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episode6
※重い話注意
目の前に広がる赤い液体と、鼓膜に響く心臓の音。自分に覆いかぶさっている、返り血を浴びた女。
『…お前なんか、産まなきゃよかった』
酷く冷たい声と、恨むような瞳が降りかかる。声を発する間もなく、包丁が振り下ろされ―
「——っ!!!」
声にならない悲鳴を上げて飛び起きる。どくどくと煩い鼓動が鼓膜に響く。視界の端に映った時計は、午前2時半を指していた。
『産まなきゃよかった』
夢の中の声に、胸がぐっと詰まる。息ができない。立ち上がろうとした途端、ガタンと大きな音を立てて倒れこんでしまった。
「っはぁ、ひゅ、ッ」
床の冷たい感触が、孤独感を更に膨張させる。苦しいという言葉だけが思考を埋め尽くしていく。どうしようもない感情の波が押し寄せてくる感覚が不快で堪らなかった。
(やば、い)
意識が遠くなっていく。諦めて目を閉じようとした、その時だった。
「…セナ?大丈夫か?」
ドアがノックされる音と、ドア越しのくぐもったロウンの声が聞こえた。はっとして返事をしようと息を吸った途端、反射的に激しく咳込んでしまう。そんなセナの異変に気付いたのか、返事を待たずにドアが開く音がした。
「セナ!」
部屋に入ってきたロウンが、倒れているセナに駆け寄る。「なんで、」と苦しそうな呼吸の中で聞くセナを起こし、ぎゅっと抱きしめた。
「んなこといーから、まず落ち着こうぜ。大丈夫だから」
大丈夫、と繰り返しながらセナの頭を撫でる。段々と落ち着いてきた呼吸を確認して、ロウンが言った。
「こんな夜中にでかい音したから、気になって来てみたんだよ。まじ来てよかったぁ~」
「っ…、ん」
ありがとう、というようにセナが小さく頷く。瞳から零れ落ちる雫がようやく止まった頃、背中に回されていた腕をほどいた。正面から向き合う形になったロウンが、普段とは違う真剣な眼差しでセナを見つめる。
「…なぁ、もうそろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
「……」
ロウンの問い掛けに、セナは俯いたまま答えない。静寂が二人を包む。ロウンが次の言葉を言いかけた時、遮るように「まだ」とセナが言った。
「…まだ、話せない」
灰色の瞳に、悲痛に満ちた影が落ちる。強い覚悟のような、拒絶するような、真っ暗な影。
ロウンは数秒黙ったあと、腕を伸ばしてわしゃわしゃっとセナの頭を撫でた。驚いたセナが顔を上げると、いつものように明るく、太陽のような笑顔がセナに笑いかけていた。
「だいじょーぶ!お前が話したくなった時に話してくれれば、それでよし!なっ!」
「…兄さん…」
ようやく止まった筈の涙が、再びセナの瞳から溢れだす。ロウンは「お前って、意外と子供っぽいとこあるよなぁ」と困ったように笑って、真っ白な髪を撫で続けた。
―その時が来るまで、今は、まだ。