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1-1
六年前の龍頭抗争から続く御伽噺。
ここに開幕。
出航を知らせる汽笛が、港に響き渡った。
強い日差しが吊り橋と海面に反射する。
潮風がそよぎ、鷗が鳴き声をあげて飛んでいく。
遠くで清らかな鐘の鳴る音がしていた。
近代的な高層ビルと、重厚な煉瓦造りの建物とが混在する港湾都市・ヨコハマ。
そのヨコハマの港近くの公園で、僕は一冊の本を読んでいた。
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--- 1−1『少年と或る依頼』 ---
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「……何か用でも?」
僕は本から目を離さずに問い掛ける。
わざわざ顔をあげなくても、気配で彼らがいることは分かっていた。
「依頼を一つ、引き受けてはくれませんか?」
「云ったよね? 僕、今は休業中なんだよ」
でもまぁ、と僕は本を閉じながら男の方を見て微笑む。
「内容と報酬が釣り合っていたら、考えないこともないかな」
丸眼鏡に背広という、学者風の外見をした彼の名は坂口安吾。
異能特務課の中でもそこそこの権力を持った人物で、後ろに護衛が控えている。
護衛の一人が資料の入っているであろう封筒を手渡してきた。
「内容についてはそちらを。報酬は貴方の望む額を用意しましょう」
「え、じゃあ20億で」
「はぁ!?」
護衛の一人が声を上げる。
流石にそこまで政府が出してくれないことは予想できている。
「冗談が通じないね。この依頼は受けさせてもらうけど、報酬は全部終わってからで良いよ」
「……。」
「どうかしたか?」
いえ、と安吾君は眼鏡を少し上げる。
僕が依頼を受けてくれるとは思っていなかったらしい。
現在も一応休業中という形をとっており、こういう依頼は全部断ってた。
ま、驚くのも無理はない。
「それでは、また連絡します」
「了解」
安吾君達が踵を返すと同時に、僕も立ち上がって彼らの逆方向へと歩き出した。
🍎🍏💀🍏🍎
暫くすれば、とある丘へと着く。
階段を下りる途中で、ふと立ち止まる。
目の前に広がるのは、緑に囲まれた墓地。
まだ数年しか経っていないんだったか。
整然と並ぶ無数の白い墓石が、太陽に照らされて橙色に輝いている。
「……あれ?」
僕は視界の端に二人の人影がいることに気がつく。
「もしかして……太宰さんの好きな人だった、とか?」
「好きな女性だったら一緒に死んでるよ」
太宰さんならそうか、と敦君は納得していた。
どうやら、あの場所に眠る人物について話しているようだった。
「……友人だ。私がポートマフィアを辞めて探偵社に入るきっかけを作った男だよ。彼がいなければ、私は今もマフィアで人を殺していたかもね」
太宰君の言葉に、敦君は困惑しているようだった。
真実なのか偽りなのか、見当のつきにくい話し方をしていたからな。
そんなことを考えていると、二人が僕に気がついたらしい。
「お疲れ様です、ルイスさん」
「うん、お疲れ」
僕は一輪の花を墓石に添えて、手を合わせた。
後ろでは太宰君が冗談めかした様子で、先程の話は嘘だと言っている。
本当のことだろ、と思いながらも僕は突っ込まないでおいた。
「国木田君あたりに云われて、私を探しに来たのだろう?」
「えぇ、大事な会議があるからと」
「──パス」
そう言った太宰君はさくさくと歩いていく。
「ちょっと新しい自殺法を試したくてね」
「またですか? もう……」
振り返る様子のない太宰君は、ひらひらと手を振っていてた。
敦君は呆れているようだった。
自殺|嗜癖《マニア》の太宰君がこう言い出したら、もう誰にも止められない。
彼の砂色の外套が、ゆらりと海風に揺れている。
敦君は、ため息をついていた。
「……会議の内容について何か聞いてる?」
「い、いえ……大事としか言われてませんけど……」
そっか、と僕は背伸びをした。
タイミング的に、僕が特務課から受けた|依頼《もの》と同じだろうな。
普通なら話ぐらいは聞く太宰君だけど、今回はパスした。
つまり、そこそこの案件なのだろう。
「太宰さん、どっか行っちゃったんですけど……」
「とりあえずは会議に向かったらいいと思うよ。僕もついていって良いかな?」
「大丈夫だと思います!」
それじゃあ、と僕達は探偵社に向かい始めた。
少年は敦と共に武装探偵社へとやってきた。
会議室には殆どの社員が揃っており、その空気は少し冷たく感じる。
次回
「少年と異能力者連続自殺事件」
気がつけばスクリーンに見覚えのある、線の細い青年の写真が映し出されていた。