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その男、死神につき
世界において、価値があるものは金だけではない。
記憶
視力
身体の一部
あるいは――誰かを想う心さえも
己を形作るすべてのものが、何よりも尊く、
そして同時に、賭けの対象となり得る
ある男は言った
「この街で何かを得ることはない、あるのは失うことだけだ」
一角のカジノ施設、
其処には創立以来無敗の男が存在する
彼を前にした者達はみな何かを失い姿を無くす
**死神、人はそう呼んでいく**
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日が落ち、夜の中央区にはネオンが照らされ始める。色とりどりの光は街に渦巻く空気を甘く包み込む。まるでそこすべてが美しい楽園かのように。
「賢くんお疲れ様〜。悪いわね、学生なのにこんな時間にシフト入れてもらってて。」
「いや、寧ろ高くて願ったり叶ったりです。」
店長に軽く頭を下げ、自分の制服を素早く着こなしていく。俺の名前は賢、カジノの併設物であるバーのホールである。学生の身に置きながら、ギャンブルで破産。未成年は金以外を賭けることは違法である為、難を逃れるが親金を含めた借金なのには変わりなく、高校を中退しこの場所で借金を返すのに勤しんでいる。
「あっ、そういえばあの人のウイスキー出してないわね。」
「あの人?誰か有名人でも来るんですか。大体ギャンブル中毒の異常者ばかりでしょー。」
グラスを吹きながら店長は呆れ果てた目で俺を見る。この目は此処で働く前もよくされていた気がする。続けざまに店長が口を開く。
「よく言うわねー、いずれ魂抜け取られちゃうわよ」
「死神さんにね。」
「死神、?それってあの__ 」
__カランコロン__
「あら、いらっしゃい。いつもので大丈夫?」
「嗚呼構わないよ」
若干賑わいを見せてくるバーから現れたのはくたびれた黒のスーツを纏う男。足を一歩踏み出す、するとさっきまではっちゃけ騒ぐ輩共が一斉に静かになった。言われなくても分かる、異常であるこんな状態。
(あー怖すぎ怖すぎ、さっと関わらないで仕事を済ませよう)
「賢くんあれよ、あれが死神さん。」
死神、その話はよく聞いていた。自分を借金にまで追いやった男は、彼と戦いその後誰も行方を知らないらしい。創設以来無敗の男、数々の肉を食らい続けているのだろう。
「賢くん賢くんっ、」
後ろからなぞるように肩を触られる感触で振り返る。嫌な予感がするがもう遅い。店長の手には先程取り出したウイスキーが、背後にはにたにたと笑う下衆なバカ共。
「…俺掃除回りますね。」
「いいのよ〜それよりもいい仕事があるの…ね?」
革靴による足音は迷いもなく奥のカウンターへと向かわせる。新聞を読み漁る客の前に、宝石を扱うよう丁寧と用意していたものを差し出す。
「お待たせしました、此方いつもの、で合ってますか?」
「うん、ありがとう。」
氷がグラスにぶつかる音が俺と彼の場を繋ぎ止める。グラスを手に持ち飲む男の顔を覗く。見た目は40代後半、目元は少し三白眼寄り、なのにどこか清潔感を感じさせる。なんて大したことない営業職、そこはかとなくそう思った。
「お客さんはよくこの場所を?」
「まぁね、この木曜日は必ず来るようにしてるんだ。このバーはあっちの本格的なカジノとは違って落ち着いているよとても。」
「そうですね、俺もそう思います。」
「賢………さんだっけ。盗み聞きで申し訳ないけど学生さん?」
「はい。でも木曜は今日が初めてなだけで、他の日は慣れっこですよ。」
男の視線が刺さるため右下に俯く。中退してることは言わない事にした。パリン、後方の座席でガラスの割れた音がした。先程まで静かだった常連が再びふざけ始めたのだ。店長が駆けつけ破片を掃除し始める。
「あちゃ、少し喧嘩でもあったのかな。」
「………どうっすかね。」
「それよりもお客さん。ギャンブル強いらしいじゃないですか。バーでよく噂聞きますよ。」
「困るなぁ、全然そんなことないから。」
全然話に乗らない男に少しのイラつきを覚える。懐からトランプを取り出し机に乗せる。カジノスタッフの初期装備だ。
「俺と勝負しませんか?内容は至って簡単、High&low。高いか低いか、当てたらお客さんの勝ちってことで。」
ずっと目を合わせなかった男が初めて顔を上げた。話を乗せるのには成功したみたいだ。
「未成年とギャンブル………お金は大切にだよ?」
