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隠れカフェってこんなんだっけ…?
命空 魔王討伐係
おしゃれなカフェでもこんな感じだったら…
という妄想を広げて作りました!
カランカラン、とドアの上の鈴が鳴った。
外はあいにくの大雨。
私はびしょ濡れのまま、駅前の路地裏で見つけた「カフェだったはず by客」という、いかにも謎すぎるが故に惹かれる喫茶店に飛び込んだ。
湿気で前髪は額に張り付き、お気に入りのスニーカーからは歩くたびにグチョ、グチョと絶望的な音がする。
「いらっしゃいませ……。大変な雨でしたね。お席へどうぞ。今、温かいおしぼりをお持ちします」
カウンターの奥から現れたのは、仕立ての良いベストを着こなした、白髪混じりの超絶イケオジマスターだった。渋い声が良すぎて鼓膜が歓喜している。
お店の看板からして謎すぎたのに中身は意外とおしゃれで私が求めていた大人の隠れ家カフェだ。私は窓際の席に座り、優雅にメニューを開いた。
『ブレンドコーヒー……500円』
『自家製カステラ……400円』
『店主と本気の腕相撲……1,000円(勝てばコーヒー1杯だけ無料)』
いや、どんなメニュー?!
そこはシフォンケーキとか、スコーンとかじゃなくて?!
急にフィジカルを要求してくる腕相撲なんかい! しかも勝っても1,500円分しか得しないのに入場料1,000円取るのガチのビジネスじゃん!!
私がメニューの狂気に震えていると、背後から「フシューッ……フシューッ……」と激しい呼吸音が聞こえてきた。
振り返ると、さっきの渋いイケオジマスターが、ベストを脱ぎ捨ててタンクトップ姿になり、信じられない打点での高速腕立て伏せを始めていた。床がめっちゃ揺れている。
「お待たせしました……。注文の前に……私の筋肉が、あなたを呼んでいます……!」
いや、私はお呼ばれした記憶はございませんが?!
おしぼりは?! 温かいおしぼり持ってきてくれるって言ったよね?!
なんでおしぼり置く前に自分の大胸筋をパンプアップさせてんの?! 完全にやる気満々じゃん! 客を仕留める目をしてるのよ!
「す、すみません、普通にブレンドコーヒーをください……」
私が怯えながら注文すると、マスターは「フッ、賢明な判断です」と不敵に笑い、厨房へと消えていった。
数分後、置かれたカップを見て私は絶句した。
コーヒーの表面の泡(クレマ)が、見事なラテアートで『筋肉』という漢字2文字を描いていた。
いや、ラテアートのチョイス!!
そこは可愛いクマさんとか、お洒落なリーフとかじゃなくて?!
なんでよりによって漢字なのにそんな繊細に表現できんの?! 圧倒的バリスタの技術の無駄遣い!!!
味はめちゃくちゃ美味しかったのが逆に腹立つ。
一息ついた私は、他のお客さんの様子を観察して、この店の「正解の過ごし方」を学ぶことにした。
まずは、私の隣の席に座る2人組の女子大生。ルイ・ヴ○トンのバッグを机に置き、いかにも「映え」を意識した今どきの可愛い女の子たちだ。彼女たちのもとに、パフェが運ばれてきた。
スマホのシャッターを連写している。
やっぱり普通の女子も来るんだな、と安心した次の瞬間だった。
「ヤバい、マジでビジュ最高。……ねえ、これホエイ? それともソイ?」
「メニューの裏に『ガチ勢のためのWPI(分離乳清タンパク質)使用』って書いてあった。アミノ酸スコア100だって」
「ウソ、神じゃん! ナイトタイムのゴールデンタイムにバチボコに効くやつじゃん! 写真撮ったら秒で胃にブチ込も!」
いや、会話の内容ー!!!
そこは「このチョコ超濃厚〜!」とか「ウチの彼氏がさ〜」とかじゃなくて?!
女子大生がパフェ見ながらプロテインの分子構造の話すんのかーい! 吸収効率を最優先したスピード勝負なのこれ…
恐怖を覚えた私は、そっと逆側の窓際席へと視線を移した。
そこには、ノートパソコンを開いて仕事が出来そうなスーツ姿のビジネスマンが座っていた。
彼はブレンドコーヒーを一口すすると、耳に装着したインカムに向かって、流暢な英語で話し始めた。
「――Yeah, I know. だからアジェンダのコミットメントがですね……。……いや、そこはリスケじゃなくて、私とマスターの『バルク(筋肉の体積)』でゴリ押すべきです。……ええ、アッパーの筋肉量が足りない。至急、コミットをお願いします」
いや、どんなビジネスだよ!!!
そこは市場のマーケティングとか、予算のコストカットの話とかじゃなくて?!
何を筋肉でゴリ押そうとしてんの?! それをコミットしたらどんなプロジェクトが成功すんの?! 会社ごと脳みそまで筋肉に侵されてるじゃん!!
店内の全人類がおかしい。ツッコミが追いつかない。
私が頭を抱えていると、店の奥の個室から「ガッシャーン!!」と激しい金属音が響き渡った。
ドアが開き、そこからヨボヨボの、白髪のおばあちゃんが出てきた。背中には、なぜか30キロのバーベルを背負っている。
おばあちゃんは、額の汗をハンカチで拭いながら、受付のマスターに向かってこう言い放った。
「マスター、ちょっと奥のベンチプレスの挙上が渋いわ。シャフトの油、差しておいて頂戴」
いや、常連の限界突破!!!
そこは「ここのシフォンケーキ、お砂糖控えめで美味しいわね」とかじゃなくて?!
おばあちゃんが自重の何倍あるか分からんバーベル上げてんの?! 完全にジムのクレームの言い方なのよ!
もうだめだ。この空間にこれ以上いたら、私の常識がゲシュタルト崩壊を起こす。
私は運ばれてきた「筋肉」のラテアートを秒速で胃袋にブチ込み、会計へとダッシュした。
「500円になります。お客さん、次はぜひうd…」
「腕相撲はしません!!」
マスターのセリフを光の速さで遮り、私は店を飛び出した。
外に出ると、雨はすっかり上がっていた。清々しい空気の中で、私は深くため息をつき、ポケットからスマートフォンを取り出して画面をタップした。
(とりあえず、近所のジムの入会ページをそっと閉じた)
気づけば私の指が勝手にマッスルへの道を歩み始めていた。
(おわり)
我こそは腕相撲得意という方はこの「カフェだっはず by客」
のマスターと是非勝負をしてみてはいかがでしょうか。