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第9話:不吉の再定義と、国家の悪意
看病という名の甘い時間は、一通の漆黒の封筒によって終わりを告げた。
送り主は『魔法局・魔導遺物管理室』。
アネモネ・ロストに届いたのは、協力要請という名の、事実上の強制召喚状だった。
「……何よ、これ。今更、私に何を求めてるの」
食堂。アネモネの手の中で、封筒が震える。
彼女の「毒」は、かつては忌み嫌われた呪いだった。だが、戦争の火種が燻る昨今、その「悪意にのみ反応し、無力化する」という特殊すぎる性質を、魔法局のタカ派が見逃すはずもなかった。
「おい、アネモネ。顔色が悪いぞ。……まさか、俺様の看病で力尽きたか?」
ドットが心配そうに覗き込む。その後ろでは、マッシュが「それ、美味しそうなチョコレートの封筒だね」と見当違いなことを言っている。
「……別に。……ただの、事務連絡よ。万死に値するわ、本当に」
アネモネは咄嗟に手紙を隠した。
彼女は知っていた。ドットにこれを教えれば、彼は間違いなく魔法局を相手に暴れる。そして、彼の輝かしい未来を自分の「毒」で汚してしまうことを、彼女は何よりも恐れていた。
――その日の夜。
アネモネは寮を抜け出し、指定された中庭へと向かった。
そこには、冷徹な眼鏡をかけた魔法局の役人が、数人の護衛を連れて待っていた。
「アネモネ・ロスト。貴女の力は、国の盾となるべきものです。その『毒』を人工的に抽出させなさい。協力すれば、貴女の『ロスト(喪失)』という不名誉な家名も浄化してあげましょう」
「……お断りよ。私の魔法は、誰かを傷つけるための道具じゃないわ」
「ほう、随分と生意気だ。あの赤髪の少年とつるんで、自分が『普通の人間』になれたとでも思っているのか? 貴女は毒だ。毒は、隔離され、利用されるのが正しい在り方だ」
役人が合図を出すと、魔法の拘束具がアネモネを襲う。
アネモネは反射的に毒の茨を展開しようとしたが、足元から伸びた影が彼女の動きを封じた。
「っ……離しなさい! 万死に……値するわよ……!」
「無駄だ。これは対毒使い用の魔具――」
その言葉を遮ったのは、夜闇を切り裂くような爆発音だった。
「――おらぁ!! 誰が誰を隔離するってぇ!? 耳が腐ってんのか、それとも脳みそが沸騰してんのか!?」
燃え盛る炎を纏い、ドット・バレットが空から降ってきた。
その隣には、シュークリームを片手に、壁を壊して現れたマッシュの姿もある。
「ドット……! なんで……」
「隠し事なんて、俺様には通用しねえんだわな! お前の『毒』が国の宝だか何だか知らねえが、アネモネは俺様の『一生分の宝』なんだよ! 汚ねえ手で触んじゃねえぞ、コラァ!!」
ドットの額に、怒りによって紋章が浮かび上がる。
アネモネの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「……バカ。……本当に、バカね。四時間どころか、一生かかっても……返しきれないじゃない」
「返す必要なんてねえ! 黙って俺の後ろで守られてろ!」
魔法局という巨大な壁に対し、一歩も引かずに炎を散らすドット。
🔚