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The Comedy of X 4
与謝野晶子。異能力名、『君死給勿』
生家は和菓子屋を営んでおり、11歳時には既に軍医委託生として従軍。そして常闇島にて異能力を行使し、ニホン軍の援助を続ける。終戦間際、倉庫に残っていた火薬を使用して基地空母『燕騎士』の爆破未遂を起こしたことにより、精神異常と判断され収容。14歳時に収容所から武装探偵社社長、福沢諭吉によって助け出され、武装探偵社入社──
──そして、『死の天使』本人。
何故其れを私が知っているかと問われれば、先ほど読んだから、と答えるしかなかろう。
初めて知った話ではなく、一度、既に本人の口から聞いてはいるが。
見た瞬間に頭を占めたのは、彼女の話から、客観的に見て起こった事象のみを抜き出すと、こんなにも残酷なものとなるのか、という思いだった。
勿論、私の『推理作家殺し』も彼奴の狙い通り、民衆が知ることのみを抜き出せば残酷に見える筈ではある。
私、小栗虫太郎は、アメリカ二人組と言葉を交わす彼女をちらりと横目に見た。
「楽にしてくださって結構です。ある事件の参考人として呼ばせて頂いた迄ですので」
「それでは──」
乱歩くんに噛みついていたとは思えぬ柔和な笑みを浮かべるフリデリックと、澱みなく答える与謝野。
先程までいたスーツの男性は部屋を去っており、部屋の中には私たち6人しか居ない。
私は視線をスライドさせ、右隣を見る。
いつもならパチリと目が合い、ニヤニヤと細められる緑の目は、今は此方を見向きもしていなかった。
顎に手を添えて虚空を見つめる乱歩くんの姿は、真剣そのものの表情で。
まるでヨコミゾの本から抜け出してきた名探偵のようだと、|推理小説《ミステリ》嫌いの私でさえも認めざるを得なかった。
「…………」
乱歩くんの頭の中で、何がどう歯車を動かしているのか。
私には知りようもないが、ただ、その歯車を動かした最初のエネルギーは与謝野だとは知っている。
此奴は、感情論など当てにならない、と口では言いながら、行動原理は感情論そのものだと初対面の時から知っていた。
『仲間が自分を無敵だと思っているから』
そう言った此奴の何処が、冷たい人間だろう。
万年筆を握る金の目と、ハンチング帽の下の翠玉が似ているのと同じように。此奴も、彼奴も、冷たい人間では無いのだから。
今、自慢の異能力モドキを使おうとしないのは、与謝野への配慮かもしれない。
与謝野は此奴の異能力モドキが異能力ではないと知っている。
けれど、此奴が一言、『超推理』と言ってしまえば、それは全て分かった事の合図になってしまう。
それは屹度、乱歩くんにとって、自分を許し難い程の、彼女への侮辱なのだ。
(君も大概優しいよね。だって一緒に考えてあげているんでしょう? 犯人が何処の誰か、とか)
(五月蝿い)
(なはは)
頭の中に響いた幻想の声に、そうやって噛み付く。
悔しいが、私の足りない頭では、欠ける知識では乱歩くんには追いつけない。
けれども一寸くらい近づきたい。
唯の対抗心だ。多分。うん。
そんなことを思いながら視線を戻すと、前方に座するポオくんが目に入った。
心配と緊張と、そして僅かな期待を滲ませながら乱歩くんや与謝野たちの方を見つめている。
彼が私の視線に気付かない筈もなく、直ぐに視線が絡んだ。
如何したのか、と問うように首を傾げるポオくんに、右に流し目をくれて目配せをしてやる。
そうすると、ふっと柔らかく苦笑してふるふると首を横に振られた。
仕様が無い。案ずるな、と云う事らしい。
その答えを見て、小さく溜息を吐く。
全く、如何しようもない奴等である。
ポオくんが彼等に視線を戻すのに釣られて、私も其方に目を遣る。
「ご職業は武装探偵社専属医とのことですが、具体的にはどのようなことを?」
「そうですねェ。うちは仕事柄調査員が大怪我こさえて帰ってくることも多いので──」
