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玻璃茉莉の祝福をあなたに(英国出身の迷ヰ兎×迷ヰ犬怪異談)
花楸樹の夢の、没になったバージョンです。僭越ながら、供養としてm(_ _)m
色々と捏造部分があります。すみません!
(あー、暇だわ)
私、アリスは白い天井を見ながら思った。
ごろん、と右を向いてみる。白い。
左を向く。白い。
そりゃあそうだ。何も無いエリアなのだから。
「はあ……」
この動作を繰り返して何年経ったのだっけ。
確か──
「十と少し、くらいかしら」
私はこの生活に不平を言うつもりは無い。
これが、ルイスの望みならば、私はそれを甘んじて受け入れるだけ。
けれど。
「暇なのは仕方無いじゃない……」
私は白い床から起き上がると、胡座をかく。
何も見えない。聞こえない。
ルイスがワンダーランドを使った時に、ほんの少し外が漏れ聞こえるくらいだ。
『不思議の国』なのだから、喋る花にどこまでも続く落とし穴、可笑しな決まり──なんてのがあって然るべきだと、私は思う。
私は溜息をついて、徐に呟いた。
「異能力『鏡の国のアリス』」
そう呟くと、どこからともなく鏡が現れる。
私の異能だ。
ある程度の大きさならば鏡を経由して移動もできる。
最近は其れで遊んでばかりだった。
けれど、それも一寸飽きてきた。
最近外では動向があったようだけれど。
昨日は大きなことはなかったが、あるとしたら人とぶつかったことくらいだろうか。
此処数日の、自分が知っている外のルイスを反芻しながら溜息を吐く。
「次の遊びはどうしようかしら──」
其の時だった。
ッカシャン
「!?」
何か軽いものの割れる音がした。
私の鏡ではない。
ということは──
「ルイス……?」
ルイスが『ワンダーランド』を使った際に、何か割ったのだろうか。
唯の天然ムーブならば良いのだけれど。
『!? ルイス!』
カチャンッ
ガチャリ
私たちでは無い、声と音。
まだ、外の音が聞こえていた。
嫌な汗が首筋を伝う。
私が外の音を聞くことができるのは、現時点では《《ワンダーランドが開いているときだけ》》だ。
聞こえるということは、《《異能力が行使されたままになっている》》ということ。
または、其の境界があやふやになってしまっているということだ。
彼は異能を余り使おうとしないし、開きっ放しにすることもない。
詰まり──
「ッルイス!?」
──異能力があやふやになるような、そんな危機に瀕している可能性が高い。
必死に此方へルイスを呼び込もうとするが、上手くいかない。
「聞こえてるの!? ルイス!」
『ッアリ、ス』
「!」
『……』
返事が、消えた。
ワンダーランドに異変は無いから、ルイスに生命を脅かすような危機が迫っているのでは無いことがわかる。
──少なくとも、今の所は。
私は深呼吸をし、耳に神経を集める。
外の喧騒はまだ続いていた。
『社長? 何があったンだい!?』
『ルイスが──』
『一寸触らしとくれ』
最初に聞いた、社長らしき壮年の男性の声に次いで、若い女性の声が聞こえる。
『……眠ってるみたいだ──、此れは……?」
『肌に……紫色の、染み?』
僅かではあるが、外のルイスの状態が理解できた。
ルイスは、社長と話している最中、突然眠ってしまったのだろう。
体の何処か──恐らく、脈を見るような手首や首筋辺りだろう──に、紫色の染みがあった。
