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栄養にならない
2025年8月12日〜
202個め(作品数)
2026/04/18 栄養にならない
「ねえ、わたしってね、あと半年しか生きれないの。」
「…へえ。」
人の少ない屋上でご飯を食べながら、目の前に座る唯ちゃんは言った。それがまるで当たり前のことを話しているみたいな口調だったので私も平然と返した。
どうせ何かの冗談だと思った。普通の高校生、普通に健康体、そんな見た目の唯ちゃんが余命半年だなんて、ちょっと理解できなかった。けれど彼女は、こんなタチの悪い冗談を言うような人じゃない。タチの悪くないような冗談ですら言われたことがないのに。それはわかっていても、どうしても信じられない思いの方が大きかった。
「脳の病気なの。手術とかできないんだって。」
唯ちゃんは自身のこめかみあたりを人差し指で押さえながら、どうして手術ができないのか不思議そうに、あるいは意味なんてないのか、首を傾げた。彼女のまんまるな瞳が私を捉える。それ自体はいつものことなのになぜか今だけは居心地が悪いと感じる。
「だから私、多分、修学旅行いけない。」
修学旅行は今年の2月にあって、つまり7ヶ月後だ。確かに本当に余命半年なら無理だろう。しかし私はまだその余命半年というカミングアウトすら信じることができていないのだ。
「ね、それって冗談なの?本当のところは。」
「本当だよ。私が今まで冗談言ったことある?」
「多分ないけど。」
「でしょう。」
でもこれが初めての冗談である可能性は?冗談の仕方がわからないからタチの悪いものになってしまったっていうただそれだけのものなのかも知れない。そんな私の表情を見てか唯ちゃんは口を開いた。
「このあいだ、早退したでしょう、私。頭痛もしたし吐き気もあったから。それで病院に行って病気が見つかったの。」
「あぁ、たしかに……。けどさ。」私は視線を唯ちゃんから外し宙を彷徨わせ、反論を探した。私がこんなにもしっくりきていない理由を考えた。「けどさ、唯ちゃんはすごい普通じゃん。ショックとかなさそうじゃん。」
「うーん。実感がないから。」
彼女はお弁当の蓋を閉じた。かちりという音が鳴る。その行動で私は今が昼休みであることを思い出し、残っている卵焼きとミートボールを見た。数秒眺めたがなんとなく食べる気にはならなくて蓋に手を伸ばす。
「余命半年が本当だとしたら、学校なんて来てちゃダメじゃん。」
ようやくちゃんとした反論ができた気がして、瞳だけ動かして唯ちゃんの様子を伺った。お弁当を布で包みながら彼女はどうしてか僅かに口角を上げていた。「学校…楽しいから。」それだけ述べて立ち上がる彼女に私は困惑する。
「お昼休み終わるから戻ろう。」
唯ちゃんは数歩だけ歩いてからこちらを振り返りそう言った。再び校舎の方に歩き出すその背中を、私は慌てて立ち上がって追う。彼女の髪の毛が風になびいている。形の良い頭は、とても問題があるようには見えなかった。
それでも私の心臓は、少しずつ早くなっていった。もしかしたら、本当なのかも知れない。唯ちゃんはあんな嘘言わない。本当だったら……私は彼女との距離を詰めていきながら想像する。真っ先に浮かんできたのは、修学旅行で孤立しちゃうな、ということだった。
唯ちゃんの隣に立って、そのつむじを見下ろしながら、彼女にだけ落ちている影が異様にしっくりくる。
窓から差し込む光が私にぶつかり、その影が唯ちゃんに落ちているだけの話だった。理解してから、まるで私が彼女を飲み込んでいるみたいと思った。飲み込んだとて、栄養になんてならないだろうに。
予鈴が鳴る。「あ、鳴っちゃった。」唯ちゃんは私を上目遣い気味に見上げた。まんまるの瞳に私が映る。死神か捕食者か、そんな顔がそこにはあった。
なんで屋上人少ないねん