どうやら当たり障りのない質問を続けているようだ。
だが、と私はアメリカ組の──マンフレッド・リーと言ったか。乱歩くんに『無地内衣くん』と呼ばれていた眼鏡の奴の方を見る。
彼の眼が僅かに細められたのを、私は確と目にした。
それにダネイも気づいたのか、新たな質問を口にする。
「それはそれは。ちらと社員の方々を目にしましたが、目に見えての傷跡はありませんでしたから、余程腕が良いのですね。努力されたのでしょう?」
「? えェ、まあ。専属医ですから、主に外科が中心ではありますが、内科もある程度は常に頭に入れていますねェ」
「素晴らしい。此の平等の世、その姿に憧れる少年少女も多いかもしれませんね」
「ふふ、そうかい」
ダネイからの称賛の言葉に、与謝野が、髪を耳に掛けつつ俯いて笑った。
成程、と一人私は思う。
少しずつ、彼女の性格や経歴を引き出していこうとしているのだろう。
それで事件への関与の疑いなどが出れば──と思っているのだろうが。
私から──否、私たちからすれば、新品の物品を叩いても埃が出ないのと同じように、疑いなど有り得ないと分かり切っている。抑も動機がないのだから。
余り彼女を知らない私が云うのもアレだが、乱歩くんがそう踏んでいるならば間違い無いのだろう。
それに、乱歩くんは心配なのだ。
『超推理』を使いまいとすることからも、突然決定を翻すことからも解るように。
屹度誰にも苦しんでほしく無いから、こうして隣に座っているのだ。
はてさて、そんな名探偵の結論や如何に。
そう思いながら目線のピントを隣に合わせる。
乱歩くんは、注意を払わなければ聞こえないほど小さな声で何やら呟いていた。
「アメリカ。大戦。異能力。常闇島。窃盗。ニホン。経歴。──マフィアは違う。本人を手に入れようと思えば可能だし、抑も首領が当事者だから理由が存在しない。でもわざわざ……」
その時だった。
伏せられた翠が突然正面を向いて瞬いた。
「あぁ」
ほんの小さく、数秒空気を揺らした其の鐘の音は、締め切られた個室の中では大きな意味を持ったらしい。
直ぐに与謝野が首を傾げつつ尋ねた。
「如何かしたかい? 乱歩さん」
「与謝野さん……。……否、無地内衣くん。先刻までいた特務課の人を呼んできて」
「「な……!?」」
何時もよりも数トーン落ち着いた声で告げた言葉に、アメリカ二人組は動揺した。
特務課を呼んでいることが気付かれた事に驚いているのか、命令口調な乱歩くんに困惑しているのか。
「何故そんなことを俺──我々が……!? お前は勝手にやって来ただけだろう!」
「フリデリック」
おや、と思った。
どうやら動揺の理由は命令に対してらしい。
詰まりは特務課を読んでいる事に関してはどうでも良いという事か? それとも、露見する事に重きを置いていないという事だろうか。
ダン、とテーブルに手を置いて言い返したダネイを制したリーは、静かに乱歩くんの目を見つめた。
「……そうですか。あなたにはもう解ったのですね」
「そういうこと。中々理解しているじゃアないか」
椅子に背を寄りかからせながら言った乱歩くんの目には光が躍っている。
しかしそれは、『綺羅綺羅と』という形容ではなく、『爛々と』という形容が似つかわしいものだった。
リーはその光を見とめると、静かに席を立った。
「リー、吾輩が──」
「いえ、座っていてください。私が行かないと彼方さんも納得してくださいませんから」
立ち上がりかけたポオくんをやんわりと止めると、リーはドアを開いて出て行った。
暫くすると、私たちと入れ違いになる形で出て行った、スーツの男が入って来た。少し訝しげに眉を顰めている。
その男は与謝野や乱歩くんに目をくれると小さく目礼をして此方へ進んでくる。仕事柄面識があったのだと何となく察する。
乱歩くんは其奴を見とめると、口角をくっとあげて笑みを浮かべ、くるりと体を翻して座った。