“染み”というからには薄くなった打撲痕などでは無いのだろう。
此れは、若しやすると──
「『……異能』」
『──だね』
私の声と、外の声が重なる。
『与謝野さん、ルイスを医務室に。社長は皆に伝達した方が良い。出来れば特務課にも』
特徴的なボーイソプラノだ。
ルイスの近況から察するに、最近あの子が居る“武装探偵社”の名探偵だろう。
(嗚呼、外が見たい)
仕方ない。
(ごめんなさい、ルイス)
少しだけ、異能を使わせてもらおう。
「異能力『鏡の国のアリス』」
そう呟くと、先ほどと同じように鏡が一つ現れる。
先ほどと違うのは、其処に映るもの。
この部屋の外──ワンダーランドの外の世界が映っている。
(白いベッド、カーテン……医務室ね)
ルイスが寝かせられているところのようだ。
偶然にも部屋の中に鏡が置かれていたらしい。備え付けのものかも知れないけれど。
私の異能は、鏡を出現させることだけではない。
鏡と鏡を繋ぐこともまた、可能だ。
(ルイスは嫌がるだろうから、していなかったけれど)
この際そんなことは構っていられない。
こちらからも、出来うる限りの情報を得ておきたい。
少なくとも、私が眠っていない間は、この部屋は生きている。
私に出来るのは、此処で、眠りの異能に脅かされることなくルイスの人格を支えること。
そして──
(もし──もし、仮にルイスが此処に来たときに、あの子を癒すこと)
その為に私は、此の白い部屋を享受しようではないか。
私は赤色を瞳に躍らせながら、鏡を見つめた。
---
「ルイスは、馴染めているみたいね」
ぽつり、とそんな言葉がついて出た。
ルイスが眠ってしまってから数日。
色々な人が医務室に入れ替わり立ち替わり現れては、現状をルイスに伝えるように話して去って行く。
色々な人に慕われているようだ。
(若しかすると、名探偵からの根回しかしら)
あの頭の切れそうな彼なら、私のことにも気づいていそうだ。
けれど。
(矢張り、進展は無し、か……)
私は小さく溜息を吐く。
私もこんな状況見聞きした事などない。
異能の宝庫である欧州を知る私も経験がないのだ。
日本からでは見つけ出すのは難しいだろう。
其の時。
ジジ……と部屋が揺らいだ。
「……」
近頃、少しずつ起こり始めた異変だ。
ルイスの危険が少しずつ高まっているのだろう。
其の危機感は、探偵社の方にも伝わっていることは明らかだった。
(私は……私はどうすれば良いのかしら)
そう思うも、答えをくれる人物はいない。
この眠りが異能であること、眠りが長くなるにつれて命の危険が高まることばかりが、私に思い知らされる。
「あ……」
また、新しい人物がやって来たようだった。
いつもなら、ルイスの方を見るため、私側に背を向ける。
けれど、其の人物は真っ直ぐ此方にやってきた。
ハンチング帽を被った、少年のような男。
最初の頃に見たものから、彼が名探偵なのだと知っていた。
矢張り、私に気づいていたらしい。
私に何のようだろうか。
「やあ! 赤ノ女王さん。僕の姿はちゃんと映ってる?」
にこり、と向けられた笑みに、僅かな安堵を覚える。
「ええ」
「良かった! 一寸君に用があってね……」
ちゃんと聞こえるだろうか、と少し不安に思いながら返した返事は無事に届いたらしい。
名探偵は少し声を顰めると、翠の眼を此方に向けて言った。
「単刀直入に言うよ。
君は──
罪悪感を抱く必要は無い、としか言ってないんじゃない?」
(……?)
