は掴んでたが、やっぱおまえさんか。つえぇし勘は鋭い。逆に何ができんのか、そもそもできねえことがあるのかすら疑わしい」
「できねぇこと、か。いっぱいあるぜ。今なら、ノルの失踪を防げなかったことだ」
「普通のやつは失踪を防ぐなんて大真面目に考えはしねえ。やっぱり、おまえさんはへ……おもしろいやっちゃ」
ハイドが「変な奴」と言いかけたのをフィンレーは聞き逃さなかったが、何度も問い詰めていれば会話が進まない。
「それで、できるのか? できねぇのか?」
フィンレーは脱線しかけた話を元に戻し、静かに問いかけた。
「ああ、ああ。分かった。やってやんよ」
「ありがとう」
ハイドがやけくそ気味に言うと、フィンレーは笑顔で感謝を告げた。
「それで、報酬だが……さっきと同じで良いのか?」
「いや、いらん」
フィンレーの申し出を、ハイドは断った。
フィンレーは静かにハイドの顔を見て、打算の類がないのを見て取ると、
「なぜ」
「さっきので十分だからだよ。十分な情報をやれんかったし、二つ合わせて一つ分だ」
ハイドはそこでふっと表情を緩めて、
「強いて言うなら――今後もご愛顧よろしく」
「ああ、もちろんだ」
「ところで、運試しはどうだ? やらねえか?」
「やろう」
フィンレーの返事を聞いたハイドは、店の隅に置いてあるルーレットに被せられた布を取り、
「赤か黒か」
「赤」
間髪入れず、フィンレーが答えた。ハイドは何も言わず、ルーレットに静かに玉を投入する。
フィンレーが予想した時点で、既に結果はほぼ分かっていた。二人とも、あまり期待せずに玉の行方を見つめる。
「黒だ。残念」
ハイドは平坦な声で言った。
「これで何回目だ?」
フィンレーにからかい半分で聞く。
「さあ。二十を超えたところから数えるのをやめた」
「ふっ。ここまで来ると、ある意味神がかった運の悪さだな」
「じゃあ、もう一回」
「あいよ。今度は運試しじゃねえんだよな?」
フィンレーはうなずきながら、玉をルーレットに放り込んだ。
少し考え、
「赤だ」
先ほどと同じ宣言をする。
玉は赤から黒へ動き、だんだんと速度を落とす。
やがて、黒で動きを止め――ず、残った力全てで赤に移った。玉は、もう動かない。
「当たりだ。百発百中、おまえさん、やっぱりその勘の代わりに運が悪くなってるよな?」
「否定はしねぇ」
「さて、お客さん、何か見ていくかい?」
「これをもらおうか」
フィンレーは硬貨を一枚弾き、古びた首飾りを手に取った。
「毎度あり」
次回予告。
計画の成就に向けて、最後のピースを手に入れたノルは、人形を使いこなす訓練を始める。
「敵を見つけた」
次回、4-5 模擬魔獣の排除