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途中5
心理描写ぐちゃぐちゃ
ほぼ説明文
(2/21)一話
ひばり幼稚園。僕が通っていた幼稚園。
そこで、仲良くしていた女の子がいる。意志の強そうな瞳が特徴的な子だった。苗字は忘れたけれど、名前は確か、みなみちゃん。本当に時々、みなみちゃんのことを思い出して、また会いたいな、なんてことを考えるのだ。
__だけどそれは、あくまで想像とか願望とか、そういうものだった。本当に再会できるなんて、再会してもみなみちゃんだと気づけるなんて、微塵も思ってなかった。
山岡みなみは、転校生として僕の学校にやってきた。
「山岡みなみです。幼稚園の頃まではこの市に住んでいて、一度引っ越したんですけど、また戻ってきました。よろしくお願いします。」
意志の強そうな瞳。芯の通った声。肩につくかつかないかくらいの黒髪。低い身長と、屈託のない笑顔から感じる愛嬌。僕の記憶のみなみちゃんと目の前の山岡みなみが、心の中で重なった。
山岡みなみの席は、僕の席の隣だった。
椅子を引いて腰掛けながら、彼女は僕に向かって微笑みかけてきた。よろしくね。そういう意味なんだろう。僕は思わず視線を逸らしながら、会釈を返した。
山岡みなみは、僕が僕であると気づいているのだろうか。忘れているのだろうか。それとも、名前も過去もたまたま似ているだけの別人なのだろうか。どの幼稚園に通っていたのか、休み時間になったら聞いてみようか…。
悶々と考えていると、チャイムが鳴り響いた。ほとんど同時に教室のドアが開き、理科の教師が入ってくる。
1時間目が始まった。
「あの。」
日直の号令の後、山岡みなみが声を上げた。理科の教師が「どうした?」と視線をこちらに投げる。
「転校してきたばかりなので、教科書がないんです。」
「あー、じゃあ、隣の席の沢田に見せてもらえ。沢田、いいか?」
僕は慌てて頷く。
「わかりました。」
山岡みなみが、ごめんねーと小声で僕に向かって謝りながら、机を合わせてくる。先生に指定された教科書のページを開き、机の間に置く。
僕はノートを開き、先生の発言や要点を手当たり次第に書いていった。
彼女から柔軟剤の良い匂いが漂ってきて、ドキドキしてしまった自分を、隠すようにして。
すぐ横から、女子中学生の体温が伝わってくる。そのことがひどく刺激的で魅力的で、危ない。
「ねえ。やま…おかさんって、幼稚園、どこ通ってた?」
3回目の休み時間になって、僕はようやく、山岡みなみにそう問うことができた。転校生を囲うクラスメイトのせいでなかなか話せなかったのだ。
彼女がもしひばり幼稚園だと言えば、目の前の山岡みなみは間違いなく、僕の記憶の中のみなみちゃんだと言える。
彼女は薄いくちびるを開いて、あっさりと答えた。
「えーと、ひばり幼稚園だよ。」
正直、あまり驚かなかった。僕は彼女の自己紹介を聞いた時から、ほとんど確信していたからだ。同一人物だろうと。
「でも、どうして?」
不思議そうに首を傾げる、山岡みなみ。みなみちゃん。艶やかな黒髪が合わせて軽く揺れた。
「同じ幼稚園かな、って思ってたから。」
「へえ。沢田くんはどこの幼稚園だったの?」
「同じだよ。ひばり幼稚園。」
彼女はわずかに目を見開いた。数秒経って、その頬に少しのピンク色が浮かぶ。
うかがうように、彼女は言った。
「沢田くんって、したの名前、なに?」
「ナツ。沢田ナツ。」
綺麗な形の口角がゆっくりと上がっていく。
「えっ…ナツくん? 本当にっ? あ…私のこと、覚えてる…よね? 同じ幼稚園か聞いてきたってことは。」
ああ、気づいてくれた。
心が充足感に満たされていくのがわかる。僕は目を細め、頷いた。「うん。」
「きゃあ、本当に? 私たち、ずっと仲良かったよね!」
声を高くして彼女は笑う。意志の強そうな吊り目が、笑うと垂れ目になって可愛らしい。幼稚園児の頃、ずっと一緒にいたのに、そのことに気づいたのはたった今だった。
見入っていると、彼女が僕の手を握ってきた。突然のことに、驚く。
「ねえ、ナツくんって呼んでいいっ?」
彼女の手は、僕のより柔らかくて、少し小さくて、指が細くて、暖かい。僕はそのふわふわに心を奪われ、彼女がなんと言ったのか理解できなかったけれど、何度も頷いた。
でも、彼女がやったあととても嬉しそうにしていたから、多分、良かったんだと思う。
(2/21)二話
山岡みなみが転校してきてから、1週間と少しが経った。
「ナツくん。」
あの日から彼女は、僕のことをそう呼ぶようになった。最初は戸惑ったが、すぐに気づいた。あの時彼女が問うていたのは、僕を名前で呼んでも良いかということなんだろう、と。
しかしだからと言って、慣れたわけではなかった。彼女の声で名前を呼ばれるたびに肌がぞくりと震えるし、それに不思議な心地よさを抱く。
彼女は僕に、「ナツくんも私のこと名前で呼んでよ。」とどこか不満げに言った。
「幼稚園の時みたいにー、みなみちゃんとか。」彼女のその提案に、僕は肯定も否定もできず、曖昧に濁すしかなかった。
