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思い出はいつも美しいはずだった。
思い出はいつも美しい。
あの頃を思い出すたび、美しい海と、潮の香り、右手に握る君の左手の感触が、鮮明に蘇る。
でももう僕のそばに、君は居ない。
三年前のあの日、君は突然姿を消した。
あの日は休日だったので、平日よりも随分と遅い時間に起きた。リビングへ行くと、誰もいなかった。胸騒ぎがして、家を飛び出した。すると、隣家の玄関前で人がたむろしていた。隣家とは君の住む家だ。
人混みの中に、母を見つけた。何かあったの?と聞いた。君が姿を消したと告げられた。
あの時は、『まだどこかにいる。またすぐに会えるだろう。』と思っていた。
だが三年経った今も、君はいない。
部活帰り。もう外は暗い。家から漏れる明かりが、足元を照らしている。
空には、憎たらしいほど綺麗な満月が輝いていた。
もしも君が今もなお生きているのなら、僕は君と、同じ月を見られているのかもしれない。満月を見るたび、そう思う。
家へ着くと、僕の好きな香りがした。母の作るハンバーグの匂いだ。安心したのか睡魔に襲われたので、ぱぱっと夕食を食べ、ベッドにダイブした。
次の日は、晴れだった。昨日のニュースでは雨が降ると聞いていたのでいくらか爽やかな気持ちになった。
いつものように制服を纏い、朝食を食べ、家を出た。あのときはまだあった隣家は跡形もない。見るたび心にぽっかり穴があき、虚しくなる。
今日は穏やかな日だった。いつものように授業を受け、いつものように友と過ごした。ただ部活は休みで、珍しく明るい時間に帰路に着いた。穏やかだったのは、そのときまでだった。
交通量の多い大きな交差点。点滅が始まる前に渡ろうと、小走りで横断歩道を進んでいた、そのときだった。
すれ違いざまに懐かしい柔軟剤の香りがした。咄嗟に後ろを振り向くと、色素の薄い髪の毛をした女性と目があった。
青信号の点滅が始まったので、僕は走って横断歩道を渡りきった。
色素の薄い髪の毛。君の特徴だ。
僕はさっきすれ違った人を追いかけることにした。
赤信号を待っている間、さっきの人を目で追いかけようと思ったが人混みに紛れて見失ってしまった。
信号が青になり、走って渡ろうとした。
「湊くん!」
僕を呼ぶ声が後ろから聞こえた。聞き馴染みのある透き通った声。
振り返ると、さっきの色素の薄い髪の毛をした女性がいた。
「凛?」
『凛』。それは君の名前。三年前、突然姿を消した君の名前。
「うん!そうだよ!」
君は泣いていた。僕も泣いていた。
「……さっきすれ違ったよね…なんで後ろにいるの?」
「ふふ。頑張って走ったんだよ」
君は笑っていた。僕も笑っていた。
そのあと、二人で海に行った。あのときと同じ海岸に。
夕日に反射して光る美しい水面。華やかなオレンジのグラデーションを描く空。潮の香り。そして、右手に握る君の左手の感触。
その全てが、あのときを上回っていた。あのときの思い出はいつも美しかった。でも今、こんなに綺麗なものを見てしまった。うつくしかった思い出が上書きされてしまった。
思い出はいつも美しいはずだった。
ちょっと変かも
題名をバッドエンドっぽい感じにして本当はハッピーエンドっていうのをやってみたかった