「お客さんも賭けたくて来てるんですよね。そういわれる筋合いはありませんよ。」
「んー…けど正直やる気はおきないかな」
此処まで乗せてもまだ男は首を縦に振らない。気が弱いのか、帰る支度をし始めた。最後の切り札を使うしかなさそうだ。
「分かりました分かりました。なら、互いの秘密、これでどうですか?」
「君、未成年は犯罪だって知らないの?」
「お客さんが毎回訪れる理由を知ってる…そう言ったらどうですか?」
勿論知ってるなんて事は嘘である。ただのカマかけに過ぎなかったが予想は意外と当たり、男の顔が一瞬曇る。すぐに前の人当たりよさそうな表情に戻ったが目元は前と比べて何処か暗い。
「いいよ、やろっか。」
「ありがとうございます。では、お手柔らかに。」
薄暗い室内に嫌な熱気が籠る。凍る背筋を悟られないよう、賭け専用のVIP席へと案内していった。
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high&low
このゲームはディーラー,チャレンジャーの一対一で行う。チャレンジャーが先に手札を取り公開、続いてディラーが取る手札は公開せず、その手札が公開した手札よりも数字が大きいか小さいかを測る、至ってシンプルなゲーム。
扉を鍵で開けると中は高級品で埋め尽くされる甘美な物となっていた。男は感嘆の声を漏らすが、俺は溜めた息の方を漏らしたい。
「VIP席なんて……おじさんそんなお金持ってないよ?」
「大丈夫っす。店員が使うときは無料なんで。」
VIP席は特別にカジノのゲーム会場以外で賭け事が許されてる貴重な場所。目新しいものに興奮する年上男性を横目に、自分は速球にやることを始める。
「じゃあ俺がディーラー、お客さんがチャレンジャーで。」
「うん、わかったよ。」
中央にあるゲームテーブルはこの部屋と相反して殺伐としている。男の向かい側にして、頷きを確認しカードをシャッフルしていく。
何と表せばいいのだろう。生温い、といえばいいのか。目の前にいる死神とやらの男に自分は何一つ手応えを感じないのだ。客として通ってた頃からある、圧倒的強者の覇気。逆に此の男は何も感じない。今のこの状態にも何も疑いを持っていないように感じられる。
(所詮噂程度か、あるいは………)
「賢くん、カードを引かないのかい?」
「ああ、今引きますね」
混ぜ終えた手札から一枚上においてあるものを出す。
「うーん、Qか………」
「はは運が悪かったかもっす」
「じゃあ今度は僕の番かな、カードを貰うよ。」
Qを最初に引いてしまえば、Kがでない限りほぼ負けゲー。嫌な未来が汗と共に全身に巡る。
男はカードを受け取ると丁寧に、だが不器用さも感じさせながら切っていく。外野のバカ騒ぎも心臓のうるささか心なしに小さく感じる。
小さな息が零れ出る。男の口が開いた。
「此処は、いつも似たような人がいるよね。」
「そうですね、皆大切な常連様です。」
「僕も随分長く、此処にいる。だから他の人よりは少し物事を察する力が優れているんだ。」
どく、どく、どく、
やけに速くなる。俺は彼を見た。柔らかな微笑み、だけど目の奥の真実は決して透かさない。
覇気なんて要らないほどの恐怖、これが彼の本当の怖さなのか。
「君達、僕を使って何か賭けをしているだろう。」
「………」
一口、男に注いだお酒の瓶の残りをグラスに入れ飲む。俺が何も言わないことを肯定としたのか、笑みと共に手に持つグラスを取り上げられる。
「やっぱり、主催は店長といったところかな。」
「御名答です」
このバーは基本、どうしょうもない愚か者が群れる場所だ。散々なほど奪われて、それでもギャンブルという快楽に取り憑かれたどうしようもない奴ら。そんな彼らの欲求を満たすため、店長であるあの人はたまに。こうやってしょうもない競馬じみた賭けを始めるようになったのだ。
俺は主催された賭けの結果を行ういわばプレイヤー。運営にバレたら即解雇だが、自分自身も彼らと同じ様に取り憑かれてしまった側の人間。時給も上がるのでこうしてちびちびと行っているのだ。
VIP席には長い沈黙が訪れる。今回は失敗に終わった、そう店長に伝えておこう。
「じゃあバレたらしいんで勝負は終わりで。お金は後で後日運営と共にすり合わせるので是非とも内密に」
「いや、ゲームは続けよう」
「………はい?」
立ち上がろうとした体を男が呼びとめる。いつの間にかカードは再び混ぜ始めている。
「いや、バレましたしどう考えても俺の負けですよ?」
「君が持ちかけた話だろう?最後まで付き合ってくれよ。」
