公開中
執事の異変
どうも、このコンビが気に入ったので二作目です。
またか。と思いつつ刑事は森の中を走っていた。パトカーである。
インターホンを鳴らすと、今度は随分と取り乱したお嬢様が走ってきた。
「大変ですわ。お茶も執事さんもどうにかしてしまったのですの。困りましたわ」
「どうにか、とはどういうことですか?」
中には走り回る執事さんと、冷えたお茶が置いてあった。
「何があったんですか?」
「まず、執事さんがとんでもなく熱くなったんですの」
そのとき、執事が触った花が凍りついた。
「私には逆のように見えますが」
「ええ、執事が熱を吸い取っているようですの」
踊る執事の下から霜柱が上がっていた。
「お嬢様、見解を伺っても?」
「そうですわ。執事さんのところに特異点が発生しているようですの。こんな事象聞いたことがありませんもの。そうですわ、聞いたことがありますわ。これが、えんとろぴいが減り続けるということなのかしら。ねえ、刑事さん?」
いや、俺に聞かれても、刑事は心から思った。
「しかし困りましたわ。|私《わたくし》、機械の中すら触ったこともありませんの。こんな、わけの分からないものなんか直せませんわ」
多分俺より詳しいだろう、と刑事は思った。
「では、お嬢様、えんどろひーというのはどこで知ったのですか?」
「えんどろひーではなく、えんとろぴいですわ。昨日先生が言っていましたの。|私《わたくし》、こんなものを作った覚えはありませんわ」
そりゃそうだろうよ、と刑事は思った。今回は少々訳が分からない回のようだ。
「一つだけ、確認させてください。執事さんが来たのはいつでしたか?そのときは、どうでした?」
「普通でしたわ。そして、いつも通りお茶を入れたんですの。そう、|私《わたくし》が、あら、ぬるいですわ、といったんでしたわね。覚えていますわ。でも、それだけで特異点は発生しないと思いますわ。特異点というものは、もっと複雑なときに発生するのですわ」
「では、それはどういうときに発生するんですか?」
「|私《わたくし》、昨日家庭教師にこの話を聞いてきたのでよく知っていますわ。難しかったのは覚えていますの。喋るだけで発生するわけではなかったと確信を持って言えますわ」
「ええ、そうでしょうね。そこを何とか思い出してください」
そろそろ心のなかでツッコミを入れる事ができなくなった刑事が言った。
「特異点というものは、定義されたルールや方程式が適用できないとかそういう、ええと、通常とは際立って異なる特別な点や状況、でしたわね。何を言っていたのかよく分からなかったのですけど、文言だけは暗記してきましたわ。刑事さん、この言葉の意味が分かりますこと?」
記憶力が随分とおありのようだ。
「全くわかりませんが、そうですね。今日、いつもと違うことはありましたか?」
「いつもと違う。ええと、うちの執事さんはとっても真面目ですの。彼がぬるい紅茶を出すなんて珍しいですわ。それくらいですの」
それ、そんなに珍しいのか?と刑事は思った。
---
「ところで、特異点というのは、新しい方程式が見つかればなくなるんですね?」
「さ、さあ?よくわかりませんわ。」
「まあ、細かいことはどうでもいいので一旦そうだと仮定しましょう。もしかしたら、執事さんがぬるいお茶を出したのが当然だと思えれば、もとに戻るのではないですか?」
「なるほどですわ。すると、執事さんがぬるいお茶を出すのがありうるという証拠があればいいんですの?」
「あの、すみません」
声を出したのはベッキーである。彼女は出来る侍女らしく静かに立っていた。
「そういえば、セドリックさん、じゃなくて執事さんは昨日、風邪を引いてしまったと言っていましたよね?お嬢様」
執事の名前はセドリックだったようだ。
「そうですわね。風邪を引いていたなら間違えるのも無理はありませんわ。無理をしてでも来てくれた執事さんに感謝ですわ」
彼女はそう言った。
途端に執事、もといセドリック氏が普通に戻り、少し咳をした。
---
「あのう」
帰ってきた刑事は扉を開けるなり大声で言った。札束持参である。
「局長、私はオカルトは専門外なんですが」
他の刑事はおろか、局長しかいないため、思う存分声が出せる。きっと大きな事件でもあったんだろう。
「オカルトじゃないよ。あれはれっきとした科学だ、と僕は思うよ」
「何があったか知っていたなら教えてくださいよ」
「まあまあ、お嬢様は優秀な探偵助手役が欲しいんだ。答えを教えてしまったら野暮だと思うがね」
「というかそもそも、まだよく分からないんですがあれは何なんですか」
「お嬢様は少々、周りに影響を与えすぎるようでね。昔からよくあるんだよ。今日は誰がおかしくなったんだ?」
「執事の、セドリック氏ですね」
「なるほど、よく聞かせてくれたまえ。ちょうど皆隣町の連続殺人事件に駆り出されているから、思う存分話せるぞ?」
いや、応援に行かなくていいんですか、と刑事は思った。