如何言うことだ。
この名探偵は何を──
其処迄思って、はっとした。
『僕の所為だ』
空虚な声がリフレインする。
『あなたの所為じゃないわ』
精一杯の気遣いを込めた筈の声。
あの後、何があったろう。
『……』
突き刺さるほどに鋭い沈黙だった。
『罪悪感を抱く必要はない《《としか》》──』
“only said”
確かに、その通りだった。
戦争について、行ったのは私なのだ。あなたに責任はないと。
もしかして、それが逆に苦しめていたのだろうか。
ルイスが求めていたのは、否定ではなく、許容だとしたら。
そこで私は自分の失言に気がついた。
其れを悟っているように、名探偵は続ける。
「君は頭が良さそうだから、細かく言わなくても解ったと思う。けど、これだけ言わせて。
ルイスは、待ってるよ」
其の言葉に、私は眼を見開く。
「それは──本当?」
「僕は間違えないよ」
ルイスは、待っている。
ああ、自分の思いを率直に伝えなければ。今度こそ。
でもなんと伝えれば良いのだろう。
ルイスは、眠っている。目醒めてくれるか分からない。
もう伝えることができないのかもしれないのなら。否、でも。
ふと、ある言葉が思い出された。
(人は眠っていても声を聞いている)
昔本で読んだ言葉だ。
普段のあなたに、こんなことを伝えたら、どんな反応をするか分かったものではない。
こんな状態でしかいえないことだ。
「Thank you,Mr.perfect detective」
「どういたしまして」
私のお礼の言葉に、名探偵は身を翻して去って行った。
それと同時に、私は鏡の前から姿を消す。
どこへ届けるべきか、なんて分からない。
ただ静かに、眼を瞑る。
(こんな状況を利用して、ごめんなさい。ルイス)
けれど、どうしても伝えておきたかったから。大切なあなたに。
ワンダーランドは、現実と空想の隙間だ。
現実だから存在する。空想だから存在しない。
その二つが成り立つ異能空間。
きっと、ここからなら。
ルイスにも聞こえるはずだ。
「ルイス。あなたは、罪悪感を抱く必要はないんじゃない。
あなたは、罪悪感を抱いて良いの。その心は間違ってない。
あなたは、確かにそれを持っていなくちゃならない。けど、背負い込む必要はない──
私は、そう、言いたかったの」
「頑張ったね」
どうか、あなたの耳に届いていますように。
ギシリ
衣擦れと、寝台の軋む音が鏡から聞こえて私はハッとする。
(良かった……)
この上ない安堵と、喜びが体を駆け巡った。
其の思いを感じたと同時に、私は異能を解除する。
私が助けたなんて知ったら、ルイスはどう思うのか。
其の不安ゆえだった。
(私は臆病ね……)
ふふっと薄く笑う。
けれどまた、面と向かって話すことが出来たなら。
其の時は、ちゃんと。
(伝えて、受け止めよう)
其の瞬間は、きっとそう遠くない。
赤ノ少女は、変わらぬ部屋の中、愛情のこもった笑みを浮かべた。
---
『ルイスッ!』
「……え?」
ふっと目を開けると、其処にはいる筈のない人物が立っていた。
僕たちを囲むのは抜ける様な青空と草っ原。
丁度英国の六月を思わせる様な気持ちの良さだが。
何故だ。
先程、僕は探偵社で社長とお茶をしていた筈で、その後──
『ルイス?』
ふわりと相手の髪が揺れる。
喉の奥が、懐かしいと叫んでいるように思える。
それを感じながら、僕は震える唇を開いた。
「何で君がここに居る──ロリーナ」
だって、ロリーナは──
もう、死んだのに。
そう口にすると、ロリーナらしき人物は悲しそうに笑った。
『やっぱりルイスは賢いね。他の人も居るんだけど──仕方ない。
うん。私は確かに、本物のロリーナ・リデルじゃない』
けど害を与えることはないよ、と彼女は言った。
『私は、君の夢だからね』
夢。
それは、眠ることの“夢”か、哀しい希望の“夢”か。
もしくはどちらも、なのかも知れない。
「……此処からは、戻れないの?」
もう直ぐ《《彼ら》》がやって来る。
みんなは強い。
いなくても大丈夫かも知れないけれど、保険のために僕は居るべき。
だから、僕は戻らないといけない。
『……戻れるよ。けど、条件がある。
これは、ルイスの悩みをほどく“幸せ”。私はその悩みの一端に過ぎない。その“悩み”が消えれば戻れるよ』
僕の悩み。
其れは、きっと──
「ルイス」
ロリーナのものではない声。