「でも秘密話しても何の特にもならないですよ?知ってるなんて嘘嘘。」
「なら僕の話を聞いてくれないかな。」
驚いた、こんなにも無意味なゲームにこだわる男だったのか此奴は。口元は今でも口角を上げている。だけど気の所為だろうか、少し、今度は寂しそうな顔だった。
「僕はね、実は一回負けているんだ」
「いや一回じゃないのかも。此処が始まる前に、何度も何度も、それは多分本当に愚かに。」
小さな雨粒のように、男は自身の過去を話し始めた。気付けば帰ろうとした体はまた男の方を向いている。勝負師としてでも、バーテンダーとしてでもなく、賢としての一人の人間として。
男の名前は竹中。竹中という人間は此処に来るまでの記憶が欠如していた。断片的であったり、丸ごとだったりとその様は確実に賭けで負けて失ったものなのだそう。竹中には家がある、それも一人暮らしには大きすぎるほどの。竹中の今あるはじめの記憶、それはその自分のものな筈な家の寝室からである。自分の好みではない本な観葉植物達、あまりにも幼稚過ぎる玩具だらけの一室、一変して酒缶灰皿転がる薄暗い部屋。陰と陽の対象的な部屋を目撃したそうだ。自分にとって、思い出せるのは最低限の個人情報だけだったらしい。そして寝室に戻ると、竹中は一つの写真を見つけたそうだ。
自分と、名前も知らない女と子供の写真
竹中は知らない、記憶にもない。なのにただ当たり前かの様に、その写真は立っていた。
「本当に分からないよね、自分が本当に賭けたのは記憶だけなのか。はたまた………なんてね」
情けない、竹中は自身に対してそう言った。
「探したいんですか、竹中さんは。………その二人を。」
「どうだろうね、記憶のない二人を愛せるかなんて僕には全く見当もつかないよ」
「だけど皮肉なことに、俺はそれでも失ったものは何か、探したいんだ。」
死神、何人もの大切な物を奪ってきた男はこんな理由の為に奪ってきたのか。この街で奪われるのは当たり前、たとえ勝ったとしても残るのは哀愁、失ったものを取り戻すことは叶わない。理解して理解して理解しても、俺も竹中も必ずカジノのドアを開ける。
やっと落ち着いたのか、男はテーブルに一枚のカードを置く。
「………High?or,low?」
「highで、お願いします」
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VIP席に残るのは空虚な空間だけだった。足音が一気にこちらに近づいてくる。恐らくあの人はもう帰ったのだろう。又胃が痛くなってきた気がする。
「賢くん生きてるっ?!って…………い、生きてる…?」
「はいはい生きてますよ、てか心配するならせめて口角隠してからにしてくださいよ。バカにしてるのバラバラです。」
唖然とする大人たちをおいて、俺はいち早く自身に課せられた元の仕事に戻ろうとする。手首を強く掴まれ、やはり逃げられないと集団の中に逆戻り。腕に巻き付かれて、お客さんの相手をしなくちゃいけない。
「餓鬼お前もしかして彼奴に勝ったのか?!」
「まさか、こてんぱんに負けましたよ。ハイアンドロー、Qに対してあの人ハイで勝ったんですよ?化け物過ぎるでしょ。」
そう、あの後竹中さんが引いたのはまさかのK。あそこまできれいな勝ち方をされてしまってはもう何も言えまい。
「なら貴方何あげたのよ、金なんてないでしょう?」
「ぇーっと、その……貸しということで。いつかあの人が助けてほしい時に無条件で条件を飲むという…契約、的な?借金みたいなもんです。」
「ほーんお前やっぱ永遠と奴隷なんだな。」
「うるさいです、貴方も借金奴隷でしょ。」
賭けの結果が納得いかなかったのか、輩達はもう一度カウンターに腰を掛け酒を嗜んでいく。命懸けの戦いをした年下に失礼すぎる。所詮、カジノに住まう大人達はこうやって何でもないことで賭けで、それを酒のツマミにして遊ぶのだ。あの時借金を作って負けた時点で、俺はこいつらの一生遊び相手になることが決まってしまった…みたいな。
店長から差し出された柑橘ジュースを一口啜る。バーの雰囲気からだろうか、少しアルコール風味な気がする。こうやってバカ騒ぎの人間をみるのは楽しい。そういう点においては、やはり俺もバカの一人なのだろう。
「最高のツマミありがとね賢くん」
「これ給料から出してくださいよね店長。」
「それは〜、どうかしらねっ。」
「で、どうだったのよ。あの人」
「あの人って?」
「はっ、生意気ね。あのお客さん、ほんとに死神だったの?」
「ははっ勿論死神だと思いますよ。
俺たちと同じく、愚かで可哀想な。」