椅子の背凭れに腕と顎を預ける姿は行儀が良いとはとても言えないが、特務課の男とはその体勢の方が話しやすいのだろう。
「ねえねえエージェントさん」
「はい、何か?」
「今、香子さんってどうしてる?」
「かお……? ……!」
香子? 誰のことだろうか、と一人眉を寄せていると、右の方から小さく「この前あった事件の関係者さ」と声が聞こえた。
声のした方に目を向けると、乱歩くんの背中越しに与謝野と目が合う。
何か言いたいことがあるのか、彼女は体を少し此方に向けて目線をつい、と動かした。
『しっかし、乱歩さんがなんでこんなに乗り気なのか知ってるかい?』
「……」
そう目で問われ、返事に窮する。
与謝野は決して弱い人物では無いから、教えても差し支えは無い──だろう。ただ、何かしら思うことは有る筈だ。そんな事を私が勝手に教えて良いものか。抑も参考人として呼ばれているのだし、教えるのは少々──。
そう考え、ふるふると小さく首を横に振って見せる。
此方の返事を見ると、与謝野は『そうかい』とでもいうように小さく肩をすくめた。
そんな声無き会話の間にも、エージェントと乱歩くんの会話は進んでいた。
ポオくんやダネイ達もついていけてはいないようで、二人の会話以外は静かだった。
「……現在は秘匿対象ですので、教えることは出来ません」
「あっそ。ま、別に彼女自体はいいんだ。彼の人を駒にしてた奴の調査って進んでる?」
「…………彼の人物は蜥蜴の尻尾だったようで、大元の調査は進んでおりません。彼自身は多大な利益の一部を蓄えていただけという線が濃いです」
「ふうん」
その言葉を聞くと、乱歩くんはニヒルな笑いを湛えて言った。
「じゃあさ、その大元って奴を捕まえてあげるから、この事件僕達も混ぜてくれない?」
「!」
その提案に誰よりも反応したのはダネイだった。
今日一日中思っているが、此奴は何か出来事に反応しやすい|型《タイプ》らしい。
「先刻まで興味無さげだったというのに其の態度は何なんだ!? 抑も此の件は俺たちが──」
「君さ、莫迦じゃないんだよね?」
乱歩くんの口から飛び出した言葉に、ダネイは動きを止める。
「ならさぁ、解るはずだよね。僕達と協力した方が良いってこと位。っていうか、此の場が途轍もなく馬鹿馬鹿しいものだって事にも薄々勘付いているでしょ」
「……」
其れにダネイは少し俯いた。矢張り、と私は思う。
先程のエージェントを呼ぶ際の不可解な言動もそうだが、此の場は『秘密』を装っている割に『秘密』が漏れることを厭わない。
彼等も解ってはいるのだろう。『死の天使』は唯巻き込まれたに過ぎないと。
その心を知ってか知らずか、乱歩くんは続きを述べる。
「与謝野さんを疑う振りをする位なら、僕達と協力した方が数倍早く此の事件を解決に導ける」
乱歩くんが真っ直ぐな光を宿してダネイを見据えた。
「矜持の為に人を傷付ける程、君達は大馬鹿者なのかい?」
「……解った」
お、と私はダネイを見る。
その目には、力強い光が刻まれていた。
「青木さん。此方の三人も我々に協力して頂く事にします。マンフレッド、良いよな?」
「勿論。君がそう言うのを待ってたよ」
やれやれ、という風に返事をしたリーの隣で、ポオくんが安堵したように息を漏らす。私や与謝野も同様にだ。
その一連の流れを見ていた乱歩くんは、ふふん、と誇らしげに胸を張って言った。
「さあて、|証明《QED》開始と洒落込もうか!」
どうも、眠り姫です。
一ヶ月に一度投稿できるか否かと言う頻度。御免なさい。
頑張ってますよ? 勿論。
いやあ途中まで頑張ってたんですが、文スト最新話でちょっと砕けてまして。
復活できたので書き終えて投稿しました。
もう少し続きますね。
乱与……プラトニックだなあ……。
あとヨコミゾ出ました。伝わってるか……?
では、ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!