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藤夢 其の肆
私、泉鏡花が、今回の「夢の噂事件」の聞き込みを一段落終え、探偵社に帰ってきた時だった。
ピロン、と軽い音と共に携帯が震える。
|電子手紙《メール》がきたようだった。
送り主は賢治。私は内容を読んで驚きで目を見張った。
総じて潰れていく組織。長の不治の病、そして聞き覚えのある組織名……。
(夢浮橋……!)
潰れていった組織は、夢浮橋の毒牙にかかったものとして噂されていたところばかり。
依頼主の探し女と、この「夢の噂事件」──否、「夢浮橋事件」の異能者は、やはり同一人物だったのだ。
おそらく、依頼人は異能者を雇い、利益を得ていたのだろう。
虫唾が走るほど卑怯な手管に、使われた異能者への同情を覚えたが、ふと不思議に思った。
(けれど、表社会まで被害が出始めたのは依頼主の元から失踪した時期から)
裏社会にしか手を出してこなかった異能者。何故、失踪し表社会にまで手を伸ばしたのだろう。
異能を使役し、他人を堕とすという卑き愉悦を知ったのだろうか。それとも──
(否、此れは私の考えるべきことじゃない。だって、今、優先すべきことは……)
更なる情報収集、そして、敦とあに様とヨコハマの人々を、死なせないことだなのだから。
瑠璃の瞳に、決意と光を湛えた彼女を、白き夜叉がそっと見守っていた。
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ところは変わって。
此処は、ポート・マフィア本部内の廊下。
其処を進む或る人物の圧に恐れをなしたように、居る者達はさっと脇に避けていく。
カツカツと、苛立たしげに足音を鳴らす其の人物──芥川龍之介は、心底苛立っていた。
否、苛立っていた、という言葉で済むほどではない。
上司を救うことができていない焦燥感と、このような時でさえも牙を向く敵への憤り、そしてなぜかは知らぬ不安感がない混ぜになっている。
彼は自身の執務室前に到着すると、ドアを開けて鍵をかけた。
思考を誰にも邪魔されたくなかった。
上司であり、恩人の中也さんが目醒めなくなってしまってから、既に数日が経っている。
彼の方の姿は、特段変わった様子は見受けられないが、だからこそ焦っていた。
何故ならば、それはつまり異能の術中に嵌ってしまっていることを如実に表しているからだった。
此度の原因の現象であり、異能──裏社会では『夢浮橋』と呼ばれているものだ──は、術中の者に幸せな夢を見させる。
だが、其の夢から目醒めたものはこれまで誰1人としていない。
何故、どんな夢を見させるのかわかるのかと言えば、近頃、そんな噂が増えていたからだった。
(『夢の噂』……探偵社の連中は斯様に呼んでいた)
今回の事件は、武装探偵社と共同で行なっている。
其のため、彼方が調べたことも逐一此方に共有されているのだ。勿論、此方のものも。
同一犯であるという証拠も、既に取れている。
だが、肝心の術中の者を目醒めさせる方法は見つからないままだった。
「チッ……」
思わず舌打ちが漏れてしまう。
周りに誰もいなくて助かった。
誰か居ようものなら、その者は自分の殺意に当てられていたに違いない。
ふと、殺意を向けるとそれに嬉々として応戦してくる白い虎が脳裏に浮かんだ。
(人虎……)
彼もこの事件の被害者だという。
全く、仮にも探偵社の主力戦闘員であり、|双《コンビ》の前衛を務めるものがそんなに不用心で如何する|心算《つもり》なのだろう。
この苛立ちの半分ほどは、彼奴の所為やも知れぬ──芥川は思った。
自分と人虎は、大変不本意ながらも、新しい双黒として経験を積んでいる最中だった。
だが、斯様な状況になってしまっては、自分は思い切り動くことが──
其処まで考えてから、芥川はふと思った。
(人虎が居るから、思い切り動くことができるなど、思っている筈がない)
そんな筈がないのだ。
何故なら、自分は元は単独。
二人であったとしても自分は後方支援なのだから、一人で任務を遂行する時よりもやり難いはずなのだ。
なのに、何故。
(何故こうも|僕《やつがれ》は人虎の身を案じている?)
