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レアンドラ・バーンシュタイン
その言葉を聞いたとき、真也は自分の心が一気に冷えていくのを感じていた。
しかし、彼の心とは裏腹に、体は熱を帯びていく。そのことに戸惑う真也を見て、モネが優しく声をかけた。
「さあ、もう寝ましょう。今日は疲れたはずです」
モネに言われるままに真也はベッドに横になる。するとモネは彼の頭を優しく撫でてから真也の額にキスをした。
「おやすみなさい。真也」
真也は一瞬、胸が高鳴った気がしたが、すぐに眠りについた。
「お姉さま、どうしてお兄様を?」
「さあ、なんでかしらね」
「そうですか、お姉さまがそういうのであればわたくしは何も言いませんが」
「あら、あなたがそんなことを言うなんて珍しいわね」
「ええ、お姉さまが悲しんでいらっしゃるのに何もしないのは嫌ですから」
「ふぅん……やっぱりあなたは面白いわね」
「ありがとうございますわ」
こうして2人は、これからの真也のことを考えるのをやめた。
2人が考えるべきは、真也がどうすれば自分たちと楽しく過ごせるか、それだけなのだ。
そしてそれはモネも同じだった。彼は彼女達と違い、この先真也がどのように過ごしていくのか知っている。だからこそ彼は、真也を元の世界に返すつもりはなかった。
モネは真也を自分のそばに置いておきたかったのだ。
モネは真也に恋をしていた。それも、初めて会った時からずっと。
しかしモネは、真也を自分のものにしようとは思わなかった。彼はまだ子供だし、そもそも自分より弱い存在を自分の物にするなどという考えをモネは持ち合わせていなかった。
だが、彼のそばに居るだけで満足していた。
それなのに……ある日突然現れたレアンドラによって、真也は連れ去られてしまった。モネにとってはまさに青天のへきれきである。
レアンドラ・バーンシュタインは強敵であった。モネが今までに出会った中でも最強と言って差し支えないほどに。
その強さは、異能の強さだけではなく、彼女自身の心が強かったからである。
モネは彼女を尊敬した。それと同時に、嫉妬も覚えた。
そして、モネは思った。
自分も、真也に好かれたいと。モネは考えた。
自分は強く、美しい。しかし、それは外見だけの話だ。
内面は、どうだろうか。
モネは、真也のことを深く知ろうと努力した。しかし、いくら考えても、真也に好かれる要素を見つけることはできなかった。
モネは悩んだ。そして、モネは決めた。
彼を、自分に依存させよう。
そうしてモネは真也の心に自分を刻み込むことにした。
まずは手始めに、モネは真也を病院に送り込んだ。
モネは真也に、自分が異世界の医者であることを打ち明けた。そして、真也の病気は治せないことも。
モネはその事実を隠したまま、真也に自分の手を取らせた。
そしてモネは真也に、自分がなぜ彼の病気を治療できたのかを説明した。
それは彼がこの世界で目覚めてすぐ、彼の中に宿っていたピカソの力を引き出したからだと説明した。そして、真也はその力に目覚めたばかりなので、この世界でピカソの力を使うと死んでしまうと脅した。
その脅しに真也は怯えたが、彼はモネを信じることにした。それは、彼女が自分の味方であることを知っていたからだ。
しかし、それは同時に、真也がモネに依存していることを意味していた。
モネはその事実を利用し、真也の心を縛るために、真也にある提案を持ちかけた。
それは、真也が異世界に帰る方法を探す手伝いをする代わりに、モネは真也が帰る方法を探さないという約束であった。
モネはその約束を守りつつ、真也に元の世界に帰れる可能性を示唆した。
しかし、真也にはその方法が分からなかった。
モネは、真也が元の世界に戻る手段を持っているかのように振る舞い、彼を誘導した。
真也が元の世界に戻ると決心したその時から、真也が元の世界に戻ろうとする度に、その機会を奪った。
真也に自分の元に留まるよう説得したのもその一つだ。
しかしモネには、真也を無理やり連れて行くつもりは無かった。むしろ、その逆で、真也が自分でこちらに残ることを選んで欲しいと考えていた。
モネのその考えに、レアンドラも同意する。彼女は真也が自分たちの元を離れるのが怖かった。
彼女はレアンドラが苦手だった。いや、正確にはレアンドラの考え方が気に食わないといった方が正しいだろう。真也が自分のものにならないならばいっそ壊してしまう方が早いと考える彼女は、モネのやり方は甘すぎると言わざるを得なかった。
だから真也の目の前で、レアンドラは言った。『あなたが異世界に行く必要などありませんわ』と。そして、真也に向かって『お帰りくださいまし』と。
もちろん真也は断った。真也はレアンドラとモネの間で迷っていたが、それでも彼女の言葉を受け入れる気はなかった。
そしてモネも、その言葉を聞いて覚悟を決めた。彼女は自分の持てる全てを使って真也が帰らない道を選んだ。それはモネのエゴであったが、彼女は後悔していない。
その結果が今、ここだった。
真也の頭の中には一つの言葉があった。
(俺は……何の為に?)
しかしそれは答えのない問だった。なぜならそれは答えを出してはいけないものだから。真也の脳はそれを考えるのをやめた。しかし、真也の中に残る言葉は、決して消えることはない。
真也が異世界で目を覚ました日、彼を迎えに来た人物がいる。
その男は、彼の前に膝をつくとその顔を覗き込んだ。そして彼は言った。
「ようこそ真也さん。お会いできて嬉しいです」
「誰ですか?」
「私はレイと言います。真也さんのことは存じておりますよ」
「はぁ……どうも……」
真也の頭に?マークが浮かぶがそんなことを無視してレイと名乗った男は彼の腕を掴んだ。
「さあ、立ち上がってください」
言われるがまま立ち上がる真也の腕を握りしめたまま、彼は歩き出す。真也は慌てて声をかけた。
「あの!俺これから用事が!」
「心配なさらずとも、貴方の家族は皆無事ですよ」
「えっ!?本当ですか?」
「はい」
「よかったぁ……」
ほっとした顔を浮かべる真也に、レイは告げた。
「それに、真也さんのご家族は既に新しい住居へと引っ越しています」
「……はい?いやいや、ちょっと待って下さい」
あまりに突拍子もない言葉に、真也は戸惑うしかない。
「なにを言って……というかあなたは何者なんですか?」
真也の質問に対し、彼は振り返り笑顔を見せた。
「ああ申し訳ありません。名乗っておりませんでしたね。私の名は零、ただのしがない旅人です」
「旅人?」
「ええ、私の仕事はあなたのような迷い人を正しい方向へ導くことです」
「いやいや、意味が分からないんですけど」
「そうですか?では分かりやすく説明いたしましょう。
あなたは今、とても困っている。そうですね?」
「そりゃまあ……こんなよくわからない場所に連れてこられて……でもあなたが助けてくれるんでしょ?なら安心です」
「ふふふ……そんなことを言われたのは初めてです」
零は少し驚いたような表情を見せながら真也の手を引いた。
「さて、とりあえずこちらへどうぞ」
「あ、はい」
そのまま連れられた先は、どこかの家のリビングのようだった。
「どうぞお座りください」
「あ、どうも」