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25 廃れた村2
ただ、誰もいない村なのだが……何か変だ。
「なんか変じゃない?」
「それは私も思いました」
ネオの問いかけにリリが即答する。
「え~……こんなんじゃなかったけどなぁ……」
「だってニンジンにかぶりついてたんだもんね」
「黙れったら黙れ」
ミリアーナがすっと表情を変える。
「あ、わかった。魔力が流れてるんだ」
「「誰かいるってこと?」」
「そうじゃない?」
それに対してリリが「うーん」と言った。
「これは……人間の魔力って感じじゃないですね……なんていうか」
「妖精! 妖精だよ!」
「ですね!」
ミリアーナの即断即決に、リリが間髪入れず同意する。
……え、そこ即答?
「え、ちょ、ちょっと待って。妖精ってそんな簡単にいるものなの?」
私の問いかけに、ミリアーナは首を傾げた。
「うーん、普通はいないかも? でもここは流れがきれいだし」
「流れってなに!?」
リリがため息混じりに説明してくれる。
ありがたい。
「魔力の流れです。地脈、精霊脈とも言われますが……この村、地面の下を魔力が循環しています。人が住んでいなくとも、土地が生きている状態ですね」
「……そんな場所、廃れる?」
ルシアの素朴な疑問に、ミリアーナが少しだけ視線を落とした。
「だから、だと思う」
「……どういう意味?」
ミリアーナは答えなかった。
代わりに、指先で地面を軽く叩く。
――ぞわり。
足元から、空気が震えた。
「……来るよ」
その瞬間だった。
ひらり、と。
目の前の空間が歪み、淡い光が舞う。
羽音とも違う、鈴の音のような――澄んだ響き。
「……かわいい」
思わず口をついて出た。
小さな人影。
羽を持ち、透き通るような身体をした存在が、ゆっくりと宙に浮かんでいる。
「……妖精……本物?」
私が呆然と呟くと、妖精はくるりとこちらを向き。
「……侵入者」
澄んだ声。
だが、明らかな拒絶。
「この地は封じられている。主なき者が立ち入る場所ではない」
リリが一歩前に出る。
「敵意はありません。我々は旅人です。ただ通りがかっただけで――」
「嘘」
その瞬間魔力が増大する。
「来るよ! ネオ離れて」
とっさに行動できず、相手に魔法をためる時間を与えてしまう。
「ネオ!」
ミリアーナがぱっと私のことを抱えて、木の陰に連れていく。
「大丈夫? けがしてない」
「してない。大丈夫」
**ガキン!**
「ミリアーナ! 加勢して……っ!」
「……ネオじゃあれには勝てないから、防御魔法をずっと出していて。わかった?」
「わかった」
言われたとおり、私は必死に魔力を編む。
震える手で、胸の奥から魔力を引き上げ、透明な防御膜を張る。
**ガギィン!!**
次の瞬間、凄まじい衝撃が防御膜を叩いた。
耳鳴りがして、視界が一瞬白く弾ける。
「っ……!」
膝が笑いそうになるのを、歯を食いしばって堪える。
防御越しでも分かる。
これ、普通の魔法じゃない。
「落ち着いて。呼吸。魔力を流しっぱなしにして」
ミリアーナの声は不思議なくらい冷静だった。
私の背中に手を当て、わずかに魔力を流してくる。
(……あ)
それだけで、防御膜が急に安定する。
重たい水が満たされたみたいに、魔力の揺れが止まった。
「今の感覚、覚えて。無理に強くしないでいい」
「……うん」
視線を前に戻す。
妖精は空中に浮かんだまま、羽をわずかに広げていた。
その周囲で、光の粒子が渦を巻いている。
「理解不能。人の子が、この圧に耐える?」
声が、少しだけ揺れた。
「うるさいわね。アンタはもともと的を絞んないと魔法が当たらないんだから動かないでじっとしててよ」
「は?」
ミリアーナの言葉に妖精が驚愕したかのように声を出した。
「ルシア、防御魔法を出して。あんた魔力察知引っかからなくて私の攻撃当たるかも」
「いいことなのか悪いことなのかわからん」
「早くしてよ!」
「出してるってば!」
「これだから魔力なしは……」
「なしじゃなくて、少ないだけです! 魔素は多いからいいでしょ」
