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第10話:名前を呼ぶ声
事件から一夜明け、病院の白い天井を見つめていた愛菜の耳に、廊下から聞き覚えのある「騒がしい足音」が近づいてきた。
「ちょっと、静かにしなさいよ! 病院なんだから!」
「わかってるって母ちゃん! でも真蓮のやつ、大金星じゃん!」
「兄貴、すげー! ヒーローじゃん!」
バシャーン!! と、まるで防波堤が決壊したような勢いで病室のドアが開く。
そこには、赤髪の塊のような集団――真蓮の両親と、二人の弟たちが立っていた。
「……えっ?」
呆然とする愛菜の前で、真蓮の母親が、ベッドに横たわる息子を差し置いて愛菜の元へ駆け寄る。
「あんたが愛菜ちゃん!? まあ、なんて細い子なの! 真蓮から話は聞いてるわよ、あのごくつぶしの叔父さんのこと! よく頑張ったわねぇ!」
いきなり抱きしめられ、愛菜は目を丸くした。
叔父の暴力的な接触とは違う、ひだまりのように暖かく、少しだけお節介な、圧倒的な「生の温度」。
「母ちゃん、苦しいって! 愛菜がびっくりしてんだろ!」
真蓮が顔を赤くして叫ぶが、父親がガハハと笑いながら真蓮の肩を叩く。
「いいじゃねえか! お前が命がけで守った女の子だ、今日からうちの娘みたいなもんだろ!」
「……む、娘……?」
愛菜の口から、掠れた声が漏れる。
今まで「金食い虫」や「厄介者」と呼ばれてきた自分が、見ず知らずの大人から、そんな温かい言葉を向けられるなんて。
「そうよ、愛菜ちゃん。……あんな家、もう二度と戻らなくていいの。手続きとか難しいことは、このおじさんとおばさんに任せなさい。真蓮が『絶対にあいなを独りにしない』って、泣きながら電話してきたんだから!」
「お、おい! 余計なこと言うなよ!!」
真蓮がベッドの上で真っ赤になってのたうち回る。それを見て、弟たちが「ニヤニヤ〜」と囃し立てる。
「う、うっせーわ! 早く帰れよ!」
「照れてるー! 兄ちゃん、耳まで真っ赤だー!」
病室に響き渡る、賑やかすぎる笑い声。
愛菜は最初、その音の大きさに身構えた。けれど、そこに「悪意」や「怒り」が一切含まれていないことに気づくと、不思議と耳の奥が温かくなっていった。
「……あはは」
小さな、鈴が転がるような笑い声。
愛菜が初めて見せた、心の底からの笑顔に、秋葉家の一同がピタリと動きを止めた。
「……あ、笑った」
真蓮が、呆けたように呟く。
「……秋葉くんの家族、本当に……うるさいね」
「……だろ? 最悪だろ?」
真蓮は照れ臭そうに鼻を擦りながらも、愛菜が笑ってくれたことが何よりも嬉しいようで、その赤色の瞳を優しく細めた。
「愛菜ちゃん、決まりね。退院したら、ひとまずうちに来なさい。クッキーでもなんでも、好きなもの山ほど作ってあげるから!」
お母さんの力強い宣言。
愛菜のこれからの人生に、もう「一人きりの雨の日」は来ない。
「秋葉愛菜」へのカウントダウンが、この賑やかな喧騒の中で、静かに、けれど力強く始まった。