クラスメイトに、2人ってどういう関係、なんて訊かれることが僕は少し怖い。平常心で幼馴染と答えられるか、不安で仕方ない。
山岡みなみはもう、みなみちゃんではない。心のどこかで僕は山岡みなみとみなみちゃんを分けていた。
僕は彼女のことを、幼馴染のみなみちゃんではなく、女子中学生の山岡みなみだと認識してしまっていた。僕は彼女のことを、異性として意識していた。
その事実を、僕は、彼女が転校してきてからずっと突きつけられていた。
「ねえ、ナツくんの家ってどこにあるの?」
掃除が終わり帰ろうとしていると、彼女に訊かれた。
「ひばり公園があるあたり。幼稚園の頃と一緒だよ。」
「へえ、遊びに行きたいなあ。」
彼女の何気ないような呟きに、僕の心臓がどきりと跳ねた。いや、この言葉に深い意味などないのだろう。昔と同じように、お互いの家を簡単にどこか軽率に行き来するような、そんな感覚なんだろう。
もし僕がここで、「じゃあ今から来る?」と言えば、どうなるのだろう。彼女は何も考えずに喜ぶのだろうか。それとも。
そんな想像をしながら、僕は「まあいつかね。」と濁す。
濁してばかりだなと思う。
「沢田とヤマオカさんって、付き合ってんの?」
ずっと恐れていた質問が、とうとう僕の友人から投げられたのは、彼女が転校してきてから1週間と少しがたった頃だった。僕はほとんど反射的に視線を下ろし、ちらりと隣の山岡みなみの様子を見やった。
彼女はきょとんとした表情を浮かべていた。
「なんでー?」
「すげえ仲良いじゃん。距離近いし。」
「そりゃ、幼馴染だもん。」
当たり前のように返す彼女に、救われたような気持ちになった。同時に心のどこかで、失望した。本当に僕は、彼女にとってただの幼馴染なのだと。
友人は納得していないような表情で首を傾げた。うっすらとしたからかいが読み取れる。
「けどもう中学生だろ。」
「うーんでも、幼馴染だもんね。ね、ナツくん。」
「えっ。あ、うん。そりゃ。当たり前。」
不意に投げかけられて僕はへらっと笑ってみせた。
僕たちはただの幼馴染だ。周りからそう見えなくても、僕すらそう思うことができなくても、彼女が信じている限り、幼馴染なのだ。
(2/25)三話
山岡みなみが転校してきてから、1ヶ月。彼女はもうすっかりクラスに馴染んでいて、むしろ中心人物になっていた。
それでも変わらず、僕のことをナツくんと呼ぶし、何かとひっついてくる。正直、悪い気はしなかった。彼女の糖度の高い声は僕の耳によく馴染んだ。
彼女の柔らかい体が触れると胸が一瞬跳ねて、僕は平静を装うので精一杯になる。やめてよ、とは言えなかった。僕が彼女のことを異性として意識している、とも、僕が彼女のことを拒絶している、とも、捉えられたくなかった。
ただの幼馴染と距離を保つ良い言葉が僕にはわからない。
僕らの仲は、幼馴染、では説明しきれないものらしかった。流石に距離近すぎでしょ! 何度か言われたことだ。最初は彼女も「幼馴染だから。」と言っていたが、だんだんとそれすらめんどうになったのか、最近はにこりと笑うだけになった。
肯定も否定もしないその反応に、僕は曖昧な不安を抱いた。
できれば僕の方がけろっとした様子でそのからかいに答えたかったが、そうもいかなかった。からかわれるたびに、僕の顔には図星みたいに熱が集中する。
「ナツくんー、いつになったらお家に呼んでくれるの。」
ことっと首を傾げ彼女は僕にそう問うた。夕方4時、一緒に帰宅している最中だった。
「え?」一拍遅れて僕は問い返した。
「お家、行きたいのに。」
不満げにこぼす彼女を見て、家じゃなくてお家って言うんだ、とぼんやり思う。
「…親が。」
僕は逃げるように親という単語を出した。
「…親に挨拶したいでしょ。でもうち共働きで、夕方はいないから、来ても意味ないよ。」
咄嗟にしぼりだしたにしてはなかなか良い言い訳だ。彼女は納得したようにそっかあと視線を落とし、数秒してまたあげた。
「じゃあ…逆に、うちに来る?」
上目遣いで見つめられ、僕は焦って、唾を飲み込みながら頷いた。
「へえ…ここなんだ。山岡さんの家。」
彼女の家は、最近建てられたばかりの大きなマンションだった。うん、と頷きながらマンションの入り口に入っていく彼女を慌てて追いかける。こういうマンションに行くことなんてないので、なんだか緊張してしまう。
「何回も言ってるけど、山岡さんって呼ぶのやめてよー。他人すぎ。」
「あ。…いやでも、流石に恥ずかしい。」
「思春期?」
「そうかな。」
「もう。」
エレベーターに乗り込む。彼女が「7」のボタンを押す。7階なんだな。7階って、一体どんな景色なんだろう。考えているうちに7階に到着したようで、エレベーターが止まり、ドアが開いた。
「私の部屋はね、703号室。」
軽やかな足取りで廊下を歩く彼女。そのたび揺れる黒髪。僕はこの揺れ方が好きだ。
「ここだよ。」
703と書かれたドアの前で、彼女は通学カバンを開き、鍵を取り出した。鍵穴に差し込んで回す。ガチャリ。
「入って。」
僕は声も出さずに頷いて、彼女の後に続き、部屋に入った。心臓がドックドックと音を鳴らしている。
異性の家。彼女が普段、生活しているところ。
🍷🍾