そう考えてしまうと、他のことも浮かんできた。
彼の任務後のお節介が言葉で言うほど嫌ではないこと。
共同任務が決まった時の、少しの気分の高揚。
そして今の不安と焦燥。
これまで、それを含めて彼を“憎い”“嫌い”だとしてきたが。
違うのではないか。
芥川は初めてそう思った。だが──
だからといって、この感情に名前をつけてくれる人が、彼の周りにいるわけでも無かった。
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「皆の報告から、依頼人が探していた女性は蝶壺と名乗っており、依頼人に利用されていたと見られることがわかっている。一ヶ月前ほどに蝶壺は依頼人の元から離れ、擂鉢街辺りにいたらしいが、証言以外の痕跡は見つかっておらず、発見されていない。また──」
私、太宰が聞き込みを行った翌日。
国木田くんが皆からの報告をまとめ、社員全員と情報の共有を行なっている。
流れるように喋り続ける彼の声を聞き流しながら、私は考えていた。
(警戒心の強い人物が、何故顔を覚えられるほどに同じ場所に通った? その|弊害《リスク》がわかっていないわけでもないだろうに)
占い師という人からは詮索されにくい職をし、顔も編笠で隠して生活していた人間。
そんな人間が何故、裏社会とは無縁の明るい町に足を伸ばし、同じ喫茶に通い詰めていたのだろう。
その喫茶が裏社会と通じていることも視野に入れて調べたが、そんな証拠はどこからも出てこなかった。
そもそもがチグハグなのだ。
自らを利用する人間から離れたというのに、似通ったことを自ら進んで行う。
裏から逃げ出したというのに、再び裏で生きる。
わかっている行動全てが、どこか噛み合っていない。
蝶壺という人間が全くわからない。
人間がわからなければ、異能を解く方法もわからない。
自分が触れても解けない異能、調べても何も出てこない人間。
顎に手を添えて考え込む私に、乱歩さんが話しかけた。
「太宰」
「はい?」
「何をそんなに考えているんだ?」
「へ?」
脈絡のない質問に目が点になる。
「だから、何でそんなに真剣になって考えているんだ? 貧乏揺すりまでして。」
「え」
言われてみてはっと気づく。知らず知らずのうちにカタカタと動かしていたことを知った。
音はあまり出ていなかったためか自分でも気づかなかった。
「何でそんなに余裕が無いんだ? いつもなら不真面目そうに仕事をするだろう?」
首を傾げる乱歩さん。不思議そうにしているが、薄く開かれた緑の瞳が楽しげに揺れているところを見ると理由を理解した上で訊いているのだろう。
だが、私だって自分でわからないものは答えられない。
言葉に詰まった私をみてさらに楽しげな色を見せたその人は、咥えていた飴を取ると話し出した。
「しかも、今回は君の大嫌いな素敵帽子くんが被害者だ。敦も絡んでいるとはいえ、お前なら面白がってわざと何も分からないふりをしたりするだろう。そうじゃ無いか?」
何をそんなに焦ってる? と流し目を寄越した乱歩さんに言葉を返せずにいると、その横の与謝野女医までもが話に入ってきた。
「そんなに敦が大事なのかい? いやァ、でも太宰はそんな後輩思いには思えないけどねェ?」
にやにやと笑いながら、小声ながらも面白がっている風を隠そうともしない先輩たちに苦笑いを返す。
「しかし、まあお前さんがそんな風になるとは」
「そんな風?」
「「高校生並みに初々しいって話だよ」」
「はい?」
二人して声を揃えて言ってくるとは。高校生並みに……子供っぽいと言いたいのだろうか? 何処が?
「何処がですか……」
「好きな子に真逆の態度をとっちまうところとかだろ? そこまで来ると小学生か」
散々な言われようである。しかし、それ以上に聞き捨てならないことがあった。
「否、好きな子って誰の事ですか」
「素敵帽子君/中原中也」
「へ」
一寸意味がわからない。私があの蛞蝓を好き? そんなことがあるわけがない。
ぱち、ぱちと瞬きを繰り返す私をみて、乱歩さんが心底気の毒そうな顔をした。
どういう意味だろう。
紅葉姐さんもだが、よく分からないことを言われても困る。
「おい、太宰! 聞いているのか!」
会議から意識を完全に違う方向に向けていたことが露見したのか、国木田くんからお叱りが飛んできた。
「はいはい、聞いているよ国木田くん。そんなに私に意識を向けて欲しいのかい? 熱烈だねぇ」
揶揄ってやれば再びお叱りが飛んでくる。何時もはそれで気が晴れるのだが、今日ばかりはそうはいかなかった。
ちらりと、元凶のお二方を見てみれば、既にお二方は会議へと意識を向けていた。
数十分後。
会議は終了し、皆思い思いに過ごし始めていた。
国木田くんや谷崎くんは早々に会議室を出て行ってしまった。
敦くんのことを、谷崎くんも同い年なだけあり少なからず心配しているらしく、いつになく仕事に励んでいた。
(私も戻るかな)
そう思い席を立ち、扉へ向かった時。乱歩さんとすれ違った。
「素敵帽子君は知らないけれど、敦には確かにあった筈だよ」
そんな言葉をこそりと囁かれた。
「そうですか」
私はそう返すと、扉を開けて部屋を出て行った。
(全く、此のお方は何処まで分かっていらっしゃるのやら。)
・
どうも、眠り姫です
やっと…やっとやつがれが出せた……!!
自覚させられなかった……次回! 次回では必ず!
だってここまで謎解きandだざさんの自覚布石パートだったんだもの!!
芥川、自覚気味になるの早くない? と言うのは、若いからです。きっと
あと、鏡花ちゃんってやっぱりイケメンじゃないですか?
藤夢、もうちょっと続きます
最後の展開は決まっている上に、藤夢以外の話も頭にはあるんですよ
(一個だけなので、もしかしたら出してほしい文豪を募集するかもしれません)
だけどさ、そこまでの流れが大変
ここの皆さんとか、支部の方々の才をひしひしと感じる今日この頃です
あと、あの、皆さんが話の流れをわかってくれているのか心配で
特に夢浮橋の話とかが……自分でも一寸あれで……
あの、分かりにくい!意味わかんねぇ!って思ったらコメントしてくださると……
どっかで解説入れます
では、ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝を!
(2025/9/17あとがき加筆)
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出して欲しい文豪など、送っていただけると幸いです
おすすめの作品名もつけてくれると嬉しいです!