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    神様、一生に一度のお願い
    
    
    
     「お前、何願うの」
 「言ったら叶わないんだって」
 「秘密主義な奴」
 初詣でもないけど、友達と一緒に神社に来ました。
 僕と友人は神社巡りが趣味でよく一緒に出掛ける。僕は神社が好きなんて古臭いと思って人前じゃなかなか言えなかったけど、友人は真逆で自己紹介で堂々と言ってしまうような性格の持ち主だった。古風でかっこいいじゃん、なんてさらりと言えるのが良いなと思った。
 友人が五百円を投げ入れる。金持ちめ、とからかうと富豪だからな、と悪ノリしてきた。
 「五百円かかっても叶ってほしいことなの」
 「なにそれ」
 「好きな子とキッスしたいの」
 「うわ」
 僕の引いた視線を受けても友人は全くひるまない。それどころかはは、と軽く笑い飛ばした。明るい色のシャツがふわりと風にはためいた。
 「いいじゃん、青春で。青い春ってやつ」
 「今おんなじこと二回言ったよね」
 チャリーン、と賽銭箱の底で硬貨の音がする。こちらを向いてお前はいくらよ、みたいな顔をしてきた。にやにやと口の端を緩める友人を横目に、僕は財布から一万円札を取り出した。
 「おぉ、これはまた強気な」
 「お盆の臨時収入だから」
 「富豪じゃん」
 僕はお札が飛んでいかないように、賽銭箱の隙間近くで手を離した。するり。ひらひらと落ちていくかと思ったお札は案外素直に箱の底に沈んでいった。ちゃりんとも、紙がこすれる音もしない。こんなのが、硬貨より価値が高いなんてね。
 ガラガラと盛大な音を立てて鐘を鳴らし、友人と足並みを揃える。二礼。そこにいらっしゃる神様への敬意と感謝をこめて。二拍手。強く強く、ただ願いだけを心の中で念じる。神様に届くように。
 強く、ただひたすらに強く。
 強く。
 強く。
 「…おい」
 「………………に」
 「は?ちょ、後ろに人いるから。」
 顔を上げる。そして深く一礼をし、足早に立ち去って行った。
 「聞こえてたか?そりゃ一万円分きちんと願いたい気持ちはわかるけどよ」
 「そうだとも、じゃないと損だろ」
 「まーな。…んで?何願ったの」
 「だから言ったら叶わないんだって」
 「あそ、じゃあ聞かないでおいてやるよ」
 
 あーあ、キッスできるかな~。なんて能天気なことを言っている友人は、相変わらず何を考えているか分からない。本当にキッスのことを考えているようにも見えるし、僕の考えていることなんてお見通しという表情にも見える。
 だから聞いてみた。
 「ねぇ、僕が今何願ったか予想つくの」
 友人は不意を突かれて、足をぴたりと止めた。まさかそんなこと聞かれると思ってなかった、といった表情で口を半開きにする。そこから漏れたあー、という声は何とも間抜けだった。
 暫く黙っていた友人は目を下に向けるとようやく話した。
 「…どうだろな。お前が自分から言わないと分かんないけど、お前が言いだしそうにないってことだけは分かる」
 「…へー」
 この返答は。
 「一番返しづらいからやめてよ」
 「いやいや、最初こっちが困ったわ。なに言えばいいんだよ、みたいな」
 「今そんな感じだから」
 何だよ、と再び笑いあう。きらきらと眩しく太陽が輝いていた。それはまるで煌く未来を示唆しているようだけど。
 お天道様、僕の心。分かっていらっしゃいますか。
 分かっているのなら、曇ってください。
 そう思うけど太陽は眩しい光を振りまくだけ。
一万円入れたんだけどな。そう、苦笑する。
 どうか、此の世にない神よ。
 一生に一度のお願いです。
 僕を、死なせてください。