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Ep.4 準備
朝の匂いがして目を覚ます。
仕事の途中で寝てしまっていたようで、座っているのが楽だからという理由で買ったゲーミングチェアがギシリと音をたてた。目の前で光り続ける機械たちは熱を持っている。
取り合えずメインのパソコンの電源だけを切って、大きく伸びをした。立ち上がり、閉め切っていたカーテンを開けると、眩しい朝陽が部屋に満ちる。窓も開けて空気を入れ替えると、影の様子を見るために廊下へ足を踏み入れた。
俺の部屋の向かいで開きっぱなしの襖の中を覗き見ると、人の体積によって膨れ上がった布団の隙間から黒い髪の毛が見える。
「影。起きれそう?」
まあ、答えはわかってるいるんだけど。
「・・・ぅ、」
小さくうめき声を零すのみで動かない影の枕元に近寄り、そっと布団をめくる。目が開ききらず、ぴくりとも動かない彼の様子に、昼までは起きれないか、と仮定して今日の予定を組み立てる。
「・・・」
「寝てろ、動けるようになったらリビングまで来い」
布団を元通りに直して自分の部屋へ戻る。昨日進めたデータだけ保存しておいて、必要ないサブモニターはスリープモードにしておく。どうせ昼まで暇だ、朝飯の後にまた使うだろう。
リビングへ向かい、カーテンを開いてから冷蔵庫を開ける。俺たちは朝か昼と夜の二食派なので、影の為だけに飯を作り直すのは面倒だ。よって作り置きをすることにする。
今日は早めに寝かせたから昼までには起きるだろうが、いつもじゃこうはいかない。起立性調節障害は本人に罪はないものの、難儀なものだ。
作りながらちょこちょこと摘み腹を満たすと、完成した幾つかの総菜をタッパーに詰め、冷蔵庫に入れる。
ここまでで一段落だ。微妙にシンクと腰の高さが合わないせいか凝った肩を回し、二人が座れるくらいのちゃぶ台の傍に置いてあるクッションに身を沈めた。人を駄目にするクッション、通称ヨ〇ボーは、我が家に来てから我々の幸福のために多大なる貢献をしてくれている。感謝せねばならない。
暖かい日差しのせいもあって、うとうととし始めたとき、ポケットからスマホの振動音が伝わる。のろのろと取り出しホーム画面を見やると、『昼から行ける』というメッセージ。
次期代表の側近である彼にとって、時は金なり。表の企業の経理を任されている実力のある彼が来てくれるのは、大変ありがたい。
さて、なら昼まで二度寝だと決めた俺の意識は、睡魔に飲み込まれていった。
「おはよ」
どうやら寝すぎたらしい。目を覚ました時には、既に面子がそろっていた。
「潮!おはよう!今日は雲一つない快晴だぞ!」
「日葵、うっさい」
「いってぇ兄貴!」
今日も曇りなきうざい笑顔を見せてくれる日葵の頭に拳が入る。ざまあみろ。
「おはよう潮。愚弟がすまんなぁ」
「いつもだからな」
|牧之段日向《まきのだんひなた》。日葵の兄で、現副代表補佐。明るい茶髪に煉瓦色の瞳を輝かせた、朗らかな顔をしている。兄弟と言っても、10歳ほど離れた年子だそうだ。
「ぐっすり寝とったから起こすの忍びない思ったんよ。まあ、すぐに起きたけどな」
クッションから体を離して、大きく伸びをする。まだ黒いスウェット姿の影が眠そうに、頭をボリボリと掻いた。
「・・・着替え」
「そうだな、お前らは服装それでいいのか」
床に置きっぱなしだったスマホを回収しながら立ち上がる。牧之段兄弟はどこにでもいるようなカジュアルな服装に身を包んでいた。
「そうだな、特に変装する理由もないだろ。今回の体は、『空きコマに繁華街に来て散歩している大学生』だからな」
四人の中でも小さい俺と影でも170はギリある。唯一の懸念点は三人と年齢が離れすぎている日向だが、顔に皺はなく、20代に見えるレベルのイケメンなので、まあいけるだろうと踏んだ。
「誰かと話すようなことがあれば、俺か影が話す。お前らは顔が特徴的だし、日向に至っては身元がすぐ割れるからな。他人との記憶に残りづらい顔の俺たちが話した方が、万が一は防げる」
「了解。怪しまれんような服装は持ってるんか?お前ら暗い服ばっか持っとるやろ」
・・・まあ、センスは二人ともないが。
「しっかたねえな、俺が見繕ってやるよ!なんたって、俺は現役の大学生だからな!」
「今だけだよ、お前を現場に起用してよかったと思えるのは」
「ひでぇな!」
「大学じゃボッチのくせに」
「一言余計だ兄貴!」
愉快愉快。
日葵監督の甲斐あって、黒々しいクローゼットの中からいくらかましなものを見つけ出し、四人で並んでも違和感はない構成が出来上がった。そして現在、商店街への長い道のりを歩いている。
「それにしても久々だなー、兄貴と出かけるの」
「俺は仕事があるからな。お前こそ、今日の講義欠席してよかったんかいな」
「・・・多分!」
「留年したら許さんぞお前」
ほのぼのとした会話(?)の後ろを、俺と影の二人がのろのろとついて行く。
「・・・疲れた」
「俺も」
「柔すぎんだろお前ら!」
「部屋にこもりっきりなのは関心せぇへんぞ」
仕方ないだろ部屋にこもる仕事してんだから。
影がため息をついて、パーカーのフードを被った。まだ春とはいえ、昼の日差しは既に強い。何か俺にも遮るものを、と思えば、頭の上に帽子をかぶせられた。
「商店街着くまで被ってていいぞ!着いたら返せよな」
「さんきゅ」
目深く被り、またのろのろと歩く。すると前方から急かされるので、スピードを上げるがまた亀足になる。それを繰り返していると、日葵の声が一段と高くなった。
「着いたぞ!南繁華街!」
隣の影がフードを下ろす。それを見て、俺も帽子を日葵に返した。
・・・さて、現地調査を始めようか。
関西弁が変だなと思っても緩く見てください。
何故って、筆者は関西人だから。