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第六話:路地裏の白き影、揺らぐ灯火
浅草の夜は、朱塗りの門と提灯の明かりで、どこか異界との境目が曖昧になる。
灯は一人、夜回りの帰りに「魚政」から預かった干物を手に、細い路地を抜けていた。
カラン、カラン。
下駄の音が、湿った夜気の中に吸い込まれていく。
(……変ね。さっきから、誰かに見られているような)
灯は足を止め、無意識に懐の銀の懐中時計を握りしめた。
「脱力」の天才である彼女の肌が、微かな殺気を捉える。それは紅丸の荒々しくも温かい炎とは真逆の、氷のように冷たく、無機質な拒絶の気配だった。
「――そこに居るのは、誰?」
灯が指先を宙に向ける。呼気と共に吐き出された極細の炎の線が、暗がりの空間を「切り取る」ように描き出した。
焔絵――『|額装《がくそう》(がくそう)』。
パリン、と空間が割れるような音と共に、闇の中から浮かび上がったのは、雪のように白い装束を纏った者たちだった。
「……第7特殊消防隊、一等消防官。破壊の王の側に仕える、構築の巫女か」
白装束の一人が、感情の欠落した声で呟く。
彼らの背後には、不自然なほど静かに燃える「焔ビト」の影があった。
「伝導者一派……! 浅草で、勝手な真似はさせないわよ」
灯が構える。だが、白装束の男は嘲笑うように首を傾げた。
「お前のその『描く』力……我らの救済を形にするために、相応しい器かもしれないな」
「――アカリッ!!」
頭上から轟音と共に紅蓮の炎が降り注ぐ。
屋根を蹴立てて現れたのは、逆立った髪を怒りで震わせた紅丸だった。
「若……!」
「下がってろ、アカリ! ……テメェら、俺の女……じゃねぇ、俺の隊員に気安く触れてんじゃねぇぞ!」
紅丸の一撃が路地を焼き尽くすが、白装束たちは陽炎のように姿を消した。
静まり返った路地裏で、紅丸は荒い息をつきながら、灯の肩を痛いくらいに掴んだ。
「怪我はねぇか。算術は。……九百八十一引く、二百七十四は……っ!」
「……ななひゃく、なな、じゅう……。紅、落ち着いて。私なら大丈夫よ」
灯は震える紅丸の手を、そっと包み込んだ。
最強の男が、自分を失うことをこれほどまでに恐れている。その事実に胸が締め付けられる。
浅草の平穏に、ひびが入り始めていた。
白装束たちが残した「器」という言葉が、灯の心に冷たい澱のように沈んでいく。
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