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アステシアの探し物 3 静かなる氷と遠い日の残り香
更新遅れてごめんなさい!
パン屋の香ばしい香りが街路に溶けていく。
クレアはついでに買ったラスクを大事そうに頬張り、隣を歩くカイルは相変わらず、
「次の街に着いたら市場を見ようぜ! 掘り出し物の剣があるかもしれないしな」と、少年のような無邪気な願いを並べている。
ふと、シアの足が止まった。
銀髪の隙間から覗く白い瞳が、わずかに鋭さを増す。
「……シアさん?」
クレアが不思議そうに首を傾げたが、シアは答えなかった。
「カイル、クレア。そこを動かないで」
シアの声は、先ほどまでパンの温もりを共有していた時とは別人のように低く、冷たい。
路地裏の闇から、金属の触れ合う音が響いた。現れたのは、黒い鎧に身を包んだ五人の男たち。その胸元には、シアにとって呪いにも等しい「月の闇」の紋章が刻まれていた。
「見つけたぞ、アステシア。……いや、『死神』の看板を下ろして、おままごと中か?」
リーダーの男が、笑みを浮かべて一歩踏み出す。
「……非効率ね」
シアが氷のような声で言った。
彼女が一歩前へ踏み出した瞬間、石畳が悲鳴を上げた。足元から白い霜が広がり、寒気に支配される。
「カイル、クレア。耳を塞いでいて」
「なっ、やっちまえ!」
男たちが一斉に剣を抜き、殺到する。
だが、シアは眉ひとつ動かさない。彼女の脳内で冷徹な計算を始める。風の動き、敵の歩幅、殺意の角度。彼女が細い指先をスッと横に払うと、空気中の水分が結晶化し、数百の氷の針が虚空に静止した。
「――『千氷|《ちひょう》』」
シアの呟きと共に、氷針が流星のごとく降り注ぐ。
それは敵を殺すためではなく、武器を持つ手首を正確に居抜き、彼らは強制的に武器を下ろす。
絶叫の中、シアは男たちに接近する。
リーダー格の男が、焦りながらもシアを殴ろうとした。しかし、その腕は振り上げる途中で肘まで白く凍結した。
シアは男の胸元に、静かに掌を当てた。至近距離で見つめる彼女の瞳には、感情の欠片も宿っていない。
「……少し、冷やしなさい」
「――『脈打|《みゃくうち》』」
シアの掌から流れ込んだ魔力が、男の体温を直接を奪い去る。男は声も出せず、意識を闇の底へと落とされた。
崩れ落ちる男たちの横で、シアは銀髪を揺らしながら静かに立ち上がった。
戦闘時間は、わずか五秒。
路地裏には、宝石のように輝く氷の破片と、不気味な静寂だけが残されていた。
「シアさん……すごすぎて、言葉が出ないですよ……」
クレアが震える声で呟く。それは恐怖ではなく、あまりにも圧倒的な美しさへの畏怖だった。カイルもまた、抜こうとした大剣に手をかけたまま、呆然と立ち尽くしている。
シアは無表情のまま、自分の右手に視線を落とした。指先はまだ、かつての日常だった「死」の温度を覚えている。
(探し物は、まだ見つからない。けれど……)
彼女の視界の端に、地面に落ちた一枚の手配書が映った。そこには自分の似顔絵と、かつて自分を縛り付けていた組織の印。
シアはそれを拾い上げることなく、氷の魔法で粉々に砕いた。キラキラと舞い散る紙の破片は、まるで雪のように消えていく。
「……行きましょう。あまり遅くなると、宿の夕食が効率よく食べられなくなるわ」
シアは努めて平坦な声で言い、背後の二人に振り向いた。その際、わずかに視線を逸らしたのは、自分の瞳に宿る冷徹さが、二人の温もりを壊してしまわないかという、彼女なりの怯えだった。
「待てよ、シア!今の技、どうやったんだ?」
「あ、私も聞きたいです! あの氷の輝き、すごく綺麗でした!」
慌てて追いかけてくる二人の足音を聞きながら、シアは心の中で小さな溜息をつく。
彼女の歩幅は、先ほどよりも、ほんの少しだけゆっくりになっていた。それは、自分の中に残る「死神の残り香」を、夜風に洗い流そうとするかのような、微かな躊躇いでもあった。
戦闘シーン書いたことないからむずかった。