「確かに」
ミリアーナの肯定に、妖精が怒ったのが分かった。
「侮辱か? それとも分析か?」
「分析よ」
ミリアーナは肩をすくめる。
「妖精のくせに単純な構成してるわね。魔力の焦点が一点すぎ。だから……」
彼女は指を弾いた。
**パァン――ッ!**
空気が裂けたような音と同時に、妖精の魔力が横から削がれる。
致命打ではない。
「なっ……!?」
妖精の身体が大きく揺れた。
「ほら。当たった」
「……っ! ……すばらしい演算……!」
私の防御膜越しでも分かる。
ミリアーナの攻撃は、威力じゃない。
構造を読んで壊してる。
……まあ、威力もすごいけどね。
「ネオ、防御維持。ルシアの魔力は……うん、いい囮」
「囮って言った!?」
「聞こえてるから黙ってて」
ルシアは不満そうだったが、防御魔法はきっちり展開している。
確かに、妖精の索敵がルシア側に引っ張られているのが分かった。
(……すご)
これが、戦闘指揮に恵まれたやつだ。
「……名はなんという?」
「……お生憎様。あんたに言うような名前は持ち合わせてないわよ」
空気が冷たくなった。
「……そうか」
その瞬間、ミリアーナの横をしゅっと攻撃魔法が通り抜ける。
「ルシア……っ」
ミリアーナがルシアの前に防御魔法を張る。
「……これもだめか」
妖精はしゅっと音を立てて姿を消した。
と同時に魔力が消えた。
「……あ~魔界に帰りやがったな。許さない~~~!!!」
ミリアーナがむきーっと手を握る。
「え、魔界に帰ったの? 妖精って魔界所属なの?」
「細かいことはいいから今は腹立つのよ!」
ぷんすこしているミリアーナの横で、リリが周囲を警戒するように視線を巡らせた。
「お嬢様、追撃は危険です。ここは様子を見た方が」
「わかってるわよ。でもさぁ……逃げられっぱなしなの、性格的に無理なんだけど」
完全に感情論だった。
私は防御魔法を解くと、どっと疲れが押し寄せてきて、その場にへたり込む。
「……あー……死ぬかと思った」
「よく耐えたわね。偉い偉い」
ミリアーナが軽く頭を撫でてくる。
……戦闘中は怖いのに、終わると途端にこうなる。
「でも、最後のあれ……明らかに逃げたよね?」
「ええ。あれは撤退です」
リリが淡々と断言した。
「完全に負けたわけではないが、この場で戦う意味もなくなった、と判断したのでしょう」
「……妖精って、そんな判断する知性あるんだ」
「上位存在ですから。あの個体は特にです」
ミリアーナが空間に手をかざすと、そこから白い黄色がかった光が飛び出す。
「何したの?」
「結界を張ったの。あいつがもうここから出られないようにね」
「本当に出られない?」
「出られないよ。少なくとも、今はね」
リリが周囲を見渡す。
「早く出ましょうよ」
「あ、珍しくドギマギしてる?」
ミリアーナがニコニコしながらリリに問う。
「……ネオが一対一でやったら負けてしまうような相手ですよ。一刻でも早く抜け出したいのです」
「そう。じゃあもうでましょ。……というか、なんで私が小さいころあの妖精の魔力がなかったのかが疑問だね」
案外すっと頷いて、結界の外へ出た。
「ねー。まだミリアーナがそんなことを気にしてなかったんじゃない?」
ルシアがミリアーナに言う。
「そんなことないよ。だって四人で来ても1年かかる場所だよ?」
「……そのときはそいつがいなかったとか?」
「それはあるね」
「無知は強いってやつ?」
「強いというか、鈍感」
ルシアの言葉に、ミリアーナはあっさり言い返す。
「ひど」
「事実でしょ」
そんな二人に「ねえ」と話しかけた。
「何?」
「それにしてもきれいに結界張ったね。出た瞬間魔力を感じないよ!」
「そう。……ありがとうね」
「……」
ミリアーナが一瞬だけ言葉を切った。
「結界、張るの簡単じゃないから、褒められると、ちょっと嬉しい」
そう言って、視線を逸らす。
「……珍しいね」
「何が」
「素直なとこ」
私が言うと、ミリアーナは鼻で笑った。
「今さらでしょ」
リリが小さく咳払いをする。
「お嬢様。先へ進みましょう」
「はいはい」
ミリアーナの軽い返事に、幸せだな、とふと思った。