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時
生憎、それには明確な基準が無かった。
そのため、我々は想像力で基準を描いた。
それらは時間と呼ばれ、我々の生活の支えとなっている。
時計の針が一周をする時。
その度に我々は焦り、歓び、悲しみ、受け入れた。
また、地球が一周をする時。
その度に我々はより焦り、より歓び、より悲しみ、深く受け入れてきた。
尊び、感じ、振り返り、一つ一つを越えてきた。
こう考えると、両者は似ていると言える。
針と惑星。
存在する目的から何まで違うのに、それでも似ていると言えるものがある。
もしかしたら、この地球、含めて太陽系、或いは銀河ごと。
それは何かにとっての巨大な時計なのかもしれない。
惑星一つ一つが、針の役割をするのかもしれない。
この空の向こう。
広大な宇宙。
輝かしい星々。
それらは全て、所詮“オシャレな柄”に過ぎないのかもしれない。
我々の存在は、想像以上に偉くないのかもしれない。
だからこそ、完全に間違っているとは思えない。
もしも、その何かが時計を破損したらどうなるだろうか。
入るヒビは、どのように見えるだろうか。
星々はそれにより、どのように動くのか。
ヒビを通り抜けた時、其処には何があるだろうか。
というか、今迄の仮説が正しければ、あの月は何のために存在しているのだ?