最近では意識の中から聞いていた声だ。
声の持ち主の名前を、無意識に口が紡いだ。
「Alice……」
その言葉を口にした瞬間、ぶわりと風が巻き起こった。
草を巻き上げ、花を纏う。
アリスの声は風に隠され、耳に届くことはなかった。
けれども、左胸のあたりに確かな灯を感じる。
風が髪を揺らす。
『ルイス』
暖かな静寂の中、口を開いたのはロリーナだった。
『いってらっしゃい』
その姿も、もう陽炎のように揺らいで見える。
夢が醒めかけているのだ。
「ロリーナ、 」
『君の悩みは、今ほどけた。ふふ、アリスは凄いなあ。……私にはできないよ』
「ロリーナ……」
『でも、一寸問題があるかな?』
ロリーナはそう笑うと、両手を前に差し出した。
重ね合わせて、開く。
蝶が翅を伸ばすように。
本が、開くように。
『“story teller”』
彼女の異能力。
思い描いたものごとを、現実にする能力。
僕は、彼女が試みていることを瞬間的に理解した。
(嗚呼、此処であったことは全て。忘れるようになるのか)
けれど、物語的整合性が──
『必要なのは、物語的整合性。“物語的”だよ?』
ロリーナは悪戯っ子のように無邪気に笑う。
──こんな笑顔が、見たかったなぁ。
僕は、みんなの、こんな笑顔が──
(可笑しいなあ。僕はこんなに感傷的な人間じゃないのに)
自分を見つめる僕の視線に気付いたのか、ロリーナは首を傾げる。
そしてふっと目元を緩めると、近くにあった低木の花をひょいと摘んだ。
紫色の花だ。
昔、アリスに教えてもらったことがある。
名前は確か。
『君に、玻璃茉莉の祝福がありますように』
紫色を持った白い指が、僕の髪に触れたその時には、僕の意識は白に包まれていた。
“頑張ったね”
そんな優しい言葉と、沢山の人の手が触れたように感じたのも、夢かも知れない。
---
ゆっくりと目を開くと、其処は探偵社の医務室だった。
一室を占領していたらしい。申し訳ないことをした、と思いながら身を起こす。
その拍子に、寝台がギシリと音を立てた。
備え付けの洗面台に、金色が揺れた気がしたが、日光が反射したのだろうか。
(幸せな夢を見ていた気がする)
例えば、ロリーナが出てくるような。
(思い出せないなあ)
ロリーナが消してしまったのだろうか? なんて考えてくすりと笑った。
彼女の異能力は、そんな突発的なことは出来るはずがないというのに。
出来たとしたら、それは僕がその記憶を消す口実に使った、夢の中の産物であろう。
(でも……)
出てくるのはロリーナだけであっただろうか?
それ以外の人たちももいたような気がしないでもない。
わからない。
うーん、と唸りながら頭を掻いていると、ぽとりと掛け布団の上に何かが落ちた。
「花……?」
幾つかの紫色の花が房状になった、南国調の花。
サイドテーブルの花瓶の中にも揺れている花だ。
それにくっ付いていたのか、小さなメモも共に落ちてくる。
『玻璃って、鏡の材料だよね』
乱歩の筆跡だ。
なんでもないような文言。
けれども、鏡と言われてすぐに思いつくものが、僕はもう一つあった。
紅く、長い金髪の──。
あの名探偵、乱歩のことだ。
それを見越した上で、こんなことを残したのだろう。
若しかしたら、先刻の金色は見間違いではなかったのだろうか、なんて考える。
(……)
未だ、僕は“アリス”から逃げていたい。
臆病で、腰抜けだ。
でも、彼女の優しさを知るのも事実で。
(今は未だ、だし)
きっとこれから、沢山のことがある。
その中で、きっと、否。絶対にあるはずだ。
アリスと話す機会はこれから未だある。
(だって、死ぬ気はないしね)
そう心の中で呟いた彼の唇の端に、小さな笑みが宿っているのを知る者は、誰1人としていなかった。
END
眠り姫です
玻璃茉莉は、デュランタと言われる植物の和名です。
花言葉は、あなたを見守る 目を惹く容姿 歓迎
可愛らしい紫色の花の植物です。
……前回と似てますね
前回との違いは、ルイスに庇護される側ではなく、彼を庇護する側の話であると言う点でしょうか。
前書きにもありますが、色々と捏造しまして、天泣さんすみません!
では、これを遅ればせながらアリスのお誕生日祝いとして。
アリス、誕生日おめでとう! かっこよくて、可愛くて大好きだよ!
ここまで読んでくれたあなたに、天泣さんに、そしてアリスに! 精一杯の感謝を!